早瀬の呟き日記

2005年11月29日(火) グラチャン男子感想

植田ジャパンは、これまでに比べるとかなりいいチーム作りをしていると思います。センター線が機能している、レシーブが繋がる、暗い顔をしない、など。ブラジルのような組織バレーを目指しているようなので、基本路線は間違っていないことが今回で証明されたのかな、と思います。
まあ、厳しいことを言えば、今までのレベルが相当に低かったということではありますが(苦笑)やっとチームとして成熟してきたかな、という感じ。
イタリア戦はなんだかんだでストレート負けでしたが、これはもう地力の差だろうな。個人のレベルの差がはっきりした。そういう意味で、課題として次に繋がる結果ではないでしょうか。
余談ながら、加藤が不運だったのは、彼が海外に行った時点で既に全日本のレベルはやばい段階に来ていて、「個人のレベルアップが全日本のレベルアップに繋がる」ような次元から下降の一途を辿った、ということなのかもしれません。だから、これからは彼が必要になるはずだと、個人的には思っているのですけども。
今回、宇佐美は絶好調とは言えなかったような・・・うーん、難しいですね、セッターの評価は(汗) 
これはあくまでも仮定の話なので無責任な発言ですけど、細川が入ってたらまた違った攻撃パターンができたんじゃないか、と思ったりもします。でも植田監督は細川使わなさそう・・・。んー、スタメンはともかく、12人の中に彼のようなプレイヤーがいると幅が広がっていいと思うのだけど。
そういえば、松平氏の解説(と言っていいのかあれは/笑)は不評のようで。喋りすぎの感は確かにありましたが、そんなに間違ったことを言っている訳ではなさそうで、しかしそれ故に余計に視聴者の神経を逆なでする一面もあったような。選手の交替についてまで言及するのは、いかがなものでしょう。別に宇佐美を変えろと言われたのが頭に来たとかそんなんじゃないですよ。ええ。荻野の「桃太郎」命名といい、面白い人だとは思いますけどね。



2005年11月26日(土) グラチャン男子 中国戦

出だしが良かったので安心してたら、2セット目はハイライト。こりゃ落としたな、と思って、いや〜な予感が。中国戦はな〜OQTの天王山だったからな〜。このチームはミスも多いけど、乗せると恐い。4セット目の連続デュースは心臓に悪く、落とした瞬間ぶゎかやろお!と叫びそうになりました。もうダメだと思いましたもん。
田中ジャパンだったら、前の失セットを引きずって負けてたでしょう。間違いなく。
でも、今回は勝てた。あたしゃ力抜けてもうなんつーか、ああ良かったなあ〜と。
レシーブがすごく良かった。相当練習したんだろうなあ。チームの雰囲気もいい。誰もうつむかない。荻野キャプテンのおかげでしょうか。一番顕著なのは、齋藤の表情が去年とは違うこと(笑) アスリートらしくなったよな(笑)
なんか、宇佐美と甲斐、山村が中国から勝ちを取れてよかったなあ、と思うわけです。あのとき見てた身としては。
明日・・・は、ま、勝てないでしょうが(苦笑)食い付いて欲しいです。



2005年11月25日(金) グラチャン男子 ブラジル戦

いいチームになりましたね、植田ジャパンは。3セットは思わず目頭が熱くなりましたよ・・・。ワールドリーグのときのブラジル戦とは全然違ってた。エースと呼べるエースはいないが、底力のあるチーム。
ブラジルは中国相手に2セット落としてるので、中国そんなに強くなったのか?!と思いましたが、ブラジルの調子が悪かったのですね(汗) でも、4セットではブロックの差が跳ね返ってきて攻め手が封じられたのが痛かったかな〜。あの局面でセッターやるのはつらいなあ、と思いながらウサを見守る私はやはり彼のファンなのか。そうなのか。(菊爺調) ちっこくて(相対的に)少々丸っこい(笑)体がすごい反応速度で動き回ってるといじらしくて可愛くてならないんですが、私だけですか? ちょっとげっ歯類(リスとか)を連想しません?顔も似てるし。
まあそんなことはともかく、今のチームは、もう一つ壁を越えたらもっと強くなる感じがします。もうちょっと何か要素を足したりとかしてさ〜プリンスとかさ〜(さりげなくアピールしてみた)
ま、今日はよくがんばりました、ってことで。がっかりせずに明日も気分を研ぎ澄ませてやって欲しいですね。
勝て!!(笑)



2005年11月24日(木) 女の一代記 瀬戸内寂聴

自分にはまったく無縁なので、修羅場な恋愛の話が好きです。恋バナの醍醐味は他人事であるということでしょう(笑)
てな訳でこれを見たんですが・・・う〜ん、「アスペクツ」のローズを思い出すなあ、というか、演出が悪いのか宮沢りえの気の抜けたナレーションが悪いのか、あんまり胸に迫るものがなくて、たとえば「フリーダ」のような確としたスタイルが伝わらない感じ。「情熱」というより「無思慮」に見えて、この人自分を見つめたことあんのかな、ないんだろうな、ないからこそ男に愛されるんだろうしな、と。
だらしのない男二人が気の毒でもあり、でも自業自得な感もあり。でもどちらも割と好きな俳優なので、そこそこ楽しみました。
しかしこれ見て思ったのは、結局恋愛って当事者と第三者とでまったく別物だということで、小杉がいくら「僕達のはそういうんじゃない」と言っても、「器用な不倫」にしか見えないし(奥さんが出てこなかったから余計にそう感じたのかも)、「愛ルケ」の菊治のアホさ加減も似たようなもんなのかもしれないな〜。
ちなみに、私は寡聞にして不倫の末に幸せになったという例を知りません。そのときは良いようでも、のちのち子供の人生に影響したり、血縁関係者に禍恨を残した例しか知らないですね。



2005年11月22日(火) グラチャン男子エジプト戦

確か前回グラチャンは全敗だったので、失うものは何もない男子です(空笑) 本日も生温かく見守りました。
まあ結果的に勝ったからいいようなものの……2セット、3セット飛ばされすぎて何が悪かったんだか全然わかりませんでしたね。あんな放送の仕方ないだろう、日テレ。国歌斉唱やショーアップされた選手入場をカットして試合から入るのは個人的に見やすくていいのですが、そもそも延長なしの1時間半ではダイジェストみたいなもんで、深夜なら仕方ないと諦めもつくがゴールデンでそりゃないぜ。
とりあえず、荻野がいてくれてよかったなあああ!という感じでしょうか。まだまだ若い選手達は粗削りな印象なので。でも越川君といい柴田君といい、若い子は決まったときの弾ける笑顔がいいですね〜。コータ君も頑張ってるようで何より。
植田ジャパンはどういうチームを目指してるのか、まだちゃんと理解できてはいないかもしれませんが、緻密さが一つの目標なのかと思います。やるべきことをきちんとやる、というか。そうなると、潜在能力はあっても調子にムラのある選手は使えないでしょう。
でもプリンスは使ってくれ!! 彼を活かせないとしたらそれは活かせない方が間違っているのだ!と思う。
ところで、宇佐美が途中で交代したのはやはりキレたからなのだろうか…(遠い目)
明日も頑張れ。若人(一部おっさんを含む)よ。

もともと好きな作家なんですが、ここのとこ内田百ケン(携帯では漢字出ません)熱が再発。どうしてこんなに面白いのか百鬼園先生。またちくま文庫の続きを買わなくては。
ちなみに今日は「ナ・バ・テア」の文庫を買いました。



2005年11月20日(日) グラチャン女子感想

全試合を見終えて、もっとやれたんじゃないかなあという不満が残る。一人一人に関しては結構いいプレイもあったけど、チームとしては不完全燃焼というか。その影響で個人もズルズルになってた部分がないだろうか。
個人的な印象だけども、今の全日本に足りないのは身長以上にファイティング・スピリッツ、闘志かもしれないと思う。一昨年、昨年はトモさんがその権化で、それに引っ張られていたチームだった。今年のワールド・グランプリでは高橋がそれを感じさせた。何でそれがわかるかというと、目である。闘志に満ちた人間の目は、はっとするほど美しい。私がトモさんに惚れたのはこれが理由である。いや、それはどうでもいいが。
今の全日本に同じ目をした選手がいるかと考えると、やや杉山が近いかと思うが、牽引力となるほどではないと言わざるを得ない。菅山もなのだが、プレイの割に闘志があまり表に出ていないのである。櫻井は「ザ・ガッツ」の称号どおり(今回KAT-TUNが別のをつけたような気がするがよく知らない)非常に頑張っているか、リベロなのでどうしても攻撃的感性に訴えにくいのではなかろうか。キャプテン竹下はそもそも調整型リーダーとしての人選であろうから、他の誰かが闘気を放ってチームを引き締める必要があると思う。(松平氏がそんなようなことを言っていた) ミスを出さない集中力も、そのあたりに源があると思うのだが。もっとも、こういうのは性格もあるしキャラクタもあるので、今回の12人では無理かなあという気もする。
木村は素材的には良いと思うが、そろそろ甘さを許さないシビアさが欲しい。でないと、どこぞのエースと同じになってしまいかねない。まあ北京までにどうにかなればいい訳で、グラチャンはそれぞれが課題を見付けるという目的だったのなら仕方ないが…ここにきて策士柳本がどういう計画を描いてるのか、不安になってくる気分もあり。
どうでもいいがJTのCMソングは誰が歌っているのだろう。ちょっとCrack6っぽい。



2005年11月18日(金) 「豊饒の海」

全4巻読み終わりました。どうも好きな作家の遺作だと思うと、なかなか開く気になれず長年本棚に埋蔵したままだったのですが、「春の雪」が映画化ということで、この際読んでしまおうかと。ラストはとある評論で知っていたのですが、別にミステリィじゃないのでネタバレしてても気にしません。
どんなジャンルであれネタバレが嫌だ、という方は以下の感想をお読みにならないで下さい。



叙述トリックや夢オチは、最後まで計算した上で書き始めないといろいろつじつまが合わなくなり読者に文句を言われてしまうのですが、本作はどうも途中から予定変更になった気配がします。「暁の寺」あたりで、三島の構想が変化しているような。そのせいか、この巻からつまらなくなったという人が多いのも理解できます。ウンチク多いしな(笑)
しかし、これはやはりこうなるべきだった、と個人的には思います。やはり自決と無関係には考えられないのですが、その自決の仕方はともかく、三島が死ななければならなかった理由はこの作品に立ち込めていると思うからです。恐らく、三島自身の定義では、三島は「生きていなかった」のです。
糸圭秀実氏はこれを「ゾンビがゾンビについて書いた物語」と評していますが、まさにその通りではないでしょうか。死ぬ理由は、何でもよかったのです。たぶん。
「天人五衰」ラストで何故門跡となった聡子さんが清顕の存在を否定したのか。いろいろ解釈はできると思うのですが(聡子さんがボケてしまったなど)、「春の雪」冒頭を読み返してみると、本作の語り手にして真の主人公の本多が1行目から出ていることに、作者の意図を超えたこの作品の真意が出ていると思われます。
三人称多元という「神の視点」すなわち近代小説の透明な語り手としての自己を、徹底的に否定する。それによって語られた物語も否定する。
それが、この作品の主題と「なってしまった」のです。
「豊饒の海」の真の語り手は本多であり、清顕は本多の分身、幻だったのです。一見「転生」を描いているようでいながら、途中から本多は無理やりに転生を信じ込もうとし始める印象があります。作者はそれに気づいて、「こんなもんは嘘っぱちなのではないか」と疑いを持ち、ミュージカル「エリザベート」のごとく、これは本多がルキーニとなって死霊を呼び起こして演じさせたドラマなのだと感じたのではないでしょうか。
物語る自分、特権的な位置にいる自分。
それを否定するために、「天人五衰」は安永透を登場させ、彼の「堕天」と本多の幻滅を描いたのです。
ここで思い出すのは、三島の文壇デビュー作「仮面の告白」です。
これもまた、叙述トリックだと私は考えています。
男色青年の自伝に見えながら、実は単に(現実の)女性に対して嫌悪を抱くほどにウブな「純粋さ」を保持しようとした少年の物語なのではないか。当時から「前半と後半のつなぎが不自然」という批判があったらしいのですが、それはむしろ当たり前、そこがトリックだったと思います。
三島自身がどこまで意識的だったかは、関係がありません。
重要なのは、登場時から彼のスタイルが完成していた。つまり、「変化しない」=「死んでいる」ということです。もう少し日常的に言えば、「老成」していたのです。そして彼自身は、その老成=五衰を肯定できなかった。「花ざかりの森」に対し、「私はもはやこの作品を愛さない」、若いくせに小ざかしくて嫌だ、とコメントしていたことからも、それがうかがわれます。
しかしそもそも、若いときから五衰していたとすれば、原初の居場所はもはやこの地上にはない。
三島はとにかく死ぬしかなかったのであって、楯の会も横の会も本当は関係なかったのでしょう。
若者の未熟さをそこまで崇拝するか、生きて汚れることはそんなに嫌か、とふつーの人間は思うことでしょうが、三島が戦中派だったことはポイントかもしれません。

さて。映画の方はまだ見ていませんが、はっきり言って「春の雪」は清顕の性格上、悲恋とは呼べず「自業自得」の話です。妻夫木聡がどういうキャラクタ設定で選ばれたのかわかりませんが、三島のある種の俗物性を考えるとき、あまり貴族に見えないキャストとなったのも、それはそれで正解かと思われます。三島作品はすべからく、「ゴージャスなキッチュ」なのですから。



2005年11月14日(月) リトルショップ・オブ・ホラーズ

昨日ソワレで見てきました。友人の会社経由で安くチケットが買えたのです〜。以前西川がやったときにはチケットが手に入らなかったので、今回が初めてです。
そうですね、話は面白かったです。冴えない花屋店員シーモアが謎の花を育てていると次々に幸運がやってくるが、花は人間の血肉を食う植物だった、というブラックオカルト・コメディで、ホ゜ップス調の音楽に乗せたミュージカルです。音楽もまあまあ良かったです。
しかし、定価(一万強)でチケット買ってたらちょっと怒ってたかも(笑) というのも、私は一階の端の席でしたが青山劇場の構造のせいなのか何なのか、声が聞きづらくて歌詞が不明瞭なことが多かったんです。あるいは、作品規模と劇場の大きさが合ってないのでは。
キャストに関しては、植物の声&歌を担当した和田アキ子が一番うまくて抜群に存在感がありました。顔出ないのに(笑) こういうブラックな話は、ある程度濃いキャラの俳優がやらないと半端じゃないですかね。山本耕史君は、悪くはないけどちょっと「いい人」すぎるかも。シーモアって、実は結構俗物でしょ。いくら嫌な奴とはいえ死体バラしちゃうし、犯行隠蔽するために育ての親も食わせちゃうし。植物に心の奥の欲望を利用される「狡さ」がどこかにないと、あの終わり方がすっきりしないです。小堺一機も「いい人」すぎて、打算的で欲張りなキャラ造形とあまり合ってない感じ。上原多香子も、DV男から逃げられない不幸体質、自虐性格が全然伝わってきませんでした。歌い方もみんな同じだし。ちなみに元ΛuciferのMAKOTOもいましたが…ま、あのボーカルならあんなものかな(苦笑)
こういうの見ると、数々の不満はあれども四季のシステムが常にある程度の水準を維持していることは確かだと思う訳です。
キャスト次第ではまた見たいかもですが、一万取る作品じゃないと思います(笑)



2005年11月12日(土) 「break」買った。

寒さのせいで体調が崩れがちだからか、あるいは精神状態が良くないから体調も今ひとつなのかよくわかりませんが、ここ数日、ダウナー状態。
気力が全然ないので家に閉じこもってぐだぐだ。
ひたすら本を読んでました。
Jさんの「break」も聴いてました。両A面な感じというか、音の組み合わせがちょうど凹凸みたい。どっちもJ節。DVDカッコよかった(苦笑) でも・・・と思ってしまうのは、悪い癖なんだけどね。なんだか最近、この人を受け入れられるのは精神状態の悪いときのような気がしてきた(笑)

読んだ本。
■「サンドキングズ」(G.R.R.マーティン/ハヤカワSF)
表紙デザインがとてもよかったので買った。なんちゃってバンパイアもの、「フィーヴァー・ドリーム」
の作者によるSF短編集。というか、ジャンルごちゃ混ぜ。ホラーもあり、ファンタジーもある。こういうタイプの作家は好き嫌いが分かれそうなので人には薦めないが、表題作は面白かった。

■「フォア・フォーズの素数」(竹本健治/角川文庫)
期せずして、同じタイプの作家の短編集を続けて読んでしまった。竹本健治が好きでないと、読むのがつらい。これまたノンジャンル。出来にばらつきがあるが、個人的には表題作がおもいっきりツボだったのでよしとする。



2005年11月09日(水) オペラ座の怪人(四季3回目)

〈本日のキャスト〉
ファントム→村俊英さん
クリスティーヌ→苫田亜沙子さん
ラウル→北澤裕輔さん

メイン3人は初めて見る方揃いでした。やはりロングランだと変わりますね〜。
今日はソワレ観劇の四季の会会員がリハーサルを見学できるという日でして、開演前に会場に入れてもらい場当たり稽古を見学しました。俳優さん達がジャージ姿で舞台に立ってるのは、新鮮でした。ちょうど入ったときは「イル・ムート」のバレエシーンをやっていて、その後「ドン・ファン」とマスカレード。伴奏はピアノのみで、ムッシュ・アンドレ役の林和男さんが公演委員長としていろいろチェックをされていました。なんだか自分がファントムになった気分でしたね。舞台をやるって大変だなあ。怪人のリハはもう済んでいるみたいで、村さんだけは見れませんでしたが、ムッシュ・フィルマン役の小林克人さん(前回のむちゃ若いフィルマンさん)の司会?で質問コーナーもあり、楽しかったです。なんだか、ラウル役の北澤さんと小林さんは仲よさげでした(笑)
で、本番です。
苫田さんは声も見た感じもすごくヒロインぽくて、クリスティーヌらしかったです。ラウルは、顔が石丸さんによく似てる(笑)貴公子系でした。声質も似てた。ちょっとおっとりした感じがあったかな。育ちのよさそうな。
村さんのファントムは、ビブラートのかけ方が独特で気になるかも。あと、予想どおりちょっとおじさんぽく(笑)今回クリスティーヌとラウルが若いので余計に「おじさん頑張って!」みたいなね(笑) 後半はちゃんと「男」の感じでしたけど。あんまり切なくはなかったです(汗)
今回の苫田クリスティーヌは、明らかにファントムを好きでした。隠れ家ではうっとりした表情を見せ、「ザ・ホ゜イント・オブ〜」では一声聞いて入れ替わりに気付き、吊り上げられたラウルを抱き締めるシーンがありませんでした。もしかしたらファントムと添い遂げてもいい気持ちがあるのかも、と思えました。逃げずに彼と向き合わなくては、という表情で「墓場にて」を歌っていましたし、心境の変化が伝わってきたかな。
この場合、試されるのはラウルの愛なのですね。ファントムを好きだとわかってなお、クリスティーヌを愛せるか。だからこそファントムが身を引ける訳ですよ。北澤ラウルは、ちゃんとそういう感じでした。
フィルマンさんこと小林さんはお笑い担当支配人ズをこなしてましたし、お金第一な感じもよく出てた印象です。



2005年11月08日(火) 調味料バトン@「LOVE SONG」を聴きながら

折しも5年前のこの日でしたね、発売日。
なんだかすごく昔のような、そうでもないような。当時このマキシを聴いて、LUNA SEAが終わってしまう理由がわかった、と思ったものでした。
その続きが、Tourbillonにある、と思っているのですが・・・どうですかね。
というのは、ソロ活動というだけなら既に一度やっているわけで、「終わらせたその次」が今までの5年間ではまだ見えてこなかったと個人的には思うのです。それが何かはわからないから、ずっと待っていたような形ですが。
「CAST」のインタビューで、再結成に一番「ない」と言っていたのがSUGIちゃんだったのは意外だったけれども、「LUNA SEAが汚されてる」というコメントにいろいろ考えさせられました。
FILMとか、ああいうのもSUGIちゃん的には納得しかねるものなのでしょうか。メンバーのチェックが入らないから。
オトナの世界では仕方ないことなのかもしれないけど、彼らのスピリットがあまり尊重されていない、というのはなんとなく理解できるような気もします。
去年あたりからJさんのライブに行くのが嫌で、というか、完全に自分の問題なのでJさんは別に悪くないんですが(苦笑)少しずつ気持ちの整理がついてきたかな、という感じです。

さて、芳谷さんにご指名受けたのでチャレンジしてみます。調味料バトン。

1 次のメニューにどんな調味料をかけますか? 薬味は含みません。
目玉焼き ソースですね。
納豆 醤油とからし(マスタード)ですが・・・からしは薬味?
冷奴 醤油が基本。でもポン酢の方が好きかも。
餃子 たいてい出来合いなので、付属のタレ。たぶんラー油と醤油でできている・・・と思う。
カレーライス かけないです。母が作るので詳細は不明ですが、ケチャップと生姜は入ってるはず。
ナポリタン あれば粉チーズ。
ピザ かけないです。
生キャベツ サラダになってればドレッシング。揚げ物の付け合せのときは面倒なんでソースで。
トマト なにもかけません。
サラダ ドレッシング。和風とかイタリアンとかゴマ風味とか、基本的にあるものでいい。
カキフライ タルタルソースとソース。芳谷さんといっしょ。既製でも構いませんが、大体母の手作りタルタルが多いです。一応私も作れるけど(笑)
メンチカツ ソース。
コロッケ ソース。
天ぷら つゆの素を薄めたやつ・・・だと思う(笑) 出されるだけなのでよく知らない(笑)
とんかつ ソース。
ごはん(おかずなし) ふりかけ。ごましおが一番好きですが、わかめやひじきも好き。少食なので(自慢ではありません)栄養補給になりそうなものを混ぜます。・・・調味料じゃないか。

2 周囲に意外だと驚かれる、好きな組み合わせは?
いや、食生活はノーマルなので。お好み焼きはソースとマヨネーズだし、ゆでたジャガイモにマヨネーズ、とかも普通ですよね?

3 それが一般的なのだと知っているが、苦手な組み合わせは?
目玉焼きに醤油。全っ然おいしくない!

4バトンを回したい5人。
どなたでもやりたい方どうぞ(笑)



2005年11月06日(日) Tourbillonのこと

TVCMでさらっと聞いたときにはそれほどでもなかったのだけれど、マキシ2枚を聴いてかなり「これはイイ!」と思った。
私はLUNA SEAのファンなので贔屓目はどうしても入ってしまうが、Tourbillonは「LUNA SEAの遺伝子を受け継いだ別人」だと思った。人間で言うなら三代目か四代目といったあたり。面影は確かにあるが、別人。そういう感じ。
しかし同時に、LUNA SEAとの決定的な違いがある。あくまでも私見だし、音楽の素人だから的確かどうかはわからない。でも、終幕以来、「LUNA SEAではできなかったこと」を最もはっきりさせた活動が、Tourbillonだと思う。その意味で、RYUとINORANが組んだこのユニットに至って、本当にLUNA SEAは終幕したのかもしれない。
恐らく、もしこの先5人が集まることがあるとしても、もうそれは「LUNA SEA」とは呼ばれないだろう。
私は、これに対して別に否定的ではない。いや、Tourbillonを聴くことで、前向きな諦観としてわからされたのだが。
RYU曰く、Tourbillonは「大人のロック」だそうである。その意味するところは、LUNA SEAとの対比で理解できると思う。
LUNA SEAは、「思春期のロック」だった。メンバーが若い頃に立ち上げたということもあるが、自分達を追い込むことでより高い次元に昇るという道をたどってきたし、受け手との距離をできるだけ近くしてきた。少なくとも、近いことが望ましいというスタンスだった。受け手は、コスプレに見られるようにほとんど同一化に近い思い入れを彼らに抱き、その近さ故に、彼らの行動に悩まされることも少なくなかった。私もその一人だった。
LUNA SEAは、本質的に「追い詰める」バンドだったと思う。それは「送り手と受け手の距離感」が思春期的だったということでもある。
一方Tourbillonは、そうした同一化を必要としない。その作品には、送り手と受け手の適度な距離感がある。作品が作品として完結している。私は大抵の場合、マキシのカップリングであるインストバージョンは無駄だと思うのだが、Tourbillonは違った。曲のVo.バージョンとインストバージョンとが等価値である。これは明らかに、LUNA SEAの方法論ではない。
かといって、受け手を無視している訳でもない。不思議な距離感だと思う。



2005年11月02日(水) オペラの怪人(1943)

少年ジャ●プばりの予告破りですいません。ついでにTourbillonの綴りも間違えてたことに気づきました・・・。じ、次回こそ。てゆーか、要はTourbillonいいよ〜っていう話なんですけどね(汗)

ということで、クロード・レインズが怪人役を演じたカラー版映画、通算2作目になります。
本作に関しては、容赦なくネタバレします。
「これから見る人のために楽しみを取っておこう」なんて殊勝な配慮をしたくなるような作品じゃございません。ぶっちゃけ、腹が立ちます。全く「オペラ座の怪人」の原型をとどめてません。もうなんつーか、いかにも「過去のヒット作にあやかろう」的な、受けさえすりゃ何でもアリな作りが許せません。こんなのが当時大ヒットですってよ! 日本国民が空襲と物資不足に苦悩して「火垂るの墓」状態なときに、こんな駄作を金かけて作っちゃうんですから、そりゃー勝てませんよね、あっはっは。
声と色がつきゃ質も向上するかというとそんなことはなく、個人的にはまだサイレント版の方が評価できます。
あらすじはというと、オペラ座のコーラスガールであるクリスティーヌは警部のラウル(なんでだ!)と付き合っていますが、バリトン歌手のアナトール(誰だこいつ!)とも仲良くしています。もうこの時点でアレアレです。
しかも、このクリスティーヌは思いっきりヤンキー顔で、個人差はあるでしょうが私はあまり美人だと思いません。萎えます。
そこへ、バイオリン奏者のおっさんが登場。クリスティーヌとは顔見知り程度です。彼は指のトラブルでオペラ座楽団をクビになってしまい、いつも下宿代滞納してるので追い出されそうです。
嫌な予感がします。
まさか・・・こいつが・・・?
で、何故このおっさんが貧乏かというと、クリスティーヌにこっそりと歌のレッスン料(高額)を出してやっているからなのですが、クリスティーヌは知りません。何故疑問を持たないのか、特に説明はないので不明です。そしておっさんが何故そんなことをしているのかも不明。ただ、早瀬の予備知識では、この話は「エリックが訳あって名乗れぬクリスティーヌの実父」という設定だったはずなので、この時点ではまあいいとします。
問題はこの後です。
レッスン料が払えなくなると困るエリックさんは、自分の作った曲を出版社に売りに行きます。ところが、早とちりから曲を盗まれたと思い、社長を扼殺。たまたまそこにあった酸を浴びせられ、警察の手を逃れるためマンホールからオペラ座の地下に逃げます。
ああ、「ファントム・オブ・パラダイス」はこれが元ネタなのね・・・。てゆーか、ロマンもへったくれもないこの展開に、怪人ファンは無表情になるしかありません。
そしてオペラ座には幽霊の噂が流れ、クリスティーヌは誰かに(天使でもなんでもない)「君を有名な歌手にしてみせる」と囁かれ、プリマドンナは一服盛られて彼女が代役に抜擢されます。ここはまあ原作に従ってるんですが、ここまでの展開があまりにもかけ離れていて、エリックの性格もかなり大人しい人なので、唐突感が否めません。何故そこまで? そして、めげないプリマドンナと侍女をも殺します。意味がわかりません。
このようにあれこれ事件がある割には、監督が下手なのか何のスリルも感じず、さすがの早瀬も退屈してきました。唯一スリリングだったのは、他の歌手がクリスティーヌの代わりに舞台に立っているときにシャンデリアを落とそうとするところ。
だって、糸ノコでギコギコ地味〜に切ってるんですよ。「急いでエリック! 頑張ってエリック! 早くしないとオペラが終わっちゃう!」とハラハラしました。これが本作最大のスリルでした。
で、シャンデリアが落ちたドサクサでクリスティーヌを誘拐。「ここで私と暮らそう。私のために歌え」ときました。
えーと、父親ではなかったのでしょうか。
ただのおっさんの片想いだったのでしょうか。
それにしても唐突です。途中でエリックさんの性格が変わってます。酸かぶってアタマおかしくなっちゃったんでしょうか。ほんと意味がわかりません。アンマスクドシーンは殆ど必然性がなく、しかも大して怖くありません。これは時代もあるので仕方ないですが。
地下の隠れ家にラウルとアナトールの2人が助けに来まして、ラウルが一発銃を撃つと壁が崩壊、エリックことオペラ座の怪人はその下敷きとなってあっとゆーまに死にます。
たった一発撃っただけで大崩壊です。そんなにオペラ座は老朽化してるのか。ドリフのコントのオチか。
で、クリスティーヌに「かわいそうに」と言われて終わりです。
えっ?
父親じゃないの?
「同じプロヴァンス出身」は何の伏線でもなかったと?
そして、歌手としてファンにちやほやされることが最優先のクリスティーヌを横目に、ラウルとアナトールの男2人で夕食を食べに行くのでした。
おしまい。

・・・・・・最初から最後までエリックはクリスティーヌの人生のエキストラでした。最悪です。
特典映像のドキュメンタリーによれば、初期設定では父親だったのに途中で役者陣が混乱して(そりゃそうだ。父親にしては偏執狂すぎる)ナシになったらしい。その結果、何が何やらわからない作品に仕上がった訳です。
この映画の一番の見所は、残念ながらラウルとアナトールの漫才です。従って、全然「オペラ座の怪人」ではありません。誰もまともに原作読んでないとしか思えないこの展開、♪じぃごくへゆっけへぇぇ〜!んのろわれろほぉぉぉ!(BY山口ファントム)
特典映像のドキュメンタリーの方が面白いです。ファンとして一見の価値アリ。1962年版の映像もちょっと見れましたが、クリスティーヌがブサイクな上ファントムがレッスン中に彼女を往復ビンタしていたんですが・・・。スタッフの誰か1人くらい、まともに原作読んで下さい。頼むから。
ドキュメンタリーの最後に案内役のおじさんが、「どんな形であれ、怪人は生き続けるでしょう」と不吉なことを言っていました。
どんな形でもいいわけじゃねえんだよ!


 < 過去  INDEX  未来 >


琳 [MAIL]