| 2002年12月20日(金) |
昨日は外来、今日からモルヒネ |
12/19 パパの外来日。 先生からは
「本人が来られない状態なら無理に来なくても、 家族が来てくれれば良いよ」
と言われていたので、ぱんなが言って来た。 外科の先生と違って見掛けは ぼ〜っ と したように見えるパパの先生は、 実はとても神経の細やかな先生だ。
誉めてんだか貶してんだかって 気がしないでもないけど、 誉めてます、ええ。
パパは、もう本当に状態が悪い。
転移した肝臓がパンパンに膨れ上がっていて 18日の午前中には、「胸が苦しい」と 言い出した程だった。 今は、「苦しい」とは言わないが・・・。
この状態であれば、普通はもう 病院に入っている状態である。 ぱんなパパは最後まで 国立がんセンターの主治医の元で 過ごすため、別の病院には入れない。 療養型の病院に入れば、 がんセンターに入院することは、 多分不可能だろう。 がんセンターは600床もある大病院だが、 全国どころか世界からも患者が 集まってくる病院のため、 本当にベッドが空かない。
「ギリギリの状態になるまで 家で過ごさせてあげたい」
という先生のお気持ちと、 1人でも多くの患者を看なくてはならない という病院側の方針の関係で、 パパは現在、自宅にいる。
排泄もベッドの上で家族の手を借りてする。 オムツを当ててはいるが、 「もよおす」事が判るため、 オムツを当てていてもオムツの中では 絶対に用を足さない。 お小水の場合は、ママがまごついている間に 我慢出来ずにオムツの中でという時も ごくたまにある。
どの家もそうみたいだけど、 父親が娘に下の世話をして貰う事を 嫌がるようで、がんセンターに入院中も そういう患者をぱんなは何人か見た。 そして、ぱんなのパパもそうだった。 全く他人である看護婦さんには 素直にお小水が出るのに娘になると 途端に出なくなっちゃう。 年寄りになってもデリケートなのだな・・・。 でも、ママに負担を掛ければ ママが倒れてしまうと思ったし、 別にぱんなは下の世話をすることは 汚いと思わない。パパの世話なんだから。 だからパパに言った。
「汚いなんて思ったこと無いよ。 幼稚園の先生だった頃は 毎日していた事だから。」
と。 パパはそれからはお小水だけは ぱんなにでも素直に取らせるようになった。 量を量って主治医に伝えなければならない。 尿瓶にはメモリがついているので、 エクセルにて一覧表を作っている。 A4に2日分記入するように作った。 午前0時〜23時59分まで枠を作り、 回数と量、便の回数と便の状態、 今日の状態を書き込めるようにした。 それを付けようと思って日曜日から 付けている。
主治医からは
「お小水は良く出ている方だね」
と言われた。 ただ、苦しがった事、 肝臓がパンパンに腫れて 膨れ上がっている事を知って、
「年内は・・・難しいな。 クリスマス・・・くらいは越せるかな。」
と言った。
「年は、家で越させてあげたいんだけど・・・」
とも言う。 病院では年内をメドに退院する患者が 多数いるのでベッドが年末はそれなりに 空くという。 もしもそれにパパが入って病院で 年を越すようになるのなら、 もう本当にパパは家に帰って来れない。 そう言われながらもこの間は退院して来た。
でも、もう本当に次回は最後なんだ・・・。
お正月早々、ぱんなたちはパパとの 悲しい別れが待っているんだ・・・。 まさに正月と葬式が一緒に来たという 状態だろう。
パパを助けてあげられなかった。 パパに何もしてあげられなかった。
辛いんだよな・・・とっても。
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