Dance日記帳
モクジキノウヨクジツ


2005年04月29日(金) 稽古日和

ゲホゲホ、ズルズルとやりながら、稽古場へ。

休日の稽古ということもあり、諸先輩がたが集まって、凄い状態。鼻水すすることさえも許されない空気。

普段の稽古では会うこともないだろう大先輩や、他の稽古場のお弟子さんたちとも一緒になるのは滅多にない機会でもある。

いつもなら、まずは稽古場に入り、師匠と他のお弟子さんに三つ指をつき、正座で「お早う御座います。宜しくお願い致します。」と挨拶をし、着替えをして準備をする。それが、今日は次から次へと出入りがあるものだから、着替えの最中であってもご挨拶、、、、となる。下半身が裾よけという下着姿で上半身がキャミ(←普段着のやつね)という大変微妙な格好だろうと、先輩より先に頭を下げるために床にひれ伏すのだ。
私は正真正明の新参者なのだから大変。

最近、ようやく慣れて来て、10分前後で稽古着が身に付けられるようになってきた(とはいえ、帯がグズグズ、、、なんてのは毎度のこと)のだが、今日は格別に気温が高く、稽古場の人口密度も高いものだから、着付けをしているだけで滝のような汗。
自分のジャズのレッスンでも、ここまで汗かいてないだろうと思うほどの汗だ。

着替え終わると、稽古場の隅で正座をして、稽古をつけてもらっている先輩方の舞を見学する。
ひとつひとつの先輩方の動きや、それに与えられる指導がどれも刺激になり、いろんなことを学ぶことができる。先輩の稽古を見学させてもらうことは、本当に貴重な経験なのだ。
いつかは、この人たちのように粋に、艶やかに踊るようになれるのだろうかと、ついつい遠い目になってしまう。
そこに師匠が加わり、踊っているのを見せてもらうと、其のしなやかな指先の動きひとつ、流れるような後ろ姿など、何れも此れも素晴しく口を開け放したまま馬鹿づらで見惚れてしまうのだ。

ふと、自分がレッスンを教えている時、みんなも其のような思いをすることがあるのだろうか・・・などと考えてしまう。

先輩方の稽古が終わり、次は私たちの番だ。
演し物は先週あがったばかりの端唄「京の四季」。先週あがったばかりということは、まだうろ覚え。
しかし、ここの稽古は「お浚いしてから、、、」なんていうのはない。稽古の前に自宅とかでおさらいしてくるのは当たり前だから。
師匠の言われる位置に立たされたら、すぐに音が入って踊るのだ。
ひとりでも振りが合わない人がいれば、音はすぐに止められ、その前から何度でもやり直しだ。
新参者としては、先輩の足をひっぱらないように、間違いが少なく、師匠に怒鳴られないように踊るのに必死だ。
今日はひとり今まで一度も会ったことのなかったお弟子さん(年齢はたぶん60才くらい?)が加わっていたのだが、この人の覚えが驚くほど悪く、そのうえ理解力がないというか、、、師匠の注意をきちんと聞かないものだから大変。3つ数えると音楽が止まる。また3つめで止まる。しまいには師匠が激怒し「あんたは、稽古する資格などない。そこからどきなさい!」と。

私も先生の端くれ。
叱ることの辛さはよくわかる。他人を叱るくらいなら、自分が我慢するほうが何倍も楽なのだ。
人を叱れば、一番落ち込むのは自分だ。
誰が正しいとか、そういうのではない。人を叱ることは、いくらそこに愛情があるにしても、互いに傷付くものだ。怖い。人を叱るということは、私が一番苦手とするものでもある。
だから、こうして、きちんと「叱る」ということができる師匠を素晴しいと思うし、尊敬に値すると思う。こういう人ならば、叱られたいとさえ思う。そして、こういうのが「先生の器」というものなのかな、、、と思うのだ。

一通りの稽古を済ませ、帰りの電車の中、今日のたった数時間の稽古で得たものの大きさを思い、有難いと思った。
まるで子供の頃のバレエレッスンの時のように「早く来週の稽古の日にならないかなぁ」などと思う。やはり、ジャンルが何であっても、私は踊ることがご飯を食べることと同じくらいスキなのだ。


2005年04月28日(木) running noseとは何でしょう

風邪、急激悪化中の一途を辿っております。
滅多に体調を崩さないため、どう対処していいのやら。

明日からゴールデンウィーク。
既に帰省ラッシュが彼方此方で始まっている模様です。
海外に行かれる方もいるのでしょう。
気をつけて行ってきてくださいね。そして、うんと楽しんできてください。

一方、仕事の方や、予定を入れずにいる方は、是非MDSに遊びに来てください。非常に暇です。寂しいくらいです。
こういう時だからこそ、ゆっくりと踊りましょう。
MIE先生も特別な企画を準備しているようだし、、、私も何か特別企画をせっかく来てくれたメンバーのために考えたいと思ってます。

まずは、風邪治さないと。

とは言え、自分が行く稽古はゴールデンウィークだからこそ気合いいれて行くつもりなので風邪だからと休んでなんていられませんっ!
こういう時の稽古は、特別楽しめるものなので、鼻水たれても行きます。
なので、今日はこれにておしまい。

おやすみなさい。
Enjoy happy holidays!!


2005年04月27日(水) イイワケヲ、、、

またまた日記に隙間があいてしまいました。
ごめんなさい。

言い訳。

月曜の夜から喉の調子が悪く「風邪ひいたのかなぁ?」と思っていました。昨日の火曜日もどうにかレッスンを担当していたのですが、やはり喉が痛くて・・・。レッスン後の夜、あまりに調子が悪く、早めに休むことにさせてもらいました。

そして、今朝。
調子は悪化を辿るのみ。


実は幼少の頃、扁桃腺を摘出する手術を受けているので、喉から来る風邪には滅法弱い。去年あたりは初めて気管支炎になり驚いたほど。

今日は午後にプライウ゛ェイトのレッスンの担当もあったので、ビギナークラスと続けて2本のクラスを担当しなきゃならないから「マジ、ヤバーっ!!」という状況。声が出なくなってしまったらレッスン担当できないし!

午前中慌てて耳鼻咽喉科に。判断は「咽頭炎」。うううう、やはり。
吸引手当をして、抗生物質などを戴いて、昼食後に薬を飲む。

夕方あたりには、少しばかり調子が戻ってきた感じ。ほっと胸をなでおろしつつ、2本のクラスを担当して、先ほど家に戻って吃驚。
抗生物質でアレルギー反応がでてしまって、顔面が腫れ上がってしまいましたー。特に目の周りが酷く、視界が半分以下ですぅ。
日記を執筆するのにモニターを覗くのも結構大変。失恋しても、ここまで目が腫れ上がるほど泣いたことがないのじゃないか?と思うくらい、恐ろしいことになってます。

なので、今日も昨日にひきつづき、早めに休むことにします。


2005年04月25日(月) 空白も時には必要

福知山線の脱線事故の悲惨さに、心が痛みます。
既に火曜日の朝である現在も救出作業が続けられている様子。ひとりでも多くの人が助かりますように。
そして、早く、原因究明されることを願います。

気付けば、週末はご無沙汰してしまいました。
今週末は黄金週間。皆さん、大型連休の準備に忙しいのでは。
掲示板のほうに「ゴールデンウィークに企画して欲しいレッスンとかありますか?」という問いかけに戻ってきた答は結構僅か(涙)
皆さん、あちこち出かけてしまうのですね。
お土産、楽しみにしています。。。。


2005年04月22日(金) 五つ鞐とおすべりと

稽古を重ねてゆく毎に、いろいろと気付くことがあったり、学ぶことが多い。

久々に、ワクワクした気持ちで1週間を過ごしている。
「明日は踊れる日だ!」と思うと、何事でも頑張れるのだから不思議だ。

前日の夜、稽古の準備をし、復習をする。
ひとつひとつ思い出したり、確認しつつ、自宅で踊ってみる。
稽古が終われば、帰りの電車の中でメモを書く。注意されたところや、新しく加わった振り。何度やってもうまくいかない部分や、褒められた部分。
着付けについて、礼儀や作法について。
家に帰り着くころには、忘れてしまいそうな小さいことまで書いておく。
そして、来週の稽古の前に読み返すのだ。同じことを注意されたりしないように、自分なりに成長を促進できるように。

稽古では、それこそ爆笑してしまいそうな「やらかし」をしているのだが、これは日記で説明しようたって無理だ。
機会があれば、いつかレッスンの時にでも笑い話を披露しましょう。

今さら気付いたこと。
私も結構マゾヒスティックだったということ。
師匠に厳しく注意されればされる程、嬉しくて、頑張ってしまうのだ。


2005年04月21日(木) 無限ルーティーン

オフなので、親友のベビーに会いに行く。

いやいや、まだちっちゃいの。
触ったら壊れてしまいそうなくらい。
でも、小さな手にミニチュアの指で、本当にちっちゃい爪がついていて、なんて精密に仕上がっているのだろうと妙に感心してしまう。
赤ちゃんはスゴイ。

この1か月くらい親友とはメールでしか話していなかったし、メールも育児で忙しくて途絶えがちだったので、久しぶりにベビーを互いにあやしつつ、いろいろ話す。
たった1か月くらいの疎遠なのに、話したいことが山ほどあったりする。
しかし、途中でベビーの強烈なイントロプト鳴き声にて所々中断。
それにしても「おっぱい」「おむつ」「おっぱい」「おむつ」の無限ルーティーンに目眩を覚えるほどだ。

夜になって旦那様が戻ってきて、これまたいろいろと話したり、代わる代わるご飯食べたり。(←赤ちゃんが身近にいる人にはわかると思いますが、夫婦はほとんどこの時期一緒にご飯なんて食べられません!どっちがが抱っこしていて、どっちかが飯をカッ食らうというスタイルが通常。)
何が感心って、旦那様が全くもって平然と「おむつ」をチェンジしていたこと。顔色ひとつ変えず、ササッと手際良く。
料理や洗濯ができる男性もステキだと思うけれど、育児も気負いなく楽しげに参加している男性は本当に素敵だと思う。
素敵な両親に恵まれて、すくすくと育っていくことでしょう。

次に会う時は、どれくらい大きくなっているのだろう。
今日プレゼントしたベビー服が窮屈になっていることだろう。


2005年04月20日(水) choice of 4

寒かったり暑かったり。
不安定極まりない此処最近。
放っておいても体調が崩れるものです。

なんとなくEGO-WRAPPIN'などを聴きながらの日記執筆。
雨の夜は、結構このようなまったりした楽曲が馴染んだりする。

人間関係で、冷たく寒い思いばかりを繰り返す此処最近だから、ほんの少し、心を温めてくれる歌声が嬉しかったりする。

そういえば、先日、弁護士事務所の帰りに非常に疲れきった気持ちで立ち寄った駅ビルの店で『母国情緒』が流れていた。ただ、其れだけだったのに何故かグッタリしていた心が少し元気になれたような気がした。
ダンスの先生という「楽曲」とは切っても切れない縁だからか、音楽が与えてくれるパワーやアイディアというのは凄く大きいのだ。
極端に言えば、人生を左右されているとでも言えてしまう。

先週、自分の稽古に行った時に「貴女は三味線の音を聴いているから、他の方よりも勘よく踊れるわね」と師匠に言われて、嬉しかった。

音をよく聴くこと。流すのではなく、聞き込むこと、味わうこと、理解しようとすることは踊るうえで大切なことだ。
楽しく踊ろうと思うならば、いつでも音楽と密接でいるようにしたほうが良い。ジャンルや、知識など関係なく。いろんな音楽を聞き、口ずさみ、カウントをとってみたり、身体を揺すってみたり。
そして、できることなら、『喜怒哀楽』の4つのシュチュエーションに合わせられる曲を挙げられるくらいになって欲しい。
今すぐ、4つの曲、リストアップできますか?


2005年04月18日(月) 明るい話題は桃色片思いなんかじゃないし

単調な休日の一日が好きだ。

洗濯をし、掃除をし、1週間溜まった雑事をこなす。
淡々と作業をしてゆくことで、変化が生まれ、物事が変わるのが好きだ。
新しい気分になれる。

いつもより、ほんの僅かに時間をかけて珈琲をいれるだけで、気持ちが和らぐ。

実は、今日、裁判の日でした。
弁護士の先生が「出廷する義務はありません」とのことで自宅待機。
結果は未だ出ないということだろう。

酷い言いがかりをつけて、一方的に立ち去っていった「もと」友達からメールがあった。
笑えることに、私の使っているMacのメールソフトは「迷惑メール」という機能があり、送り主のアドレスやタイトルから「迷惑メール」らしいものを探して選り分けてくれるのだが、見事にこの「迷惑メール」の対象になっていた。Mac、やるじゃん!
「もと」友達は、すっかり前のことも忘れ「相談のってほしいから連絡ください。ご飯でも食べましょう。」とのこと。
矢鱈と哀しい気分になるのは何故だろう。
当然だが、返事はしない。
その裏側でどれほど私が傷付き、嫌な気分を味わったか、想像もできないような人なのだろう。そういう人をもう「友達」とは呼べない。

私の定義する「思いやり」や「優しさ」というのは、とんだ間違いなのだろうかと思う最近。

暗い話題はもうやめて、部屋も洗濯物もスッキリしたのだし、明るい話題に変えましょう。
とは言え、これと言った明るい話題がないことに今さら気付いた!

あ、ひとつだけ。
Mini Stopのソフトクリームの大ファンの私。新しい季節限定のフレーバーが「ピーチ」!これまた大好物!!
当分、確実ペースで食らうことになりそうだ。
ダイエットは何処へ?


2005年04月17日(日) つまらん人間

口癖のように
「飽きた」
「つまらない」
「興味ない」
という友人がいる。

たまたま昨日は共通の友達と話していて、その子の口癖について話題になった。其の子は、単に、素直に「つまらない」とか「飽きた〜」とか口にしているだけのことは周囲も承知だ。決して悪い人や嫌味な人ではない。

ただ、共通の友人と同じ意見だったことは「ネガティブなことは言葉にして発声されちゃうと、こっちまで影響されて同じようなネガティブな気分になるから不愉快だ」ということだった。

いくら楽しくしていても、隣にいるその子が、ふと「あ〜あ、つまんないなぁ。もう帰ろうかなぁ。」と声に出して言われると、周囲は一気にしらけてしまって、彼女に対して「どうにかして『つまんない』なんて言われないように、この場を盛り上げなければ!」と気を遣って疲れ果ててしまうのだ。(勿論、其の子は「つまんないから盛り上げてよ!」という意味で言っているわけではないのは皆理解しているのだけれどね。)
悪気がない分、いろいろと複雑だ。

子供なら「じゃ、帰れば!」とか「『つまんない』とか言わないで!」とかストレートに言い返すこともできるのだろう。

つまり、ネガティブな思いというのは声に出してしまうものではないのだ。例え素直にそう思ったとしても、其れは心の中に留めておくのが相手への思いやりと言えるだろう。

利害関係のない友人の間柄だからこそ、そういう優しさは大切にするべきで、「素直であることのはき違い」は周囲を不愉快にさせるだけなのだ。
ネガティブな事柄を表に出す時は、場所や相手や空気を選ばなければ、ただの「我が儘」になってしまうのだ。

他人に合わせる必要もないのだが、ネガティブな気分を公表したところで嫌な気分をまき散らすだけのこと。
「つまらない」とか「飽きた」と思ったなら、そっとその場を去ることで十分だし、潔い。

ダンスのレッスンでも、「できない」「無理かも」「疲れた」などのネガティブワードをあちこちで耳にするが勿体無いと思う。
「できない」→「できるようになってみたい」
「無理かも」→「無理は承知!やってみよう!」
「疲れた」→「目一杯動いた!」
ちょっとだけ言い方を変えてみると、気持ちが変わる。

自分が、周りと同じ状況であっても、ほんの少し「楽しんでみるかな」という気持ちを持つだけで、周囲の人間も巻き込んで「楽しい雰囲気」というのができてきたりするのだ。
どうせ気持ちが伝染するとするならば、ネガティブなものよりも明るい気持ちになるもののほうがいい。
ポジティブシンキングを推奨しようなどとは思ってない。
ただ、「つまらない」気分を周囲にまき散らして欲しくないってだけのことなのだ。そういうのに人は大変汚染されやすいから。

いつも、ぶつぶつと「つまらない」「飽きた」と呟く友人と、自然と一緒に出かけることが少なくなるのも否めないだろう。
そして、私が密かに思っていたことが、私だけの思いではなくて、其の子に関わる友達皆が同じような思っていたと知って不思議と安堵したのだった。

「つまらない」と呟く前に、「つまらなくならない」ようにはどうしたらいいのか、どうしたいのか考えて欲しいし、「楽しませて欲しい」みたいな勝手な期待をするのも如何かと思う。
兎に角「つまらない」という言葉を容易に発する人間とは関わっていきたくないと切実に思った。所詮私も「つまらん人間」でしかないのだから。
「つまらん人間」の私だから、より「楽しく」生きていけるように成りたいと日々思うのだ。より「楽しく」やっていく工夫を一緒にできる友達が最高なのだろうと思う。

オトナの人間関係は難しいものだ。


2005年04月15日(金) 要領

自分の稽古をつけて貰いに出かける。

普段、私鉄に乗り馴れていないということもあり、うっかり「通勤準急」なる種類のものに乗ってしまった。
「通勤快速」に「通勤急行」、普通の「急行」やら「快速」やら「特急」などなど。こんなにも豊富な種類があって、それが各々に停車駅が変わってくるわけなのだから複雑だ。

本当は「準急」に乗りたかったのに、間違えて「通勤」が冠詞につくほうに乗ってしまったが最後。あれよあれよと言うまに降りたい駅をすっ飛ばして行く。
どこまで自分は間抜けなのだろう、、、と哀しいような口惜しいような、誰かに八つ当たりした気持ちを抑えながら通過する駅を眺める。

私のことを仕事柄、機敏で何事にも快活に動作するタイプだと思う方が多いようだが、実際は正反対。動作が遅くて鈍い、トロいのだ。ボーッとしているつもりはないのだが、何事においても準備などに非常に時間がかかる。
物事を理解するまで時間がかかる。兎に角、自慢できるくらいに要領が悪い。本人は精一杯スピードを出しているつもりでいても、周囲の人たちにしたら「何をトロトロしているんだよっ!」と苛立つようだ。

その昔、高校生だった頃、先輩のお宅にお邪魔して、ケーキをご馳走になった。その先輩は大学の先輩で、当時私の受験の世話をしてくださった「体育大学出身」の方なので、何事にも機敏で要領が良い。
一方トロい私は、いただいたケーキを、周りのセロファンをぐるっと剥がして、フォークで突っついて食べようとしていた。
すると先輩が「アンタ!何をお嬢様みたいにチビチビ食べてるのよっ。周りのセロファンは外さずに、こうして手で持って、食らい付けば早く食べられるでしょ。フォークなんて使わなくていいの!」と、セロファンの上からガシッとケーキを掴み、端っこのセロファンをめくってガブッと一口。
「体育大学行ったらね、おっとりしてられないんだよ。次々と実技の授業があるし、とっとと着替えて次の教室に移動しなきゃ単位落とすんだよ。今から要領良くやっていけるように工夫しな!」と、唇の端についたクリームを親指でぐいっと拭いながら叱ってくれた。思わず「カッコイイ!」と改めて先輩への敬愛を深めたのだった。

M先輩。未だに私は当時のままの愚鈍さです。貴女からいろいろ学んだはずなのに・・・

NYへ行くと、毎回必ず立ち寄るレストランがある。ソウルフードと呼ばれる南国料理が食べられる店だ。
ここに来ると、毎回NYに住む親友が笑う。
付け合わせのベイクドポテトの食べ方が可笑しいと言って笑うのだ。ポテトの皮をナイフとフォークで綺麗に剥いて、中身を綺麗に刻んで一口大にして食す様子が「笑っちゃうほど几帳面!笑っちゃうくらい日本人!」と思うらしい。
私にしたら「焼き魚を食べる時ほどは几帳面に食べてないつもりだけどなぁ
」という具合だ。
少なくとも、親友は、スラングで喋るスレた感じの私が、ちまちまとポテトを食べるギャップが好きだと言ってくれているので、偏に鈍臭いことが悪いことでもないように思える。

しかし、いいかげん、「要領良く」生きれるようになりたいとは思う。
せめて、脱いだ着物をササッと美しく畳めるようになりたいと思うのだ。


2005年04月14日(木) オデコ告白日記

何故、どうして、こんなにも眠いのだろう。

最近はお風呂に入ると「睡眠」のスイッチが入るらしく、湯船で曝睡。
最初のうちは、ウトウトしているうちにガクッときて、ゴボゴボっとお湯を吸い込んだり、鼻から飲んでしまったりして驚いて起きていた。
次に、毎晩のように顔面から湯船に沈むパターンを回避すべく、背中をもたれかけて、なるべく「前屈み」にならないように気をつけてみた。ウトウトしているうちにガクッときて、ゴンっ!と後頭部をしたたかに打ち付け、驚いて起きた。
これはどうにかしないといけないと思い、翌日から湯船の中で正座をすることにしてみた。これなら寝ないだろう。ウトウトしているうちにガクッときて、ゴンっ!!!とオデコを湯船のふちに激打して、驚いて起きた。
オデコにみるみる「たんこぶ」ができた。
いい歳して、お風呂で居眠りして、オデコに「たんこぶ」作ったなんて、あまりに恥ずかしい。
今まで黙っていたのですが、こうして日記に告白して、少しスッキリしました。

ロールダウンしたりするとズキズキ痛かったのよ、実はね。


2005年04月13日(水) 雨音と肌寒さと

まだまだ寒い雨降る一日。
4月も半ばに入ろうというのに。

暑さが苦手な私にとっては、このままの気温でも十分快適ではあるのだが、ウチの真夏生まれ南国育ちのチワワにとっては厳しい様子。
私の部屋ではオイルヒーターが再活動中。

先日ハイチュウを食べていたら歯の詰め物が取れてしまい、今日はその治療へ。ついでに足を延ばして久しぶりに渋谷に出てみる。
お気に入りのカフェでひと休み。
自宅では専ら手動の珈琲ミルでゴリゴリと豆を挽いて、フィルタードリップして珈琲を飲んでいるのだが、こういうカフェに来ると何故か濃いめで癖のあるチャイが飲みたくなる。
ミルクと一緒にゆっくりと煮出したチャイはたまらなく美味しいのだ。
雨の音を聞きながら、久しぶりにゆっくりとした気持ちで温かい飲み物を楽しめた。

これから暖かい季節になってしまうと、此のような楽しみがなくなるのだから虚しい。やはり肌寒い季節のほうが私にとって楽しみが多いようだ。


2005年04月12日(火) 花冷え

『虚言症』を聞きながら、執筆。
ここ最近、HouseやClub Jazz系のラウンジミュージックばかり聞いていたせいか、とても新鮮だ。

今日は「花冷え」。
昨日から降り続く雨に、ついつい仕舞おうと思っていたセーターを着込む有り様。

そんな気候のせいか、オープンクラスのレッスン中に見事頸の筋を違え、あまりの痛さに寝付くこともできない。困ったものだ。
身体が資本の仕事をしていると、兎角、体調不良と怪我には敏感になる。動けなくなれば仕事ができなくなるわけで、非常に気を遣う。
有難いことに、容易に代わりがいるというわけでもないのだ。
「今日くらい、休んでしまおうかなぁ」というのができないのは、結構厳しいもの。崩れかけたコンディションをどう整えていくか、其れこそが「プロ根性の見せ所」とでも言うのだろうか、、、

既に歯科の予約が入っている明日。その後、無理矢理にでも整体へ行って頸を治してもらうしかないだろう。
困った時の整体院長頼みということだ。

冗談抜きでズキズキしているので、今日はこれにてお仕舞いにしよう。
皆様も、安定しない気候の日々、くれぐれも体調には気をつけてお過ごしください。


2005年04月11日(月) たまには長文でも如何かと

昨日の日曜。

真っ昼間から、仲間うちの『花見』があり、花嵐吹きすさぶ中野区の公園へ。所用を済ませてから出向いたため、少々で遅れてしまい、駆けつけにてアルコール度数8%の麦酒を。
仲間は既に出来上がった完成形。ちなみに他のシートの花見客もハンパない盛上りよう。公園のトイレは長蛇の列。
踊る客いれば歌う客もいる。昼間からヘベレケな人々に囲まれてしまうと、何故かしらふでいることが罪悪のように感じてしまうものだ。(←かなりの度合いで言い訳)

本当は着物姿にて艶やかに参加予定だったのだが、あまりに忙しいのとラフな付き合いの仲間たちだから、下手に粧しこんでいったら格好の餌食になるだろうということで断念。当然普段の格好(だけど酔っ払いにお酒こぼされても、焼き鳥などが飛来しても対応可能な濃いめの服装)にて参加。
大概にして酔っ払いが集団になればどのような事態になるかは容易に想像がつく。しかし、桜の樹の下、昼間からの酔っ払いは程度を越えていた。
座が乱れる、、、なんて言う、可愛らしいものではないのだ。
大虎が何匹もいるわけで、そりゃ、もう、なんと文章で表して良いのやら。

飲み物は引っくり返す。ブルーシートの上はあちこちアルコール飲料の洪水にて池が出現。
女性軍が気を利かせて其れを拭こうとしている間に、うっかり池に足を踏み入れた男性が転倒。持っていた焼そばが宙を飛ぶ。
降り注いできた焼そばの雨に驚いた奴が、手に持っていた葡萄酒を隣の女性のスカートにぶちまける。その悲鳴に振り向いた奴が、よりによって落下した焼そばの上に尻餅をつき、、、、
まるで小学生の頃に観た某8時台の番組のドタバタコントか、アニメを実写で観ているようなものだ。物足りないと思うのは、金ダライがないからだろう。
酔いも手伝って、脇腹がツリ、アゴが外れんばかりに爆笑。窒息するかと、本当に涙まで出たくらいだ。

こういう普段の仲間うちでも、気付くと年下の可愛い女の子にばかり囲まれ、何故か揉み來茶にされている。

姉御にはいろいろ相談しやすいのだろう。ここぞとばかりに「ねーねー、聞いてくださいよぅ。。。」と次々と悩み事やら愚痴やらが降り注ぐ。
私も、そういうの、好きなものだから「どれどれ」と話を聞いていると、自然と女子校のように女の子ばかりが集まってしまう。
其れを男性軍は快く思うわけはなく、私は完全に敵視されてしまうのだ。
「ずるいよー。」「オレも仲間にいれろー。」という野次が飛ぶことで、逆に女の子たちは「やだー」「あっち行け!」などと盛り上がってしまうわけで、そうなるとパターンとしてはいつも同じだ。
若い女の子たちが周囲を取り巻き、絡み付き、「オトコなんてヤダもーん。Monieさんがいいんだもーん。」と抱きつかれるわ、チューされるわ。
うーん、もしも、私がオトコだったら、本当に仕合わせなんだろうな。これって。ま、しかし、同性であったとしても、好かれることは嬉しいことに変わりはない。

「まだ帰らないでよー」という声を背中に受けつつ、ダッシュで駒込へ移動。(足もとはかなり危険。電車でもよろけたついでに1車両移動してしまうくらいのフニャフニャ具合だ。本当にあれがダッシュだったのか、千鳥足だったのかは不明。本人の意識の中では、猛ダッシュだが。)

さて、ここからが本番。
MDSのオフィシャル飲み会@ラウンジ。新しいスタジオでの飲み会が今回が初めてだ。
幹事さんたちは、それこそ去年から企画を練り、工夫を重ねてきた。
「こういう企画なんですが」という事前の提案に、内心「気軽な飲み会でいいのに。幹事さんたちも楽しめるくらいので十分なのになー」と思いつつ、商売柄、企画を出されると、ついついあれこれとダメ出しをしてしまうのだ。例え遊びの企画ではあっても、企画する人たちが真剣にアイディアを出し合って提案してくれるものならば、こっちだって真剣にダメ出ししてしまうってものだ。
度重なるダメ出しのうえ、ようやく今日という日がきた。

その裏側では、インストラクターの先生たちの間でパフォーマンスのためのリハーサルなどがあったりもした。
しかも、翔先生がネタばらしをした上、直前にYuki先生までもが私が出演することまでもネタばらしをしちゃったりして、互いにブーイングしまくりだった。今になれば、それも良い想い出だ。
カッコイイダンスの先生は基本的に「天然ボケ」がスタイルらしい。

途中、Show-me先生が仕事の都合で抜けることになったりして、全体の構成を変更したり、直前になって振りの追加があったりと、実は、本当に厳しい形で調整してきたのだ。
言い訳ではないが、当日、Mie先生は前日夜MDSのレッスン担当後からイベントがあったりして不眠不休状態で飲み会に参加して踊ってくれたり、Yuki先生は直前に体調崩していたし、Michiyo先生も前週に酷い風邪にやられていたりして、パーフェクトコンディションというわけではなかったのだ。
しかし、流石はプロ。どんな都合であれ、練習時間が僅かにしかとれないにしても、きっちりと踊ってくれたのだから嬉しい。
新しい先生たちの真心が作品を通してMDSメンバーに届いてくれたらと思う。
リハーサルをしながら、良い先生たちに恵まれたな、、、と何度思ったか。

ラウンジに続々とメンバーが集まり、飲み会スタート。
幹事さんたちの上手な仕切りで、次々とゲームや歓談を満喫する。
最初は少々緊張気味な表情だったビギナーメンバーたちも、ゲームをしたりしているうちにだんだんと溶け込んで来た様子。
毎度ながら、そういう様子を眺めるのが私は好きだ。
ダンスを通して、今まで知り合うこともなかった人たちが繋がりを持つ瞬間だ。

楽しい時間というのは、本当に早く過ぎ去る。
パフォーマンスも大きな失敗もなく(あった人もいたとの噂だが?)、無事終了。

ちなみに日記読者にだけは伝えておきたい。
どうして私がパフォーマンスに出演したか。
そもそも、私はジャズの先生だ。ストリートスタイルは本職ではない。そんな私が出演したのには意味があるのだ。
まずは、ジャズというダンススタイルの中には、沢山のストリートスタイルをもとにした動きがあったりするということがひとつ。
そして、抵抗を覚える人も中にはいるかもしれないが、ジャンルは違えども、ダンスはダンスだ。私のような門外漢でも気軽に踊れるのがストリートの魅力でもあることを実際に観てわかってもらいたかった。
『舞踊』の世界というのは、広いようで狭く、浅いようで大変深い。
どのジャンルのダンスも、何処かでリンクしているのだ。
特にジャズというジャンルは「闇鍋ごった煮」というスタイルだということを皆さんに知っていて欲しい。
如何にも「シアタースタイル」という古典的ジャズなものから、今風の「クラブジャズ」やエスニックなスタイルを意識したもの、モダンやコンテンポラリーの風味を持ったもの、バレエテクニックを駆使したもの、それこそ何だってアリという曖昧かつ良いトコ取りな節操のないものなのだ。
それを良い意味で理解するならば「カテゴライズされることでダンサーのスタイルやムーブメントが制御される」ということが一切ないということだ。
つまり、「私は私の好きなスタイル」でいられることがジャズの魅力だと言いたい。簡単に言えば「こうであるべき!」という押し付けがないのだ。
だからこそ、自分の可能性や、知らない自分自身をどんどん発見してもらいたい。絶対に「意外な自分」というのが存在するのだから。

今、私も「意外な自分」を見つけ始めている。
学生時代は「苦手」と思えてならなかった日本舞踊の世界がたまらなく魅力であると感じ始めたのだ。立ち居振る舞いひとつ、まともにできないにしても、ひとつひとつの新しい動きや、その背景を学ぶことが新鮮で、もの凄い刺激になっている。
正直「日舞と洋舞は正反対!」と言われる方も多いだろう。
しかし、そう一般に言われるジャンルの違いも、自分の身体を通してみると「へえ、意外!」という発見が次々あるのだ。
十分にリンクしているのだ。
其れを実感できることは、実際に稽古をしたものだけの喜びだと思う。
食べず嫌いは、人生において損だ。3回ほど、タイミングを違えてチャレンジしてみれば、意外な美味しさを知り、今まで其れを知らなかったことを口惜しく思えたりするものなのだ。

少しではあっても、こんな小さな思いが秘められていたことをパフォーマンスで伝えることができていたら幸いだ。

参加してくださったメンバーの皆さん。
パフォーマンスをやってくれた先生方。
そして、企画&運営してくれた幹事さん。
本当にありがとう。


2005年04月09日(土) 消え失せた眉はどうするべきか

昨日の日記の「大奥スペシャル録画してない?」に反応してくれたNちゃん、ありがとう(涙)

昨日は遅くまでホームページを更新してたりメルマガ作成したりしていたせいか、どうも今日は調子が悪かった。
右なのに「ひだりー!」とか、前向いて欲しいのに「はいっ、うしろー!」とか、まるで正反対のことを連発するレッスンになってしまった。
失笑されるどころか「どうしたの?」という空気。申し訳ない。
決して上の空とか、そういうんじゃないのよ。
疲れていたのだろうか。自分でもよくわからない。

4月は皆様、忙しいせいか、どの先生のクラスも人数が少なくて寂しいくらいだ。勿論オープンクラスもガラガラ。
やはり配置換えやら新歓やらと、矢鱈忙しいのだろう。

明日はMDSのオフィシャル飲み会。
皆様にとって良い交流の場となれば、、、と思う。

先日、ストリートクラス担当の先生たちとプチパフォーマンスのリハーサルをした。「まあ、飲み会の場だし、適当に〜」という感じどころか、みんな真剣に踊っているからスゴイ。
ユニゾン(合わせ)の部分など、必死になって練習している。
リハーサルが終わった後、しばらく女性の先生だけで和んでいた時、Michiyo先生がササッとアイブロウを直していて「ちゃんと化粧直ししてるんだね〜」って感心していたら、Mie先生は「私は帽子!」と。なるほど、帽子をかぶれば消え失せたまゆ毛もそうは目立たない。帽子が似合うMie先生ならではのスタイルだ。そして、Yuki先生と私。「まゆ毛、ないままで帰ってしまうなぁ」という一番周囲の迷惑を恐れない派であった。
なんだか女性らしい雰囲気のYuki先生が私と同じような大胆な人だったとは。そういう意外性が面白い。

明日は本番で御座います。
ユニゾンの練習が全然間に合っておりませんが、最善を尽くすのみです。
お楽しみに。


2005年04月08日(金) お辞儀は手首まででフラットバックよ!

生粋の日本人だというのに、お辞儀ひとつまともに出来ないことを今さら知り、情けなくなる。
踊る前にお辞儀の練習だ。
お辞儀の前に床にスッと座ることさえもできない。

日本人だからこそ、きちんと身に付けておくべき事柄を何一つできずにいる自分に苛立ちさえ感じる。

ひとつひとつの小さな事柄に、それなりの理由や理屈が存在する。
今になって、それを知る。日本人であることの誇りと喜びを知る。

もっと早く知るべきだったことも沢山あるのだ。
手遅れかもしれぬが、何も知らぬまま生きてゆくよりかは良い。

少なくとも、自分が日本人であることを、ここまで嬉しいと感じることはなかったと思う。其れに気付いただけでも仕合わせだ。

本日一番ショックだったことは、うっかり「大奥スペシャル」を録画予約するのを忘れて先ほど気付いたことだ。誰か録画してない?

明日はフルコースの土曜日。ホームページ更新をし、現在朝5時。眠さも限界を超えているため今日はこれにておしまい。


2005年04月07日(木) 気分転換法

久々に大掃除。
このところ忙しくてなかなかきちんと掃除ができなかった。

本当は親友のNew Born Babyに再会しに行く予定だったのだが、義理のお母さまが来ているとのことで急遽予定変更。
観たい映画もあるし、買い物に行きたいところもあったのだが・・・
やはり、何が一番やりたいかというと「掃除と洗濯」なのだ。

実はお恥ずかしいことに、私の部屋では未だカレンダーが先月のまま放置されているという状況だったわけで、いかに「ゴミ溜め状態」になっていたのか想像していただくのも恐ろしいくらいだ。

目一杯掃除をし、溜まりに溜まった洗濯ものを片づけ、ちょっとした繕い物をして気付けば夜。
余計なことを考えず、黙々と作業する快さ。
私にとって最高な気分転換法はこれしかないと再認識。
部屋も心もスッキリ。


2005年04月06日(水) シュンミンアカツキヲオボエズ

春眠暁を覚えず。。。。

兎に角眠いのだ。気付くと、気絶したかのように意識を失っている時がある。風呂の中で後頭部を激打するのは私くらいだろう。
当然パソコンの前など、座って3分後くらいには意識がないのだ。

昨日の日記を読みなおして絶句。
「Hotel California」だと?
寝ぼけるのも限度がある。「California Dreamin'」です。ごめんなさい。

こうして書いている今も3度ほど意識なかった模様。
今日は、とっとと眠ることにします。
積もる話はまた明日。


2005年04月05日(火) すいませんよりありがとう

オープンクラスの初週が終わった。
今月のテーマソングは「Hotel California」だ。なんでだろう。
よくわからないけれど創ってみたかったらしい。
全然季節感がないと一部ブーイングされてしまったりもしているが。

4月ということもあり、皆様忙しいのでしょうね。ラウンジはなんとなく静か。
フロアから踊り出すスタイルだから、逆にこれくらいの人数のほうが踊りやすいのかもしれません。

わりと好きな曲なので、スラスラと創ってしまった作品ではあるのだけれど、帰り際「私、今回の振り、好きです!」と言ってくださったメンバーがいて、大変嬉しかった。
昨日の日記にも少し書いたのだが「好き」ということを感じて、それを味わうことは大変恵まれていて幸せなことと思う。
しかも、そう思ってもらえたということが嬉しいうえに、その気持ちを実際に伝えてもらえることというのは、非常に嬉しいことなのだ。
誰だってそうではないだろうか。
「たぶん好きでいてくれるんだろう」と思う相手であっても、面と向かって「好き」と言ってくれると、とっても嬉しいものではないか?
それが友達でも、家族でもだ。
態度や表情だけじゃ駄目だ。それはニュアンスでしかないから。

私たちには「言葉」という最強のツールがある。
それを上手に利用できる人はステキだと思う。
ほんのひとこと。それこそシンプルなひとことではあるが「好き」と言ってもらうことの大きさは計り知れない。
真意というのは「言葉」というツールを利用して、初めて他人に近付くのだと思う。

私は「ごめんなさい」とか「すいません」と言われるのが苦手だ。
しかし「ありがとう」と言われることはとても嬉しい。
だから、私も「すいません」を多発せず、「ありがとう」と言葉にするようにしている。
何かをしてもらったとき、恐縮はするが「ありがとう」と言うほうが気持ちが良い。他の良い方では「おそれいります」という言葉も響きが好き。

言葉には角がたつとか、言葉を濁すだとか、なんだか至極「ネガティブ」な感じがしたりもする。だからこそ、発せられる言葉がもとで元気が出たり、笑顔になれたら良いと思う。
「捉え方」もそうだが「発し方」も肝心なのだろう。
清い気持ちから発せられる言葉に悪意は混じらない。だから、絶対ストレートに相手の心に伝わると信じたいのだ。

上手に言葉を操れる人は、情緒が豊かで、そういう人はダンスを踊っても、いろいろな表現ができる。語彙が広い必要はない。大切なのはバランスだろう。ルルベと同じで。
日々感じること、思うことを言葉にしてみたら素敵だ。稚拙な表現でも構わないのだから。

絶妙なタイミングで、「今回の振り、好きです」と言える人の素晴らしさを私も真似たい。


2005年04月04日(月) 断爪決意

花冷え。
愛犬の狂犬病予防接種へ。
ありがたいことに、病気も怪我もせず、健やかに育っているチョコ。先代の愛犬クッキーが守ってくれているからなのだろう。
チワワにしてはバカでかいわけで、今日もドクターに「変わらずジャンボチワワですな。はっはっはー。」と笑われ、「変わってちっこくなったらヤバイだろうが」と突っ込みたい気持ちを堪える。

ついに、大好きなスカルプネイルをとることを決意。
ま、いろいろとありまして、やりたいことをするには、他の何かをやめなきゃならないということ。
長いネイルはセクシーで、手先が美しく見えるので、本当に好きなのだけれど、それ以上に「好き」と思えることができてしまったのだから仕方ないのだろうと思う。
また、時がくれば、綺麗にスカルプをのせるチャンスがあるだろうしね。
ということで、長い爪でキーボードをカチカチやりながら日記をしたためるのも今日が最後です。

人にしても、モノにしても、物事にしても、「好き」とスッキリ言えることは大変幸せで恵まれていることだと思う。
何が好きなのか、好きということは何なのか、その気持ちも感覚もわからない時って必ずあるから。「好き」があるのはステキなことなのだから。


2005年04月03日(日) 80000hit記念日

気付いたら日記のカウンタが80000hitを越えておりました。
皆様、ご愛読ありがとう御座います。
これからも、下らなく、意味のない、そんな他愛のない日記を書き綴ってゆくことができれば幸いです。
(いいかげんブログに移ろうと思いつつも、ここまで長い期間書き綴った日記をとじてしまうのもどうかと・・・)

怒涛の週末が終了。
土曜日にはヨーガのクラスがスタートし、日曜にはShow-meのクラスがスタート。目の回るような忙しさの中、これまた父親の古稀の祝いやら姪の誕生祝いやらで食事会があったりして、ほとんど眠る間もないスケジュール。決して売れっ子だというわけではないはずなのだが。

皆様は年度開けということもあり、新歓やら花見やらで怒涛の週末を過ごされた方も多かったことだろう。

駒込駅は六義園の「枝垂桜ライトアップ」ということで、年に何度かの大混雑。
ちなみに、皆様はもうご存知とは思いますが、駒込は「染井よしの」という有名な桜の品種を生み出した場所なのです。
今年は3月よりJR駒込駅の発車ベルが「さくらさくら」にバージョンアップしたりと、例年よりも気合いがはいっている模様。
駅前ロータリーの桜は昨日には一部満開を迎えていましたが、恐らく今晩の雨で散ってしまっているのではないかと思われる。
でも、今週あたり駒込にレッスンに来られる時には、少し早めに来て、由緒ある桜を満喫していただくことができればと思う。
街中が柔からなピンク色に染まるこのシーズンは、私の二番目くらいに好きな季節でもあるのだ。


2005年04月01日(金) 真剣な遊び

4月になりました。
せっかくですから、何か小粋な大嘘でもエイプリルフールに合わせて・・・と思うのですが、良いものが浮かばず。

しかし、本日は「嘘でしょ」と叫びたいような一日となったわけです。

午後より自分の稽古のために練馬のほうに出向くことになっていたのだが、途中弁護士より連絡がはいり、敢え無く途中下車。
結局反訴することが決まり・・・これまた複雑。
「先生、私、本当に素人で、何もわからないのです。頼りになるのは先生しかいないのですが。正直いって、私に勝つ可能性というのはあるのでしょうか。このまま負けてしまうのではないかと不安に思うのですが。」
と申し上げたら、「そりゃ裁判官によるけれど、まず勝てる内容でしょう。相手があまりにふざけすぎていますよ!」との答。
一部の日記読者の方には、この裁判ネタがどういう成り行きになってきているか口頭にて報告差し上げたわけですが、正直、本当に「ふざけんな!」というような状況になってきているのです。
実はね、こっちが「損害賠償払え!」って訴えられたわけなんです。
立場、完全に逆だろーがっ!!!!!!払うのはそっちだぞ。
腹立ちも、ピークを越えて、もう引きつり笑いです。
どなたか呪縛師とか、「原状復帰問題について」を取り扱うマスコミ関係者とか周りにいらっしゃらないでしょうか。情けなさ過ぎます。
しかし、あのおっかない弁護士の先生。電話で打ち合わせをしていて「反訴するとなると弁護料が変わる」とのことでギャラについての話になったところ、「手数料が弁護料とは別にかかって、それが、まあ、そうだな、いいや。いい。これはおまけする(笑)。」って。思わず私もつられて電話口で笑ってしまった。先生ありがとう。ここまで私が惨めな思いをしているのを一番わかってくださっているからなんでしょう。僅かではあっても、キビシサの中の優しさに触れさせて戴けたような気がして、「反訴」という辛い原状の中でおいても笑顔になれた一瞬でした。
しかし、いいの?先生。弁護士なのに割引しちゃうなんて。嬉しいけど。

どたばたしつつも稽古場へ。
4月の1日に新しい稽古場へ入るのはキモチが良い。久々に稽古を付けてもらい「京の四季(端唄)」を踊る。
ほんの小さな、ちいさな動きひとつに、日本人だからこその心が伴うかのように思う。自分のルーツを知るような、アイデンティティを探すような、そんな貴重な時間だ。

久しぶりの稽古で、足腰がガクガクのまま、すぐ移動してラウンジへ。
4/10に向けてのリハーサルの手伝い。楽曲を決めたり、あれこれ。
思っている以上に各先生方が熱心にパフォーマンスの内容を考えているので驚愕する。あまりにもMDSのラウンジで、しかも、飲み会の席でおちゃらけながらやるには真剣すぎるのだ。
「いいのよー、もっと適当でさ」という私の声も届かぬほどに。
どうせやるなら、より良いものをメンバーに見せたいという気持ちを感じる。

飲み会の幹事さんにしても「え?単なる飲み会だよね?」と聞きたくなるほど、あれこれ考え、企画してくれているのだ。
もしかしたら本業以上に真剣にやっているのではないかと不安になるくらいだ。

やはり、「遊びこそ真剣に!」なのだろう。
中途半端に遊ぶくらいだったら、ヘトヘトになるほど、目一杯、必死になって徹底的に遊ぶというのがいいのだとおもう。
もとを返せば、楽しむため、遊ぶために、働き、お給料をもらっているのだからね。ごく僅かな変態的な人だけが「仕事のほうが遊びより大切」なんて思うのだろう。

ハードな稽古の結果、既に先週痛めた腰がまたまた疼き始めた模様。
今から急いでお風呂はいって寝ることにします。


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