遠距離M女ですが、何か?
井原りり



 身もココロも

お月さんが西から昇ったって、できない、と思うことってある。


どんなに好きな人があらわれ、とことんココロを奪われようとも、あたしはカラダまでそのひとのそばにはいけない。


身もココロも常にたった一人だけに所有されているのなら、それはそれでどんなに甘美なことであろうか。

だがしかし、出会いには時間のずれがある。

時間差をおいて二人の人に出会った、ここまでは同じだ。

それぞれと共有する人生に折り合いをつけられるあたしと、つけられない彼女がいる。


Mrs.秋葉は彼女なりのスジを通し、あたしはあたしで、あたしなりにスジを通して生きている。

あたしたちは、お互いの感じ方、生き方を「出来ない、理解できない、信じられない」と評しあうが、相手を批判はしない。

自分にはこれしかできないってわかっていて、相手がやったようにはできないからだ。


Mrs.秋葉はあたしのことを「不思議なバランス感覚がある」といつも評してくれるが、ひょっとしたらあたしはオトコに限らず、仕事や表現分野、世間との付き合い、すべてに DUAL MODE で自分を制御してないか?



親にも家族にも見せていない、見せられない、見せたくないあたしのB面。


あたしのB面は深く暗い。
そしてかなりの重さがある。


彼女にはC/WはあってもB面がない、とはいわないが、親も家族も知らない領域の範囲は狭いんじゃないか?
隠しファイルってとこかもしれない。

どこかをクリックしれば画面には出せるはず。まあ、開けないだろうけど。


あたしはアナログのレコードで、彼女はCDだ。




2002年10月22日(火)



 骨の髄までMなりき


新宿で恋する女が三人寄れば……。


「どうしてそんなに言われた通りにできるの? 言いたいこととか、悔しくなっちゃうこととかないの?」

Mrs.秋葉が憤慨していう。

いはらから「嫉妬しちゃだめ」っていわれて、あたしが「はい」っていっちゃうこと自体がもう納得できないことだらけだっていうんだ。

百歩譲って、そういうのがS男特有の深謀遠慮だとしても、全然理解できないという。

「だってフツー、女はそこで嫉妬するでしょう? しないわけないでしょう? あたしにはそんなことできないって話にはならないわけ?」
「ならないよ」
「……」

官能ネットのkako嬢はMっ気ありだから、うふふと笑う。

「だーりんに言われる事は絶対服従だよねん」

いはらは、だーりんじゃあないんですけど……。ま、いいです。

うん、言うこときかないわけにはいかない。

自分の主義主張より、いはらの意思は優先されてしまうのだ。


なぜなんだろう?

うんもすんもない。反射的に「はい」って返事して、納得してる。


見かけ上のあたしは威張ってて偉そうだ。
職場のオトコたちも、お伺いを立てこそすれ、誰もあたしに命令しない。


いはらと夫だけがあたしに命令する。

命令されるのはうれしい。
だから、いうことをきく。

命令に従うこともうれしい。

そうして気持ちいい。


どいつもこいつもわかっちゃいねえんだから、ほんとにあたしのことわかってくれてたら、それだけで感謝。

感謝してる以上は、いうこと聞くのは当然じゃんか。





2002年10月21日(月)



 東京だよ、おっかさん。


降水確率の高さにびびって、新調したお召しでの外出はあきらめたが、結局、パーティの会場から、新宿駅までは地下道をたどっていけばたどりつけてしまい、傘を一度も広げることなく帰宅。

なんだかがっかり。

去年、このパーティに集まった時、渋いこげ茶の着物に男物のような細帯を粋に締めて、ちょいと足元がご不自由なのか、杖をついて歩いてらした年配の女性は木版画の先生であられたよし。

なあるほど、今回も着物と同じ生地で羽織風の(でも襟の折り返しがない)上着をはおってお召し物は渋いのに、髪は緑色に輝いてて、目立つめだつ。

ああいうばばあになるのも、いいかもしれんな。

年寄り中心の会合は一次会で切り上げ、高層ビルの29Fへ……。



官能ネットのkakoちゃんたちと飲んだ。

そそる画像もあります。



2002年10月20日(日)



 降水確率 高い!


着物、しかも新品、しかもお召し。

いっくらスコッチガードしてあったって、無理ですな。

じゃあ、何を着て行こう?



2002年10月19日(土)



 一尺八寸


くじら尺のものさし(=\650.)を買ってきた。

呉服屋と話してたって通じないんだ。
もう、わけわかんないんだ。
らちがあかない。

こっちはもうずっと「cm」で生きてきたんだが、向こうは「寸尺」で生きてきてて……。

センチでいうなよって向こうも思ってんだろうけど……。
尺でいわれても、てんでわかんないわけで……。


ふう、やっとこれで腹に落ちた。

今まで「一寸は約3cm」って in put され自分もそう思い込んでて、子どもにもそう教えてきたが、3.8cmもあるじゃないか!

円周率3.14を「3」だと教えるのと同じくらい大きな間違いを、なんでこの年までほっておいたか。

一寸法師が3cmか、3.8cmか、この8mmの差は大きいぞ。



で、呉服屋が「裄丈が一尺八寸もあるのは、測り間違いじゃないでしょうか? わたしの今着てるのが一尺六寸五分です。そんなに大柄なかたじゃないのに八寸っていう寸法は……」

出来上がったお召しを実家でちょっとはおってみる。

洋服の袖丈はいつも手の甲に半分かかってしまうくらいの、チビなあたし。

いつぞや親が知らないうちに仕立てていた着物の袖がつんつるてんで、手首が丸見えだった反動かどうかしらんが、袖くらいたっぷり長くってもいいじゃないか。

まあ、妥協して一尺七寸五分で統一しましょうってことになった。

襟の抜き方とか、きちんと着て測るべき?

信頼してるお針のお師匠さんに測ってもらっての寸法なんだよ。

親がむかし着ていたキモノが、ほどいて洗い張りに出してあったのを発見したから、去年、この寸法で5枚も6枚も仕立てちゃったんだ。


めんどくさいような、わくわくするような……。

いやあ、幸田文とか、青木玉とか、読みたい。
読まなきゃ!。



* * * * *



夫は着るものに関してはプロである。

子ども服の高級ブランドなんて、いくらでもある。
お金さえあれば、どんな下品な夫婦の家の鼻たれ小僧でもこまっしゃくれた city boy にはなれる。

バブル期、夫は子ども用の着物にざぶざぶ、お金をかけた。

洋服じゃあ見栄を張るにも上限があるってことだろう。
着物で張る見栄には限りはないからな。



生後6日め。
産院を退院する時も真っ白なレースのドレスじゃなく、お宮参り用の背中に魔よけの縫い取りのある繭の色そのものの絹のおべべ。

当然、お宮参りも七五三の衣装も子どもそれぞれ別にこしらえた。

わたしはプロの前で自分が着物を着る自信がなかったから、お宮参りも七五三もスーツとかワンピースだった。

バブルがはじけて、子どもの着るものはみんなユニクロ。

ほんだば、わしもおべべを着るべ。

うちにあるものを着る。
よほどのことでない限り新調しない。
賢い節約。



* * * * *



子どもの視界からは死角の位置にわたしらはいた。

夫は立っていて、あたしはしゃがんで冷蔵庫に野菜をつめていた。

ムスメに声をかけながら、夫があたしの頬をなでなでした。

あたしは夫の足をすりすりしてみた。



犬みたい……。



あたしはこの人の犬でもあるんだって、思った。





2002年10月18日(金)
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