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2004年07月04日(日) 二極化…

今の日本社会に於いて、あらゆる面での二極化が進んでいる…というのは、しばしば聞かれることです。
実際、生活していても、この二極化現象を肌で感じることも多く、「勝ち組」とか「負け組」などという言葉が流行るのも、このような社会の実態と深い関係があるように感じています。

このような時代背景の元、ピアノのレッスンが影響を受けないわけがありません。
販売されているテキストも、楽譜がきちんと読めて、楽しんでピアノに向かえるように…というモノから、如何にして、テクニックを磨いていくか…というものまで、様々です。
もちろん、こういうことは、今に始まったことではありませんが、それにしても、その分かれ方が、よりハッキリしてきているような気がします。
プロを目指して研鑽するお子さんと、趣味の情操教育として取り組んでいるお子さん…というのもありますが、そういった表面的なことよりも、親御さんにとって、音楽がどのような意味を持っているか…とか、謙虚に学ぶ姿勢をお子さんに教えられるか…の方が、実際には、大きな影響があるようにも見えます。

確かに、二極化というのは、取り組んでいる生徒さんにとっても、指導者にとっても、保護者にとっても、楽な面(というと語弊があるかも知れませんが)があるように思います。
本格的にやりたいお子さん、やらせたい親御さにとっては、良いライバルに恵まれた中で研鑽するのは、魅力的なことでしょうし、趣味で楽しく…というお子さんも、自分のペースで学ぶことができたほうが、ストレスが少ないでしょう。

でも、そう簡単に割り切れないのが人間でもあり、音楽でもあります。
厳しく本格的に学んでいる…と思っていたのが、音楽の魅力を見失ってしまったり、基礎的なことを実は取りこぼしていたり、趣味で楽しければ…と思ってはじめたはずなのに、音楽の魅力にはまり込んでもっと上のレベルを目指したくなったり、上手なお子さんが何を弾いているか気になったり…。
そういった、お子さんの変化に、キメ細かく対応していく…という視点から眺めると、この二極化は、決して歓迎できるものではないように思えます。

一番大切なのは、指導者が、そういった現実に振り回されないことかも知れません。
情報自体も二極化している現在、それができるのは、一部の限られた人たちだけなのかも知れません…。
そう考えると、とても複雑な気持ちになります。
でも、その限られた人…というのは、決して、住んでいる地域や、頭の良さ、経済的余裕などを持つ人…という訳でもないような気がします。
むしろ、そういう表面的なことから自由でいられる感性の持ち主、そして、音楽の奥深い素晴らしさを感じることができる人…なのかも知れません。

心のアンテナを高くあげて、この二極化時代を乗り切っていきたいものです。


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