Dance日記帳
モクジキノウヨクジツ


2006年08月31日(木) 通常へ戻る

ついに9月。
呆れるほど急速に日は過ぎ去る、時は流れる。

1週間もの間、日記を執筆することもなく申し訳なく思う。

先週、頸椎を痛めてから、日々整体に通ったりしながらも治癒への鈍足を憎むしかなかった。
過去に斜め45度の生活を強いられた経験上(頸椎の2番目と3番目の間の軟骨が完全につぶれてしまったため、頸が動かずになってしまい、壊れた人形のように斜め45度を向いたままの生活を暫く続けた。これは完治することはなく、その状況を受け止め、悪化を防ぐしかないとのこと。長期にわたる牽引の治療を受けて、僅かずつ痛みに慣れた。)楽天的に考えることはできず、怯えながらレッスンを教えたりしていた。

どうしたって安眠など無理。
眠くて気絶するかのように眠りにおちるのだが、暫くすると頸の痛みで起きてしまう。そのような毎日が続いていたわけで、パソコンに向かっても数秒でブラックアウト。日記どこではない。

どうにか今は、多少普通の生活に戻ってはきたものの、やはり痛みは始終付き纏っているのだからやりきれない。

私の頸の痛みを抱えた生活が普通に戻りつつある今日、街も夏休みを終えた学生たちが通常の毎日に戻ってゆくのだろう。

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今月はリバイバル「Love is blind」を踊る。
ジャニスの声は、何度聴いても胸に突き刺さる。
言葉のひとつひとつに、重みがあり、思いが重なる。
「あなたを失った昨日に私は死にゆくの」
凄い曲だなと、歌詞をなぞる。

情緒不安定だった、そんな若い頃のことが懐かしく思えるのは、其れだけ歳を重ねてしまったのだとという実感。
刹那な思いは要らぬ。喜びもない代わりに、与えられた平穏な日々。
そうやって、少しづつ人は死んでゆくのかと思う。
胸焦がす思いは遙か過去に埋もれ、今は其れを穏やかに振り返る自分がいる。
心痛め涙に暮れることがなくなり、同時に、輝かしく笑えることも失ったのか。たぶん、自分のどこを捜しても、もう見つからない。あの痛みも喜びも。

時は二度と戻ることはない。
善き時代も、過ぎ去ってしまえば、取り戻すこともできない。
だから、今、やりたいことをやり、感情の赴くままを大切にすべきだと思う。今のこの時は、もう絶対戻らないのだから。

別にメランコリックになっている訳ではありません。
芸術の秋ですから、善い曲を聴き、思いを馳せる。其れだけ。
単なる散文。

日増しに生きるのが大変になってゆく。
其れは仕方のないこと。


2006年08月18日(金) 猿魔法

此処最近のBGMはMonkey Majikの『Fly』。
懐かしいような、切ないフレーズが好きで好きで。

そう言えば、物心ついた頃から、私は「切ない」ものばかりを追い求めているようだ。
音楽については其程究めている訳ではないので言及はできない。
唯、間奏だったり、サビのフレーズとかが、胸の奥底に届くものが堪らなく好きなのだ。
其れがピアノの場合もあれば、ギターだったり、ヴォーカルだったりもする。

思い出せば、まず一番最初に出会った「切ないフレーズ」はGodiegoの『ガンダーラ』のイントロと間奏だったように思う。
今では想像できないと思うが、バレエ少女だった私は、学校の仲間がジャニーズに夢中の10代であっても、黙々とクラシックを聞いていたのだ。

その後、NY留学直前に出会ったのはAnita Bakerの『Sweet Love』。
ジャズダンスを始めた頃で、ちょうどR&Bに目覚めたのもこの頃。
NYに渡ってからは、それこそ次々と名曲に出会い、その一曲一曲にあの頃の風景や思い出がつまっている。
この時代の思い出の曲を羅列していたらきりがない。

最近になり椎名林檎の「切ないフレーズ」に目覚め、どっぷり浸かりこんでいる現状。
椎名林檎がロックだと勝手に決め込んでいたものだから、彼女のリリカルな曲に出会った時の衝撃は大きかった。
その代表的な曲が「茜さす帰途は照らされども・・・」という曲だ。
切なくて、胸が痛くなるようなピアノのイントロやブリッジを耳にした時に「ああ、此なんだ。」と泣きそうな気分になったのを覚えている。
他にも『メロウ』『落日』などは何度聴いても聴き足りないほどだ。

仕事柄、音楽は好き嫌いなく何もかも聴きまくる。一切の節操もない。
そして、此の様に突然出会うのだ。

さて、次はどんな「切ないフレーズ」の曲に出会うことができるのだろうか。


2006年08月16日(水) 青山惨事と現実逃避

夏休みを戴いて、青山のスタジオへレッスンを受けに行く。

タイトなスケジュールを繰り合わせ、たどり着いた青山は「見苦しい浴衣姿の山」。既に襲われちゃったの?と聞きたくなる崩れた胸元や、バカボンの家族?と聞きたくなる矢鱈と短い裾、そして、原型をとどめてない帯。
もしょもしょのお端折りに、ダーツたっぷりの背中心、学ランにも負けない抜けていない衿。しまいには尻尾のようにはみ出て垂れ下がった腰紐に、ストラップヒールの足元。
どんなに目を覆っても、飛び込んでくる惨事の数々。

わけがわからなくても、とりあえず「日本の夏」をエンジョイするべく、纏ってみた浴衣。
結果がどうであれ、日本文化のひとつを若者たちが楽しむのは悪くはないと思うのだが。和装の楽しさを浴衣からスタートしてもらうのも嬉しいのだが。
せめて、最低のルールやマナーは学んでもらいたいと願うのは間違いか。
こう口うるさくなってきたのは、単に私が歳をとってきてしまったからなのだろうか。

レッスンは結局狙っていたクラスが休講だったため、急遽バレエを受講することにした。
久々のバレエレッスンだ。
フロアバーからはじまり、ゆっくりと躯を解して、両手バーでの基礎トレーニング。
背中が広がって、首筋が通る感覚が快い。
矢張り、毎週でも基礎のレッスンに通うべきだと痛感する。
忙しい合間に、僅か2時間の集中レッスンは躯にも心にも効果的。
つまり、来週本番だということから現実逃避。

皆様、おやすみなさいませ。


2006年08月15日(火) 静寂夏日

終戦記念日。
私の父は終戦の時に18歳だった。
母は戦後の混乱を生きてきた。
私は、その両親に小さい頃から「戦争」を語られて育ってきた。

戦時中のこと、戦後のこと。
空襲の怖さ。食べ物のない辛さ。
我慢と苦労が当然だったこと。

子供の頃には反発さえ感じた、ひとつひとつの話。
「私の生きてる時代は違うんだもん」という子供の愚かな考え。
ようやく、少し大人になって、父母の言わんとしていること、伝えようとしていることが僅かに解ってきたのだろうか。

あの戦争があって、混乱があって、そして、今が在る。
今、豊かな生活ができるのも、戦中戦後に努力し、苦労をしてきた人たちが居てくれたからだと思う。
「良い時代に生まれたね」とよく言われた。
その意味が少しずつ理解できるようになってきたのだろうか。

私は戦争を知らない。
だからこそ、識るようにしたいと思うのだ。

老いてきた母が、時折、遠くを見ながら囁く「あの頃はね」という話をもっともっと聞いておきたい。

そっと手を合わせる。安良かに。

街は静寂に包まれて、蝉の声だけが響いている。
久しぶりに蜩を聞いた。


2006年08月12日(土) 秘薬

ライブまで10日。
立ち止まることも、思案する余裕も一切無い。

8月は私にとって、この数年、非常に危険な月だ。
一昨年は入院、去年は救急車で搬送されている。厳重注意だ。

そんな今日(土曜)のレッスンの前半は絶不調。
怒濤の週末のために調整していたはずの体調なのに。
奥歯の痛みをやり過ごすために服用した市販の鎮痛薬が原因だろう。

しかし、踊り始めると事態は一変する。

其のあたりはプロ意識なのだろうか。否、単に踊ることが私にとっての全ての薬で、サプリメントや栄養素なのだろう。
踊り出すと、一瞬にして体調の悪さや、怪我などの痛みさえも忘れてしまう。
如何に短い手足を限界まで伸展させるか、重心の移動を心地よく行うか、シャープさや柔らかさはどう出してゆくか、其のようなことだけで躯も心も一杯になってしまうのだ。

今晩もリハーサル。
残された、たった10日で自分なりに今の最高を求めてゆくことができれば。


2006年08月09日(水) 躯の記憶

23日に向けてのリハーサルが続く。

日曜のリハーサルの後に、「たぶん無理だとは思うけれど」と言いつつ、キミコ先生に出演依頼メール。
予想を裏切る、快い返事を貰って、逆に驚いてしまった程だ。

恋愛も、そして舞踊も、肝心なのは勢いだと思い知る。

先行きを計り、臆病になっていたら何事も生まれず、何事も変わらず。
歳とともに、どんどん保守的になる己を其の侭にして置いたとして、今後の展開は如何なるものか。

火曜のリハーサルで、キミコ先生と1年ぶりの再会を果たした。

何年もの期間、一緒に踊ってきた仲間だ。
1年ほどの隙間など、1分もあれば埋まる。

過去に一緒に踊った作品を、此の様にして、また此処で踊る機会に恵まれるとは感無量だ。

淡い記憶を辿って、振りを起こす。
そう、この感触。そう、この感覚。
踊ることは凄いと思う瞬間だ。
一度踊っているものは、何処か、躯の奥底にそっと沈殿しているのだろう。
躯を揺すると、其れが舞い上がり、徐々に記憶が蘇ってくる。
そして、その記憶が徐々に鮮明になってゆくのが躯の隅々から伝わってくるのだ。
そうすると、まるでスイッチが自動的に入ったかのような感覚に見舞われる。同時に鳥肌がたつような、背筋が伸びるような、何とも云えない体感が躯を包み込む。至福の一瞬でもある。
踊ったことのない輩には、理解し得ない、独特のもの。
恐るべき、躯の記憶。仕合わせを噛み締める。

誰かに何かを伝えようなどという、下心はすっかり消え去り、踊る快楽のみに満たされる。
たぶん、此の様な一瞬のために、30年以上も踊り続けているのだろう。

1年ぶりに会ったと云うのに、私たちは大して言葉も交わさず、1曲の振り起こしだけで語り合えたように思う。
踊りで繋がる仲間というものは、他には例えようのない不思議なシンパシーが有る。共有するものが大きいから。
目と目で分かり合うのではない、背中越しの空気で分かり合える。

また彼女と踊れる喜びを大切に、本番を迎えたい。


2006年08月07日(月) 月曜の死闘

実は、先々週から怪しかった。
土曜日、ついに真実に気付く。
矢張り、右の奥歯が痛い。疼く感覚に唸りつつ、鎮痛薬で週末を誤魔化す。
日曜日は流石に鎮痛薬ハイ。
眠気と怠さにうんざりしながらも週末を終える。

歯科がオープンすると早々電話を入れて、診療して貰いに行く。

抑も、私は極度の金属アレルギー。
金歯、銀歯を入れられないために(入れると、見事に口内炎になって苦しむ)樹脂で虫歯の治療跡をカバーしている。

どうやら、この樹脂でカバーした部分が摩滅してきているのか、痛みの原因になっているらしい。
レントゲンを撮ってチェックしてもらったが、新たな虫歯が見つかったわけでも、知覚過敏症になったわけでもなかったようだ。

樹脂の部分を削って、新しく薬を詰め直す作業になる。

しかし、何故か今日は麻酔なし。

キュイーンという削る作業は良いとして、バキュームの吸い取られる空気と、削るドリルと一緒に噴出される水やら空気やらが、ダイレクトに奥歯に当たり悶絶する痛みなのだ。
「ひはいー(痛いー)」という私の叫びも虚しく、黙々と作業は続けられる。途中白目をむきそうになっていると、助手さんが「あと少し。頑張ってね!」と。
嗚呼、其れじゃ、まるで子供と同じ。
しかし、「やはり麻酔なしの歯科治療は恐ろしい」ということは再確認できた。

誰もがそうだろうが、私も歯科は嫌いだ。


2006年08月05日(土) 今日と明日の狭間

何やら、自分自身の行動が此処最近怪しい。
何処かで何かが狂ってきているようだ。

洗顔石鹸で歯を磨く。
携帯電話の代わりに、エアコンのリモコンを持ち歩く。
飛んできた虫を避けたついでに後頭部を強打する。

ステージの準備など、開始し始めたばかりだというのに、もう体力と精神力の限界に達してしまったのだろうか。

確かに抱えているものが少々多すぎるため、飽和状態になってきているのは実感している。
あれも此もと欲張るものだから、収拾がつかなくなってきているのも分かり切っている。
しかし、たった一度の人生に於いて、たった一度きりの今の此の時を無駄にはしたくないのだ。明日例え死んでも後悔のない今日。其れが好きだから。
今したいこと、今出来ること、今許されること、其れが明日したいことなのか、明日出来ることなのか、明日も許されることなのか。我が儘と云われようと、自分勝手と云われようと、今と此の時を先延ばしにしたくないから。明日は今日と同じではないのだから。

確かに、私は明日も明後日も存在するのだろう。
しかし、私以外の人や物はどうなのだろう。
去年一緒に踊った仲間と、まるまる今年も踊ることができるということは、ほぼ奇跡に近い。それは経験上、骨身にしみている。
去年のお客様がまるまる今年も応援しに来てくださるか、其れだって奇跡に近いことは誰もがわかっているのだ。
今回此処で集った仲間と、其処で集うお客様と、一生のうちの僅かな一瞬を分かち合うために、今出来ることは遣り遂げておきたいのだ。
其の後に後悔につながらない為にも。

今日というチャンスは、もう二度とやって来ない。

***
ブログにコメントをくださった皆様、有難う御座います。
メールなどで励ましの言葉をくださった方も有難う御座います。
少々取り込み中につき、なかなか個別の返答などが出来ず申し訳ないけれど、大変励みになっています。

今月23日のステージは、9時、10時、11時の3ステージ。
各ステージ15分程度の予定となります。
確かに広いホールで踊るのではないのですが、平日の夜ですし、さほど混み合うようなことはないと思います。
しかし、お座りになる場所によってショーの見え方が格段と違ってくると思いますので、「かぶりつき」で観たいという好奇心旺盛な方は、ショータイムの15分前くらいにはお席を確保されることをお勧めいたします。

一応ステージは1回目、2回目と多少内容を変えてゆく予定ではあります。一部重複したナンバーになりますが・・・。

事前にチケットの販売があるかどうかという質問が御座いましたが、ホールでのショーではないので、前売りチケットなどは御座いません。
当日、直接お店に行っていただければ結構です。
3ステージ全て満喫するのも善いですし、1ステージだけでもじっくりと楽しんでいただくのも善いでしょう。
しかし、ラストのショーで「アンコール」だけはご遠慮ください。
終電で帰れないメンバーも出てきてしまいますので。
おひねり、お花、かけ声、スタンディングオベーションなどは歓迎したしますが「ヤジ」は勘弁ください。へこみますので。結構脆いので。

さてさて、まだ準備があれこれ天こ盛りです。
今日はいいかげん休むことにしましょう。


2006年08月04日(金) 緊急告知:舞台情報

MDSの皆様は、既にホームページの掲示板などで御存知と思われますが。
来る、2006年8月23日(水)午後9時より、駒込のJazz Bar"Flat Five"にてプチライブを致します。
☆Flat Five ホームページから場所などをチェックしてください。
http://www.onlinef.com/flat5/

本来は、プロのミュージシャン達が鎬を削る場。
Jazz Danceのライブを演るのは、このお店に於いても初めてとなる。
果たして、常連のお客様始め、駒込の皆様に我らを受け入れて戴けるかどうか、非常に緊張するのだ。

そして、普段、私が素顔で飲みに行っているお店でライブを演るというのは、正直言って、大変複雑なのである。
オフの顔の私が、この日だけは完全なオンの顔で舞台を務めないとならないのだから、結構な覚悟が必要でもある。割り切りと云うか、開き直りと云うのだろうか。兎も角、気持ちをスッキリと確実に入れ替えないことには、到底、皆様の前には立てない。

時として、アルコホルにて半分朦朧としている自分が本来の自分なのか、それとも、頭の芯から、躯の芯までが揺らぐ程踊りきっている自分が本当の自分であるのか、区別がつかない事もある。
どちらも本当の自分であるのだろうが、矢張り、私が一番私らしいと云えるのは、後者であると信じていたいのも事実ではある。

正直、大変恐縮に感じてはおりますが、折角与えて戴いた企画、精一杯善いものを皆様にお見せできればと思います。
是非ぜひ、この珍しい企画、「駒込唯一のジャズバーと駒込唯一のジャズダンススタジオのコラボ企画」を楽しんでいただきたい。
準備期間が想像以上に短く、しかも、ステージが今までにない程に小さくコンパクトであるが故、多大な期待はご勘弁を。
しかし、身近な距離で、湿度あるムーブメントを堪能していただけることと存じます。

作品は、ジャズバーには似つかわしくないものも幾つか準備しております。
ダンスをよく知らない方にも一緒に楽しんでいただけるナンバーも組み込みました。
メンバー一同、必死にリハーサルをこなしておりますので、是非とも皆様、当日は応援に駆けつけてくださいませ。


2006年08月03日(木) 夏の夜の夢

『ダンス オブ バンパイア』を観に。
まだこれから観劇する方も居るのだろうから、多くは語らずとしておきたいのだが。

久々に満足感のある舞台。
もともとミュージカルを斜めにしか観ない私にとっては珍しく絶賛の値。
勿論、振付師が上島さんであるのも、加賀屋さんが出演するのも知っていたからこそ観に行ったので、期待通り。

素晴らしい舞台を、良い仲間と楽しむことが出来ることが有り難い。
観劇を本当に楽しめるかどうか、其れは、時として、一緒に行く仲間にもよるものだからだ。

プレミアチケットを入手してくれたY子に心から感謝。
何れ程までに、私に刺激を与えてくれたことか。
此だから、舞台は好きだ。


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