早瀬の呟き日記

2004年03月31日(水) 女王ファナ

銀座テアトルシネマで「女王ファナ」を見てきました。スペイン女王イサベルの娘、ファナはハプスブルク家のフェリペに嫁ぐ。政略結婚だったが、フェリペに一目で恋をしたファナは夫を熱烈に愛するが、女たらしの夫の浮気に苦しみ、更に、母の死によりスペイン王位を巡って父、夫と対立することになる。
スペイン史上「狂女王」として名高いファナの物語。衣装や本物の城塞を使った画面はとても美しく、キャストはスペイン美女&美男(フェリペなんかドイツ人とは思えないラテンの肉体美)で、それだけでも見る価値有りです。伏線が回収されてないという欠点はありますが、スペインの情熱を感じられる映画です(笑) なんというか、愛しすぎると自分も相手も不幸になるという、いい見本じゃないでしょうか(笑) でも思っていたほど過激な行動はしてなかったかな。イヤ、こわかったけどさ(笑) 蛆のわいた夫の死体に何度もキスをしたとか、映画より実際のファナの方がこわいです。
美男公と言われているフェリペは、ファナを見るなり「誰でもいいから坊主(神父)を連れてこい。余は今すぐこの女とやりたい」と言ったらしいです(笑) 当時は、簡単でもいいから神父の前で誓いの儀式をしないと夫婦の営みができなかったからですが、↑の台詞は本末転倒もいいとこですな。
映画では、初対面時、無言でいきなりファナにキスしたり、儀式(本当に形だけ)が終わるや否や抱き上げて寝室に連れてっちゃったり、手の早さが際立ってました。J×SUGIでやってみたいなあ・・・(小声)
帰りに、英国のティーサロン風のお店でお茶しました。暖炉とかアンティークの調度がすごいいい雰囲気で、スコーンがおいしかったです。



2004年03月28日(日) ハルシオン・デイズ

KOKAMI@network公演、「ハルシオン・デイズ」を見てきました。遅れての誕生日祝いということで、友人の奢りです。ありがとうIちゃん(感謝)。
なんとB列でした。すごいです。近すぎてどうしようって感じです。役者が飛ばす唾も見えます。A列とかB列は他と比べてオジサン(スーツ着用)率が高く、関係者かなと思いました。こういう人達って、楽しめているんでしょうかね。私の隣のオジサンとか、全然笑ってなかった気がするんですけど。
さて内容は、ネットの自殺系掲示板で知り合った3人(+1人)の物語。クライアントに自殺されたカウンセラーの女性と、幻として彼女の中に住むそのクライアントの大学生、中年の隠れゲイ、解離性同一性障害らしきサラリーマン(とチラシにはあったが、北村有起哉は勤め人には見えない)が、ネット心中のために公園に集まるところから始まります。
端的な感想としては、泣けます。いい話です。劇中劇の「泣いた赤おに」や、3人(+1人)が屋上に上がるシーンなど、ひじょーに泣けます。泣きました。「泣いた赤おに」の話は私もぼんやりとしか覚えていなかったのですが、これ、JUNEだよね(笑) 愛だよ愛。哲造さんの言う通り!(笑) 屋上のシーンは空がとてもきれいで、バカバカしい状況(「HUMAN SHIELD」の綴り違ってるし)なのだけど皆真面目で、ああ、人生ってうんざりするほどバカバカしい、けど、バカバカしすぎて美しいと、思いました。
なんというか、とても鴻上さんらしい作品だと思います。
「優しさ」と「死」。
鴻上さんの作品全てに感じる通奏低音ですが、それがストレートに出ている。その優しさが、時に残酷さという形を取ることも。
若い頃は、ご多分に漏れず私も死にたいと思っていたけれど、結局それは自己嫌悪から来るものであって、所詮自己嫌悪というのは「もっと上手く生きたい」という願望でしかないと気付いたとき、最初の危機を越えたように思います。それからも、死にたい、とか消えてしまいたい、と思う時期が断続的に続きましたが、結局私は生きています。鴻上さんが言うように、それは偶然なのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
どうせいつか、何もかも終わる。
いつか見えなくなるこの世界は、とても美しい。
私にはたぶん、本当に死んでしまうために必要な資質が欠けているのでしょう。
「ハルシオン・デイズ」のラストは、やっぱり、バカバカしくて美しい。そういう時間ばかりではないけれど、そう感じた記憶を積み重ねていけば、生き延びられると、そんなふうに思うのです。
ところで、よく考えたら哲造さんの悩みは全然解決されてませんが(笑)どうするんでしょう借金は(笑)
それにしても、北村氏は不思議な役者さんです。「幽霊はここにいる」と本作しか見ていないのですが、すごくかっこいいとかすごく演技が上手いとかではないのに、何故か存在感がある。「一生懸命」という感じだからでしょうか。母性本能をくすぐるタイプなのかも。ちょっと気になる役者さんです。



2004年03月27日(土) アリオス、お庭番に就職。

「アンジェリークエトワール」はまだやっていないが、ミニアルバム「Violet」を聴いた。
今回のモノローグは全然ラブくなくて、仕事の話ばかりだ。しかもランディの歌に至っては、「お前の話ばっかりかよ!」(つん子風に)という具合で、いい加減苦しくなってきたな、さすがに10年も同じシリーズ続けてると、という感じ。やはりアンジェのヴォーカル&モノローグCDで秀逸なのは「永遠のヴァカンス」だろう。
それはともかく、今回のアリオスのモノローグからすると、現在彼は「補佐官(たぶんレイチェル)命令で宇宙の惑星を渡り歩き、こっそりトラブルを解決する」仕事をしているらしい。
お庭番だ。
公儀隠密だ。
「トロワ」において、無職であることを・・・もとい、転生したはいいが人生に目的がなくなってしまったことを随分気にしていたが、まさか公務員になるとはな・・・。いや、給料もらってなきゃボランティアか。
その辺どうなの?(笑)
つか、アリオスファンとしては、彼に自由になって欲しかったのであって、何が何でもこちらの事情に関わって欲しいという訳ではない。気の向いたときに助けてくれればそれで十分だ。まあ本人がそれでいいならいいんだが・・・ファンとして釈然としない。
外伝である「天レク」に登場したゲストキャラだったのに、予想以上の人気者になってしまってその後の処理が難しくなったというオトナの事情(笑)はわからないでもない。が、やはり彼は「隠しキャラ」扱いでいいんじゃないかと思う。
そういえば、「エトワール」の主人公とアリオスで恋愛できるんだろうか。どう考えても彼がコレット以外の女を好きになるとは思えないんだが、プレイヤーがエトワールである以上、「恋愛できない」という設定はネオロマンス的に無理な気がする。うーん、PS2移植を待つ身としては悩ましいところだ。



2004年03月26日(金) 日常の風景

私「夏目漱石の作品を三つ挙げなさい」
弟「『坊ちゃん』、『三四郎』、えーと・・・『北の国から』?」
私「・・・『北の国から』ってお前・・・」
弟「『冬から』? 何からだっけ?」
私「・・・『それから』。」

また別の日、家族でワインの話をしていたときのこと。
母「えっ、フルボディって、ヌードのことじゃないの?」
私「・・・違います。(弟に)あんたは知ってるよね?」
弟「・・・・・・ガンダムの性能?」
ちなみに彼は「『白い巨塔』書いたのって芥川龍之介だろ?」と言った。こんな弟でも就職活動は極めて順調。世の中そういうものだ。



2004年03月25日(木) モリゾーとキッコロ

愛知万博のマスコットキャラクターとしてメディア露出が盛んになってきたこの二匹。
アランジ・アロンゾのデザインだけあってイラストは結構かわいいが、立体(ぬいぐるみや着ぐるみ)にすると、恐ろしくかわいくない。
てかむしろ、コワイ。
特にモリゾー。
弟は着ぐるみのモリゾーを見て「化け物だ・・・」と呟いた。
このキャラが成功するかどうか、というか愛知万博が成功するかどうか、私は知らない。
ところで、この二匹の名前は一般公募であった。
実は私、応募したのだ。たまたま名古屋に旅行したときチラシが置いてあったもんで。
直感的に浮かんだ名前は「もじゅ」と「もぴ」。
見事にボツったが、自分としては「モリゾー」「キッコロ」などというダサいネーミングよりマシだと今でも思っている。



2004年03月24日(水) 風邪の治し方って

1日や3日で風邪が治る人が羨ましい。
今回はフルコースでした。
鼻水(しかもご丁寧に片方ずつ)→くしゃみ→咳
くしゃみが酷かった段階でとにかく寝て汗をかく、ということをしていたので、咳はあんまり出なかったですが、まだちょっとだるいです。熱は基本的に微熱。高熱の風邪は滅多にひきません。でも長いんだ、その分・・・。煙草もやめたし、夜更かしも昔ほどしていないのに、何故1週間も寝なければならんのか。
「ぼのぼの」19巻にあった「お父さんの風邪の治し方」を本気でやってみようかと思いました。

そういえば、「どこでもいっしょ」最新作「トロと流れ星」が4/1に発売になるそうです。「どこいつ」はハマったのですが、次の「トロと休日」のあまりのゲーム性の低さと、1時間以上会話しているとトロがバカすぎて苛々する(私トロ好きです。念の為)ためそれ以降のソフトを買っていなかった訳ですが、今回はどうも「トロとネオロマンス」方向になったようです。
トロと同棲、じゃない、同居することになったプレイヤーが、彼と協力して街中に散らばる流れ星の欠片を集めるという・・・。
これで、イベントごとにトロとの親密度が上がったりするとまんまネオロマンスなんですが(笑)



2004年03月19日(金) 続「イノセンス」考

しつこくてすみません。風邪ひいてずっと家にいるんで、思考暴走してます。どうも11月とか3月とか、季節の変わり目は体調悪くなる・・・。
さて、「素晴らしい」と「眠い」で評価まっ二つの「イノセンス」ですが、誉める人がどこを誉めているかっつーと
1.映像
2.音楽
3.バトーと少佐の恋
まあ、良かったところ、ってのが表現しにくいのはわかりますが、「人は何故自分の似姿を作るのか」とかなんとか壮大なアオリを付けた映画で誉めるとこが↑ってのもどうなんだろう、と思いつつ。
私が最も理解できなかったのは「ゴーストコピー」という発想で、「助けて」という声があの少女の意思だとしか思えなかったのですが、あれを「ゴースト=魂を吹き込まれた人形の叫び」とも解釈できるんですね。そう考えるとバトーの台詞も納得です。
でもそれって「反人間主義」(と中条省平が日経夕刊に書いてた)になりますかね? 形を変えたヒューマニズムなのでは? 中条氏が言うほどラディカルではないと思いますが。
つか、肝心な部分が予備知識任せなのかこの映画・・・(笑)
という訳で、いい加減終わりにしましょう。
まとめ:映画自体が人形です。
その心は?
「美しいが、構ってやらないとただ無愛想なだけ」
・・・失礼しました。



2004年03月16日(火) 「イノセンス」考

「イノセンス」という映画は、あるサイトで評価されていたように「哲学的思考実験」に近く、それはつまりモノローグ的であるということだ。観客は命題を共有し論理展開のチェックをしなくてはならない。90分の映画でそれを要求するのは少々つらい。だからこそ「一度見ただけでわかられてたまるか(笑)」(舞台挨拶で言ったらしい)というコメントになるのだろうが、どうもこの映画には「もう一度見てみよう」という気が起きない。多分、映画本編以外のところで監督が語りすぎているせいだろう。
そんな訳で、監督の言葉を参照しながら、引き続きこの話題。
人間も動物もロボットも「生きとし生けるものは等価値」という「広い視野の倫理観」(パンフより)が必要だとする見解に異存はない。しかし、「生きている」とはどういうことか、「人形」を引き合いに出したせいでそれが曖昧になっていると思う。「ロボット」=「人形」という定義に飛躍がある。
私は昨日「他者を裏切るほど情報量が多ければ人間とみなしてよい」と書いた。この問題は「予想外の言動が意思によるものかどうか確かめようがない」点にある。例えば、平成15年10月、親善大使として小泉首相に随行したASIMOがチェコ首相に二度目の握手を求められた際無反応だったのは、「したくなかった」からではなく単に「二度握手をするプログラミングをしていなかった」からである。つまり「情報量が少ない」のだが、ロボット技術が発展途上だということが認識されていなければ、「拒否した」と解釈することもできる。要するに「ロボットに意思はあるか」問題である。
「アンドリュー」という映画がある。アシモフ原作のSFでロボットが人間になろうとする点においては古い物語なのだが、これが「だんだん人間になっていく」物語であることは特筆すべきである。子供だって、だんだん大人になるのであり、昆虫みたいに変態するのではない。「ロボットに意思はあるか」問題の問題(笑)は、それをたった一度のテストやたった一つの論理展開で決着させようとするところにある。恐らく正解は「そんなもん、時間かけて付き合わなきゃわからんわ。」であろう。
しかし、そんな悠長なことを言っていられない場合がある。
殺人罪の適用だ。
「イノセンス」の主題からすると、ここに焦点を合わせるべきだったのではないだろうか。そうでないために、バトーの少女に対する台詞が唐突で違和感を与えるのだと思う。



2004年03月15日(月) イノセンス

さて、前作映画も見ず(近所のレンタルビデオ店になかった/泣)、TV版も数話しか見ないで行きましたが(笑)割合面白かったです。と言っても普通の映画と同じ意味で面白いのではなくて、見ている間中頭を使わなければならないのが面白かったのです(笑) 睡眠不足だったんで、予告では少々眠くて、寝ちゃったらどうしようと思っていたんですが、頭使わないといけないので寝なくて済みました。
事前情報で「ノベライズ(山田正紀/徳間書店)を読んでいないと台詞の6割が理解できない」と聞いていたので、ノベライズを買って、8割くらい読んで行ったのが幸いでした。確かに、「攻殻機動隊」の世界に関する予備知識がないと、画面に映っているものの意味がわかりません。台詞自体は、コンピュータのことがある程度わかってればいいんじゃないかな。ハッキングとかセキュリティとか。あと、森博嗣を読んだことがあればわかる(笑)
絵は確かに綺麗ですが、綺麗すぎて逆に見づらい、と私は思いました。焦点が合わないというか、どこに注意を向けたらいいのかわからない。疲れるのです。
ストーリーについては、人形と人間に関する薀蓄が多いのは構いませんが、肝心の事件の真相が説明不足で強引なので、「意外に事件ショボかったな・・・」という印象です。
まあでもそれはともかく、ガブが可愛いです!!(力説)
私はシベハス以外の犬には興味ないんですが、あのぶっさいくなガブがぱたぱた走り寄ってきてがつがつ食ってばふばふ寝ているところはもう、可愛い〜!とニヤけました。ぶっさいくなのに可愛い(笑) バトーがむにゅーってするところ(見た人にしかわかんない表現)は名場面ですなあ。

以下、ネタバレにつき反転。

義体サイボーグは人形ではない。そして、純粋存在とも言うべき草薙素子も人形ではない。
何故か。
彼らは、他者に異議を申し立てることができる。「ドライタイプにしろ」という同僚のアドヴァイスをはねつけることができるし、他者を騙したり裏切ったりすることができる。機械であるとか身体がないとか、そんなことは大した問題ではない。自己情報の複雑さとある程度の統合性が重要なのであり、不快だとか納得いかないとか、他者にそのようにプロテストできない(しない)存在を人形と言う。
無論、それは程度問題でもある。「より人間に近いもの」と「より人形に近いもの」の差でしかない、と言うことも可能だろう。しかし、直接的に誰かにコントロールされることなしに他者に異議を唱え、こちらの予測を裏切る自己情報を持ち合わせているのであれば、それを人間と扱って構わないだろう。(ガブに表象されている「動物」については、知識が極端に少ないため判断を保留する) ゴーストの定義を「その時点での科学技術では電脳化しきれない人格情報」とするなら、今回の事件で暴走した(バトーによれば「犠牲になった」)人形達は、あの少女の「意思」によってそうしていたのだから、「器」に過ぎない。「人形になりたくなかった」という少女の叫びを否定的に描く必要を私は感じなかった。純粋存在である素子も人間だし、バトーも人間だし、あの少女も人間である。何かを求め、何かに抗う。イノセンスな人形は、「器」であることもまた受容する。同情して欲しいなんて、露ほども思わないだろう。
「イノセンス、それはいのち」ではない。「イノセンス、それは死」である。
赤ん坊でさえ、快不快を表現しようとする。人間として生きることは汚い。何かを裏切って、抵抗して時間を過ごしていくことだ。生きている限り、イノセンスになんかなれる筈がない。もし人間がイノセンスでありたいのなら、自分の「こうしたい」という欲望、「生きたい」という欲望さえも放棄する必要がある。それが可能になるのは、「人間という形」がなくなるほど電脳社会が進んだ場合だろうと思う。



2004年03月13日(土) 球体関節人形展

「イノセンス」連動企画の球体関節人形展を見てきました。
天野可淡の人形が沢山見られたのが何よりの収穫ですね。欲を言えば「マリア・クローチェ」(現在は閉鎖)のように近くで見たかったなと思いますが(他の作品は間近で見られるのですが可淡コーナーは柵があってあまり近づけないのでした)、いやいや、やはりあの鬼気迫る人形達は美しいです。CD-ROM欲しいなあ・・・。
他の展示作品も色々な趣向と作風で面白かったです。人形というかオブジェになっているものが多かったですね。私は純粋に人形なのが好きですけど。
何体か、とても心惹かれる人形がありました。ずっと見ていたいと思わせる、恍惚の表情を浮かべた少女、微笑する少女、眠っている少女。ああ、イノセンスだなあ、としみじみ思わせる子達でした。しかし、人の顔をしたものを沢山の人がじいっと近くで凝視している構図はなかなか奇妙で、こういう、外部の眼差しや言動に対する徹底的な受動性が人形のイノセンスなんだろうなあ、と思いました。それは、神のイノセンスにも似ている。神は何も語りません。そして、何も拒みません。教義は、神が求めたものではありません。イノセンスな神は、既にして死んでいるのです。神という概念が生まれるその前から。四谷シモン氏の男性像は長髪に髭、「これはジーザスだな」と直感的に思いました。
まだ映画を見ていないのですが、監督のコメント等を散見すると、ちょっと「イノセンス」の捉え方が違うのかなという感じです。「攻殻機動隊」の近未来世界では「人形になってしまったほうがいい」ということで、「人間性を持たないイノセンスな人形」になることは「人間性という幻想を捨てること」のようです。私は、それは別に「人形のイノセンス」ではないんじゃないかと思いますが。だって、徹底的に受動的な人間、他者の言動全てに対して無抵抗な人間が、あり得るでしょうか?
少なくとも、まだこの社会では、人間はイノセンスにはなれないし、なろうとするべきではない、と私は思います。人間はヴァルネラブル(傷つきやすい)ではあっても、イノセンスであることは、できません。その代償として、人形というイノセンスな存在が慰めとして与えられている。
やがて人間が人形に近づくとしたら、それは「イノセンス」でも何でもなく、ただ別の人間性を獲得するに過ぎないんじゃないでしょうか。その社会にはもう、人形というものは存在しないかもしれません。
まあ、映画を観てちゃんと解釈したらまた違った意見になるかもしれませんが・・・。
ミュージアムショップでは「イノセンス」ノベライズ版と、ドール特集の雑誌を購入。カタログは、天野可淡作品が載っていなかったのでやめて、ポストカードでも買おうかと思ったら、気に入った作品のは殆どなくて(売切れかな?)、しかもアングルが良くなかったので断念。そうそう、展示品の材料が明記されていてありがたかったです。参考になりました(笑)



2004年03月12日(金) 「たそがれ清兵衛」と「座頭市」

前者は地上波放送を録画して見ました。真田広之は結構好きだし、アカデミーにもノミネートされたし、ってことで期待してましたが、正直つまんなかったです。とにかくだらだらとテンポが悪く、長すぎる。それに時代劇と見せかけたホームドラマ(失われたオヤジのドリーム)であり、あまりに清兵衛と家族の現代性が透けて見えて、細部のリアリティと合っていない。大体、真田広之は「リング」の高山竜司のような胡散臭い役の方が似合っている。
我慢しながら見て、やっとチャンバラになるかと思ったら敵が身の上話始めちゃって、「お前の苦労話はどうでもいいんだあ!!」と叫んでしまいました。
母親は「ほのぼのしてていい」と言ってましたが、私はもっと殺伐としたやつが好きだなあ、と思いました(笑)
という訳で「座頭市」(北野武)を借りました。「たそがれ〜」にないものの全てがありました(笑) 大変面白かったです。「サムライスピリッツ」ばりに飛び散る血飛沫、ばさばさ斬られる悪党、音楽とのコラボレーション、見る側の興味をそらさない工夫。様式がしっかりしていて、監督の才気を感じます。あと大島渚の影響も。ただ、あのハイスピードの殺陣は重心のブレをごまかすためかと思いますが(笑)映像でうまく迫力出してるのがすごいですね。ちなみにラスト部分では聖闘士星矢を思い出しました(笑) いわゆる「不適切な表現」については、「不適切な使われ方」はしてなかったと思いましたけどね。同じ文脈から言ったら「あのガキ」も不適切でしょう(笑) 殺伐としているけれども、フィクションとしてのコードがちゃんと織り込まれているので、ある意味良心的です。面白かったです。



2004年03月07日(日) 優勝決定戦2日目

結局サントリーの勝ちでした。
まあ、JTは全体にぱっとしなかったですね。ロシア人(ちょっとゴラムに似ている)も調子イマイチだったし。
何となくおっとりというか、それがJTのチームカラーなのかもしれません。好きですけどね、あんまりガツガツしていないのは。
苅谷の左手のグローヴは、サポーターなのかな? あれかっこいいですね。他の選手もやればいいのに。
個人的に、JTの義理応援席(笑)が気になりました。一番TVに映るところに、絶対普段バレーなんて興味ねえだろうと思うようなお年寄りがいっぱい座ってて、上の空な表情してんですよね(笑) しかもJTの緑の服着せられて。
客の入り悪いんでしょうか、Vリーグ。
サントリーの越川、まだ19歳ですがなかなか神経太そうな活躍ぶりだったので、世界最終予選に期待できそうです。ま、ほどほどに期待する程度ですけど、男子は・・・(泣) 海外に行きそうな感じの選手ですね。
堺と松下の3位決定戦見たかったなあ。ガイチvs山本。どうしてこんなオイシイ試合を地上波でやらないんだー!



2004年03月06日(土) Vリーグ男子優勝決定戦初日

先週の女子優勝決定戦は吉原、佐々木のパイオニアvs大山の東レという華やかなカード(弟は試合後のパイオニア選手団をJRで見苅テけたらしい。羨ましい・・・)でした。一方男子は山本の松下電器がまさかの決勝リーグ敗退で、JTvsサントリーという地味な試合(←失礼)でしたが、予想に反して面白かったです。JTのブロックが決まり出してからがね。最終セットまで競って、サントリーの勝ちでした。まだJTにも望みはありますから、明日も頑張って欲しいものです。別にどっちが勝ってもいいんですが、今日見ていてJTを応援したくなったので(笑) 宮下も結構かっこいいよな・・・(小声)
それにしても、やっぱり国際試合と比べるとスピードやパワー、攻撃パターンのトリッキィさとかで見劣りしますわな・・・。でも、決勝リーグくらい全試合テレビ放映してくれてもいいじゃんか。何で野球ばっかりあんなに恵まれてるのさー。



2004年03月02日(火) グル〜ミ〜

最近ハマっているものと言えば、グル〜ミ〜です。
ご存じの方も多いかと思いますが、もし「グル〜ミ〜って何?おいしいの?」という方がいましたら、おいしいのはアナタかもしれませんよウフフ、ということで、ここをご覧下さい。キュートなピンクの猟奇熊にドキュンです。
フィギュアキーチェーンがもうすんげー可愛くて、ロフト行く度にガチャガチャやってますが、まだ全種類集まらないの・・・しくしく。シークレットは出ましたよ!(ちょい自慢) 一個¥300とガチャガチャとしては高いんですけど、総額とか考えないのがマニアの粋。ぬいぐるみも大変かわいいですが、時間が経つとホコリと汚れをまとうだけの邪魔な物体と化し最終的には段ボールに詰めておくだけになることがわかってるので(たれぱんだもこげぱんも同じ運命を辿った)、我慢。
CHAXPOは行けなかったのですごく残念。グッズ買いまくりたかったワ・・・(泣) また近いうちにやらないかな。



2004年03月01日(月) 現代病三部作(勝手に命名)

全てDVDもしくはビデオで見れます。

●「アメリカン・サイコ」
80年代を見たけりゃこれを見ろ、の一作。
どこを切ってもアメリカンでサイコ。
悪意に満ちたギャグがいい。

●「アメリカン・ビューティー」
見終わってから「コメディ」と銘打たれていることに気付き愕然とした。
私は全然コメディだと思えなかった。ここに描かれているものの多くを、戯画化だとは感じられなかった。生々しすぎて。
「よくできてるなあ」と思いながらも、ちょっと悲しくなる感じ。
手離しで絶賛するほど、大人にはなれていないのだ私は。
いや、ウェルメイドだとは思うけども。

●「ストーリーテリング」
シチュエーションは「アメリカン・ビューティー」を踏襲していて「アメリカン・サイコ」的主人公を持ってきて、二部構成にしてみました、という感じ。
何というのか、物語ってのはもうとっくに壊れちゃってるんだなあ、と改めて思わせる作品なので、エンターテインメント方面の字書きは見ない方がいいかもしれない。
・・・見ちゃったけど(笑)


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琳 [MAIL]