遠距離M女ですが、何か?
井原りり



 頭脳系のSM


彼女は「犬」である〜6〜


最初は「K」から毎日「今日の課題はこれこれで、今から報告する」といったメールが来ていたが、そのうちそれがなくなっていく。

ああ、もう二人は直でやりとりしてるんだな。


いはらの命令は短い。
むしろそっけない。

世間で流通しているような独特でミョーにいやらしいくせに全然官能からはかけ離れている「ご主人様コトバ」など、一切使わない。

でも脳天に届いてカラダを揺さぶる。

あたしたちが「頭脳系のSM」を標榜するゆえんはここにある。



「K」がどんなに前の飼い主に入れ込んでいたかを知っているので、よもやいはらに「コロっと参って」しまうようなことはあるまい、とわたしは自分に言い聞かせる。


いはらは自分に引き寄せられるMを「患者」とよく呼ぶ。
医者の思惑に関係なく、患者は医者に「コロっと参って」しまいがち。




そう。

「言い聞かせ」ていなきゃいけないくらい、あたしのココロの中に疑惑は芽生えつつあった。
アタマじゃわかってたって、感情は噴き出して来てしまう。



いはらにその気がないってことは、わかる。

でも「K」がその気になっちゃったら、あたしはどうすればいい?




嫉妬しちゃいけないってことは、すべて一切なんの口出しもできないってことじゃんか。

「オトコなんてわかったもんじゃないわよ。口先だけでなら、なんとでも云えるんだから……」とひとはいう。



いはらがいうように、わたしら奴隷姉妹が「よく似ている」なら、あたしがそうであったように「K」がいはらに逢いたいと願うのはごく自然ななりゆきじゃないのか。


「K」がいはらに逢いたいって言い出したら、あたしはいったい、どうすればいいんだろう?




2002年10月01日(火)



 M女の餌


彼女は「犬」である〜5〜


いはらが構築する世界の中で彼が切り結ぶ人間関係に関して、わたしは一切の嫉妬を禁じられている。

「りりが嫉妬して、どうするよ」

何度いわれたことか。


大事なことは、ここが誰のためにあるか、ということ。


いはらの歓楽のため。
いはらにとって愉しいことが何よりも優先されるということ。

そのために「K」がいて、わたしもいる、ということ。


M女の感情論はどこか他で、しかもいはらには一切関係なく、やってくれってことだ。
そんな感情論は捨ててしまえば、一番すっきりする。


だから、捨てた。


捨てきれないものだけが、ココロの中に残った。

名付けようのない、ひりひりした熱い痛みだけが、ココロの中に残った。




M女の餌は「傷」と「痛み」。

いはらはちゃんと餌付けをして、あたしを飼い続ける。






2002年09月30日(月)



 所詮は、おんな


彼女は「犬」である〜4〜


いはらが妻とわたしとの共通点をあげたりすると、奴隷の分際で何をかいはんや、ではあるのだが、にんまりとしてしまう。


「K」とわたしもよく似ていると、いはらはいった。

ふうん。
そうなのか。

なんというか、あまりいい気分ではなかった。


いはらとわたしは前世の兄妹で、お互い今世では「ひとりっ子」なのだが、「K」もまた兄弟姉妹がいないひとりっ子だと聞いた時にはちょっと悔やしかった。

「おいおい。お前まで、なんでだよ」と、実は思っていたのである。

このことは今まで彼女には一切言わないで黙っていた。


「りりさんが、ご気分を害してはおられないかと、気がかりです」と気遣ってくれたメールの返信にも「全然、だいじょうぶですから、どうぞこの関係を楽しんでくださいな」と打ったはずだ。

女なんて、こんなもんかもしれん。




2002年09月29日(日)



 一時的S化計画


彼女は「犬」である〜3〜


「K」をわたしが飼うということは、「K」に対してだけ、わたしは一時的にS化するということだ。

S的要素、M的要素というのは配分には個人差があるが、誰でも両方持っているはずだ。

わたしの場合は……、まあ、仕事してる時のあたししか知らない人からは鬼のような女王様みたいに思われているのかもしれないが、中身はずぶずぶのMである。


いいんだ、ほんとのわたしのことはいはらと夫だけが知ってさえいれば……。

Sではないんだが、Sもできますよっていう感じだ。
当然、「K」にも実際に会ってプレイするつもりでいた。
本格的ではないものの、お道具も少しは持っている。
向こうもそのつもりでOKしたはず。


わたしは同性愛者ではないので、女に恋心は抱かない。
でも、レズプレイにまったく興味がないわけではない。
やってもみたいし、やられてもみたいってところだ。

オトコとイタしちゃったら裏切りモノ。
いはらの指示をうけて、同性とならば、2年前の思いつき(?)@失礼! を忘れずに実行に移した忠義モノ。


「ご主人さま」と別れた「K」は戸籍上の「ご主人」の厳しい監視下におかれていたが、同性の友人にならガードも、きっと甘いはず……と踏んだのだ。
実はこの読み自体が「甘かった」のだが、それについては書く必要はない。

つまりこの関係は、いはらに管理されてるわたしが「K」を管理することにはなるわけで、三角関係ではなく、直線の上下関係であったはず。

まあ、「わたしのものはいはらのもの」だから、そのうちいはらが「K」を直轄管理下に置くようになるかもな、とは思っていた。



2002年09月28日(土)



 M女がM女を飼う理由


彼女は「犬」である〜2〜


毎回「犬」呼ばわりは霊長類ヒト科の♀に対して失礼というもの。

で「K」と呼ぼう。

『吾輩は猫である』に続き『こころ』かよ。
やっぱり夏目漱石は偉大。



「K」はかなり前からの熱心な読者さまの一人でよく感想のメールをもらったりしていた。

はぐれた飼い主が、わたしと同じ県に住んでおられたことも親しみの因であった由。

別れがどんなに寂しかろうと「さびしい」とはいわずに耐えるM女。
想像力があれば、こころの中は読み取れる。

はたでその様子を見ていていじらしいと思えば「うちで飼われてみないか」と声を掛けてもばちはあたるまい。


もう、随分まえのことになるが、いはらから「スキルアップになるからM女を管理してごらんよ」とはいわれたことがある。

その時、まわりにいたのは「相方はやっぱり殿方でないと……」というM女のみなさまで実現にはいたらなかったんだった。



2002年09月27日(金)
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