愚痴日記

2005年03月30日(水) 似てるかも・・


 新聞記事より

小泉首相は29日、映画「Shall We Dance?] の宣伝のため来日中の米国の俳優リチャード・ギアさんと首相官邸で面会した。似ていると言われることが多い二人。首相は「こんなハンサムな俳優と似ていると言われるなんて光栄だなあ」と、自らギアさんの手を取ってダンスするふりをするなど、終始ご機嫌だった。ギアさんは、記者団に「首相に、野党や自民党の抵抗勢力とうまくダンスを踊るアドバイスを」と求められると、「相手の言うことに耳を貸すこと。本当に耳を傾けるには忍耐がいる。相手の言うことを心から聞いてあげることが一番だと思います。」 野党から「聞く耳を持たない」と批判される首相には、耳の痛いアドバイスを語った。


よくぞ 言ってくださったと思うが
直接ではなくて記者団の質問に答えた形だ
来日にあたって 
似ている、と言われる日本の首相のことを
多少なりとも調べたのであろうか
小泉さんの評判をよくご存知のようだ
やく みつる氏の風刺マンガもうまい
リチャード・ギアとダンスする小泉さんが
「おやっ? 意外にお上手で」 と褒められている
それに対する小泉さんの返事が
「米国に踊らされるの 慣れてるからね」というものだ
二人が並んでいる映像を見たら
何気に似ている・・ように思った
でも 勢いのある人、無い人・・のように私には見える
もちろん 小泉さんに疲れが見える
別に心配しているわけではないけれど・・



2005年03月28日(月) マイペース

 パートが休みの日は
なるべくプールへ行くようにしているが
適度な運動は血圧を下げるということを実感している
プールに入る前に154/87だった血圧が
わずか45分くらいの水中歩行で129/80に下がっている
手を大きく振ったり
足を高く上げたり
横歩きをしたり
後ろ歩きをしたりと精一杯歩いている
アクアビクスやアクアジョキングのプログラムに参加したら
私にはキツイのです(情けない・・!)
この前は何か変にしんどいので血圧を計ってみたら
上が110しかなかったのです
やはり私の場合 マイペースがいいようです
ゆっくり しっかり私のペースで

スタジオでは私よりはるかに年上の人でも
達者にエアロビクスで身体を動かしておられるけれど
感心はしても とてもマネの出来ないことです
それにしても
マイペースとは何と都合のいいやさしい表現でしょうか



2005年03月27日(日) 自然の叡智

 愛知万博では お弁当の持込が禁止だそうで
入り口で食べてしまうか 没収だとテレビは報じている
没収されたお弁当は廃棄されるそうで
何ともったいないことかと思うのが万人の思いのはず
食中毒を案じているというけれど
持込のお弁当で食中毒になるのは
それこそ自己責任だし何より家族かグループに限られる
でも 会場で売られるお弁当やレストランで食中毒が発生したら
その数は持込のお弁当の比ではないはず
テーマの「自然の叡智」というわりには
もうちょっとマシな知恵がなかったのだろうか
会場で売られるたこ焼きとジュースのセットが千円で
ホットドッグとジュースのセットは七百円とか
思わず「高か〜っ!」 と叫んでしまった

そんな報道を見たダンナが
どうせ人にまみれるだけやし行かんとこか・・と
私に連れてって・・と言われないように
やんわり拒否宣言している
それより山か温泉にしよう・・と言う
私は話の種に一度くらいは行ってみたいけれど
歩き回るのが辛い足になってるし
さて どうしたものか・・

35年前の大阪の万博の時は私は19歳の乙女でした
(そうです・・私にも乙女の時代があったのですよ!)
今の我が娘ではないが少々とがった気持ちでいた頃で
ちょうど父と諍いをした日に夜の万博に出かけた
そういう日だったから
家には出かけることを話していなかったので
夜の11時を過ぎても帰らない娘を案じて
父が自転車で駅まで何度も様子を見に来ていたようだ
私は家のことなんかすっかり忘れていたけれど
遅くなったことを少々は後ろめたい気持ちでいたが
駅の改札口で父の姿を見ても何も言えなかった
素直でなかったことが今頃になって悔やまれる



2005年03月24日(木)

東に1億円を払って保釈される人がいて

西では余震に怯える民がいる

はたまた金のしゃちほこがある街では

大勢が集いて博覧会の開会を祝う

大都会では株が売られたとか買収されるとか

そして50万円の罰金と手鏡を差し出せと判に諭される人もいる

球児は雨上がりの甲子園で白球を追い

竹島問題のあおりで韓国ドラマを憂う人のあり


そして 私はネタ切れのお弁当のおかずに悩む

「なぁ 明日もお弁当いるの・・」 





2005年03月23日(水)

洗濯機を置いてる洗面所の床がびしょびしょだ
床に敷いてあるマットも水を吸ってかなりな重さになっている
あ〜ぁ また忘れてしまった!!
今年の初めころのある日 突然に
洗面所の床がびしょびしょなことに気がついた
ダンナに洗濯機の裏を見てもらったけれど
排水ホースも破れていないし 原因が分からない
まる一日かけて調べた結果 水道の栓から洗濯機に注水するわずかのホースからごく少量の水が漏れているようだ
私が洗濯を終えたあと 
水道の栓を閉め忘れたことが原因のようだ
次の日の洗濯までの間のまる一日で洗濯機の中のタンクに水がたまり、それが漏れて床を濡らしていたようだ
だから原因が分かってから気をつけて
指差し確認のように水道の栓を締めるようにしてきた
が 時として忘れてしまう
うっかり・・・
そして きのうも忘れてしまったようだ
洗濯機本体が動かないのなら
それこそ きっぱりと買い換えることも出来る
でも本体はちょうど10年になるけれどしっかり動いてくれる
それならもったいなくて買えない
私が忘れずに栓を締めたらいいだけなのだ
50を過ぎて 意識をしないうっかりが余りにも多い
緊張感がない、のだとダンナは簡単に言うが
いわゆる認知症へのゆるやかなプロローグだろうか・・



2005年03月21日(月) よう お参り


 春の彼岸の中日のきのう
母のお墓参りに出かける
さすがにお寺はお参りの人出が多い
若いおっさん(おばはんに対するおっさんではなくて
住職のことを親しみをこめて おっさん と言う
・・イントネーションが違う)に
「よう お参り」 と挨拶してもらって
墓前で経をあげてもらう
街中にあるお寺だけれど
おっさん の 「よう お参り 」という声と
経の声が晴れた空によく響く
上の弟とメールで打ち合わせてあったので
兄弟揃ってのお参りになった
弟は母の生前の親不孝を悔いる意味もあって
一昨年に全行程ではないが四国八十八ヶ所参りをしている
そこで買い求めた金箔入りの少し高価なお線香を
墓参りのたびに少しずつ点している
ほんとうに いろいろなことがあって
姉として弟には言いたいことが山ほどあるけれど
小さいながらも仏壇もしつらえて
父と母の別々の位牌を守ってくれているだろうから
それだけで 過去の済んだことは全部忘れてしまおう・・
と 最近は思っている 



2005年03月19日(土)

私が自分でほんとうに年をとったと思うことがある

それは いわゆる菜っ葉がおいしいと感じること
子供のころ 私は野菜がキライで夕ご飯は憂鬱だった
ブロッコリーもアスパラも青梗菜もなくて
きゅうりやほうれん草や あとは菜っ葉の炊いたんが主でした
でも食べれなかった
今のようにいろいろな調理法を工夫したり
ドレッシングなんてハイカラなものもなかったし
お浸しか煮付けばっかりで 
他に何が食べたかったわけでもないけれど
食べることが苦痛な日もありました
だけど今のようにお菓子があるわけでもない
ただただ 白いご飯だけでお腹を満たしていたような・・

それが 今では青虫になってもいいと思うくらい
菜っ葉の炊いたん、が食べたいのです
お揚げさんと炊いたり
辛し和えにしたり
胡麻和えにしたり
ブロッコリーもアスパラも塩茹でにしただけで
ドレッシングなしでもおいしいのです

このことは子供時分の私を思うと
青天の霹靂ぐらいの変わり様に思えるのです
晩年の母が炊いてくれた
切干大根の煮物やおからが妙になつかしく思い出されて
今更ながらの親不孝を悔いています
ホントに人間は勝手な生き物のようです・・・



2005年03月16日(水) エンディングノート

 高齢者の間でエンディングノートというのが
静かなブームになっているらしい
老いじたくの覚書ということか

 ―末医療をどうするか
◆〜魑靴繁篩鬚里海
 遺産というか財産のこと
ぁー分史
ァ_搬欧悗離瓮奪察璽

以上がだいたいのテーマのようだ

自分の思いや願いが
言わなくても通じるだろう、分かってくれるだろう
ということが遠ざかるようになってきて
いざという時のために 文章にしておくということだ
特に終末医療については
家族が決断に迷うことがないように
元気なうちに自分が受けたい医療について考えておいたほうがいい
どんなに延命しても
また反対に緩和だけの治療にしても
本人の希望がわからなかった場合
残された家族はどっちになっても苦しむ
だから元気なうちに自分が受けたい医療を文章にしておく
葬儀も本人が残した住所録だけでは判断に迷う
連絡をしてほしい人や
またその必要の有無を書いておく
それらを書き残しておくことによって
残された者への負担を減らし いらぬ諍いを起こさないために

私は受けたい終末医療は決めてあるし
葬儀も必要ないと考えている
息子と娘と私が先ならダンナと二人の弟の見送りだけでいい
埋葬も父と同じ散骨でいい
(父の骨はお寺と日本海への散骨と・・
これについてはまたの機会に・・)
お金については 棺おけ代と骨壷の料金だけ残しておけばいいだろう
戒名も父と同じ簡素なものでいい
それ以上は私の力では残したくても残せないだろうから
自分史はこれから先 書ける機会があるかもしれないが
本当に普通の人生だったと思うから書いてもつまらないだろう
子どもたちへの思いは
もし エンピツ日記がこれからも存在するなら
折にふれて少しづつ書いておこう




2005年03月15日(火)

17日の彼岸の入りに先駆けて 父の骨を納めたお寺に行く
まだそんなに混んでいないだろう、との思惑も見事にはずれて
何・・? と思うくらいの混雑
四天王寺界隈も彼岸さながらの混雑
みんな 先祖を敬っているのネ

上本町のデパートで開催されている
弘法大師御誕生所
総本山 善通寺展に行く
(四国霊場八十八ヶ所 第七十五番札所)
会場には 八十八ヶ所の全札所の掛け軸が置いてあった
その掛け軸の前に賽銭箱が置いてあって小銭がたくさん入っている
ひとりのおばあさんが 手を合わせて小銭の賽銭を入れていく
そうか、実際に八十八ヶ所めぐりはできないから
こういう機会にお賽銭を入れてお参りしたことにしているのかな
護摩木も置かれていて 催事が終われば
善通寺に持ち帰って本山で祈願の供養をしてくれるらしい
会場の外には 巡礼グッズも販売されていた
金剛杖やら白い巡礼衣やらの巡礼一式が15225円
春は札所めぐりが似合う
一面の菜の花の中を 種田山頭火 を捜して
私もいつかきっと・・行こう!!



2005年03月14日(月)

春がそこまで来ているだろうに
ここ何日かの寒さに気持ちもいじけてしまう
私には何があったというわけではないが
もう人生の春も夏も秋さえも終わりそうな感じに
こころがぶるんと身震いする
それでも 
15センチくらいに伸びたチューリップや
ちらほら白い花を見せだした雪柳や
そこはかとなく香る沈丁花が沈んだ気持ちに染み入る
月日や流れる時間は誰にも平等だから
こころ穏やかに過ごしていたら
毎日の生活はそれなりに楽しい
私がこころの中だけで何を望んでもいいし
いろんな春や夏があるのだと思えば
これからの人生は自由だ

パートに出ることはしんどいことも多いけれど
ダンナの目からみたら
私のパート勤めは趣味の世界だと言う
パート仲間と電話やメールのやり取りをして
あの社員はどうとか
今日はこんなことがあったとか
お花見はどうするとか
ランチに行こうとか
やはりパート勤めを楽しんでいるのだろうか
そうすると やはり敵は健康だけか!



2005年03月11日(金) 「店長を呼べ!」


マンネリ化していると思う毎日でも昨日と今日は違う

私とおない年でそこそこホンネを語りあうパート仲間が
今日 レジでほんとうに激しくお客さんに怒鳴られた
12時からのシフトでレジに入ったとたん
おじいさんのお客さんが来ていきなり怒鳴られたらしい
少し前にシェービングクリームを買ったらしいのだが
クーポン券がついていなかったのか50円の割引をしてもらえなかったと言うのだ
最初からひどい剣幕だったため
そのパート仲間のTさんはレジを打ち間違ってしまった
カード払いということもあってレジの打ち直しにお客さんのカードを再度提出してもらわなくてはならない
普段はそんな間違いもほとんど無いのにそんな時に限って2回も間違ってしまい
そのお客さんの怒りをさらにあおってしまったようだ
申し訳御座いません、とお詫びしたけれど
「申し訳ありませんとしか言えんのか」と最終的に「店長を呼べ!」となったらしい
副店長が来てたいていのお客さんがそうだけれど
男が出て行くと怒鳴り声のトーンは落ちる
パートの不手際を散々言って、50円の差額を確認して帰っていったようだ
騒動のあとで レジのマネージャーから
「同じ間違いを何遍もしやがって」と言われて
そのパート仲間は父親にもダンナにもそこまで怒鳴られたことがない、と
思わず涙を流してしまった
いったん涙を出してしまったら止まらなくなって しゃくりあげていた
もちろん レジを打ち間違うことはあってはならないことだけれど・・人間誰でも間違いはある・・と
言い訳するのは許されないことだろうか
お客さんにもマネージャーにも
おばはん呼ばわりされたことにも傷ついている
50を過ぎたおばはんには間違いはないが
他人から『おばはん』と露骨に言われて泣くパートは甘いだろうか
老いをじわじわと自覚しつつあるだけに
よけいに気持ちを塩で塗りつけられたような気になったとTさんは言う

私も最近 人の目が何かしら気になっているだけに
きっと胸に鉛をかかえてTさんは落ち込んでいるだろうなぁ






2005年03月10日(木) 豊かさのめやす


 洗面を済ましたダンナがしみじみ言う
「タオルが好き勝手に自由に使えてええなぁ
洗濯したタオルが山積みになってたら 何かすごい豊かな感じがするなぁ
あんまり よその家は知らんけど うちはタオルがいっぱいあるのが自慢やなぁ」
確かにうちはタオルがいっぱいある
冠婚葬祭なんかのお返しのタオルもあるが
たいていはスーパーでうまく(ここ強調です・・!)買ったものがたくさんある
あまり薄くもないし さりとて扱いにくいごつででもない
よく粗品とかでもらう白いタオルは雑巾にまわして
手拭や洗面には私が買い溜めたフェイスタオルを使っている
自分の気に入った色柄ばっかりだけれど
3段クローゼットにいっぱい詰まっている
そんなタオルに満たされた生活はダンナにとって豊かさの象徴に思えるようだ
さて 私にとっての豊かさのめやすは
栓をひねるとお湯がでて
座って用が足せることだろうか
昔 私が小さかったころ 家に水道が無かった
井戸はあったけれど 飲み水は母が近所で貰い水をしていた
そんな母を見ていたからだろう
栓をひねるだけで水どころかお湯まで出るのは私にとってはとても有難いことだ
お風呂にしたって 井戸からくみ上げた水をバケツで浴槽に満たす
小学生になった私はそんな手伝いもしてきたから
(もちろん薪で沸かすこともしてきた)
栓をひねるだけでお湯が出る生活は豊かな生活そのものだ

さすがにもう以前のようにタオルを買うことはないが
洗濯したタオルに顔をうずめて幸せを感じている



2005年03月08日(火)


きのうの私へ


むかし厳寒の山間で働いていたころ、長い冬を終えて様変わりする景色に縮まった心を癒され、慰められた。遺り場のない刺々しい感情も、美しい自然ののどけさに触れると和らいだものである。そういう人間の浅知恵を超えた助け舟が都会には少なく、雑木林を歩くうちに何かしら答えを見つけるような時間もなかった。それなりに学び、それなりに充実していたものの、何か大事なものが欠落していると気付いたときには不惑の年齢になっていた。不思議なことに、わたしは二十年の周期で死ぬのが怖くなったり平気になったりするので、ちょうど心の季節の変わり目にいたのだろう。
人生の四季でいえば秋にいるわたしは、どうしてか苦しかった春や奔放に生きた夏を思い出しては、よくいまの自分があるものだと感心したり、かつての無分別に溜息をついたりする。いまさら過ぎた季節のことをとやかく考えてもはじまらないが、これから迎える季節の指針にはなると思うので、半ば振り返り、半ば前を見ている。身にしむ秋を生きていても、ありがたいことに小さな春は毎年巡ってくるし、逞しい命の甦りを見ると、こちらも若返る気がする。鶯の初音はその先触れのようで、すがすがしい。
あらゆるものが陽射しに向かって活動しはじめる春は、わたしにとって憂鬱から解き放される季節である。心なしか物思いにも光が射して、明るいほうへ向きはじめる。そう思うことで、ひ弱な自分と大胆な自分をつなぐ蝶番を締め直している。春に限ったことではないが、小さなきっかけが人を強くもすれば弱くもすることを考えると、季節の力を借りて立ち直るものもあるかと思う。たとえば蕩けるように暖かな陽射しの下で立原正秋を読んだら、若い頃の刃物のような感情とも折り合いがつくかもしれない。

                     乙川 優三郎



そして 娘へこの文を贈りたい



2005年03月07日(月) 今日は非公開にしたい・・

ここんとこ何ヶ月か 
得体の知れない『あせり・・のようなもの』がある
何かしたい・・
何・・
獏とした感情・・
老いてきて
気持ちのわりには身体が動かない
あせることもないのに
あわててスリッパごと畳の部屋に入ったり
洗濯機から洗濯物を取り出すのももどかしい
一人でいてもあせって食器を落とす
あれもしたい
これもしたい
でも・・
夜になったら
あぁ 今日も終わってしまった・・と後悔のような思い
一体 今日は何をした
あれも手づかず・・
それも中途半端・・
気持ちだけがぐるぐる空回り・・

ほんとは死にたい・・!
私が行ってやらないと父と母があの世でケンカしている気がする
母が困っているようなそんな思いがずっとある
死んで ず〜っと娘に張り付いていたいような・・
これは不安か・・?
そしてもうすぐ春の彼岸
また2ヶ所のお墓参りに行く
決まらない心を抱えて・・



2005年03月04日(金) プール効果


2年ぶりか、3年ぶりになるのか
久しぶりにプールで水中歩行をしてきた
何かとても気持ちがいい
いつも夕方にはふくらはぎの張りがあるのに 今日はとても楽だ
私は気持ちでたいていのことが左右されるのか
それとも巷で言われる運動効果なのか
プールから出て血圧を計ってみたら
最近の常だった160とか170くらいだったのが
1回目は143/85
2回目は138/75
あまりの変化にびっくり・・
こんなにも運動って効果があるのかなぁ・・





*****


思いは 言葉にあらわれ

言葉は 行いにあらわれ

行いは こうじて癖となり

癖が固まって 人柄となる

       ダンマパーダ経












2005年03月03日(木)

ひな祭りだけれど
我が家に娘はいるが娘はいない
それでも出来合いの散らし寿司を夫婦で食らう

よく ひな人形を早く片付けないと娘の婚期が遅れるという
20数年前 住んでいたマンションの隣の部屋に息子と同い年の女の子がいた
その子は父親が40を過ぎて出来た初めての子だったから
可愛くて可愛くてどうしようもなかったのか
お雛様を5月の連休の頃まで飾っていた
婚期が遅れるということについては
むしろ望むことらしくて
ひとり娘を嫁には出したくない、という思いからわざと5月まで飾っていたようだ
今はお付き合いもしていないからどうされているか知らないが
その子ももう30歳になっているだろうから
かわいいお嫁さんになられただろうか・・と
ひな祭りの度に思いだしている

さて 我が娘は・・・

今の家は前に住んでいたマンションのように
広めのリビングもないし 部屋が区切られているし
さらに いつの頃からか娘の部屋への出入りが不自由になってから
久しくお雛様を飾っていない・・
そんなことも今の状態の原因か・・と落ち込むことしきり・・
世間が華やかな日は私の気持ちは塞ぐ・・
人それぞれなのに・・



ひな祭り ふわりふわりと 娘(こ)を思う

娘(こ)の好きな チョコのあられを ひとり食む




2005年03月02日(水) ようやく・・


今 うちの店はあまりお金をかけない改装をしている
閉店した店舗から什器を譲りうけて売場のレイアウトを変えたり
専門店が退去して開いた場所にスーパーの売場を広げたりと
いろいろと私ら末端のパートには分からない知らされない苦労があるようです
そんな中でとうとう念願の障害者トイレが作ってもらえることになった
やはり願い事は叶うのです
(プライベートな秘めた願い事はまだ叶いませんが・・)
店内巡回をしていた店長に
「障害者トイレを作ってもらえるそうで有難うございます」と、お礼を言った
私はほんとうにうれしかったのだ
制服を着ていたら堂々と利用するわけにはいかないが
普通に買い物に来たときには利用させてもらおう
チエックを兼ねて・・

昨年の秋に来店客調査をしたとき
一番 お客様の声として多かったのがトイレの不備だった
一従業員の言葉は無視しても
調査結果に知らん顔をすることはできなかったようだ
いくら古い店舗でも最低限の施設は必要だ
時に従業員の声を聞きたがることもあるのだから
もっと早くに実現してほしかったけれど
まぁ よしとしよう・・



2005年03月01日(火) 内覧会

 新しいスポーツクラブの内覧会があった
午後1時からと言うのに 10分前に行ったらもうかなりの行列
貸しロッカーの申し込みが先着順だからだろう
無事 貸しロッカーをゲットして 新しい施設を見て回る
前のスポーツクラブでのなつかしい顔もちらほら見られた
スタンプラリーというのがあって
6こスタンプを押したら抽選をさせてくれて
私はクリップホルダーが当たった
入浴剤が欲しかったのになぁ

新しい施設はいろいろ充実しているようだけれど
今回 私はアクア会員にした
プールだけ
もうエアロはとてもじゃないが出来ない
ストレッチやヨガや気功のクラスもパス
ひたすらプールでの水中歩行
あとはアクアビクス
自慢(・・汗・・それも大汗・・)のナイスバディを披露するために
全品半額の水着も買う
足の状態を継続させるのもお金がかかるねぇ・・
ダンナが言うように
家中の拭き掃除を真面目にしたらジムに行く必要なんてないかも・・


 < 過去  INDEX  未来 >


孫二人 [MAIL]

My追加