だいありー

2002年11月15日(金) 最後まで望みは捨てないで

パパのことを考えた。

昭和一桁の人だから、
自分本位で、男は女よりエライと思ってて、
それはそれ。これはこれ。という考えで、
無口で、でも何か言う一言が面白くて、
感激屋で泣き虫で、我慢強くて、
寂しがりやで・・・。

痛い手術に耐え、病院に入院する事が
寂しくてイヤで、
看護婦さんと主治医(外科)以下4名の先生と
精神科の先生にたくさん可愛がってもらって、
転移してからは内科の先生や月に1度の入院で
その都度変わる担当の先生にも優しくして頂いて、
これで治らなかったら申し訳けないと
頑張ってきたパパ。

転移が判って初めて泣いた。

いつもテレビ番組を見ては
感動して泣くパパ。
けれど、悔しくて、
ショックを受けた時の涙を見たのは
これが初めてだった。
どんなにか辛かったろう。。。




「無理だろうけど、まずは落ち着け!」

大阪のH先生からのメールをみて

「泣いてる場合じゃない。」

そう思った。
今でもパパを心配してくれている
大阪にいる先生。

外科・内科共にパパのために、
そしてパパよりも重い状態の患者のために
奔走してくれた先生。
大阪でパパを心配してくれている先生。
親身になって世話をしてくれた
いわば同志でもある看護婦さんたち。

パパは本当に沢山の人から良くして頂いた。
このところ、通院するのにお隣のご夫妻が
車を出してくれる。
会社を休んでまでも、見返りなんぞ考えずに
力になってくれている。
親戚以上だ。

病院を替わるかどうするか、
全ては19日に主治医と話をすることになった。
例え病院を替わり、その時を静かに待つことに
なろうとも、決して最後まで諦めないと思った。

パパもそう思っていて欲しい。
一緒に頑張るんだ。


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