| 2003年01月05日(日) |
パパの先生はそんな先生じゃない |
パパの血圧がいよいよ低くなりました。 一昨日は120、昨日は90、今日は80です。 酸素吸入のマスクを取ろうと必死でもがき、 苦しいからもがき・・・。 目を開いても何も見ていない。 ぱんなやママが手をずっと擦りっぱなし。 家族が傍に居る事は判るんだけれど、 目は見えていない。
「癌でこの世を去る人は、こんな苦しい思いを しながら誰でもが最後を迎えるのか・・・。」
そう思うとやりきれない思いだ。 心電図と首から入れた点滴の管を無意識に 取ろうとするので、浴衣の寝巻きの胸元を 翼クリップで止め、更に上にタオルをかけて 四隅を翼クリップで止めた。 変な格好だけれど、管を抜かれては一大事。 酸素マスクも顔に合わないので、無理矢理 (テープで止める事は無い)付けている。 ゴムで止めているので、耳が痛そう。 痩せて顔がコケているので、マスクが 合わないのかも知れない。 だから両耳にハンドタオルを巻いて固定させた。 これで耳が痛くなることは無いだろう。
今日、看護婦さんにパパの内科の主治医の先生の お話を聞いた。 パパの内科の主治医の先生は、 看護婦さんにとても人気があります。 腕も人柄も看護婦さんのお墨付きです。 見るからに温厚そうですし、子煩悩な先生で お休みの日は子どもと「お馬さんごっこ」をして 遊ぶのだそう。 もちろん、先生がお馬さんだそうな(^^)
そして。
柳 美里という作家をご存知だろうか。
彼女は、先日、実在する友人をモデルに 小説を発表、プライバシーに関わると裁判沙汰となり 裁判に負けた。
彼女の作品の中に「命」という作品がある。
江角マキコさんと豊川悦司さんの主演で 映画になった。
この中の内科の医師のモデルが ぱんなのパパの内科の主治医です。 映画では「山室」という名前で医師になっていますが 最初、週刊誌で発表された時は 先生の本名で書かれていました。 本でも多分、本名のままだろうと思う。 ただし、映画では実在する医師なので 山室になったんじゃないかと思うんだけど。 ぱんなはこの小説を読んでいないので その辺りは良く判りませんが。
この「命」という小説は、作者である 柳 美里さんの経験の実話と聞いた。 自分を題材にするのは勝手だが、 先生の名前を本人に許可無く そのまま使うのはどうだろうか?
かなり悪役に本では書かれていますが、 実在するこの先生は大変優しい、 情熱ある先生です。 なぜなら、ぱんなのパパの病院は 緩和ケアを行わない方向にある病院で 緩和ケアの専門医が居ないという病院です。 最後は看取れないという病院です。 その中で、パパのように入退院を繰り返し 最後は主治医の元でという我侭を 受け入れて、最善の力を尽くして下さった 先生なんです。
先生の受け持ち患者はもう、手いっぱいの 状態なのに、自分の患者の状態を把握しているのは 「凄いこと」と看護婦さんが言っていました。 パパが来る時も、本当は昨年の12/28の入院と 先生は考えていてくれていたので、 26日の忘年会の席で看護婦さんの間に 行ったり来たりしながら 「ぱんなちゃんのパパが来るからよろしくね」 と随分声を掛けていたという。 看護婦さんもパパを可愛がって下さっていて 「28日に来るんだ」と楽しみにしていたのに 27日に容態が急変して1日早く入院したので 主治医の先生が看護婦さんに「1日早くなっちゃった」 と言いまわっていたとか・・・。 パパが来るのを楽しみにしていたと看護婦さん。 主治医の先生もそれは知っていて、 「看護婦たちが会える事を楽しみに待っていましたよ。」 と言っていた。
主治医の先生は全く私生活が無い程、 情熱を傾けて色々と治療や投与する抗がん剤の 量を考えて治療にあたってくれている。
だから、「命」に出てくる内科の先生のような 先生じゃないんです、本当に。 もちろん、看護婦さんからも
「ぱんなパパのようなケースは珍しいんですよ。 先生の思い入れが他の患者さんと違うんでしょうね」
と言われていました。 命は平等と言えども、先生も人間ですから 思い入れのある患者、それほどでもない患者って いると思う。 それは仕方が無い事だと思う。 ありがたい事だと、本当に思う。 ぱんなは外科のチームの4人の先生も 内科の主治医の先生も本当に大好きだし 尊敬している。 「お医者さんって凄いなー。」って思ったのも 「ああ、お医者さんも人間なんだ」って思ったのも 外科・内科の先生と巡り合って思ったんだもん。
ぱんなのパパの主治医の先生の名前は とても変わった名前ですから 本名で書かれるとどこの病院の先生かというのが 判ってしまいます。 新聞などの健康コラムなどなら判りますが、 小説で悪役とするのは、どうだろう。
主治医の先生はこの「命」を読んだそうで、 大変ショックを受けられたと看護婦さんに聞いた。 だから看護婦さんたちも、この小説は読んでいないという。 一生懸命に患者の治療に当たっている 人気のある先生ですから、読まなくて当然だと思う。
本当に、「命」に出てくるような先生ではないですから。
この作家は、この間の裁判もそうだけれど 「真実を世間に知らせる」という言葉を 履き違えていると思う。 真実も取材も結構だが、モデルが誰なのか 本名を使うことが許される事なのか をよく考えもしないで書いているバカじゃ なかろうか。 どんなに感動する文を書こうとも
モラルが抜け落ちている作品は 単なる駄作です。
真実とプライバシーの意味を 良く判ってないんじゃないでしょうかね。 裁判に負けても反省してないみたいだし。
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