風紋

もくじ / この前 / この後


2003年03月26日(水) 卒業式の季節だからか、綺麗な着物を着た若い女の人をよく見ること

最近、卒業式の季節だからか、綺麗な着物を着た若い女の人をよく見る。色とりどりの振り袖や袴。そんな女の人と擦れ違うたびに、自分の中の何かが激しく揺さぶられるような気がして、平常心ではなくなってしまい、涙がこぼれそうになったりもする(自分でも大袈裟だろうとは思うが)。

1つには、自分自身が袴を着た時の卒業式をあまり満足のいく形で迎えられなかったからということがある。つまりは大学の学部の卒業式なのだけれど。今さら悔やんでもどうしようもないし、どうしようとも思わないけれど、私は、大学の学部の最後の1年をものすごく後悔の残る形で過ごしてしまった。それは他の誰のせいでもない。周りの環境のせいでもない。自分が悪かった。自分が悪いのはわかっていたのに、どう動けばいいのかわからなくて、悩めば悩むほど自分の手で自分を苦しい立場に追い込んでいたような気がする。結局、卒業はできたものの、卒業論文の出来は無茶苦茶で、こんなので私は卒業する資格なんてないのに、こんなに華やかな場にいたくないと思うと、その場にも居辛かった(実際、進学も就職も決まってなかった)。

それ以上に後悔が残るのは、卒業式の当日にあってさえも、自分が“今、この瞬間”“この風景”“今、ここに居る人”を大切にしていなかったことだ。自分自身が、進学は決まっていないにしても大学に残ろうとは決めており、あと他の友達も、進学したり進学を目指したりで結局大学の周辺にしばらくの間は残ることを決めている人が多かったので、これでお別れだという意識が希薄だったのだと思う…でも、それは何の言い訳にもならない。

それがそこにあるのが当たり前だと、無意識のうちにそう思っていた。その人がそこに居てくれるのが当たり前だと、無意識のうちにそう思っていた。「じゃあまたね」と言って一度はお別れしても、「じゃあまたね」と言った以上は絶対にまた会えると無意識のうちに思い込んでいた。そう思い込んでいた私は、随分と傲慢で甘ったれだったのだと思う。

でも本当はそうではなくて。また会うその日まで絶対に生きている保証はどこにもないのだった。ある人が生きていて、そこに居てくれるということは、決して当たり前のことではなく、とても有り難いことなのだと、その時の私は知らなかった。卒業式の1ヵ月後にそれを思い知り、激しく後悔したのだが、遅かった。

卒業前の最後の1年の過ごし方と、その帰結としての卒業式のことを思い出すたびに、今でも少しつらくなる私は、未だにその1年を乗り越えていないのかもしれない(乗り越えるようなものなのかどうかわからないが…)。気を抜くと、あの時と同じような1年を自分は過ごしてしまうような気がする。それがそこにあるのが当たり前だと、その人がそこに居てくれるのが当たり前だと、傲慢にもそう思ってしまう。そんな自分が許せないなと思う。

あれから何度目かの春を迎えるが(何度目かは書かないが)、この季節になって、着物姿の若い女の人と擦れ違うたびに、ごめんねと言っているような気がする。ごめんねと言い続けていても仕方がないから、その時その時で“今、この時”を大切に生きること。周りをしっかり見ること。自分の目で見て自分の耳で聞いて自分の頭で考えて。感じて。そして今ここに居てくれる人を大切にすること。生きてそこに居てくれるただそれだけのことがとても嬉しくありがたいことで。あなたに会えて良かった。後悔のないように人と会うこと。ありがとうとごめんなさいと好きだよという言葉は迷わずに伝えること。人と別れる時にはある程度の覚悟をもって別れなければならないこと。

あなたのこれからが、誰よりもあなた自身にとって幸せなものでありますように。何もできない私ですが、そう祈り続けています。その祈りがどれほどのものになるのか、わかりませんが。

この場で書きたくないことを省略して書いているので、わかりにくい日記でごめんなさい。


そんなことを書きながら。新年度に向けての準備が物理的にも精神的にもまだできていなくて。

3月になって降ってわいた話があったりしたせいもあって、新年度に向けては不安ばかりが募る。それでも、まだ続けたいと思うから頑張る。


2003年03月24日(月) 沈丁花と住所 / さくらがさいた / 後悔しない

沈丁花の、心地よく懐かしい匂い。

前の家の庭には沈丁花があった。子どもの頃は、散り落ちた1つ1つの小さい花をままごと遊びの材料(?)に使っていた。小さくて可愛らしくて、とても使いやすかった。木に咲いているのをちぎったりはしなかった…ということにしておく。

今の家の住所を書くたびに、番地がこれで正しいのか何度見ても自信がないような気がするし、気を抜いていると右腕は勝手に前の家の住所を書こうとする。そして新しい住所の隣に並んだ自分の名前は自分を現すものでないように思われる。ただ、もう前の家に戻ることがない以上は、前の家の住所を書くことも気紛れ以外ではもう二度とないのだから。


諸事情で研究室に居ることができなかったので、隣の研究室にお邪魔した。隣の研究室には大きな窓があって、窓のすぐ外に桜の木がある。つぼみがどんな感じなのか見てみようと窓に近づいて見てみると、もう相当色づいていて、隅の方のもの(たぶん部分的に日当たりの良い場所)は花を咲かせていた。桜が咲いてるよー1個だけだけれどーと後輩を呼んで、2人で眺めていた。他のものも、恐らくもう少ししたら咲き始めると思う。嬉しいなぁ嬉しいなぁ。


三連休の余波か、今日は例えるなら助走だけで終わった感じ。助走にそんなに時間をかけるなという感じなのだけれど。


以下引用。
「昔、水沢さんが言ったわ。反省しなければ、人間って進歩しないだろうって。でも反省と後悔って違うのよね……。わたし、ずっと、こういう風に思ってきたわ。“我、ことにおいて後悔せず”っていうのは……何かをやる時にね、本当に極限まで−−自分の思考範囲極限までそれについて考えてみて−−で、はじめて、何かする訳よ。そうしたら……たとえ、結果が凶と出たって後悔なんてできないわよね。後悔したら、極限まで考えた自分−−自分そのものを否定することになっちゃうもの」
(新井素子「通りすがりのレイディ」1982年、集英社。pp.113〜114)

あまりうまく書けないけれど。こう言える時(場合、場面)と必ずしもそう言いきれない時(場合、場面)とがあるのだと思うけれど。これと似たようなことを考えたことが私にはある。というかこのセリフが妙に腑に落ちたというか。自分のしたことを考えるとどうしようもない苦みを感じて、しなきゃよかったのかもしれないと思ったり、でもそれをした時には精一杯極限まで考えて、ああするしかしようがないと思ったんだし、結局いま現在も本当のところはそう思っているんだということを思い出すと、立ち往生するしかなくて、自分自身を消してしまいたくなったり。しかしそうしたところで何にもならないよとも思い。何だかそういうことの繰り返しだけれど。

多分、誰かに「後悔してるの?」と訊かれたら「してないよっ」と答えると思うのだけれど、見えないところで言葉にならないものを涙と一緒に噛み潰しているような気がして、でもそういうところも引っくるめて私の生き方なのだと。


もくじ / この前 / この後
浜梨 |MAIL“そよ風”(メモ程度のものを書くところ)“風向計”(はてなダイアリー。趣味、生活、その他)