ジンジャーエール湖畔・於
目次


2007年09月07日(金) 運命はすぐそこに



台風がきている




ちょーたのしい!!!





たくさんの洗濯物を抱え傘をさして玄関に立ちつくす

(洗濯機は外にある)




真夜中の洗濯とはなんて近所迷惑なキチガイ行為なのかとおもうけど、こんなに雨が激しく降っているのだからこちらの騒音はもはや上書きされるしかない




柔軟剤入りの洗剤をスプーンですくう腕が横なぐりの雨に濡らされて






傘をさすことにもう意味なんてないことに気がついた








なまあたたかい風に背中おされて見守った






洗剤。そのひと粒ひと粒がやたらはっきりとスローモーションで反射しながら洗濯物のうえに優しく降りる、チラチラ




とっても静かなこの世の時間





スタートボタンが押されると




〈ノアの箱舟クリーニン号〉と命名されたかつて電化製品だった友人がうなりをあげて青天の霹靂をめざして航海にでるのです



ハローキティのハンカチ

HELP!と書かれたビッグTシャツ

紺色のタンクトップ

チェックの枕カバー

バルーン形のスカート

しましまのくつ下

おおきなバスタオル

区民プール用の競泳水着

タオル大小各種

パイル地のパーカー

買い物トートバック




a n d m o r e …




スカイブルーの小窓からのぞくと

わたしたった一人に帰属するそれらのものたちはすでに洪水のなかにクルクルしてる

ピンクの靴下と水色のブラジャーひねくれあってねじりあって踊ってた

ジャブジャブ!グルグル!ゴーゴーゴー!




窓から目を離すと現実のわたしはびしょぬれで

さかさになった傘は2メートル先に転がっている




〈ノアの箱舟クリーニン号〉の中の洪水とその世界の外であるここにどんな違いがあるのだろうか(いやない)




上も下も関係ない

右も左も 天と地も 大人も子供も 男も女も

もうあまり関係がない というか分けられていることがどうでもよくなる

わたしがわたしであることをうまく思い出せない

全身ずぶぬれで 台風のなかに立っている

ただそこに居るということ以外はなにもわからない

息してるということしか感じられない




廊下は水に沈み階段は滝となり





スプラッシュマウンテンの豪胆な魂のようです

世界はいま


2007年07月10日(火) Bread hot from the oven










もっと本や音楽 たくさんのものをしりたいし

pizzaを焼いたり ピアノ弾いたり 散歩だってしたいのに

時間がぜんぜん足りないん




世界にたいしてこんなにも興味しんしんなのに

いつも眠ってしまう





あなたをもっと知りたいのに

どうしても眠ってしまう





待ち合わせには行けないかもしれない

一週間以上の未来の約束をするのが苦手





だってウィークデイ

あたしの時間は仕事が終わってからの夜の短い時間しかないんです!

お風呂に入るだけでせいいっぱい

そのうえ宿題があったりする日なんていわんやをや

なんたってまぁシンドバット

魂はさまよい歩きを求めているのに身体は休息を欲している

なんとなんと不自由な

肉体と心とは!



around the world

わたしが寝てるうちに

どんどん景色が変わっていってしまう

around the world

わたしが寝てるうちに

起きたら湖に浮かぶ寝台






こんな気持ちみんないったいどうしているんだろうか



人の日記(WWWの)みてるとみんなちゃんと起きて

眠気にめげず頭フル回転で活動しているように思えてあせることしきり

おなじ24時間の理のなかにいながら、どうしてこんなに多くの本を読むことができるのか

その記憶を細部まで頭にとどめておけるのか不思議でならない

どうしてこんなに何かについて多くを思い、考察し、

それを文字でつづって気持ちを整理することができているのか



なんでもいい

たくさんの音楽や本 

人の動きや熱量と振動

あまりに真剣でまじりけなしの物事や出来事たちに出会うと

とぐろをまいて強烈に迫りくるハリケーンのように世界があたしの前に現れてくる気がして

まるで求愛されてるようにかんじてしまう

あたしはその思いにおなじ必死さで応えようとして

この世界をもっともっと知ろうとするので

そっと彼の手をとるように 

ページをめくる





この世界が人間の男ならたぶん水色のアロハシャツ着てる気がする




美しいアロハシャツきたその男は

胸元のポケットから満月を盗んできたようにまん丸の

焼きたての熱々のあんパンを差し出す

両手でうけとりそっと半分にわってみると

中からはルビーのようなつぶあんがツヤツヤと光を放ち湯気をたててる

はじめて出会うもののようにあんパンを食べる

興奮でうまいのかまずいのか

まったくわからない

男の手

男の眉

男の口元

男の胸

男の血液

男の背中

男の足



確かめるような気持ちであんパンを食べる

前歯が茶色い皮をそっとつきやぶると

ふんわりとざらついた甘みのあんが口の中にひろがってゆく

胸がいっぱいで

うれしいのかかなしいのか

まったくわからない

アロハシャツの男は新しいパンをつぎつぎと目の前に差し出す



男の目

男の髪の毛

男の喉

男の肺

男の舌

男の耳



あんパンや、クリームパン、メロンパン、ジャムパン、

チョココロネ、焼きそばパン、バターロール、デニッシュ、

姿を変えて食べられるべきパンはつぎつぎと目の前に差し出されてゆく




そんなにたくさんのパンを食べることも

その色や感触のひとつひとつを味わいつくし記憶にとどめておくことは

あたしには不可能かもしれない

あたしは絶望の色がうっすらにじんでゆくのを頭の隅で感じはじめる


















While I always sleep, the bread continues being baked

(いつもわたしが眠っているうちにパンは焼かれつづけている)







あなたのすべてを知ることが不可能ならば

一切を拒否してしまいたい











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今朝起きたらケータイをにぎりしめていて

画面はメール作成の途中のままだった


2007年05月21日(月) 朝はきていたんだ








細田守監督版「時をかける少女」のDVDをつづけて3回みて、昨日も2回観て、そして今日も友達と観て、互いの胸キュンポイントを語り合いニヤニヤ悶絶しあった。
深夜、祖師谷大蔵、かお巣。
このアパートは、安普請のわりにまったく隣近所の物音がせず、夜になると死んだように無音になるんだ。音といえばわたしの部屋からしか聞こえない。
静かなことこのうえなく、それはたいそうわたしを落ち着かせる。
人の気配がしないことにはまったく寂しさを感じない。
むしろ無限の自由を感じ、洗濯機にラメのような洗剤をいれる手がふるえている。
この部屋がコズミックブルーの宇宙空間をただようスペースシップのように思えてしまうから。この宇宙ではすべての人はたった一人でスペースシップに搭乗し、右も左もわからないまま漂っている。




テレビでは「時かけ」のなかでもっとも好きなシーンがやっていて。
金色の夕日のなかを好きかもしれない男の子とチャリンコ二人乗りで帰りながら
「付き合わねぇ? おれ、そんなに顔も悪くないだろ」なんてゆわれているヒロイン。
こんなことが人生で起きてしまったら、素晴らしすぎてそれ以外の人生すべてが色あせてしまい、わたし生きていられなくなる!人生とときめきは両立できねえ!
などとキャーキャーゆって友達に向き直ると、友達はにやけた笑顔のまますでに深い眠りにおちていた。



まだ眠くないので本読んだり、爪にピンクのマニキュアぬって可愛くしてみたり、サボテンをいじったりしているうちにもう5時近くなっていたので、そろそろわたしも寝ようと水のみにキッチンへゆくと、ガスコンロの前の壁にまあるい強烈な黄色い光のようなものが見え、一瞬びっくりしてすぐ後ろにある玄関のドアをあけてみると、アパートの前の廊下から東に、生まれたばかりの太陽がまっすぐに私の部屋のキッチンに伸びていた。

いつのまにか、朝はきていたんだ



2006年12月23日(土) 凍れるジンジャーエール /地球のおもいで













お酒を飲んでもすぐ眠くなって、役立たずな泥となるだけの私にとって
ジンジャーエールを飲むときは唯一プハッと目ざめる瞬間で
スカッと抜けます









この一瞬がすべてならいいのに!








カナダドライの甘ったるいジンジャーエールもきらいじゃないけど
ウィルキンソンの辛いジンジャーエールがよくキク
好きなの知ってて箱ごと肩にかついでもってきたべスに狂喜!





禁酒法のころアルコールの代用品として人々はジンジャーエールをつくったと知って
わたしたち、きっと前世はこの時代のアメリカ人だと思った
アルコール、ソレナンデスカ?アル・カポネ、ソレオイシイデスカ? ジンジャーエール最高デス!!とかゆって。
なにが本物かもしらずに身近にあって親しんだものだけをいつくしんで味わってそして笑顔で死んでいったのでは。










窓をあけはなして電気もつけない部屋でベスと飲む酒(われわれにとっての)








冬の夜のつめたい風が吹いているこの部屋で、
背中ではストーブが熱く燃えている。
肺から冷えているのに燃えるような感覚もありどこかちぐはぐだ。
月のあかりでかろうじて顔が照らされている。
べスの目はちょっと緑色。

恋人の友達の恋人の上司の恋人としてあるライブハウスでおちあってから
たいした用事もないのにべスはたまに夜来るようになった
はじめて会ってからもう半年ちかくになるというのにどこに住んでるか、職業すら不思議と聞いたことがなかった。
どうやら本名を瀬口豊といい、小さなデザイン会社でプログラマーをしているらしいが
かれが世知辛い浮世でいかにして日々を糊しているか、社会での位置づけなどはまったく想像がつかない。
おとうさんとおかあさんから生まれて、おとうととケンカしながら育って、
黄色い帽子かぶって石鹸工場に社会科見学にいったり、
好きな歌手に憧れてギターを練習したり、
運動会ではリレーの選手だったかもしれない。
たくさんの楽しい思い出と信じられない酷いことも経験しているかもしれない。
きっとそんな風にすくすくと育って、いっぱい愛情をうけて、この世界に育てられて青年となっていまこの部屋にすわっているのでしょう。
でもわたしにはわからない。
ベスは、ジンジャーエールをもって部屋に来るベスでしかない。
いま一瞬にしてこの姿に生まれた断片として時間に存在しているようにしかみえない。
思わず
「瀬口豊なんてそんなのうそでしょう?」
といったら
「うそ」
とベスは即答したのでわたしたいそう安心しました。







この部屋はあまりものがなくって、栓抜きもなくおろおろしてると
こともなげに歯で栓を抜いてしまったベス
ちょっと長めのくせ毛が顔のよこでゆれるさまはみえない風をまとっているようで
お気に入りのセーターはあらゆる森の動物たちの毛を編みこんだ精霊の化身のような見事なもの。
背中に顔をうずめると土と汗と冬の空気の匂いがムンッとした。ケモノのような匂いがなぜかなつかしくってたっぷり鼻に吸い込んだ。
それは昔家族で旅した北海道のある牧場のトナカイの匂いににてて。
背中に触れてみたくて枝状に生えているトナカイのリッパな角を思わずつかんでしまって、大きな前足で右ほおを強打されて倒れた。鼻血としばらく頬の赤みがひかなかった。そんな目にあったのになぜだか恐怖感はなくて、いわれのない暴力を他者から受けたはじめての出来事で、ひたすら驚くばかりだった。一人っ子でまわりのものからいつも、いいんだよ、そのとおり、かわいいね、やさしい子だと愛されて大切にされて育てられてきたのでこんな乱暴な仕打ちはほんとうにはじめてのことだったんだけど、そのじつ、そんな副作用がわたしの人生に起こるのも悪くはないかもしれないと思った。いつしか自分のたましいを分け合うような人と出会ったらきっとこんな感じかもしれない。運命の人と出会ってしまったらきっと平穏なものではいられないはず。熱をもった頬をさわるごとにドキドキと鼓動がはやくなった。








あのときのトナカイの匂いだ、べス。
セーター。呼吸。ゆれるくせ毛。
<MADE IN NORWAY>のタグがべスの太い首の後ろからはみでている。







そのケモノじみた風貌とはウラハラにてっていして下戸なこの男とジンジャーエールでプハッとするのが
ここのところのすべてになっている
あとの時間はただ息してるだけ
ジンジャーの発砲にほんの一瞬ズキッとするのはさっき咬んだところがじき口内炎になるからだろう









「ぼくたちいつかお互いの口内炎もしらないようになっていくね」

「これがゆいいつ地球の想い出かも」



とわたし。
























乳液を買いに化粧品やに寄ったら、おばさんが「メリークリスマス!」といってサンタgirlのコスプレで出てきた。
月曜までずっとこの格好なんだって!狂気!
肌荒れだいぶよくなったみたいね、といいながら来年のカレンダーをおまけでくれた。
「若いからいいわね。これから楽しいこといっぱいね!」と笑顔でおばさんはゆって、


えっ と頭のすみがざわつく。

なに、わたしのこと?

楽しいこといっぱいってなに?なにがわたしに起こるというの?





楽しいことなんてこの先ひとつもないと思ってた
なにかを期待してたわけでもないそういうものだとはなから思っていたから
おばさんがわたしを楽しいこといっぱいの人生だとおもってるってことにおどろいた
カレンダーをじっとみてみる
うしろを振り向くとなんにもない真っ暗の虚無でした。






















人間に生まれたからにはなんとか人間らしく暮らして誤魔化しているけど
いつもちぐはぐで
たまにできる恋人にもいつも悲しいおもいばかりさせてしまう
なにを期待されているのかわかろうとするけどわからなくて
いつも裏切って落胆させてしまう
こんなことはもうイヤだと思いながらまた別のだれかと同じことをくりかえす
トナカイに打たれた頬をさしだして
もっと愛してといいながら誰の愛も本当は必要としていないのかも
人間に生まれたからにはなんとか人間らしく暮らそうとして
誤魔化して そうなろうとしている
だれかとつながることでしか人間になれない気がして
結果としてわたしがトナカイになってだれかの頬を打っている








ほんとにほんとうにつらくなったとき


もうだめだっておもったときに



落ち合う場所はここにしよう








べス

























冬の夜






開けはなはれた窓








冷たい空気






ジンジャーエール






NORWAYのセーター



緑色の目



ゆれるくせ毛




口内炎



















針葉樹林の白と黒のモノトーンの空の下


凍る金色のジンジャーエール湖













いつか地球のおもいでを語り合う姿を想像しながら





























2006年04月01日(土) 質問はといかけられつづける



あたしの名はファ美。
今日はユーラクチョウをPM7:00に出た。
ヤマノテ線、チュウオウ線、マルノウチ線の3つのラインを駆使して移動し、PM8:00には恋人のシーユー王とギョエンシンジュクで手を取り合ってた。
そして桜の木の下でシーユー王のインクのつまった深爪に嘆息しながら実のない話をしていた。




―― テレビ番組の「ウチくる!?」に自分が出演するとしたら中山ヒデと飯島愛にどこの町のどの店を紹介するか


ビデオコメントを寄せてくれる友人、突然登場するサプライズゲスト(中学校の恩師とかがベター)の人選など、これまでの自分の来し方や通り過ぎていった人々などに思いをめぐらせて2人して自分がゲストの場合に提案する番組構成を考えた。
「わたしだったら、町は早稲田・高田馬場になるわね。」というファ美に、”大学時代を過ごしたという理由はちょっとつまらない。”とシーユー王は企画を厳しくチェックした。
また感涙(予定)のサプライズゲストの人選もまた大いにファ美の頭を悩ませた。
超仲いい恩師なんていない。めちゃくちゃ会いたいいにしえの人がまるでいないあたしの人生って…とファ美はちょっとだけ落ち込んだ。
しかし、シーユー王が自分がゲストだった時に提案したい町「品川・高輪」のプレゼンテーションをきくとそんなことはもうどうでもよくなった。
彼の話すサプライズゲスト(9歳のシーユー王に自転車で突進し彼のヒザに消えない傷跡をのこした女子高生)の話に自分のしる由もない彼の記憶の片鱗に触れられたこと、
また出雲にいるシーユー王のお母さんのことが会話に少しでてきてファ美は感激していた。
「シーユー王のお母さん、最高。左目からこんな素敵な男の人を産んでくれてありがとう。」
それぞれが歩んできた歴史からこれまでに出会った人々や物事を一緒に思い返してゆく作業は、なんだか結婚式に呼ぶ人を決めてるみたい!と思うとかあっと頭が燃え上がった。




ファ美がよく話す芸能ゴシップやカーチューンの話題は、一見低俗だけど、
そうした世間の現象をとおして、どう感じているかで、その人のものの考え方やどういう風に育ったのかなど細かく知ることができるので、相手を知ろうとするときには「話題は選ばない」というのがファ美は自然とそうなってしまうのであった。
いま雑誌とかで有名人が自分のipodの中身をみせるという企画をよくやっており、
友達同士レベルでもipodの中身をみせあう行為がかなり行われており、どんな音楽を聴いているかで気軽に相手の属性をうかがい知ることが出来る新世代コミュニケーションのひとつになってきているのだという。
しかしファ美が思うのは、それはあくまでお互いの音楽から派生する趣味志向の類をかいまみることができるだけであり、
もっと深い中身の部分をのぞくにはいま一歩だと思う。音楽は知っていることが前提となるので知らなければそれ以上の展開はほとんどできない。知識レベルが対等じゃないと成り立たない気がする。
対等に会話するには「話題は選ばない」ことだ。 なんでもよく話すこと。
それに最近は相手と趣味が合う/合わないで一喜一憂することはほとんどない。
ファ美がシーユー王との選ばない話題の中でする会話はすべてファ美の魂が語りかける言葉だった。
問いかけに対してどんな答えがかえってこようともまったくかまわない。
どんな突飛なことをゆってもシーユー王は不思議な顔をしないの。
ただ、永遠にも思えるような問いかけと対応、そこからはじまる反応などが繰り返され世にも退屈な時間が流れるのを歓迎したいのであった。








「ささくれできたら、剥く?放っておく?」



「映画館では前・後どの席にすわるのが好きか」



「宇宙人の友人ができたら是非教えてあげたい地球のもの・できごと」



「この世の中でいちばん悲劇的な言葉とは」




「コスプレするならなにがしたい」




「メトロカードの図柄にすべき絵・写真は?」



「あたしをめちゃくちゃ傷つける事ゆってみて」



「“おはよう!”にかわる新しい言葉があるとしたら」



「プロレスラーになったらつけたいリングネーム」



「みそ汁の具で最強の組み合わせは?」



「店をもつとしたら何屋をひらくか」



「『転校生』みたく入れ替わる時、誰になりたいか」



「(フロムエーを開いて)再就職先をさがすとしたらあなた、なに系?」





シーユー王の答え、ひとつひとつに驚いたり批判したり同意したり会話は果てしなく続く








質問は この男を好きでいる限り 問いかけつづけられるのでしょう
と、ファ美は思うのであった














2006年03月27日(月) 電車をのりすごせ!













好きな人と地下鉄に乗ってて、その人が降りなきゃいけない駅を乗り過ごさせることに成功した。





降車駅に停車しても一向に席を立つ気配がなくまったく気づいてないようだったのが発端だった。
目の前の“アオヤマイッチョウメ”の看板がいつその人の目に入り、
「それじゃあ、またね!」といまにも軽やかにさっと席を立たってしまうんじゃないかと気が気ではなかったが、
そこはもう、ラッパーのごとくしゃべりにしゃべり倒してなんとか気をそらせることに腐心し、
テクノマニアのその人のために東京タワーにあるマニュエル・ゲッチングの蝋人形の話題なんてひっぱりだしてるうちに扉がしまり、
発車した瞬間に「あー」っと気づいたその姿をみて、そしらぬ顔をしようにも笑いがこらえきれずニヤニヤしてたら「知ってたのか!」と呆れられた。



毎日を面白くするヒントはどこにでもある。



最近は友達がひと言発したらすかさず「その言葉を○○さん風に!」とモノマネを強要するのもはやってます。
「えー、できないって」なんて野暮をいう人は私の友達にいないからうれしい。
皆おのおののベストをつくしてとっさに与えられた課題の人物を表現しようとしている姿をみるのがすきです。



今日は高円寺を散歩して、目に映るものすべてに対して点数をつけながら歩いた。
挙動不審なくたびれた老人「43点」、
カーネーションでつくったマルチーズ「75点」、
自然派食品を多数置いてるコンビニ「87点」、
しかし、入ったら店員が最悪だった「14点」、
友達のさえないギャグ「21点」、
顔にパックをかぶせられていた化粧品屋の前におかれたくまのプー「95点」、
かわいいと思って手に取ったら穴のあいてたスニーカー「マイナス100点!」





バースデーケーキの形をした帽子を被って笑顔の私の姿は友達のケータイ電話の中にひっそりとしまわれることとなった。






2006年01月31日(火) 世紫子、ネッシーの住む森へ




















世紫子が身体の変調を訴えたのは、真夜中のドライブ中のことだった。ファミレスの駐車場にいったん車をとめて、様子をうかがうと暗闇に彼女の瞳が光っているのがわかり、瞳孔はすでに開いているようだった。














「整司、おなかがいたいの。きっとあれだわ。」


「あれ、ってもしかしてあれ?」


「そう。たぶんね。あなたはまだ知らないかもしれないけれど、どうやら今日がそうみたいなの。」















この星の女たちは、150日周期ではげしい腹痛や嘔吐に襲われ、体が変調する習性をもつ。変調には個人差があり、たった一週間で終わる者もあれば、1ヶ月、2ヶ月とつづく者もいる。変調の度合いもまた人それぞれで、ヌートリアやアルマジロ、オオサンショウウオ、カルガモ、などさまざまだが、一般的には魚類への変調がもっともポピュラーだというが、中には竜になってしまう女もいるそうで、それはそれはやっかいな習性なのである。彼女たちは、それぞれの変調を抱えてその期日のみ森や沼などで過ごさねばならない。いかに親密な間柄であろうとその期間だけは誰もそばに近寄ることはできない。変調した姿はだれにも見せてはいけないしきたりとなっており、女たちはたった一人で変調した体を抱えて自然に還るのである。


世紫子の場合はオオナマズだった。世紫子の変調に出会うのは整司にとってこれがはじめてである。というか33年の彼の人生において母親以外の女性の変調に出会うのははじめてのことだった。どんどんと青ざめていく世紫子をまえにして、自分がどうしていいのかさっぱりわからなかった。世紫子のためにスタンドで水を一杯もらってくることをようやく思いついて、ピカピカのグラスを手に車に帰ってきたときには、世紫子の心はもう変調へむけて動き出していた。血の気のぬけた真っ白な顔で「このまま、できるだけ早く湖へ向かってくれない?」と話す彼女の横顔に、不謹慎にも整司はみとれていた。この真冬のさなかに世紫子がこれから変調の期間を過ごすとても冷たい湖のことを思った。
























2006年01月11日(水) A fight with pollen already begins (花粉との戦いはすでにはじまっている)




今日メールでやりとりしてた人から
「あなたのように純粋な人は…」
という修飾語でさらっと語られ、うそだとわかってもたじろいた。

純粋って、どういうこと。
その言葉の聖性が重くのしかかり、この人なんか思い違いしてんじゃないの?と思う

新年あけてから会う人ごとに「おめでとうございます」
電話口でも今年初めて話す人には「おめでとうございます」
メールの書き出しも、「おめでとうございます」

ちっともおめでたいことなんてないのに、ほんとバカみたい。
「今年もよろしく」とはいえどもぜってえ「おめでとう」とはいわねえ
と心にきめる 不粋で 浅はかで 未熟な
こうした精神がわたしのほとんどの心の持ちようを支配していることをこのお方は知ってるのだろうか
こういうことを考えてるって知ったらきっと、おぇー!と思われてしまうでしょう。


また、もうひとつわたしの不粋な心の持ちようについて書いてみる。
年末はほとんど毎日のように忘年会が催され、今年最後に会っておきたい人たちに
会いにいかなきゃいけないような気分に駆られてなぜかいろんな人と会って
鍋を囲んだり刺身をつついたりしながら笑ったり大声だしたりするんだけど
年があけてしまえば、なんてこともなく、あんなに「会わなきゃ!」と思ってた気持ちも平常心に戻っており、
あんな風に人々たちと過ぎてしまった時間をいつくしむような時間をすごしたことが不思議に思えてくる
その一方で新年を迎えるとまたリセットしたかのように口々に挨拶を交わし「おめでとうございます」などと言わなければならないことが
腹立たしいというのもなんとなくありそうだ。











「こういう可愛くない女ってだめですよねー」







と、いいながらも時々むしょうにヒールを志願したくなる








「レイフェル・アロイシャス レイフェル・アロイシャス」と3回となえてみる


































2006年01月10日(火) スフィンクスのように










ここのところ道を歩いていると片方だけの手袋が落ちているのをよくみる


商店街の薬やの前  中央線の階段の途中  ホームセンターの店内


さっきみたばかりの車道に落ちていた片手袋は、行き交う車たちに轢かれ轢かれ轢かれしているのかかなり薄汚れてぺちゃんこになっていた。
しかしなぜか指だけはピースサインを示していた。
どんなに踏みつけられようとも汚れようとも高々とピースサインを示し続ける片手袋・ミギーの姿になぜか勇気と前向きなメッセージを感じた。



数々の死闘を繰り広げた末、なんどか異星人たちを全滅させたメンバーたち。あとは地球へ戻るだけ、しかしそれには誰か一人が星にのこって出発のレバーを引かなければならない。その事実に気づいていたのはミギー一人だけ。なにもしらずに宇宙船に乗り込んだメンバーたちは出発間際、ミギーだけが乗船していないことに気づく。浮上する宇宙船の窓から彼らが見たのは、血と内臓に満ち溢れた戦いの残骸で朝日を浴びながらピースサインを示すミギーの姿だった。彼らはその姿がどんどんと小さくなって見えなくなってゆくまでみつめつづけたのだった…。




こういうストーリーが見えました。







2006年01月01日(日) いざシチューの王国へ
























大晦日  こたつの上のみかんは静かに熱いお茶とともに消えていくのであった。




















あと30分で年が変わるというときにテレビでは大好きなルートビヒの第九をやってた。カウントダウンにあわせて12時ちょうどに演奏を終えるという試みはマエストロの心にかなりの重圧をもらたすようで(そりゃそうだわ)彼の胸の鼓動と興奮が画面からすごいいきおいでこたつ生活者となっている私におしよせてきた。















この世のすべての者は



大自然のふところで歓びを享受する



すべて善なるものも 



悪なるものも 



すばらしきバラの道を歩むのだ



大自然はわれらに等しくくちづけし 



ぶどう酒と死の試練をこえた友を与える


 
そして小さな虫にさえ歓びが与えられ神の前には


  
天使が現れる



太陽が壮大な



天空の軌道を駆けるが如く



走れ兄弟たちよ 君たちの道を



凱旋の英雄のように喜びに満ちて


  
百万の人々よ 互いに抱き合え




このくちづけを世界に!





































フリードリヒ・フォン・シラーの詩にルートビヒがつけたその旋律すなわち交響曲9いわく、わたしは宇宙にたったひとりきりだいうこと。たったひとつきりの魂をもったそれぞれの人たちがひしめきあって交錯してそして離れていく。その幸福にふるえる。急にいてもたってもいられず数日間愛したこたつをようやく脱出し、先日上野の奏楽堂でやってた台東区フィルのルートビヒポスター(福田繁雄作)をカラーコピーし、そこらへんにあった官製はがきにべたっとはりつけて愛している人数名にこのメッセージを添えて年賀状としてポストに投函した。所要時間20分くらい。





マエストロの偉大な力でちょうど12時きっかりに演奏は終了した。と同時にお風呂場から「HAPPY NEW YEAR!!!!」とでもいっているような奇声が聞こえてきた。母だった。お風呂場の時計をみてはっとして外界への連絡をはかったのでしょう。「シャンプーで新年を迎えた」と湯上りほかほか頭で報告してくるのがかわいかった。




明日は魚屋と久能山へイチゴを狩りに参ります。魚屋はイチゴ狩りをしたことがなく、イチゴが生ってるところも見た事ねぇらしい。普段あんなに知恵者で常識人なのにそんなことも知らないのかよ、とうれしくなった。9時の新幹線だから6時起きか。大丈夫かしら、と私は早起きを懸念していた。































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