| 2005年10月10日(月) |
従姉妹の家に行きました |
10月1日、従姉妹の家に ママと叔母(従姉妹の母)と 行って来ました。 既にお嫁に行っているAちゃん。 旦那さんの手前もあるし、 従姉妹となれば子どもの頃はともかく 大人になると中々行かれるものでは ありません。 でも、従姉妹は自分の親も 旦那の親も健在なので ぱんちゃんのパパのお墓参りや お正月には家族で叔母を連れて来て くれます。 2人の子ども達も小さいながら 「親戚なんだ」という意識があるようで、 懐いています。 可愛いんだ、これが。(^^) 旦那さんもとても優しく穏やかな人なので 特に文句をいう事無く遊びに来てくれるし、 「遊びに来て下さい」と社交辞令でも ちゃんと言ってくれます。 今回も早くから従姉妹に10月1日に 行われるお祭りと翌日のチビ達の運動会に 「来て!」と誘って頂いたので遠慮無く、 図々しくも行ってきました。
今回は下のチビが3歳になったので、 昼間のお祭りも行けるだろうと いうことで従姉妹としては早めに来て 欲しかったようですが、 叔母が「歩こう会」で昔から 行きたかった所へ行くのが10月1日と ぶつかってしまい、 「先に行ってて」という。 従姉妹もそのつもりでいたようですが、 やはりぱんちゃんたちとしては 叔母抜きで早めに行く事はちょっとねぇ・・・ と言う事になりまして。 それで、叔母が「歩こう会」を途中で抜けて 新幹線で従姉妹のうちへ行くということに なったのでぱんちゃんたちも叔母と同じ 新幹線で行く事にしました。 従姉妹は
「遅くなるぢゃ〜ん!!」
と言ってたけど、 ぱんちゃんも針の日だったもので (朝9時〜10時迄)結局家で ノンビリと支度して新*浜へ行きました。 1泊2日だし、そんなに荷物は 無いつもりでいたのにカメラ(一眼レフ) やら、デジ亀やら、お土産やら なんやかんやで大荷物に。
夜逃げですか?
状態でした。(爆) 夕飯を食べる時間が無いので、 叔母は新幹線の中でお弁当を食べるか、 お弁当を買って従姉妹の家で 食べるかするという。 ぱんちゃん達は新*浜で お蕎麦を食べました。 今、新*浜は駅前の 広いバス停のところ半分が 駅ビルを建てていて、 その関係で駅構内のお店まで 閉まっている状態です。 なのでそれまであった神*屋の パン屋さんやらレストランなどが 一気にない・・・。 お蕎麦を注文して来るまでの間に ぱんちゃんが切符を買いました。 指定を買わなかったので失敗だったかな・・・ とも思ったんだけど、 新幹線に乗ってみたら空いていました。 叔母は東京駅・・・ つまり始発駅から乗ったのに、 何故か指定席で来てて、後で皆に
「始発駅だから別に指定じゃなくても 座れるじゃん」
とか言われていました。 まぁ、確実にその新幹線に乗って 座りたいと思えば指定に越した事は ないんだけどね。 多分そういう理由で 指定にしたのだと思います。
1年ぶりの新幹線です。 わーいわーい! ぱんちゃん、嬉しいったらありません。 ただし、席は3人掛けで、 富士山が見える側とは逆。 既に富士山の側を通る頃には 日はとっぷりと暮れていて 姿すら見えない状態なのだけれど、 窓から富士山が見えなくても そこに富士山がいまある! というだけでウキウキしちゃう ぱんちゃんですから、 とっても哀しかったのだよ、うんうん。
駅に到着して改札口にて叔母と 迎えに来た従姉妹の旦那と チビ1人(兄)と遭遇。 家に着くとチビ(弟)は爆睡中でした。 チビを起こしてイザお祭り会場へ。 松明を投げて3本の棒についた 鳥の巣のような玉入れ競技の カゴのようなものに入れる。 子ども用、中・高生用、大人用があり、 去年は中々入らなかったけれども 今年は子ども用、中・高生用は 始まって直ぐに松明が籠の中に入り 火が付いた。 籠が燃えて下の方へ燃え広がると、 中に仕掛けてあった家庭用 打ち上げ花火が弾け、 籠が燃え落ちると共に棒が倒れます。 すさまじい熱風と火の粉が 飛び散ります。 ともかく去年も今年も風が吹いていて 目が痛い。
大人用の方はというと、 今回もまた中々籠に松明が入らず。 風が強くて松明が届かない ということもありますが、 大人用は先の2本の某と違って 棒が高い。 風に乗ってガンガン松明が 客席に飛んできます。 火が点いたままの松明なので、 消防団やらお祭りの関係者が 消しに走り回っている。 更に、火を使う危ないお祭りなので 警察も消防署も気が気ではない。 でもって、場所は河川敷だから、 土手の上は黒山の人だかり。 籠が崩れ落ちる時は棒の側に 陣取っている人達は逃げるわけで、 大混雑。 将棋倒しになっては一大事なので 公的な機関も土手の上でピリピリ。
ぱんちゃんの従姉妹達は午前中から 場所取りをしていたので座る所には 困らないのですが、 大人用の棒の側だったものだから。。。(汗) 中々火が点かなかったのにいつのまにか 火が点いていました。 入らない時の為に発火装置でも ついていたのかもしれません。 ところが、松明の火だけでもスゴイ煙なので、 既に偉い目が痛い。 次回はゴーグルか水中眼鏡か花粉症用の ゴーグル式眼鏡が必要じゃないかと。。。 もちろん、火が点いてから 崩れ落ちるまでの熱風と火の粉と迫力は すさまじいものが。。。 チビ(次男)なんて、怖がって泣きそう。 ぱんちゃんママにシッカリおぶさって 顔を伏せています。 でも怖いもの見たさでちょこっと盗み見を していたりもする。(笑)
既に火が点いた時点で観客の人達は 靴を履き、敷物も持って逃げる態勢へ。 終わって見せてもらった従姉妹の 友達の敷物は松明の火が飛んで来まくりで 穴があちこちにあいてボコボコ状態。 更に、最後は花火が上がるんですが、 土手の上に花火の玉を包んでいるボール紙が 落ちてきてくる始末。 叔母が当たったのでした。 みると大きなダンボールのようなボール紙で ひと目で花火の玉を包んでいた紙だと 判りました。 「いたい!」と叔母。
このお祭りは復活してまだそんなに 年数が経っていないお祭りらしい。 その昔、その地域に住んでいた親子3代が 暴れ川だった川から新田を守るため、 人柱を立てて堤防を作り川の決壊を防いだ。 この人柱は1000人も犠牲になった。 たまたま通りがかった巡礼者が見も知らない この土地の人の為に自ら進んで 1000人目の人柱として 生き埋めになりました。 その巡礼者の鈴(鐘)の音は、 数日間地の底から聞こえていたという。
お祭りは、 その人柱の供養を兼ねているのだそうで、 だから河川敷でやらなければ 意味が無いお祭りなのです。 土手の直ぐ下には民家があるのにね・・・。
つづく。
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