風紋

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2003年02月08日(土) 夢を見た / 居酒屋の閉店 / 焼き芋屋さん / 練習へ

悪い夢、というより少し嫌な夢を見て目が覚めた。確か「あなたの英語力は全然だめで、しかも2年経っても3年経っても向上しないだろうし、今から何をやっても手遅れだ」という意味のことを言われた夢だったように思う。起きたら泣いていたので、実はもっと色々あったのかもしれない。覚えていないけれど。どちらにしても、泣いてしまうのって良くないなと自分で思う。泣く前に頑張ることができればいい。いや、泣いて感情を解放するのも時には必要なのだけれど。

怖い夢よりはよっぽどまし。


出かけた時に、たまたまいつもと違う道を通って帰った。馴染みの居酒屋さんの前にきた時に、営業時間帯でないとしても何だか暗いなと思い、よくよく見てみると「閉店のお知らせ」が貼ってあった。10日ほど前に閉店したとのこと。

この居酒屋さんには、演奏会の打ち上げで度々来ていた。演奏会の打ち上げは、ほとんどいつもこの店でしていたから(最近は違うところを使うこともあったけれど)。昨年秋の演奏会の後も、ここで打ち上げをしたばかりだったのに。閉店するなんて思っていなかった。

いろいろなことを思い出す。あの人の顔や、この人の声。あんな話、こんな話。そこにいた、その時その時の自分。

また大切なものがなくなってしまったなぁ、と思ったけれど、今までどうもありがとうね、と呼びかけて帰ってきた。


午後、洗濯物を干していると、焼き芋屋さんの車の呼びかけの声が聞こえた。かなり長い間聞こえていたので、この辺りをぐるぐるしていたのだと思う。妙にmelodiousな声で、聞き入ってしまった。そのうちに「焼き芋ー、やったね」という声が聞こえたので、なぜ焼き芋のために快哉を叫んでいるのかと思ったのだが、よく聞いてみると「焼き芋ー、焼き立て」の聞き違いだった。

買いには行かなかったけれど、焼き芋は好き。


雨がさわさわと降る中、練習に行く。先日の合奏では脱落しまくっていたが、今日は多少ついていけたかなと思う。まずは間違っても思い切って音を出してみること。

「テレプシコーレ」で使うとかで、フルートパートの人の1人がバスフルートを持ってきていた。アルトフルートは以前に見たことがあるけれど、バスフルートを見たのは初めてで、思わず「フルートが曲がっている…」と呟いた。ちなみにこのような感じ(その方が持っていたのはこのメーカーではないかもしれないけれど)。


2003年02月07日(金) 穏やかな日 / 大好きな場所 / 重要論文発見 / 西本智実さん / 歩道橋事故のニュースより

とても落ち着いた穏やかな気分の日だった。何故かはよくわからない。お天気が良かったからかもしれない。それだけではないかもしれない。お天気が良くても、へこんで沈んで下向きでどうしようもない時はあるから。

いずれにせよ、少し嬉しく思い、特に何があったわけでもないけれど、良い1日だったと思った。こんな日が毎日ではないのだけれど、時々、理由もなくこんな日がある。そういう時、私は死にたくないのではなくて、生きていたいのだと思う。

とは言え、1週間の終わりはやはりきつい。


上と関連するようなしないような、だけれど、ふと、自分の住んでいるところ、それから自分が現在1日の大半を過ごしているところ(土地と言ったらいいのか、地域と言ったらいいのか…)のことをたまらなく愛しく思った。私はこの土地のことをすごく好きだと思った。だからと言って、他の場所がどうでもいいというわけでは決してなく、でも、ここは私の愛する場所だと思った。誰にとっても、そういう場所があって、それは私の愛する場所とは別の場所なのかもしれないけれど、別の場所でもかまわないと思った。


文献検索をしていると、私にとって非常に重要な論文が2003年1月に出ていることを知り、早速手に入れた。早めに読もうと思う。


いつもよりかなり早めに帰ってテレビを見ていると、西本智実さんという女性指揮者の方が出ていらっしゃった。この方のことは今まで全く存じ上げなかったのだけれど、1994年に大阪音楽大学作曲科を卒業された後、1996年にロシア国立サンクトペテルブルク音楽院に留学され、2002年1月にロシア・ボリショイ交響楽団ミレニアム首席指揮者に就任された方だということだった。

一目見た途端、あっこの人すごく素敵だ、好きだと思った。番組が進むにつれ、ますますその思いを強くした。惹かれた、魅せられたという感じに近いかもしれない。一目惚れで一聴き惚れ。憧れ。それはほとんど直観のようなもので、なぜそう感じたのかはうまく説明できないのだけれど。敢えて言葉にするとしたら、夢を現実にする意志の強さ、毅然とした姿勢、音楽に対する一途な愛情…かな。

私もこんな風に生きることができたらいいな、生きたいなと思った。今はまだ、何をするにしても至らぬところばかりだし、業績もほとんどないけれど、それでも負けずに研究を苦しみながら楽しみながら愛情を持って続けていきたいと思った。泣きながらでも背筋を伸ばして。

へこんでばかりの私だけれど、本当はもう少し一途にやり通すだけの強さが欲しい。頑張らねばと思う。


明石の歩道橋事故の裁判のニュースを見て、お互いが生きていれば、それがどんな間柄であろうと会うことは不可能ではないし、また会えると希望を持てるけれど、死んでしまったらもう二度と会えないし、会えるという希望を持つこともできないという、ごくごく当たり前で、けれどこの上もなく悲しい事実を再認識した。

私にとってとても大切な人である「あなた」がいなくなったら私も死んでしまうだろう、とは思わないし、実際、物理的には死なないだろう。逆もまたそうだろう。しかしそれとは全く別次元で(?)、「あなた」がいなくなったら私が寂しくて悲しいから生きていてください、と思う。

そんなに簡単に死ぬわけではないのかもしれないし、私が心配性であるだけなのかもしれないけれど、明日何が起こるかわからないとも言えるから。それは怖くてあまり考えたくないことけれど、考えないのも怖いから。


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浜梨 |MAIL“そよ風”(メモ程度のものを書くところ)“風向計”(はてなダイアリー。趣味、生活、その他)