銀の鎧細工通信
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2010年01月08日(金) 005:あなたの心を切り取って (山土)

 ふあふあと煙が霧散していくのを眺める。
 ことの発端は、いつものように沖田が突発的に襲撃してきたことだった。ゲリラ的とも予定調和ともいえるようなそれ自体が、まず土方の機嫌を飽かず損なう。そんな折に放たれた言葉が、更に土方の胸を打った。
 『・・・チッ!おい!山崎ぃ!』
 『ザキならいやせんよ』
 『あぁ?!』
 『さっき使いに出しやした』
 なにを勝手に、と怒鳴ろうとした声は喉の奥で擦れて消えた。
 使いと云うからには、隊の所用なのだろう。それならば職務に違いはなく、また、隊長の権限を有する沖田に対してそれを咎める道理もない。
 『必要な時に居ねぇと困る、必要ならお前の部下にやらせろ』
 『ハイハイ』
 わざとらしく竦めて見せた肩に、露骨に眉を顰めた。
 (俺が、混同してるとでも云いたいのか)
 頼むべきことがあったのは事実で、疚しいことなど何もない。それでも土方は、わずかに怯んだのだ。半ば八つ当たりの様に発された、己の声に。
 去来したのは、八つ当たり同然に山崎を呼ばわる自分と、煩わしいことに面した際に山崎を呼ばわろうとする自分と、それへの忌々しさだった。
 土台あいつは空気の様に身側にあるのが当然だと、そう思っていた自らに気付き、土方はその不甲斐なさに歯噛みした。
 自分がめめしいことならば、あの分身が生まれた際にも散々突きつけられたことだった。どれだけそうした自分を嫌悪しようとも、土方に巣食う執着だの依存だの嫉妬だの、そうした粘ついた感情は根絶できなかったのだ。
 (違う、それは俺の声だ)
 土方が近藤へ抱く感情の諸々は、経年変化という救いとも呪詛ともつかぬもので、元来の強がりとともに随分と形をゆがめてきていた。敬慕、憧憬、愛着、恋慕、劣情。自分でも否定し持て余すそれらを、俯瞰して尚土方の傍に居る。それが山崎だった。自分がそれをはき違えて救済のように感じているようにも思え、何度も疑ってかかった。それでも山崎はおよそ力みなく笑っていた。そう、近藤が、<自分がそうなっていたかも知れない>可能性をも超えて尚、高杉という存在に手を伸ばしたその時でさえも。
 (あん人ぁ、誰も見限らない。それは判ってたはずだ)
 土方は溶けていく煙を漫然と眺めやりながら自問する。
 (だから意外でもなくて、それでも俺は、それなのに)

      自分が苦しんでいると、葛藤していると、
      それを判っている山崎に縋って、

      



        誤魔化したのだろうか?





 呆れた依存気質だ。総悟のことを笑えもしねぇ、と土方は乱暴にその漆黒の髪を掻き回した。
 泥沼さながらの自分の感情を眺めきった上で、それでもそっと、ごく自然に傍に居る存在に縋ろうとしたのではないか?そんな自問はこれまで何度も繰り返した。
 (あいつに甘えてることを、認めないまま俺はその手を必死に掴んだのかも知れない)
 罪悪感よりも、己への忌々しさが勝ることに、土方はそっと顔を顰めた。
 山崎は腹心とも呼べる仲間だ。他の誰にも云えないような汚れ仕事も、山崎とだけは共に請け負えた。監察として隊士を裁く材料集めも任せられたし、その責任を自分が背負うことも出来た。あいつに任せたことは俺の責任だ、そうして危険な仕事に赴かせたことは数知れない。信頼という名札で美しく飾り立て、自分は山崎の上に君臨し続けてきたのだ。そのことに後悔はない。必要なことだった、そう心から云いえる。
 それなのに。

 付き纏う後ろめたさと、自分が自分としてあるためには何か良からぬ発想を、土方はぶるりとかぶりを振って払おうとした。
 (俺が任せようとして、あいつが任されたと頷くなら、それはそれでしかない)
 自分は山崎に対して甘えているのではないか。
 否、山崎自身がそれを請け負うと決めたのなら、それは俺の所為ではない。
 結局はすべて露見しているということに妙な安堵を抱いて、それで山崎がいいというのなら、とあいつの判断に胡座をかいたのではないのか。
 それも山崎が決めることだ。
 自分ひとりでは答えが出ないようなことを延々と考え続けることも、また煩わしかった。そうして自分は、やはり持て余す感情から逃れるために山崎へ縋り付いているのではないか、と。その堂々巡りに土方は嘆息した。
 まるで埒があかない。もっとも、当人がいたとしても、こんな見っとも無いことを易々と口の端に登らせることの出来る土方ではなかった。
 解答のない自問に辟易し、そのままごろりと横になる。容赦なく煌々と目を刺す灯りに対して、無意識に腕で目の前を覆って嘆息する。
 (・・・あぁ・・・)
 そうだった。何かこうして考えている時に、益体もない、考えても仕方がないようなことに振り回されている時に、定められた様に山崎は屯所の厨房にいた。その灯りだけは土方の気を尖らせることなく、ただ当たり前の様にいつも静かにあったのだ。山崎が何がしか作業をするのその場所の、蛍光灯の眩さを不快に思ったことはなかった。取り立てて安堵もしなかった代わりに。
 (そういうことか)
 山崎の視線に、言動に、全く気が付かないほど土方は鈍い性質ではなかった。ある時は自分もこういう目付きをしているのだろうと思わされ、ある時はそれに図々しく甘えた。そうして後に酷く悔やんだのだ。
 (全部あいつの狙い通りだったのかも知れねぇな・・・)
 問い詰めても口を割りはしないだろう、その代わりに曖昧な笑みを浮べるだろう。こうして土方が自嘲し、後悔することも、若しかして山崎は判った上でいつだって手を広げて見せていたのかも知れない。
 (思う壺ってことか・・・)
 確信があったわけではない。ただそうかけ離れたものでもないだろうと土方は思う。そんなものを感じるからこそ、自分は山崎に八つ当たりそのものの暴力を加えるのかも知れなかった。
 「くそ」
 先ほどまでとは異なった忌々しさが苦くこみ上げる。副長だ、上司だ、の面子云々ではなかった。ただ土方は誰の思う壺にも収まることを許容できない。むかっ腹が立つのだ。
 横になったことで、じわじわと広がってゆく疲労と睡魔に身を任せ、土方は夢うつつに思った。
 (俺は隊の何がしかが欲しいわけじゃねえ。大将はあの人だけだ。隊のものは俺を含めて、全部あの人のものだ。ただ)
 ただ。
 山崎は戻ってきたらここに顔を出すだろう。そうして、用事をこなす間に見聞きし考えたことを自分に報告するだろう。
 (俺が寝てるのを見たら、あいつはたぶん起こさない。「まったく・・・風邪ひきますよ」とでも呟いて、何かかけさえするだろう)
 葉擦れの音が現実と夢との狭間に、静かな足音を齎すようであった。真っ直ぐに土方のほうへと向かってくる。
 (ただ、あいつだけは、隊でも何でもない)
 土方は気が付かなかった。腕で覆ったままの、その下の口元がゆるくしなったことを。
 それは確信だった。何があろうと山崎は土方に付き従ってくること。何があろうと土方と同じ側に立とうとすること。理屈ではなかった。監察という役目が故のみならず、山崎がそうするであろうことが土方には見えた気がした。
 (何があろうと、最期まで、俺のものだ)

 影のようなものなのだ。誰が望んだのか云えば、土方がそうさせたし、山崎自身がそうした。もしかしたら、土方は我と我が身を切り取って、放り投げては山崎に餌を与え育てきたのかも知れなかった。
 埒もないことだ、そう土方は今度こそ明確に唇を吊り上げた。











END












罠をかけたのはどちらなのか。利用したのはどちらが先か。
表はどちらで影はどちらか。
主導権を握っているつもりで握らされていると気付いてしまったり、主導権を握らせる振りをして振り回されたいだけだったりして。
山土はパッと見、土山にでもどうとでも見えるのがいいと思います。作文。


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