愚痴日記

2004年05月31日(月) ジェンダー

 ある方の日記を読ませてもらって ふとジェンダーという言葉を思った

言葉としての意味は社会的、文化的性差 をいう
男は男らしく、女は女らしく
男は強いもの
女はやさしいもの
男は外で働き
女は家で家事や育児をして介護をしていればいい
細かいところでは
男の子は黒いランドセル、女の子は赤いランドセル
男の子はズボンで女の子はスカート
そういう潜在的な思い込みみたいな考えである
男だから、女だからという意識を変えていこう、ということなのだ
大人になっても
夫はこうあるべき、妻は・・
要はお互いがどれだけ相手のことを思えるか
自分はその立場だったらどうするだろうか、どうしてほしいのか
それぞれの立場で同じ答えはないだろうけれど
つきないテーマのような気もするが 
生きにくい世の中になったことだけはみんな実感としてあるのだろう・・
人の気持ちほど むづかしいものはない・・と私は常々思う


ほんとうはメールでも差し上げたい気持ちだけれど
未熟な私には言葉がない
一貫性のない文になってしまったけれど
男だって愚痴ってもいいと・・私はつよく思います・・(私信)



2004年05月30日(日) お香


きのうから急に暑くなって
芯からぐうたら人間の私は暑さにも寒さにも弱い


その上 目が悪くなってるのに 
パソコンも読書もメガネなしでするものだから 頭痛がする
納得できない現実も拍車をかけるわけで 何ともかんとも・・


ふと思いついてお香をくゆらせてみる

・・・・・・・・・・・・・・・

まっすぐ 立ちのぼる細い煙りがスーッと消える・・

私が心のなかで何を思うのも自由・・









2004年05月28日(金)

何気に攻撃的になっている自分に気づいた

発した言葉は納められないし あとで自分に返ってくることもある

ただ ずるいのは 人を区別しての言葉

私はこんな程度の人間だったんだと改めて思う



どくだみの その名に合わぬ 白い花

もやもやを 五月の空に 吸い取らす

人がみな かかえし想い 風通る

娘(こ)の行方 行き交う人に たずねたき 



2004年05月26日(水)

今 私はかなり凹んでいる
咀嚼しきれない思いで消化不良の気分・・
どうして自分の気持ちを納得させたらいいのか・・

だのに パート仲間と約束していた「トロイ」を見に行く
映画はよかったよ
ロードオブザリングでレゴラス役だったオーランド・ブルームを楽しみにしていたが
今度はちょっと腰抜けの王子で黒い髪にウェーブがかかっていた
最後にちょっとだけ やっぱり弓が好きみたいで頑張っていたけれど・・
ブラビの筋肉もりもりが話題になっているようだけど
私はヘクトル役のエリック・バナに二重丸!
トロイの王(ピーター・オトゥール)が戦いに負けた自分の息子の遺体を返してくれ、と
アキレスに頼みにいくシーンが私にはすごく胸に残った
親は切ない・・

いつもいつも 娘の名を胸の中でつぶやく・・
あまりにも 娘のことばかり考えているので
もし いま私の身体を輪切りにしたら
(桐野夏生の『OUT』での邦子を連想するが、かなり困難な作業になると思われる・・)   
腕でも足でも身体中の何処でもが娘の名前が刻まれているように思う
いや、もしかしたら何処かに固まってしまって発酵してるだろうか・・
こんな気持ちで映画を見に行ってる私は二重人格か・・





2004年05月24日(月) 曾我ひとみ さん


一生 会えないというわけではないので
その日まで 今できることをしっかりやって頑張ります

結局 同じような立場でもみんな少しずつ違うんだ
違わされているのか これも運命なのか・・

思い込みが激しい私は 会えない(会ってくれない)娘がいる自分と重ね合わしている

曾我ひとみさんは カラオケが好きで 「涙そうそう」 がお気に入りとか

私も以前 書き込みしたけれど この歌を泣きながら一人で歌う


古いアルバムめくり ありがとうってつぶやいた
いつもいつも 胸の中 はげましてくれる人よ
晴れ渡る日も雨の日も 浮かぶあの笑顔
思い出遠くあせても おもかげ捜して 
よみがえる日は 涙そうそう

一番星に祈る それが私のくせになり
夕暮れに見上げる空 心いっぱいあなた捜す
悲しみにも喜びにも思うあの笑顔
あなたの場所から私が見えたら
いつかきっと 会えると信じてる
会いたくて会いたくて 君への思い涙そうそう



でも私にとって 今できることって何だろう・・






2004年05月22日(土) 自問自答

子供たちが小さかったころ 純真な心で
「お母さんってさぁ・・」 と 母親の欠点をさらりと言うことがあった
親の立場から弁解させてもらえば
日々の暮らしに追われて毎日に流されていたから
子供の言葉にハッと思うことはあっても また同じ日々を繰り返す
子供でもしっかり見るところは見ているんだなぁと反省したこともあったが
その子供が大きくなって たぶんあの頃と同じように親を見ているのだろうが
とんと口に出すことがなくなってきた
そのかわり 黙ってはいるがそーっと離れていくようだ
その子供も大人になって 同じように日々の暮らしを繰り返してはいても
あの頃の親の気持ちに思いを馳せるまでにはならないのか

「何が私をこうさせたか」  という 金子ふみ子の本があったが
生い立ちも時代背景も全く比べようもないが
タイトルだけをとらえて
「何が娘をそうまでさせるのか」 というダジャレをひとりつぶやいても答はない

人間 ある程度の年齢になったら
今までの経験でそれなりの心配りというか対処ができるはず・・
うんちくをたれる、というのではなくても
私はこう思う、こう考える、というのがあるはず・・

あぁ、私はまた言い訳をしている・・



2004年05月20日(木)

 気持ちが落ち込んでどうしようもなく もう 日記を書くのを辞めよう・・と思った

だけど どこかで自分の気持ちと向き合いたいとも思う

私に霊感とか超能力とかがあったらなぁ・・と心から願う

ふつふつと感じていた不安が現実として突きつけられて納得できない思いが沸騰しそうだ

それでも私はご飯を食べ パートに行く

でもパートに入ってる間は心の内はともかく 時間だけは過ぎていくのだ

最後に娘と手をつないだのはいったいいつだったろう・・



2004年05月19日(水)

寂寥感とか・・

喪失感とか・・

いや そんな言葉でもない

どうしようもない気持ちが渦巻いている

ひどく泣いたあとのように頭がぼんやりしている・・

ある意味 私にとって人生最大のピンチかもしれない



2004年05月16日(日) 書評

  私はほんとうに本が好きだけれど 本の広告も好きだ
新聞に出る新刊の案内はしばし空想の世界へ連れていってくれる
評論家や翻訳家や学者による書評はとても参考になる
そんな中で読みたい気にさせる本はメモをとって
図書館へのリクエストにしたり 実際に本屋さんへ出向くこともある
図書館の本では味わえないが、収納場所を気にしながら買った新刊本のにおいはどんな香水よりも私の頭のてっぺんから足先まで沁みわたる



最近 気になる書評を見つけた

日本はあと数年で大変なことになってしまうらしい。年金制度は破綻し、国は借金で首が回らなくなり、税金ばかりが増えていく。黒船さながら外国の資本と人がどんどん入ってきて移民の国と化し、貧富の差が極端に拡がる。日本はますますどこの国からも相手にされなくなるのだけれど、アメリカの仕組んだ見せかけの好景気で第二のバブル絶頂期を迎え、ある日突然それがパチンとはじける。そういうことが、遅くとも今から五,六年以内に起こるのだという。人が何も知らないと思って脅かしているのだろうか。
本書は株というよりは近未来予測本に近く、私が読んでも十分面白かった。面白かったが怖かった。読んだことを、今すこし後悔している。

   本のタイトルは 「株はあと2年でやめなさい」
                     木戸 次郎 著


私は株なんてものをしたこともないし これからも100%に近い確率ですることはないが 何となく日本がどうなってしまうのだろうという不安がある
プライベートなところで納得できないことや持っていき場のない思いもあるし
確実に老いていく身としては何ともかんとも・・



2004年05月15日(土) パート仲間の死

2階フロアのスポーツ売場のパートさんが亡くなられた
特に持病があったようなことは聞いていなかったし
持参のお弁当をみても健康に気遣っておられたことはよく分かった
死因は今のところ私らには知らされていないが
事故ではないのだから脳疾患か心臓だと思われる
売場でうずくまっていた・・という話も聞こえてきた
本当に 寡黙によく働く人だった
休みの日にも発注にきていたし
お昼の休憩時間にもよく店内放送で呼び出されていた
会社の方針で売場から社員が減らされ その人に負担がかなりかかっていた
私らパートの間では
「これは完全に過労死で労災だネ」 と話している
2階のフロアマネージャーが私らに
「Kさんは何かおうちのことで悩んでおられませんでしたか・・」 と聞いてきた
実際 そんな話は露も話されていなかった
上の娘さんには初孫が生まれ
下の息子さんも結婚されたばかりで うれしそうに話されていた
会社は何を考えているのか・・

私がそのパートさんと最後にお会いしたのは1週間くらい前の6日の日
夕方 帰ろうとバックルームへ入った時にすれ違って挨拶した
その時 何日も会っていなかったわけでもないのに
顔色が土気色に見えてひどくやつれたように感じた
思わず 振り向いたことを覚えている
やはりかなり疲労がたまっていたのだろう・・
そのKさんは2階では一番古いベテランのパートさんだった
二人の子どもさんはダンナの方の姪たちと同級生だったこともあるし
お互いの父を亡くしたのも同じ頃だったりしてよく介護の話もした
総務のマネージャーが
「ご家族で静かにお見送りされたいようですからパートさんはあまり騒がないように」 と言う
それってどういう意味ですか・・? と聞きただしたいところだが
今日は静かに手を合わせてこようと思っている




2004年05月12日(水) 新聞に広告が出てたのに・・

いつも 図書館の本ばかりなので
たまには買おうかと取り寄せを頼んだら重刷未定でお取り寄せ出来ません、と言われた

隼人  ローンサム・隼人    

              郷 隼人 著


殺人罪で終身刑の判決を受けて
アメリカ、カリフォルニアの刑務所に服役している日本人の短歌集

この本はたとえ図書館にあったとしても買い求めたい







2004年05月10日(月) 今日は一言



唐突に 海か山に行きたい と思う
(自然の中にこの身を おきたい・・)


明日は暑くなるらしい







2004年05月08日(土) 家には献血手帳が3枚もある

急に思い立ったわけではないが 母のお墓参りに行ってきた
お墓の近所にある花やさんに寄ると
一昨年も去年もなかった白いカーネーションがあった
1本200円なり
10本買ってお墓の両方の花立てに5本づつ挿してきた
花やさんは 白いカーネーションは珍しいですよ、と言う
私もそう思うし、何より白い花の美しさは格別のように感じる

母のお墓がある最寄り駅の近くで献血をしていた
私は大部分の人から 血の気が多いと思われているだろうし(たぶん・・)
前に献血したのはいつだったろう、と思いながら
受付に行ったら誰もいなくてかかりの人が暇そうにしていたので声をかけた
今、献血手帳を持っていないと言ったら
生年月日と名前でパソコンのデータをみてくれた
ちゃんと前のデータが残っていた
平成13年8月17日
そういえば暑い日だったなぁ
私が問診表のようなものを書いているうちに若いひとが3人もやってきた
今はやりのGパンにうすいスカートのようなものを着た女の子もいた
200ccだけの献血だけれど 少しは血を薄められたでしょうか・・

今日は暑いと感じるくらいだけれど
何気に自己満足な一日だった




2004年05月07日(金) 総額表示 

  4月1日からの総額表示義務化から1ヶ月たった
最近では何か新しいことが始まるというとテレビなどで教えてくれるし
何といっても情報が豊富だから この総額表示もレジではたいした混乱もなかったようだ

新聞によると
小売業界では4月以降、「980円」など消費者心理に訴える大台直前の税込み価格にしようと、消費税分を実質値下げする動きも出た。消費者にとっては歓迎すべき動きだが、その分利益が圧縮される業者には、それをどう転嫁するかが問題だ。 とある。

確かにそういう流れになっているのを身をもって感じている
いままで 本体価格980円で消費税込みで1029円になっていた
それで 4月1日の義務化に伴って1029円のシールを一斉に貼付したのだ
それが 本部の指示で商品によっても違うが今まで通りの980円になる商品と
ぴったり価格の1000円になる商品とが出てきた
だからせっかく1029円のシールを貼った商品に再度、980円か1000円のシールを貼る作業が発生した
同じように9800円とか1万円という価格設定の商品も増えている
これは 売場の商品を全部というのではないから
それぞれのアイテムごとにこなしていけばいいのだけれど
だからといってシールを貼付させられるパートからみれば何で今更・・という感じになっている
この作業をしながら うちのスーパーは利益を減らしているなぁ・・と思っていたけれど私ってバカだなぁ・・と今更ながら感じた
そうか・・何も小売店がその分をかぶるとは限っていないのだ
納入業者にしわ寄せがいくかもしれないのか・・
値下げ分の転嫁を巡って納入業者と小売店で私らの知らない水面下の争いも起こっているのだろう
会計システムを替える経費もあったわけだし
この総額表示 やはり疑問だらけの気がする



2004年05月05日(水) 覚書

 海辺のカフカ    村上 春樹 著より

フルニエの流麗で気品のあるチェロに耳を傾けながら、青年は子どもの頃のことを思いだした。
毎日近所の河に行って魚や泥鰌を釣っていた頃のことを。
あの頃は何も考えなくてよかった、と彼は思った。
ただそのまんま生きていればよかったんだ。
生きている限り、俺はなにもかだった。
自然にそうなっていたんだ。でもいつのまにかそうではなくなってしまった。
生きることによって、俺はなにものでもなくなってしまった。そいつは変な話だよな。
人ってのは生きるために生まれてくるんじゃないか。そうだろう?
それなのに、生きれば生きるほど俺は中身を失っていって、ただの空っぽな人間になっていったみたいだ。
そしてこの先さらに生きれば生きるほど、俺はますます空っぽで無価値な人間になっていくのかもしれない。
そいつは間違ったことだ。そんな変な話はない。
その流れをどこかで変えることはできるのだろうか?




連休はどうするの・・?
というメールを息子にしなくてよかった
もしメールをしていたら きっと息子は
またおかんがSOSを出してる、しゃぁないなぁ、ちょっくら顔でもだすか
と たとえ1晩でも帰ってきただろう
きっと・・

そういう意味でもこの連休で 海辺のカフカを読んだことはよかった
ほんとうに本があるおかげでいつも助けられている




別記

父親との関係がトラウマだったらしい。
「カフカは強い父親からたえず逃げた。虫のように自分の殻に閉じこもった。」

                  カフカを読む    池内 紀 著



2004年05月03日(月) 彼女でもできたかな・・



待ちわびて 読書三昧 早やふつか

布団干し 郵便置いて 待ちあぐね



たまに 子供たちにD・M が届く
通販のカタログだったり
以前 利用していたお店のセールの案内だったりする
2・3通 たまれば 娘には何かたとえばお菓子とかお米を一緒にして宅急便で送る
娘からは着いたの一言もないが 今はネットで荷物の確認だけはできる
息子には 帰って来て欲しい気持ちがあるからしばらく様子を見る
連休には帰ってくるだろうという私の願望があってテーブルに置いている
が 今回はどうやら空振りのようだ





2004年05月01日(土) 給食

今日は給食用のエプロンが大量入荷した
連休明けから新1年生にも給食が始まるらしくて毎年G・Wによく売れるらしい
新1年生は給食を楽しみにしているのか
それともキライなものが出てきたらどうしようかと不安に思っているのだろうか・・
何ともほほえましいことだ

うちの娘はキライな食べ物が多くて給食には泣かされた
4時間目が終わって食べ初め、そして片付けてから少し休み時間があって午後の授業時間になる
が、うちの娘はキライな献立のときは5時間目が始まっても食べ終わらない
それでも先生によったら「もうよろしい」 と言ってくださらなくて
娘はいつまでも給食とにらめっこをしていた
主に野菜が苦手で絶対に手をつけない
家での食事でもキライなものは絶対に食べない
私も娘にはりついてはいられないので、私の目を盗んで流しにすてる
今日こそは食べさせようと娘にはりついても
7時に食べはじめた夕食が10時になっても食べれなくて途中で娘は眠ってしまう
ダンナのほうが もうカンニンしたれ と言う
いつもいつも親のほうが根負けしていた
クラスでも有名でよく娘のお友達のお母さんから学校での様子を聞かされた
野菜がダメなのでよく本にあったように
畑で育てる体験をすればきっと野菜が好きになります、というので
親戚の畑で体験もさせてもらった
すると 育てる過程で野菜に虫がつく、独特の青くさいニオイがするといってイヤがった
でも 例えばハンバーグやカレーなんかの場合、玉ねぎやにんじんはすりおろして
分からないように混ぜて食べさせた
が、いつの日か食事の用意の手伝いをさせたらバレてしまって
今までだまして食べさせてたの! と それからまた食べなくなった
降参だ!
まぁ うちの娘はかなりの強者だけれど
そんな新1年生もいるだろうなぁと・・ふと思ってしまった



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