本日の紡ぎごと...suiren

 

 

ブランドもの - 2004年04月30日(金)

ブランドは好きだけど、自分がほしいかと言われたら少し考え込む。
物はいつか失くなるからそこまで物質的なものに執着はしないし、
自分がブランドつけても似合わないから。
私がブランド似合う女だったら私はブランドを買うけれど、
似合わないものを買おうとは思わない。
特にバックや時計、アクセサリー。
ブルガリやカルティエの指輪に一体どれほどの価値があるというのだろう。
それらは無意味なものに過ぎないと思う。
一時の幸せをもたらしてはくれるけど、気休めだし、
輝いているのは自分自身ではなく時計やダイヤに過ぎない。

まぁ考え方、価値観は人それぞれだから。
ブランドものが死ぬほど好きって人もいるし。
別にそれが悪いことだとは思わない。




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[pretty baby] - 2004年04月27日(火)

ブルック・シールズがまだ子供だったころの1987だか78くらいの映画。
娼婦の世界の母親にの美しい少女の話。
なんだかJ・T・リロイのSARAHを思い出した。

「PROZAC NATION」
C・リッチ主演、邦題は「私は鬱依存症の女」
PROZACとはアメリカでポピュラーな精神剤。
プロザックに溢れてる国を皮肉っているのかな。
C・リッチの演技も素晴らしいし、とても良い映画だと思う。

「17歳」
まだデビューしたてのペネロペ・クルスが見れる。
ペネロペファンじゃないと最後まで見るのはうざったいかも。
何も大きな出来事はない変わりに小さな出来事が沢山重なっているストーリー。
アル中で自暴自棄気味の冷たい女と男を捜して家出をしてきた17の子供と
夫を捨てて新しい人生を求めた中年のおばさんが成り行きで過ごす一日。
三人に友情が少しずつ芽生えていく。
しかしこの作品で最も注目すべきなのは脇毛ボーボーのペネロペ…。
幾ら何でもこれはひどい、ひどすぎる。
演出なんだろうけど脇毛くらい剃った方がいいに決まってる。
見てるだけで臭そうで笑えるけどペネロペ目当てで借りたのに悲しくなる。



「Dark Summer」
金持ち大学生たちの夏休み。
豪華な別荘で毎晩パーティをしている。
その別荘でバイトとして働く子が主人公(名前わからない)
金持ちグループを牛耳っているブリタニーは見るからに腹黒そうだが、
予想を裏切らずに実の姉を殺した張本人だった。
主人公はそれに気付きブリタニーの犯罪を暴こうとするが、
腹黒い女がそう簡単に引き下がるわけはなく今度は自分が殺されそうになる。
それで話が云々と進んでゆく少し暗めの話。
面白いかつまらないかでいったら、もちろんつまらない。
とてもつまらない。
何もすることもなく、暇すぎて死ぬというときに最適。



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my incubus. - 2004年04月26日(月)

時間が欲しい。
スケジュール帳は全くの空欄な日々が。
前に私は17年間は意外と長いと言ったけれど、訂正をしたい。
17年間はやはり、まだ、短い。
そのうちに物心がない年数を引くと、更に短くなる。
最近はただ毎日、同じ気持ちで同じ時間を過ごしているように思う。
月曜日から金曜日までは学校へ行き、放課後と週末はバイトをし、
余った時間で塾にいき、レンタルビデオ屋に週1・2回。
そんな日々がここ数ヶ月続いている。
マンネリというのだと思う。
私は自分を病気と思い込んでいる病気にかかった女だ。
きっと誰かに構ってもらいたいんだと思う。
でも実際のところ、私に構ってくれる人は誰もいない。
夜、友達から電話がきて「ねえ、今暇?」なんてことが、
今までに一度でもあっただろうか。
少なくともここ3年はそんな事は一度もない。
大体友達ってどこからどこまでが友達なんだろう。
友達ってどうやって作るれるのだろう。
バイト先の男の子にアドレスと電話番号を聞いて遊べば、
きっと彼は私が気があると思っていると、考えるのではないか。
本当は私、とても寂しがり屋だ。
でも一人でいることに慣れすぎしてしまって他人と親しくなる方法がわからない。
でもきっと誰もが私は平気だと思い込んでいるんだろう。
あるいは私が寂しさの似合う人間だと思っているのかもしれない。
人がどう思おうと他人が分かるわけないのに、
ああクソ!私の悪い癖はあれこれ思案し他人はきっとこう思ってると決め付けることかもしれない。
私だって隣の席の子が何を考えているかはサッパリ分からないし、
もちろん私が前にしつこく迫られた男の事を数学の授業中に思い出しているなんて
私の斜め後ろの友達は考えもしないのに。
何か変えなければいけないのに、何を変えなければいけないのかも
分からない。
私は馬鹿で思い上がっていて小心者で臆病者で勘違いばかりの17のメスの子供だ。
今、レイプされたってニュースで名前は出ずに黙っていれば
周りの誰もが知らないで私だけの事件をなってそのまま闇に葬り去られる。
全てが冷たく暗い世界に生きているように感じる。
未来ばかりに期待をしてしまうのは、今がとても情けないから。
でも分かっている。
数年前にも同じように未来の自分に期待をしていたが今の私はクソだ。
また未来に期待して、私の10年後は再び情けなくて自分はクソだと思っているように感じる。
今私は誰かが欲しい。恋人が欲しいんだ。
私だけに夢中になって面倒を見てくれて甘えることを許してくれる人。
愛さないで欲しい。愛はとても重くて今の私には疲れるだけだから。
でも私は知ったかぶりの女だから本当は何にも知らない。
例えば香水の話を昔したけれども、実のところその効力を体感したことはないし、
臆病だから気になる男がいてもアドレスを聞くのすら億劫だ。
触れられることが苦手だけど、きっとそこに愛があれば好きになれるのかもしれない。
だから私は早く知りたいし、人間になりたい。
矛盾してるがそうなのだ。
私は今真実しか語りたくは無い。
だから全て真実だ。
文脈もクソもなくめちゃくちゃの意味不明だけど、
知ったかぶったり計算したりするのはもう嫌だ。
でも現実にはそうはいかない。
文章だけが本当で素直な自分になれるし、証拠も残してくれる。
けれど一歩外に出て、そう例えばバイトのときに話し掛けられる。
そして返答をする私は社交用に作り上げられた上辺だけの偽物でしかない。
上品で穏やかで優しい口調、緩んだ目元と朗らかな笑顔。
でも違う。
本当は煙草をふかして睨み付けたい。あるいは素直で友達の前で引き出される私で接したい。
この先ずっとそうなのかと思うと、ぞっとする。
私は昔から友達がいない。
17年間今日までの友達の数を数えられるくらいに友達のいない人間だ。
幼稚園のときにめぐちゃんとさっちゃんという友達がいた。
私は大人しい子供だから、大好きだった。
でも母親はそんな私を見下ろしながらいった。
「あんたとあの子達は友達じゃないわよ、親同士が仲がいいだけ。
だから一緒にいるだけなの。それ分かってるんでしょうね?」
初めて家でお誕生日会をやったことがある。最初で最後の誕生パーティだ。
まだ私は5歳くらいだった。幼稚園の子もいっぱい呼んで
ケーキを食べてサイダーを飲んでプレゼントあけてゲームをした。
そんなに楽しい日はなかったから、みんなが帰ってゴミとクズと食べ残しで
乱雑した家を見ると、其れはやけに静かで、
(どっかの本の描写を借りるけど)まるで世界の終わりかと思えるほど
寂しくて悲しかった。
母に言われた其の言葉が今でも鮮明に残っている。
初めて絶望を知った言葉だから。子供心にそう感じた。
構ってくれるのは両親の友達ばかりで私はよく熱海にいかされた。
真夏でも熱海だ。蝉の鳴り響くテニスコートで抜け殻をひろったり、
かくれんぼに付き合ってもらったりと、世話と相手をしてくれるのは
専ら大人ばかりだった。同年代の友達はめぐちゃんとさっちゃんだけだったのに。
今日は久しぶりに泣いた。少しだけ。
本当はずっと泣きたかったのに泣く時間がなかった。
目をはらして仕事するわけにも、バイトにいくわけにも、塾にいくわけにもいかにから。
今日だってこれから塾だ。だから泣いたのは涙数滴と鼻水が少々。
今はとても言葉が浮かび上がってくる。
私はやはりジャーナリストになりたい。
あと2・3、仕事の候補がある。
現実問題、そう簡単にいかないとは分かっているけど
私は努力して諦めなければ夢は叶うものだと信じているから。
とても寂しい。とても時間が欲しい。とてもクソな私。
でも今一番欲しいのは私自身だ。
確信していたものが今、徐々にそして緩やかに壊れ始めていく。
もう何もしたくないのに世間と大人がそうはさせない。
私はもう子供ではなくなっていき、その心が失われる。
一体私は情緒不安定なのか、それとも誰もがこんな風に感じているのかもわからない。
誰か答えを教えて。
私は迷えるクソな子羊だ。ジーザス・クライスト。
子羊を殺して家々の壁に血を塗れば悪病はこないの?
ねえ教えて。
エクスタシーをすれば気を紛らわすことができるの?
私が消えても何も変わらない。
何をかえればいいのかも分からないけど。
でもきっと生きれば少しは変わるかもしれない。
何が変わるのかは分からないけど。


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love story - 2004年04月25日(日)

早く起きれた朝も昼前まで寝ていた朝も
私にとってはどちらも気持ちがいい。
気に入りのラジオにチャンネルを合わせれば、
DJのおはようという声が聞えてくる。
それでやっと一日が始まるのだ。
相手より早く起きて朝食を作るなんてお行儀の良いことは、
低血圧の私には出来ない。
朝食は専ら彼の仕事である。
私の好きな珈琲を煎れ、ふわふわのパンとハムエッグを作ってくれる。
そうすると彼は寝室に入り、私の体を優しく撫でながら無言で云うのだ。
吐息の声はラジオの流れる寝室に一時の静けさを奏で、世界は私達だけのものになる。



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diet? - 2004年04月24日(土)

ではないが、やっぱり体を動かすことは最高。
最近はバイトや周囲の人の声でストレスがよく溜まるから。
とにかく走って走って鍛えて鍛えて何も考えたくはない。
スパスパ人間学でやっていたホルモン分析では、
ストレスを溜めにくいドーパミン型だったけどドーパミンだってストレスたまる。
これから先の不安だってあるし、大人の身勝手さに振り回されたりするし、
得体のしれない焦燥感に襲われたりもする。
家族のことや友達のこと、そして自分自身のこと。
本当は色々なことで、悩んでいるけれど
私は他人には「悩みなどない」ような人間でいたい。
誰にも心配されないで、それって寂しいことだけど
心配って心の痛む感情だから、わざわざ人に痛ませたくは無い。

ああ、そろそろ行かなきゃ。
またバイト。
きっと知らないうちにストレスたまってんだろうな。
アンチストレスなんて人間でいるうちは絶対無理だね。
でもそれをどう消化していくか、それによって人生を楽しめるかどうかに
少しながらも関わっていくと思う。



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- 2004年04月23日(金)

たまに詩とか文学的表現とか、よくわかんないけどそういうモノは
とてもつまらなく、くたびれたものに感じる。
なぜってストレートで真っ直ぐな言葉ほど心に響くものはないから。
そして私はそういう事が出来る人を知ってる。
遠まわしで分かり難い表現をして文学賞を受賞したようなもんでも、
私にとってはその人の言葉のほうがずっと好き。


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資格 - 2004年04月22日(木)

私はある人に会いたい。
でもあえない。
何故ってその人に会うなら過去の私じゃ全然駄目で、
自分で努力を積み重ねてその結果に得た自分じゃないと足りない。
向こうはそんなこと気にもしないだろうけど
私がそれじゃついていけないから。
口先だけじゃなくて、もっと目に見えるものでないと。
だから私はまだ資格をもっていない。
甘えてダラダラ生きるのは、もう止めにして
早くあの人に会うための資格が欲しい。
そうじゃないと、きっと私はあの人のことを受け入れられないから。
惨めな自分も甘えた自分も、もう嫌。
過去は捨てることは出来ないけど、乗り越えて生きることは出来ると思う。
そうして資格を得たとき、きっと私はあの人のこと、
少しは受け入れて理解することが出来るはずだから。


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アダプテーション - 2004年04月17日(土)

前前から見ようみようと思ってはいたものの、なかなか借りなかった作品。
でもついに借りてみた。そして見た。
すごいよ、チャーリー!
それしかないね。
ニコラス・ケイジの洒落にならないセリフが笑える。
つべこべ言うより見たほうがいい。
そしてビックリする。
なんとこの作品はある意味ノンフィクションなのである。




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雇用者と労働者とは何故こんなにも上手くゆかないのだろうか。 - 2004年04月15日(木)

本当にストレスを感じたときに必要なものは2つ。
一つはお金ともう一つは良き友だ。
洋服買ったり映画見たり美味しいもの食べたり温泉いったり。
何で今こんなことを考えているのかというと、
それは私が本当にストレスを感じているから。
あー、くっそーー。
いつか絶対後悔させてやる!
八○に似てる○野め!!すました顔してブツブツ小言いうんじゃねーよ!
クビにしたけりゃ、いっそのことさっさと切れ!
そっちのが全然気持ちいいっつの。
理不尽の塊みたいなヤツ!お堅いぼっちゃんが偉そうにしてんじゃないよ!
むかつく〜〜!!!




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病気 - 2004年04月11日(日)

病気になってしまった。
ケツに痔ができた類の病気だから、ちょっと恥かしくて人にいえない。
でも日常の生活に支障をきたすなら早急に治した方がいいよね、うん。
はあー。
もうやだー。



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talk to her. - 2004年04月07日(水)

「talk to her.」
マルコはジャーナリスト。
ある日、女闘牛士と出会い付き合うことに。
しかし彼女から「試合後に話がある」といわれたその日の試合中、
闘牛に失敗し植物状態になる。
ペグニノは20年間状態の悪い母の世話をしていた。
家の向かいにはバレエ教室があり、彼はアリシアという女性に恋をする。
日々窓から踊るアリシアを見つめていた。
ある雨の日、アリシアは交通事故に遭い植物状態に。
ペグニノは看護師になり、アリシアの世話をもう4年以上も続けていた。
そんな孤独な二人が出会い、生と死、そして人間関係の話が始まるのである。


なぜ人はそこまで人に興味を抱くのだろう。
しかし逆に興味を抱かなければ、この世に愛はない。
ずっと眠っていたアリシア。
彼女はペグニノの看護も自分の身に起きたことも何も知らずに
夢のない眠りを続けていただけ。
生きることはとても辛く痛い。
幸せは痛みよりもずっと少ないと思う。
けれど私は生きることが好きだ。
けれど私は映画が好きだ。
どんな痛みが伴うものでも、それを作れるのは人だけで、しかも生きている人だ。
小説でも何でも生きているのだ、そこに確かな「生」を生生しく感じる。
だから止められないのだ。
どんなに罵倒されても傷ついても裏切られても痛くても
もう少し生きてみたいと思えるから、きっとみんな生きるんだろう。
どんなに明日が怖くても迎えてしまうのは明日より先の未来を信じるから。
だからもう少し生きようと思うのだ。



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好き嫌い - 2004年04月06日(火)

私は自分のことが嫌いじゃない。
でも、やっぱり嫌いな部分はある。
もう20代気味の肌、他人をすぐに容姿で判断してしまうところ、
そのくせ差別には反対という矛盾さ、ぜい肉などだ。
一つ一つ克服すれば綺麗になくなる日がくるんだろうか。
いつから私はこんな人間になったんだろう。
もっと優しい人になりたい。
けど嘘は嫌いだから偽善者にはなれない。
どうすれば優しくできるんだろう。



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- 2004年04月04日(日)

誰かが幸せなのを見ているのはとても気持ちがいい。
おすそ分けをしてもらっている感じだ。
私もいつか自分の幸福を他人に分け与えることが出来るだろうか。




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こんな13才でした。 - 2004年04月02日(金)

私が詩を書き始めたのは13才のときだった。

当時友達はひとりしかいなかった。
私はその子が大好きだったけど、根暗で地味な私と比べ
彼女は明るく小柄で可愛かったのでたちまち学年の人気者だった。
そんな彼女を失うのが怖くて、偶然を装って一緒の部活に入った。
とても厳しい部活で、弱虫の私は全くついていけなかった。
毎日先輩に呼び出されては、怒鳴られ嫌味も言われた。
不器用だから、部活も上手くやっていけず次第にストレスが溜まっていった。
でも彼女を失って、一人になるのが怖かった。
その頃の憂さ晴らしといえば、漫画と読書だった。
特に本をよく読んでいたと思う。
そんな時、ネットポエムなるものを知る。
日々が辛く(自分にとっては)親とも反抗期でうまく交流がとれない。
おまけに根暗だし、地味だし、ブス。
最初は暇つぶし程度だったが、消化出来ない気持ちを詩にすることが
いつのまにか欠かせなくなっていた。
それから2年くらいはひたすら詩を書いたように思う。
いつしか詩よりも日記などの長文を書くことを好むようになるが、
今でも詩は好きだし、書いている。
私は色々なものを吸収して変化し続けるタイプだから、
たまに当時の詩を振り返ってみるとその変化ぶりに自分で感心する。
ああ私も少しは成長しているんだなあ。


人間何かいっこくらい、死ぬまで続けていくものがあるはずだ。
私の場合はきっと、詩なんだろう。
ただそれだけのこと。




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