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風紋 もくじ / この前 / この後
いろいろなことがあって(いや、これは嘘かも。そんなにもいろいろなことはなかったかも)、いろいろなことを考えて、いろいろなことを書き残しておきたい気持ちでいる。しかし、明日は週に一度のお仕事の日なので、早く眠らないと起きられないなというのと、明日のお仕事、2週とんでしまったのだけれどきちんと喋ることができるかしらというのと、明日は諸々の事情でそれ以外の仕事ができそうにないのに、しなくてはいけないことが沢山あるというのとで、あまり書けそうにない気がする。いや、そんなに忙しくもないんだけれど。たぶん。単に私の処理能力が無いだけ。合間には「そよ風」を書いたりもしているし。切羽詰まっていなければならないのに、どこか何だかぼーっとしている。 「あけましておめでとう」というのは何故かしらと思った。 もし、新しい1年を無事に迎えられたことに対して「おめでとう」と言っているのならば、毎日、毎朝「おめでとう」と言ってもいいかもしれないと思った。新しい1日を無事に迎えられたことに対して。 今年はこんな風になればいいなと思うことは、また後ほど。 今、聴いている音楽 「歌劇“サムソンとデリラ”より“バッカナール”」(サン=サーンス作曲) (Bacchanale from "Samson & Delilah" / Charles Camille Saint-Saens) この曲の雰囲気がとても好き。中学生の時に何かの機会に聴いて、「ひと聴き惚れ」した。数年前に一度演奏する機会を持つことができて、すごく嬉しかったのを覚えている。全然関係ないはずなのに、なぜか、メロディーからは「吹雪の中を孤独にひたすらに走っている」というイメージを思い描いてしまう。 結局、この時間か…。
何だか、あまりにもよい気分の朝だったので、珍しい時間に更新。もう時間的には昼なのだが。 で、夜(深夜?)。 年末年始にぼけっとしすぎていたので、今になってから大変なことになっている。半分くらいはこうなるだろうなと予想はしていたものの。一人でパニックに陥っているならまだしも学部生まで巻き込んでいる。ごめんなさいほんと。結局星を見ながら帰って来た。地上の灯りが眩しくてなかなか星が綺麗に見えない。でも地上の灯りが眩しいくらいでないと夜道は危ないというジレンマ。 その(この↑)後にあったささやかな幸せ。 帰り道で猫に遭遇することができたこと。2匹で追いかけっこしていた。猫、割と好きなのだけれど、日常であまり見かける機会がないので。 もう1つは、ちょっとだけ内緒。 でも、こうして無事に1日を終えることができただけで、何より幸せなことなのかもしれないと思う。そして、今、「あなた」がこの日記を読んで下さっているとしたら、それも何より幸せなことなのかもしれないと。 良かった。 捨て身、という言葉が、帰る途中の電車の中でふっと頭に浮かぶ。 「捨て身」の意味は「(1)身を捨てるような気持ちで、全力を出して事にあたること。 「―の覚悟でぶつかる」 (2)身を捨てること。なげやり。やけっぱち。「―になる」」だということだった(インフォシークの国語辞典より)。 そっか、捨て身でいけば何も怖くないんだ、何も恐れる必要もないんだ、とは思った。 しかし、捨て身になるのも、私にとっては度胸が要ることだと思った。 “何を失っても私は後悔しないわ”と言えたら潔くてさぞかし恰好いいことだろうと思うけれど、そんな在り方に実はちょっとだけ憧れていたりもするのだけれど、現実には私にはそれなりに失いたくないものも絶対に守り通したいものもあるし、いつもいつも後悔ばっかり。で、絶叫したり逆上したり頭を抱えたり。それもそれでいいのかもしれないと、思ったり思わなかったり。 なんだかうまく書けた気がしないけれど、そんなようなことを考えているうちに電車の中で眠っていた。 今、聴いている音楽:バレエ音楽「三角帽子」(ファリャ作曲) (最初変換したら「参画防止」と出てきた) 追伸:ほんとに、ごめんなさいね。
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