Dance日記帳
モクジキノウヨクジツ


2006年07月31日(月) 同性心理ゆえに

生まれて初めて、新橋のビアホールへ。

抑も、新橋など滅多に行かない場所なのだから、到着前から迷うことは予想されていた。
某嬢に待ち合わせを頼んで、いざビアホール。
此がまた、如何にも私の趣味にピッタリな昭和なビル。
最上階でエレベーターを降りると、「だいたい降りるとすぐに場違いなトロピカル感がっぷりのデコレーションがお出迎えしてくれるよ。」という某嬢の言葉通り。

7月最終日とは云え、肌寒い。

このビアホールの目玉は「エロティックショー」。
既に半裸の外人ダンサーが場内で踊っている。
目の保養というよりも、自分の羞恥心を煽る演出だ。
無邪気に狂喜する男性が羨ましく思う。
同性であるからか、何とも複雑。

ひと夏の思い出が出来たことを嬉しく思う。

***

寧日の日記について、いろいろ思い当たったり、心配したりしてくれた方があったようで申し訳なく思う。

あれは、単に、私の愚鈍さを嘆く内容のもの。
毎度同じ過ちを繰り返す自分が厭なだけ。
暫くはアルコホルを我慢すべきだろうが、今の私にとっては唯一の救いでもあるのだから。
逃げ場とは云わない。救いなのだ。
しかし、矢張り、もう少しコントロールする必要があるのは自覚している。

過度に摂取せぬよう、今後気をつけるようにしたいと反省の毎日。


2006年07月26日(水) 寧日を捜して

心穏やかではない日々が続く。

其れは、時として心を掻き乱す。
ひとつの物事が収束し、つかの間の寧日。
そして、また、次の混乱。

いっそのこと、何も感じなくなってしまえれば良いと思う。

ひとの言動に、真意が読み取れない時、如何すれば善いのだろう。
大人になると面倒。率直に問いただすことができなくなるのは何故。
子供の頃よりも、何倍も臆病になってゆく。
耳で受けた言葉の、本当の意味合いを考え倦ねて、更に混乱する。
善く取れば良いのか、それとも逆か。

アルコホルで意識を飛ばすのが、唯一残された方策。
今宵も、左程に酔うでもなく、切なさを抱いて眠りにつく。
明日は、どのような自分を装うべきなのか迷いつつ。

人の心を探るのは、何よりも苦手であることを再認識。


2006年07月24日(月) 漢字恋慕

漢字変換がまともにできなくなり数日。
ブログにコメントくださった、こてちゃん、ゴンちゃん、ありがとう。
そして日中にもかかわらず、プライベートサポセンを担当してくれたガチャ、そして深夜機動隊ミナコ、本当にありがとう。

火曜早朝の駒込は濃厚な霧が立ちこめております。
漢字変換が出来る喜びに胸を一杯にしながら、パソコンの後ろにある窓越しに霧を眺めつつ久々のブログ執筆。

さて、どうなったのか。
まずは、皆様からいただいたアドバイスをもとに、四苦八苦。
何を試したとしても「ことえり」は壊れたまま。
対応策を試しては、絶望に見舞われること数日。
何度となくデスクごとパソコンをひっくり返したい衝動に襲われるが、ひたすらに己を宥め賺し、完全な寝不足の毎日。
結局、ATOKをダウンロードして復活したということです。
嗚呼、此で漸く眠れる。

暫くは、無駄に漢字を連発するでしょうが、どうか、笑って許してくださいませ。


2006年07月21日(金) きんきゅうじたい

すうじつまえより、ぱそこんのちょうしがわるく、かんじへんかんが、できなく(せいかくには、ひともじずつしか、へんかんできなくて、ゴクのへんかんができないのです)ほんとうに、こまりはてております。

よみづらくて、ごめんなさい。

ガチャとミナコにフォローしてもらって、デキルかぎりのコトはやってみたのですが(RAMクリアとかデスクトップさいこうちく とか、ソフトウェアのさいインストールとか、しょきせっていのしょるいをすててみるとか、おもいつくかぎりの、いろんなことをやってみたのです!)どうしても なおりません!!

どなたか、わかるかた、オネガイです、たすけてください。

かんきょうは、Mac osX10.2.8
FEPは、ことえり です。

しょうじょうは、ユーザーじしょはつかえるようで、かこにたんごとうろくしたものは へんかんできます。
しかし、どのような、ぶんしょうをかいても、かならず ひともじ ひともじ が ぶんせつになってしまうのです。
むりやり かんじを だす ことは できます。
たとえば「できます」を
「出葵間欝」というような じョうたい です。
すでに かんじ の じゅくご として ふつうなら へんかん できるものも、たとえば「へんかん」は「剥ん渦ん」となります。


どうやって、たいおうしたらよいのでしょう?

ATOKとかのFEPをかってきて むりやり インストールするのがベストなのでしょうか?
どなたか くわしいかた、たすけて ください!!!!


2006年07月18日(火) 群雨降りて

降り続く雨に都会は朝から翻弄された模様。
然し、群雨のお陰、気温が下がり、幾許か過ごし易く有難い。

遂にプロジェクトが動き出した。
先ず一報。9月に選考オーディション。
今まで頑張ってきているメンバーに、特別な機会を。
重ねてきた努力を此処で出して貰いたい。ひとつの目的に成れば善い。
統率する立場になる訳で、これから半年かけて作品と躯を創って行かねばならない。襟を正す思い。
8月はわずかな休みを戴いて、其の後のストイックな生活に挑みたい。

8月の休みをどう過ごすか。
夏が苦手だから、此の侭だと自宅で読書という普段のオフと変わらぬ過ごし方をしてしまいそうだ。
2泊で独り旅にでも出るのが好い。
行ったことのない街へ出たいが、矢張り京都に立ち寄りたい気持ちも強い。
しかし、夏休み真直中、まず宿が取れぬだろう。

ソウコウしているうちに、上半期が過ぎ去ったように下半期もあっと云う間に流れてゆきそうだ。

抑、夏嫌いの私に夏休みなど似合うわけはなく、其れをエンジョイしようなどとはおこがましい限りなのだろう。
正直一刻も早く夏が過ぎ去ることを願わずに居られぬ。
夏を嫌いな理由は、汗疹、虫さされ、虫の出現、蝉の死んだ振り、背筋が凍る強度クーラー、シミを増やす日焼け、薄着、満員電車と満員エレベーターの汗の匂い・・・あげたらきりがない。
ただ、嫌いな季節だからこそ楽しむようにしているアイテムは、かき氷、浴衣、冷中華だ。今年は此れに室内プールも加わっている。
数年ぶりに泳ぐ感覚は新鮮にて快感。疲れた時には尚更善い。
どうやら我が家の駄犬チワワも夏嫌いらしく、ダレた寝姿が笑える。
飼い主に似るのだろう。


2006年07月10日(月) 踊り手冥利

椎名林檎の「唄い手冥利」を聴きつつ。
久しぶりに「黒いオルフェ」を踊ろうと思う。
今までに何度となく「リバイバル希望リスト」にあがっていた作品だが、毎度他の作品におされて一度もリバイバルをしなかった作品。

何故か日曜に集まったメンバーは貪欲で、そう云うのが好きな私は、ついつい調子にのってしまうのだ。
あれも、此れも、其れも踊りたい。
そんな気持ちに推されて、久しぶりに彼女らに手伝ってもらって「黒いオルフェ」の振りをなぞる。

記憶に残る「オルフェ」は、然して困難な振りではなく、何処か、少し陰鬱とした感じのものだったのだが、思い出し作業をして興した振りは思ったよりも踊り手の力量を必須とするものだった。
此れこそ「踊り手冥利」と。作者が云ったとしても手前味噌だが。

***

久々に青山に出て、駒込の仲良したちと「イタリア優勝記念」の祝宴。
ピザにパスタにワインに。
添乗員時代のイタリア往復の日々を薄らと思い出す。
人一倍、イタリア飯には煩い筈の私だが、今日の晩餐は仕合せだった。

結局は、青山での食事でも、囲まれている仲間が駒込なので普段と変わらず居心地が善いのだ。酔いが廻って、言動が怪しくなったとしても、其れさえも見なれている仲であれば不安はない。気負うことも、格好つけることもない、侭で居られる心地よさ。

帰り道もひとつ面白い。
全員が同じ駅に戻るというのに、何故かばらけてしまうのだ。
「誰も統率しようとしないからね」
確かに、其のようなところが駒込らしいのかもしれない。
最近、特に思う、この地に育って善かったと。

***

Eちゃん、『業平』で途方に暮れている私に「お薦め書物」を教えてくれて、有難う。
早速、読んでみようと思います。
私のお薦めは「雨柳堂夢噺」(漢字が登録されていないので「はなし」は違う)。

***

「水曜ビギナー」について。
意見や想いを伝えてくださる皆様、本当に有難う。
兎に角、今月は様子をみて、来月からどうするか考えてみます。
8月だけでもお休みを戴くという事も善いのかもしれませんし。
M子ちゃん、優しい言葉有難う。多くのオープンクラスメンバーが水曜ビギナーの卒業生なわけで、感慨深いのも理解できます。
此のようにして、皆様の言葉を聞く機会をもつということは大変貴重です。
まだまだ聞かせて戴ければと思うので、遠慮なく率直な意見を投げてください。


2006年07月09日(日) 業平何方?

イタリア、W杯優勝おめでとうございます。
互角に戦ったフランスもおつかれさま。
最後まで応援したり観戦していた皆様もお疲れさま。

ヒデの引退についても思うことは沢山あったし(駒込で8年前のNAKATAユニフォームで応援していたせいもあってか、引退が発表された時に、あちこちからお知らせを戴きました。ファンとしては、ブラジル戦の後にピッチに沈んだままの彼を見て、既に彼の走る姿を見られなくなることを覚悟していたので、然して驚いたりはしませんでした。気を使って連絡をくださった皆様、ありがとう。)この決勝戦についても素人ながら、いろいろと考えたりもしました。
いろんな人がいろんな感想をブログに書くことでしょう。
ですから、私は敢えて何も書かずに、次の世界杯を楽しみにしておこうと思います。

唯、スポーツはシナリオの無いドラマであり、瞬間が創り成すアートだと思うのです。

***

「業平」って、一体、何処の誰だっけ?
という私の質問にちゃんと答えを出してくれるMDSのメンバーは凄いと思う。
日本舞踊に出てくる「業平」だとか「須磨」だとかって分からなくて、かと云って、全然分からないわけでもなく、なんとなく「昔歴史かなんかの授業で聞いたような・・・」という曖昧さ。
どうも、はっきりと自分が踊るバックグラウンドやストーリーをきちんと理解できないと、その役柄に浸りきって踊ることができないので辛いのだ。
しかし、学生時代、歴史も古文も苦手だったので絶望的。

今になって、日本の文化を学ぶには、あの頃に学んだことが生きるのだと気付いて、後悔。
アメリカだとかヨーロッパだとかにさんざん憧れていた自分が子供だったのだなと思う。

MDSメンバーはさらっと「在原業平でしょ?」「土佐日記?伊勢物語?」などと単語が出るのだから驚く。
そういえば、そのようなものがあったような記憶が遥か彼方に。
今更ながら、もう一度、古文と歴史の勉強をするしかないと思う。
日本人でありながら、日本の歴史にも文化にも疎い私。
目指したいのは、自分が日本人であることを胸を張って云える日本人。


2006年07月07日(金) 現状説明

ついに出逢ってしまった。
Phil Perryに。此の声に私は弱い。

朝から妙な一日。
まずは、早朝から駄犬の悪戯に起こされ、其の後にNYの親友から国際電話。
起き抜けの国際電話は善い。
頭が働いていないので、何故かわからないが深いことを考えず、楽に英語が出てくる。当時、NYで生活していた時は朝から晩まで英語がベースだったから何とも思わなかったが、日本に戻り、日本語がベースでほとんど英語を使わない生活になってしまうと、どんどんと機能が弱まり、云いたいことがあってもなかなか言葉にならないのだ。
「遅くなってごめんね。誕生日おめでとう。」
そんな些々やかな気持ちが嬉しい。

所用を済ませ、夕方から日舞の稽古へ。
昨日Sayuriを観たばかりで、何だか複雑だ。
ついつい映画のように、間違えて左足から座りそうになり、自分を戒める。
今日の稽古は辛かった。普段よりも細かい部分の駄目だしが入る。
必死に踊って、終わり際、正座しようとした私の足が突然つった。
しかも両足同時。
あまりの激痛に小学生のように手をあげ「先生!あ、あ、足がつりましたっ!」と。暫く動けず、情けない気分で稽古を終える。

自宅に戻り、地元の飲み会へ。
行きつけのバーの6周年記念。
途中で抜けて出て、今の時間。
いいかげん躯が壊れそう。

もう寝ることにします。


2006年07月06日(木) 芸者の記憶

『SAYURI』がDVDレンタルを始めたので、早速観てみる。

此処より先は、作品についての個人的感想なので、批判などを読みたくない方は御覧にならぬように。

まずは、外国人の考える「芸者」を含む日本文化の認識の甚だしい誤解に落胆。当然、然程の期待は寄せていなかったが、想像を上回る「ちんぷんかんぷん」さに腹立ちを越え、笑いが込み上げるほどだ。
少なくとも、日本の伝統文化を学んでいる方は御覧にならないほうが精神衛生上宜しいのではないかと。

母と一緒に鑑賞したのだが、母は途中で席を立つほど。

抑、チャン・ツィイーが主演をするということで「はあ?」と思ったのだが、渡辺謙や桃井かおりなど、魅力的な役者さんが並んでいるのだから、もしかしたら想像よりも満足いく作品なのかと少々思う部分はあったのだ。

しかし、あの様な作品を作るうえで、日本舞踊のシーンにおいては日本舞踊の師範を頼んでいることだろうし、「芸者」ということについて、多少なりとも事前にリサーチをし、誤解のないように工夫をしたのではないのか?
誰もアドバイスしなかったのか?
それとも、誰も知らなかったのか?

先ずは、日本舞踊を稽古すれば、一番最初に振りを習うまえに「立つ、座る、挨拶する」という原則を教えてもらうものだが、その基本中の基本でさえNG。私の日舞の師匠が観ていたら「何をやってるんだい!」と激怒しそうだ。日舞のシーンは特に稽古については「ジャズダンスのレッスンじゃないんだから、、、、グループレッスンってどういうことよ?」と突っ込み、手先の使い方や首の付け方もついつい突っ込みまくってしまう。
たぶん、バレエをきちんと観たことがあったり、レッスンしたことがある人が「爽健美茶」の膝曲がりグランフェッテ・アントゥールナンを観て「ひぇぇぇぇ」と声にならない悲鳴をあげたような虚脱感に見舞われる。

着付け、衣装、ヘアメイクが最低最悪。
完全に「お女郎さん」と「芸者さん」とを一緒にしてしまった「トホホ」なもの。

日本の文化には、ひとつひとつ、きちんとした理由や意味がある。
それは私たち日本人が現代、普通に生活していても、ところどころに感じることができ、また、日々、其れを楽しんだり、慣れ親しんでいるものだ。

善い。
どうせ外国人の作った「憬れのオリエンタルスタイル」なのだから。

ただ、不思議。
ウエストにギャザーの寄った着物。
それは「姫?」なのだろうか、あり得ない髪結い。
しかも、お座敷で髪おろしているし。
それに、日本の女性はたとえ貧しい時代であっても、気高さは保っていたし、男性との交わりについて気軽なものでは決してなかった。
笑えるのは「水揚げ」。なんとオークションだったとは。しかも、落札の値段が電話連絡されるとは。知らなかった。
完全に「芸者」と「花魁」を一緒にしてしまっているうえに、最も最悪なのは、それでも「芸者は芸事を貫く仕事」みたいな事を言ってしまう大それた矛盾。

此処まで「嗚呼、観なければ善かった。」と思う作品も久しく珍しい。
たぶん『リトル・ダンサー』以来だろうか。

外人のイメージしたニッポンだから、仕方ない。
そう何度も言い聞かせていたとしても・・・
ま、シニカルな笑いが好きな方なら観ても善いのでしょう。

芸者さんや舞子さんは落胆しているか、激怒しているかだろう。
しかし、何故、誰も抗議しないのだろうか。其れが一番不思議だ。
このような映画を公開されて、一番迷惑なのは花柳界の方だろうに。

私の「花魁」系、日本文化。いや、日本風俗文化における参考作品は、『吉原炎上』『陽揮楼』。そして成瀬巳喜男の作品など。
着物姿や襦袢姿の美しさや、日本女性の何とも言えぬ色香などは『百色眼鏡』。
日本人がきちんと作った、素晴らしい作品はいくらでもある。
是等を見れば、この作品の程度が知れる。是非見比べて貰いたい。


時代背景を描くわりには、服装も文化も何もかも滅茶苦茶なこの作品。
私のワースト3に間違いなく入選中。
此のまま、終わりなく、愚痴を続けてしまいそうなので、今日は此のあたりで。


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