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くだらない駄洒落を言ったり、ちゃちゃを入れたりして笑い転げていた1日。 捨てる神あれば拾う神あり、と思いたい。拾ってもらわなくても、やっていけるのかもしれないけれど。 いつ拾ってもらってもいいように、今できることにひたすらに一途に取り組みたいと思った。拾って欲しいと思う時に、きちんと自分からアピールしていく思い切りのよさも欲しいと思った。アピールできるだけの、しっかりしたものを自分の中に持ちたいとも。今はいろんな意味で至らぬところが多く。 こんな私に声をかけてくれる人に、ありがとう。 しなければならないことはたくさんあって、課題は山積みで、それを全然こなせていない自分がいるのだけれど、それでも金曜日の夕方になるとほっとして少し肩の力が抜ける(抜けていてはいけないんだけれど)。 夕方、図書館に詩集を探しに行って、1冊借りた。詩の解釈なんて、きちんとできるかどうか甚だ自信はないけれど、静かな気持ちで読んで、言葉にならないところで何かを感じている気がする。いつも。 最近は17時頃にはもう暗くなっている。 蜜柑を食べていた人が、「この蜜柑は何だかやる気のない蜜柑だ」と言った。 やる気のない蜜柑ってどんなの?と聞くと、よくわからないけれど何となく、とその人は言った(皮が硬かったらしい)。 蜜柑にもやる気がない蜜柑がいるんだと思うと、何となく親近感が湧いた。
結局、昨夜はちっとも眠りたくならず、朝方までほけほけと起きていた。そんな夜もある。 ふと思い立って、「ガランタ舞曲」("Dances of Garanta",コダーイ作曲/アンタル・ドラティ指揮,フィルハーモニア・フンガリカ)を聴いた。ガランタとは、ハンガリー東北部にある町の名で、コダーイは子どもの頃約7年間をここで過ごしたらしい。曲は導入部と3つの舞曲、それをつなぐリトルネロおよびコーダから成っている。華やかで情熱的だけれど、どこか上品で透明感があると思う。最後のアレグロの盛り上がりが、一途に向かっていく感じで、好き。 追記:作曲者名を書き忘れてた。コダーイの作品では「ハンガリー民謡“くじゃく”による変奏曲」も好き。 こんなこっそりひっそり書いている日記で宣伝しても大して宣伝効果はないような気もして申し訳なく思いますが、使わなくなったマウス・余ったマウスをお探しの方がいらっしゃいます(胡桃の中の航海日誌のいずしさん)。私自身は余っているマウスを持っていないですが、もしも余っているマウスをお持ちの方がいらっしゃったら、私からもよろしくお願いします。 マウスって、使い慣れないときは本当に緊張していて、ダブルクリックするたびに何故か肩を上げてしまったり息を詰めたりしていたような気がするけれど、今はごく自然に使っていて、自分が今、左クリックをしているのか右クリックをしているのかダブルクリックをしているのかなんていちいち意識していないような気がする。たまに誰かにマウスの使い方を説明する時に、すごく考え込んでしまったりする。 追記:何だか、マウスを見ると妙に気になって、引き抜いて持っていきたい衝動に駆られている(11/15,15:34)。
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