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2000年03月31日(金) ■
永谷園バス旅行

当選となっていた私名義の永谷園の日帰りバス旅行を条項違反で義母に譲渡した私。
今日は義父母揃って「春!満喫 見所いっぱい 甲州路の旅」にお出かけです。
同伴の義父は9800円の実費参加。
義母は今日のために昨日美容院にも行った様子。
行くのをためらってた雰囲気だったのにそんな準備ってことは本心は楽しみだったのかな?
とりあえず駅まで車で送れって言われることもなく2人で揃ってお出かけになりました。
んで、私も光太朗の就学手続きのために10時に小学校に行く用事があったので今日も休暇。
じじばばはいないし母子3人で思いっきり羽を伸ばそうという計画でした。
お目当ての10時の手続き拍子抜けするほどあっさり終了。
ただ葉書を学校に提出するだけのことでした。
そう言えば3月中ならいつでもOKだから隆之介の時は指定日に行かなかったほどです。
所要を済ませて入学準備その他の買い物。
夕方からは自分の美容院の予約が取れたから子供2人を留守番においてお出かけ。
子供たちには雨戸を閉めて何をしてって指示して出かたんだけど
2人してゲームに熱中して雨戸も締めなかったみたい。
んで、6時半ごろバス旅行から義父母が帰ってきたって。
電気もついてないし雨戸も締まってない。
おまけに私が外出して夕食の準備もできていない。
ってことで義父母のご機嫌最悪。
糖尿の義母は淡々と自分の夕食だけ準備して食べたみたい。
金曜の夕方とあって美容院の混雑は予想以上。
終わって自宅に電話をしたら子供たちは「お腹空いたー」って言うし義父も食べていないって言う。
子供たちには「帰ってくるまで待っててね」って言って出かけたからいいとして
じいさんの空腹はばあさんが考慮すればいいじゃん。
帰宅してからじゃ準備は間に合わないからとりあえずデパ地下でお夕食を無事調達。
当然、なんか気まずい雰囲気のお夕食でした。
バス旅行は楽しかったらしいけど、クリーニング屋さんのバス旅行とほとんど同ルートだったらしく
じいさんったらバスから降りずにじぃっとしてた場所もあったらしい。
こうしてボケ老人へと一歩一歩近づいていくのねぇ。

それはそうと、遅目のランチを取ってる時に滅茶苦茶驚きの電話が北海道のネット友から。
有珠山がついに噴火したって。
今後大事に至らないようにただただ祈るばかりです。



2000年03月30日(木) ■
高尾山ハイキング

春休みとはいえ共稼ぎの我が家では平日に子供たちと遊びに行くことはなかなかかないません。
ただでさえ着実に休暇を消化している私、これ以上休んだら椅子も机もなくなっちゃいますから。
でも周囲の環境に恵まれて今日も子供たちは学童をお休みして高尾山ハイキング。
隆之介の保育園時代のお友達とその友人・兄弟で相当の人数。
子供がなんと23人!付き添いママが7人で高尾山です。
隆之介だけで行かせたことはあるけど今回は光太朗というおまけつき。
みんなに迷惑をかけるんじゃないかとかちょっと心配もあったけど勇気を出して行かせました。
いつも通り早起きしておいしいお弁当作り。
私の出勤時間の方が早いので隆之介に一日の段取りと連絡先をメモさせて。
9時半に京王高尾山口駅に集合なので最寄の京王線の駅から電車で行くように指示。
家を出る時間を8時40分とセッティング。
義母の携帯を隆之介に持たせたので集合時間直前に確認の電話を入れたら
なんと心配性のおばあちゃんが心配で高尾山口まで送ってくれたって。
ご一行のリーダーによろしくお願いして私の役目はとりあえず終了。
子供たちは元気に早春の高尾山ハイキングを満喫したみたい。
隆之介は帰宅後日記に「カエルの声を聞きました。春だなって感じです」って書いてたし。
山頂ではお弁当を食べてみんなで風景をスケッチ。
でも大人数なので2人の子が別ルートに迷い込んじゃって警察官出動って事態になったらしい。
子供たちにはそんな事実は知らさせないままちょっと帰宅時刻が遅れ気味。
実はこの日の隆之介はハイキングを終えてからスイミングに行くと言う強行日程を抱えてました。
3時に電車に乗って帰宅し、4時半のプールバスに乗る予定だったんです。
ヤキモキして携帯に電話を入れても山中で全然繋がらない状態。
ようやく4時になって電話が繋がった時には京王線の中。
電車で10分ちょっとで最寄駅。
隆之介に家に電話してプールバックを義母に届けてもらうように手配させた。
疲れた光太朗は駅からトボトボ歩き。
バスの時間が迫ってる隆之介はひたすら走る。
バッグを無事に受け取って間一髪でバスに。
運良く全てがクリアできたけどホントハラハラしちゃうよね。
リーダーにお礼の電話を入れたら2人とも頑張ってたらしい。
心配ながら2人だけで行かせたことも子供たちの満足そうな表情が全ての答えです。



2000年03月29日(水) ■
じいさんのご帰還

じいさんのご帰還ったって黄泉の国から戻ったとかそう言ったことじゃあございません。
4泊5日の鹿児島への納骨への旅に出ていた義父が今日帰宅したんです。
5人兄弟の末っ子の義父が亡くなった長兄の家族とともに里帰り。
3番目は10年近く前に鬼籍入り、2・4番目は地元にいるので
東京から納骨に向かった年寄りはうちのじいさんだけ。
1人じゃ何もできない情けない義父。
昨日から怪しげな電話で何やら義母と秘密の相談をしていた様子です。
私には何も知らされないんだからひたすらに傍観者。
ただし、春休み中の子供たちを羽田空港に連れて行く話もしていたみたいだから
子供たちには夕べからの嵐みたいな天候だったら足手まといになるから絶対に行かないようにって念押し。
スカッと晴れた今日はお天気の心配もなくお出かけ計画実行となったみたいです。
義父の乗り込んだ飛行機はどこの何便かも知り得ない私。
でも3時過ぎに向こうを発って5時過ぎに羽田着ってことは教えてもらってた。
んで、私の出勤前に「東京駅で待ち合わせでもして・・・」って話をしていた。
お互いに携帯を持っているから連絡を取り合うことは簡単だものね。
隆之介は学童からお昼で帰宅し、義母と子供たちで駅前の喫茶店でランチを取ってから出発。
中央線〜山手線〜モノレールと乗り継いで羽田空港に到着。
ポケモンジェットやいろんな飛行機の離着陸を見て子供たちは満足だったみたい。
さて終業時刻になっても義母からは音沙汰なし。
しばらくしてこっちから電話を入れたら「羽田で夕食食べて帰るから」って。
ん?約束が違うぞー。
でもこれで私にも自由時間ができたってことよねぇ。
気を取り直して1人最寄駅の化粧品売り場へ向かう私。
束縛されずにゆっくりと基礎化粧品のお買い物です。
加齢の割に肌年齢が若いかもなんて売り場のお姉さんに言われてちょっと気分はウフフ。
私の帰宅に遅れることしばし、疲れきったじいさんと義母、子供たちのご帰還。
帰りの電車、東京発の中央線で座ってきたのかと思ってたら
義父が「これでいい」って早い電車に乗ったものだからずっと座れたわけじゃないみたい。
本来なら1時間も熟睡できるのになんか可哀想。
帰宅してからの義父母ったら鹿児島にお礼の電話かけまくり。
親戚の親戚はみな親戚って感覚だからお付き合いが大変。
電話占領は1時間近く続きましたとさ。



2000年03月28日(火) ■
お別れ遠足

隆之介の学童の今日はお別れ遠足。
電車を乗り継いで児童みんなでよみうりランド。
アシカショー、ラッコショーと全員で見学。
観客が投げた輪をアシカがキャッチする曲芸では2年生を代表して隆之介が輪投げをしたんだって。
みんなやりたい役だったから競争率も高かったみたい。
いろんな曲芸に感嘆。みんな大きな拍手を送ったそうな。
んで、その後は事前に打ち合わせした班別行動。
隆之介、日ごろは活発だから当然活発ないたずらっ子チームに属してる。
その班が事前に回るって決めてたのはお化け屋敷とか怖〜い類。
朝、「人間が作ってる機械だから大丈夫」って念押ししたはずなのに
いざとなったら腰が引けちゃってお化け屋敷も恐怖の館も一人で外で待ってたんだって。
なんと情けない現実。
だったら班行動を決めた時点で自分は苦手だからって告白しちゃえば他の人たちと行動できたのに。
とりあえずビックリハウスには挑戦したらしいけど。
最後にゴーカートに乗ろうってことになってギリギリで身長が足りて一人用に乗れたみたい。
他の人はチケットが足りなかったから使わなかった隆之介のチケットでゴーカートに乗ったらしい。
どこで勇気を出すかが今日の隆之介の課題だったんだけどやっぱりクリアできなかったのねぇ。
お化け屋敷が怖いままだと男の子としてこの先ちょっと心配だわ。

昨日卒園した光太朗は今日から自由気ままな春休み。
でも入学直前の生活習慣ってとっても大事だから今まで通りに6時半起床です。
今まで保育園に送ってた時は7時20分には家を出ていた私も
40分に家を出ればいいのでほんのちょっとゆとりの朝です。
光太朗は昨日卒園のお祝いに義母にもらった「星のカービー64」で遊んだ模様。
帰宅した私に何面までクリアしたよって嬉しそうな報告でした。
夜になって「保育園の担任の保母さんに電話しよ♪」って光太朗。
先生が出ると嬉しそうにいろんな話をしてた。
「昨日始めの方でちょっと泣きそうになっちゃった」とかの初告白あり、「先生寂しくない?」とか聞いたり
しっかり会話が成り立ってたみたいで聞き耳立ててた隆之介も私も微笑ましく感じたわ。
光太朗ももちろん先生にも嬉しい電話だったことでしょうね。



2000年03月27日(月) ■
卒園式

今日はやんちゃな光太朗の卒園式でした。
2月23日産まれの光太朗は新年度から入園。
私の産後休暇が8週間だったので生後2ヶ月にならないうちから園生活を送ってきたんです。
6年10ヶ月の在園記録を保持している4月産まれの隆之介にはかなわないけど
乳幼児期の大半を保育園で過ごしてきたことに変わりはありません。
今朝も子供たちは通常の登園時間。
最後になる送りの車中で光太朗に「卒園式頑張ってね」ってエールを送る私。
毎日大変な出勤前だったけど光太朗と2人だけの貴重な時間だったんだよね。
午後からの式には私と旦那、義母と隆之介が参列。
在園期間の長い順に授与された卒業証書を父兄に渡しにくる子供たち。
光太朗と同じ6年の人は複数人。
生年月日順なので光太朗は7番目。
元気に返事をして園長先生から証書をもらって来た光太朗に「頑張ったね」って。
別れの言葉や歌と進むうちに涙も頬を伝ってきたわ。
ちっちゃかった光太朗が・・・って感無量です。
家では本領発揮を見せない光太朗もいざって言う時は本当に凛々しい事!
Yシャツとネクタイでちょっぴりおめかしして緊張の面持ちの式典だったけど
終わったら一転卒園の喜びで満面の笑顔。
お友達と別れを惜しみながら写真を撮ったり先生と話をしたり。
卒業文集には「親子遠足で行った西武園遊園地が楽しかったです」って。
先生の卒園を祝う言葉の中には「先生が熱があった時におでこを『どれ?』って触って
『みんなぁ静かにしろー』って優しかった光太朗君、これからも強くて優しい子でいてね」って。
担任の保母さんの新任時代から知ってるけど初めて卒園児を送り出すんだから先生にも感激の一年だよね。
ちょっぴり寂しく嬉しい光太朗の旅立ちです。

帰宅して光太朗の卒園記念の家族ボーリング。
義父は鹿児島だから気兼ねしないで存分にお楽しみ。
もちろんスコアトップは旦那で3ゲームで470ぐらいだったかな?
義母と私は299で偶然にも同点。
子供たちもそれぞれに実力発揮して頑張ってた。
特に光太朗はボールと一緒に自分も転がりそうな勢いだから隣のレーンのお姉さんにも大ウケ。
子供たちはまだやりたいって言ってたけど3ゲームで終了。
夕食は光太朗の希望のお寿司にはならずに炭火焼ハンバーグ。
みんなご機嫌で素敵なお祝いの会でした。
義母にお迎えお礼の腕時計を光太朗から渡させて点数稼ぎも抜かりありません。



2000年03月26日(日) ■
無人島探検

スキーでお休みしていたボーイスカウト、今日は子供たち2人とも久しぶりの活動参加です。
私はいつものようにビーバーの光太朗に同伴。
事前予定表には「無人島探検」とあっただけで詳細は何も分からず。
ワクワクするビーバーご一行を乗せた隊長の車は順調に進み1時間ちょっとで到着。
着いた所はなんと横須賀の三笠公園。
目と鼻の先にある東京湾に浮かぶ唯一の無人島「猿島」探検に出発です。
出航までの時間潰しに三笠公園でしばらくお遊び。
遊具で遊ぶ光太朗はホント活発で、そのままレスキュー隊になれそうな感じ。
お昼前には猿島に上陸していよいよ探検開始です。
上陸早々に子供たちは隊長から懐中電灯を手渡されて気分も高まるばかり。
島のあちこちに戦争中の要塞があって雰囲気もばっちり。
今にも要塞の壁を突き破って亡霊たちがうごめき始めそうな気配さえします。
日蓮洞窟と呼ばれる縄文弥生の人々の生活の拠点だった16mほどの洞窟にも果敢に挑戦。
他の観光客が驚くほど深くまで懐中電灯だけを頼りに恐る恐る穴の中に歩を進める。
昔の人はこんな所で生活をしていたんだよねぇって。
展望台で周辺の海を満喫してようやくお握りだけのビーバー弁当。
鴬の鳴き声と春めいた陽射しの中でのんびりと食べると本当においしい。
上空を舞ってたトンビの鳴き声も子供たちには新鮮だったみたい。
鴬の鳴き声が分からなかった子がいたんだけどこの家庭は生活を通して学んでないのかしらって疑問。
勉強より大切なことがたくさんあるってこの子には分かってもらえるかな?
その後、隊長が用意しておいた「ゴールドの隠し場所」入りペットボトルを
波打ち際で発見した子供たちは大喜び。
波止場近くの砂浜にあらかじめ私が隠しておいた金色の石を見つけるたびに奇声を上げてた。
純粋にお宝の地図を信じるなんて本当に素直な子供たちだわ。
隊長も子供たちの笑顔に救わるからこそ下準備も苦にならないんだろうなぁ。
帰りの船は風で大揺れ、交通渋滞で往路以上に帰路は時間もかかっちゃった。
でも本当に楽しい春の一日でした。

隆之介は高尾山にある「高尾森林科学園」にミニハイキング。
ここは山全体が250種に及ぶ桜の保存林になってる素敵な所。
ちょっと時期には早かったので5種ほどしか咲いていなかったって。
でもたくさん歩いて隆之介も一足早い春を満喫したようです。



2000年03月25日(土) ■
じいさんの旅立ち

去年亡くなった義父の兄の納骨のために義父は鹿児島へ出発です。
旦那の従兄弟にあたる喪主が東京に住んでるので子供たちの春休みを待っての納骨式になったんです。
いつものように一人じゃなんにもできない義父は羽田空港まで義母と一緒に。
退職の近い旦那は仕事、私は子供のスイミングがあってうまい具合にお見送りに行かれません。
予定が入っていなければタクシー代わりに使われるところでした。
出発する義父母を玄関から送るだけのことが嫁としてはなかなか重要なポイントです。
「行ってらっしゃ〜い。気をつけて」って玄関を閉めたら母子3人の世界!
義母は今夜はお友達と会食だし夜まで邪魔者の心配はな〜し。
大きく手足を伸ばして目いっぱい息を吸ってがんた君をお庭に放して・・・。
ってところでハッピーセット入手の旅に出ようかって決定。
ご近所のマックに数件電話したけどどこにもなくってちょっと離れたところにやっとエイリアン発見。
車を飛ばしてエイリアンを無事ゲットしました。
午後からはいつもの土曜日と同様に子供たちのスイミング。
この日は3月の検定日だったけど2人とも合格には至らず。
夜は光太朗へのお誕生日と入学のプレゼントをもらいにお祝い葉書を持ってカーサに。
3人でのんびりした一日でした。
スイミングでお友達ママと入学準備について話をしてた時に
縫わなくちゃって思ってた椅子の後ろにかけるタイプの防災頭巾入れが某所で売ってることも聞いちゃったし
なんか凄く有意義な一日だったわ。
しばらくじいさんの顔を見ないで済むって思うだけでこんな開放感が味わえるのねぇ。



2000年03月24日(金) ■
通信簿

今日は隆之介の2年生の修了式。
児童それぞれが通知表を持ち帰る日です。
事前に決めたクラス代表で校長先生から修了証書・・・
つまり通知表を貰う人はクラスのみんなの心からの応援が届いたのか無事大役を果たしたらしい。
お隣のクラスの代表は今学期で転校しちゃう男の子だったっていうし各学級とも素敵な選考方法みたい。
んで、肝心の隆之介本人の成績表は・・・。
隆之介の学校の2年生の成績って「できる」と「もう少し」の2段階評価。
しかも相対評価じゃなくて絶対評価だからみんなが「できる」ってのもありなのよね。
人と比べるんじゃなくてその個人がどれくらいできるかって評価です。
隆之介、1年生の1学期からず〜っと「もう少し」が付いてた項目があったのね。
体育の中の「安全に運動が行える」って項目。
運動自体ができないんじゃなくて行き過ぎた行動が先生を脅かしてたらしい。
ところが2年生最後になってようやく落ち着きが出てきた証拠に(?)この項目も「できる」に。
つまりは危険な行動を取らなくなってきたってことかしら?
本人が手抜きしてる教科では「もう少し」が他にもあるけどこの程度ならよしとしましょう。
行動の所見欄も徐々に改善されつつあるし・・・ネ。
まだまだ底力は秘めてるはず。
3年生からが本当の勉強なんだからもう一頑張りしてほしいところです。

今日も私は午後半休。
子供たちの18日のスイミングの振り替えに行ったり地元の警察署の少年剣道の申し込みに行ったり。
警察署での柔剣道は無料だからどうやら抽選になりそうな気配。
当然柔道より剣道の方が圧倒的人気みたいだし当選を祈るだけだわ。
警察署の少年課に申し込みをしている最中にちょうど万引きした男の子が補導されて取調べを受けるのに遭遇。
春休みだから気の緩みで非行が増えて行くのかな?
隆之介も光太朗も悪いことをしたら捕まっちゃうって実感したらしい。
いまどき言われてる「嘘吐きはお巡りさんの始まり」って感覚だってないし
少年剣道に通うようになればもっとお巡りさんに親しみを感じるようになってくれるよね。
どうぞ抽選に当たりますように。

光太朗はいよいよ27日の卒園式を残すばかりです。



2000年03月23日(木) ■
卒業式の日

今日は隆之介の通ってる八王子市立○○小学校の卒業式でした。
児童は当事者の卒業生と5年生のみの列席だから4年生以下はお休み。
隆之介はおいしいお弁当を持っていつものように学童です。
ちなみに今日のお弁当は枝豆ご飯、鶏の唐揚、ほうれん草とハム入りの卵焼き、
冷凍物のお弁当サイズのグラタン、竹輪のキュウリ詰め、茹でたアスパラ、ミニトマトって感じかな。
なかなかきれいでおいしいお弁当です。
んで、今日の学童は10時から。
一日中を学童で過ごす日には勉強道具なんかも持参することになってる。
2年生で一番肝心な勉強といえば掛け算九九。
九九ができないとこれから先が思いやられるものね。
縦横に掛ける数と掛けられる数を0〜9まで書き込んだ百マス問題。
この練習問題を私が夕べのうちに20問作成。
早い子だと3分くらいでこなす問題だけど隆之介はまだまだ5分はかかってる。
ところが隆之介ったら遊びに熱中してたらしくぜ〜んぜん手付かずのまま帰宅してた。
もちろん私が帰宅してからとりあえず10問・・・って言ったってかなりの量だけどやらせたわ。
言われないと自分から進んで勉強しないっていつの世も一緒だけど
最近の教育内容ってどんどん低下してるから家でのフォローがないと本当に危ないものね。
2002年には円周率が3、台形の面積を求める公式も習わなくなっちゃう。
隆之介を見てると日本の将来が危ぶまれるって実感よ。

光太朗はお腹の調子はいまいちって感じだけど元気に登園。
昨日までお休みしてたクラスのお友達も勢ぞろいしたらしい。
この一年間のお絵かきしたものや文字練習帳などを大きな袋に入れて持ち帰り。
各自に渡すときに担当の保母さんはウルウル状態で子供たちに「先生泣いてる」って言われてたって。
帰宅した私に光太朗ったら得意気に作品の説明をしてくれたけど、著しい成長の軌跡だわ。
27日の卒園まで本当にあとわずかです。



2000年03月22日(水) ■
お弁当

昨日保育園をお休みした光太朗、いまいち本調子じゃないけど今日は登園。
相変わらず便はゆるめだけど吐き気もないし食事もしっかり摂れるし。
で、登園してみてあらビックリ。
いつも義母がお迎えの時にクラスの掲示板や保母さんとの会話で園の様子を確認してきて
帰宅後の私に報告してくれるんだけど
なんと、年長さん18人のうち10人ほどが下痢と嘔吐の風邪でお休みしているとのこと。
卒園式を27日に控えて練習どころじゃないほどの見事な欠席者数だわ。
光太朗もスキーで具合が悪くなったんじゃなくて風邪引きさんってことね。
あと数日の登園だから元気に頑張ってほしいけど。

17日で給食が終了した隆之介、今日から放課後はお弁当持参で学童。
いつもより早起きしてのお弁当作りの始まりです。
給食調理室工事で夏休みから2学期にかけて5ヶ月近くもお弁当作りが続いたことを考えれば楽勝かな。
今日は卵とひき肉の二色そぼろご飯、アスパラベーコン、ウインナー、
昨日買ってきた冷凍物のヒレカツ、ブロッコリー、ミニトマト、里芋の煮物・・・
と彩りも栄養面もばっちりのメニュー。
学童にはコンビニ弁当を詰め替えただけや菓子パンだけってパターンもあるって聞くから
たぶん充実してるお弁当の一人だと思う。
隆之介は「給食よりママのお弁当の方がおいしくて好き」って言ってくれるし。
んで、さぁ味付けって段になってどこを探してもお砂糖もみりんもない!
ひき肉にも煮物にも味付けができないってことぉ?
焦りまくって台所の扉という扉を確認したけどむなしい結果。
義母ったらまた買い物をサボってるわねぇと思いつつ
スティックのグラニュ糖とヨーグルトについてる砂糖でなんとか味付け完了。
今日も無事においしいお弁当ができたってわけです。
当然便乗して私もお弁当持参。
お砂糖のことなんか感じさせないほどとってもおいしいお弁当でした♪

24日の修了式を目前にして隆之介のクラスでは2年生最後のお楽しみ会。
それと校長先生から修了証書を授与する代表を決めたんだって。
1年生の時は無欠席の人から。
んで、今年はクラスで一番頑張った人っていうことで選んだらしい。
今まで発言できなかったけど克服した子は恥ずかしいって拒んだらしくて
泣き虫だったけど泣かなくなった男の子が選ばれたって。
まだ2年生で学力重視じゃないにしてもなんだかとってもいい選び方だよね。



2000年03月21日(火) ■
3連休のこと/人騒がせ

--3連休のこと--

お彼岸春の3連休、またしても我が家はスキー三昧の休日でした。
といっても学業優先の我が家では18日の隆之介の学校からの帰宅を待って出発。
目指すは定宿の石打丸山の民宿です。
18日の夜は石打丸山のスキーフェスタ。
毎年楽しみな恒例行事です。
夕食後、身支度を整えてスキー場へお出かけ。
振る舞い酒やトン汁のサービス、投げたお饅頭に書かれた番号による抽選会と夜空を焦がす花火大会。
大人も子供も楽しみなイベントです。
みんな必死なお饅頭拾い、子供たちは始めに1個ずつ優先的に配られてスタート。
我が家は旦那が4個、隆之介が4個、光太朗が2個、私が1個の収穫。
大人が拾い損なったのを隆之介たちは頑張って拾ったらしい。
5個に1個の当選確率だったらしいけど11個持ってる我が家の成果は・・・
コーヒーカップ、Tシャツ、バッグ、板・・・と末等からの発表で呼ばれる事5回。
カップ2個、Tシャツ2枚、ハンドタオル1枚のカスばかり。
周囲の目が「またかよー」って感じで刺さるように痛かったけど
またしてもシーズン券も板も遠い存在でした。
来年こそは・・・って10年ぐらい思ってるけどね。

12日のスキー、朝食後光太朗が腹痛を訴えてたので光太朗は旦那と朝寝。
隆之介と私は先発で滑り午後から合流。
お天気はまずまずだけど何しろ雪が重い。
まぁこの時期にしては地肌が出てないだけコンディションはいいかな。
リフトに乗ってる時に不思議な呼び出しアナウンス。
「○○様、小渕 恵三様がお待ちです」って。
隆之介が「総理大臣だ」って言うけど、旦那ったら「どうせなら木村 拓也様がお待ちですにしなくちゃ」って。
ちょっとリフト時間に笑えるネタでした。
夜になって雨振り、暇つぶしに旦那と塩沢町のパチンコ屋さんへ。
子供たちは民宿に置いたまま1時間余りのパチンコデート。
どうせなら素敵な珈琲やさんの方が私的には嬉しかったんだけど。
13日はスキー場でも凄い強風で止まってるリフトが多くて久しぶりのリフト待ち体験。
お昼過ぎまで滑って温泉に入って渋滞の関越道の人となりました。
3mもの積雪があるから4月スキーも旦那と相談中、もう一回行かれるといいな。


--人騒がせ--


3連休スキーの後始末、夕べから洗濯物の山と格闘でした。
2度と同じ轍を踏まないように(って前回のおパンツ事件をご存知ない方にはわからないわね)
義父母の迷惑を顧みずに深夜も早朝もガンガンに洗濯機を回すこと4回。
今回は義母に邪魔されずに洗濯物の分類もOK。
見事全ての洗濯物を干し終えました。
本当に一家4人のスキーの洗濯物って言ったら半端な分量じゃございません。
んで、6時前に洗濯物を干していたらいつもは6時半起床の光太朗がトイレに起きてきた。
スキーの疲れが出たのか昨日の帰りからちょっと調子が悪そうだったんだけど
今朝も便がゆるくて気分もいまいちって感じ。
それでもお腹は空いてたらしくヨーグルトなんか食べ始めたのよね。
グダグダする光太朗をちょっと気にしながらも
子供たちの朝食を作って隆之介を起こして私のいつもの時間が経過していってました。
学校の準備は前日にチェックさせてるから抜かりなしと思って隆之介に再度確認。
そうしたら突然「今日からお弁当!」って言うじゃありませんか。
給食は17日で終了してるからメチャ慌てちゃった。
とりあえず急いで一合だけご飯を炊飯器にセット。
その間も「本当にお弁当なの?」「今日はプールがあるから学童には行かないんだよ」って聞きまくり。
いつも放課後を学童で過ごしている隆之介には給食終了即ちお弁当の感覚だったらしい。
ご飯が炊ける前には隆之介の早とちりってことが判明したけど全く朝の忙しい時間帯に人騒がせだわ。
ちょっとホッとしていたら今度は光太朗がグェ〜って嘔吐。
ゆるい便に加えて嘔吐で光太朗の保育園のお休みは決定的。
保育園にお休みの電話を入れて隆之介に今日の予定を再確認してなんか妙に慌しい出勤前の時間帯でした。
んで、光太朗は一日中のんびりと過ごしてすっかり回復。
明日からは残り少ない保育園生活に復帰です。
私も明日からの隆之介のお弁当作りに備えて帰路スーパーへ直行。
日ごろの行いがいいと見えて偶然にもラッキーな冷凍食品4割引特売に遭遇。
これってお弁当にもう一品っていう時の強〜い味方だもんね。
いろいろ取り混ぜて両手にどっしり買い込んできたわ。
明日からのお弁当作り頑張るわよぉ。




2000年03月17日(金) ■
卒園間近

いよいよ今日は春のお彼岸の入りです。
神道の我が家にはお坊さんの宅配はないので安心していつも通りの生活です。
ン?っと思った読者の方に少しばかりご説明いたしますと
仏教の檀家さんのおうちみたいに仏壇がないのが我が家の実態でございます。
鬼籍に入ると戒名も要らずなんとも安上がり。
死ぬと神様になれる変わったシステムです。
坊さんの代わりに神主さんが・・・つまりは神前結婚式の要領でお葬式を仕切ってくれるし
鏡や五穀を備えたりでなんかお葬式自体も不思議な感じなんだよね。
ってことでお彼岸のお坊さんの襲来もないんです。
独身時代にに購入した素敵なお数珠、
これって神道には無用かしらねって思いつつ数年が経過してるのがちょっと悲しいかな。

今日は光太朗の保育園のお別れお誕生会がありました。
3月も中旬に入ってなんだか本当に慌しい感じです。
卒業式の準備も着々と進んでるみたい。
4月産まれの隆之介はその年の6月に入園したから
0歳児クラスを2回経験して6年10ヶ月の在園年数は園の記録。
2月産まれの光太朗は生後2ヶ月にならない4月当初から入園して6ヵ年の在園年数。
卒業証書の授与は在園年数と生年月日順だから隆之介は1番に貰ったんだけど光太朗は7番目の予定。
お別れの言葉もすっかりマスターしてあとは当日を待つばかりみたい。
長かった園生活にお別れを告げる日は27日。
登園するのもあと5日あまり。
お別れの言葉を目にするだけですでにウルウルしそうなんだから卒業式は絶対に涙です。

28日に学童のお別れ遠足を控えてる隆之介、今日はその打ち合わせがありました。
仲良しのお友達で一緒によみうりランドを遊び尽くすらしい。
で、帰宅した隆之介の困った顔。
実は隆之介にも人には知られたくない弱点があるんです。
一緒のグループは当然活発な男の子ばかりだから
お化け屋敷やコースターを集中して回ろうって打ち合わせも進んでる。
隆之介ったらマジで怖がりでこの種のものは全然苦手。
みんなに弱点を知られるのが嫌だったら我慢して乗りなさいって渇を入れたけど
あと10日で隆之介の肝っ玉は定まるのかな?
ちょっと可哀想な気もするけどこの苦難を乗り越えるとまた一歩成長するよね。



2000年03月16日(木) ■
足輪

タイトルの足輪・・・結して囚人のしてる足かせじゃあございません。
確かに我が家はじじばば付きで手かせ足かせ状態かもしれませんが・・・。
先週来、2年生の生活科の授業で「僕の小さかったころ」を題材に学んでる隆之介。
今週に入って小さかった頃の様子がわかるような現物を学校に持参してその絵を描いてたんです。
お友達もそれぞれに趣向を凝らして小さい靴下とか洋服とか
それはそれは様々なものが持ち寄られた様子。
各家庭のお母さんが大事に保管してたであろう小さい頃の思い出の品々。
赤ちゃんの頃って本当に小さくて可愛かったんだよねぇ。
で、私が数点示した物の中で隆之介が自ら選んで持っていったのが足輪。
他の赤ちゃんと間違わないように、産声を上げて程なくしてつけられる目印。
「H.3.4.8/pm5:59/2696g/さめこ」と明記された小さな小さな思い出。
取り替えを防ぐためにもボタンは決して外れないようになっている。
はさみで切られた部位を手で繋げて輪を作ってみる隆之介。
自分がこんなに小さかったのかって改めて確認するかのように。
足輪をはめている自分らしき赤ちゃんの写真を見ても信じられないかのよう。
ちっちゃくってくちゃくちゃの赤ちゃん隆之介。
「今の僕の指3本くらいの足の太さだったんだねぇ」って。
足輪に自分の名前じゃなくて母親の名前が書かれてることにも疑問を持ったみたい 。
「りゅう君の名前は産まれてすぐには決まっていなかったんだもの」と私。
家庭生活だけだと昔を振り返ることなんかほとんどしないから今回の授業はとってもいい機会になったわ。
本人もそうだけど親である私にも感慨と同時に初心を思い起こさせてくれて。
こんな貴重な物を学校に持たせることにはかなりの不安と抵抗もあったけど
本人の希望通りに持たせてよかったかな。
「世界で一個しかない貴重なものなんだから絶対になくさないで」って
それはそれはくどいほど念押しして持って行かせたから
本人もいかに大切なものかも自覚してくれたみたいだし。
それはそうと2年後には光太朗もこの種の授業があるってことよね。
長男と比べて次男はやっぱり・・・今から折につけ思い出の品を確認しておかなくちゃいけないかしら。



2000年03月15日(水) ■
母の誕生日

12日は実家の母の誕生日でした。
じゃなぜ今ごろ話題にするかというと今日やっとおめでとう電話が繋がったからです。
12日から14日まで両親揃って九州周遊の旅に出ていた様子。
九州4県を2泊3日で周る聞いた感じでは大変そうな旅なんだけど実際はバスでのんびり旅行。
由布院にも泊まったしいろんな所が好印象だったみたい。
総勢28人のツアー最終日にお誕生日の人がいましたって特別にカステラのお土産も貰ったらしい。
ってことでお誕生日のお祝いメッセージが今日まで伸び伸びだったわけ。
実家の両親はちょっとしたお休みを利用しては山に登ったり小旅行をしたりそれはそれは行動的。
もちろん自分達でツアーを選んで行くこともあれば、
2人で車を運転して近場に気晴らしに行くこともある。
免許証を持っていない義父母が私達を足代わりにするのとは雲泥の差。
昭和6年生まれの父は再就職して会社勤め。
昭和11年生まれの母は数年前に仕事を辞めてからは悠々自適。
2人とも自分達の安定した収入に裏付けられてるためか子供達に媚びることもなく自由に生きてる。
家に子供世帯と同居してない点を差し引いてもなんだか義父母とは対照的な生き方。
そう言えばちょっと前、隆之介が郵便局見学の時に実家の父宛に葉書を出したお返事が届いてた。
「おじいちゃんは今、日本書紀や○○を読んだりして日本の漢字のでき方やいろいろなことを調べています。
今月中には金時山にも登る予定です。」云々・・・。
年齢的には老人枠に突入した今でも向学心は衰えを知らず漢字検定に臨んでいるみたい。
そう言えば父は40歳を過ぎた頃からいろんなことに挑戦してるんだよね。
社会保険労務士の資格もそうだったし簿記の試験も若い子に混じって受験したし。
自分が四十路間近になってこれからの生き方を考える時
妙にお手本にしたいのとこれだけは嫌っていうタイプと極端な例が身近にありすぎ!
たま〜にしか入浴しなくて入浴時しか下着も着替えないきったないじいさんの下着、
今朝しっかり漂白剤に付け置きしてきたけど
こういう怠惰でみんなに迷惑な年寄りにだけはなりたくないもんです。
「○○のおじいちゃんはいつも勉強したり山に行ったりしてるけど
うちのおじいちゃんは何にもしないね。」
子供達のチェックを受けてることなんか義父は知る由もありませんが・・・。



2000年03月14日(火) ■
ホワイトデー

1ヶ月前のバレンタインデーに種をまいたその収穫祭の日がやってきました。
今日は女の子のお楽しみのホワイトデーです。
じいさんは数日前から私へのお返しで頭を抱えてる様子。
中途半端な嗜好に合わないお菓子は食べないまま結局捨てるという実態をここ数年で実体験してるから。
職場では朝から義理チョコをお渡ししてたおじ様方からのプレゼント攻勢。
ホワイトチョコ、フルーツケーキなんてのは序の口ね。
スワトウのハンカチ、石垣島工芸品花織みんさのポーチ、写真立て、
お嬢さんが選んだであろうおしゃれなH2Oのグリーンティ・オードゥ・トワレ、流行の備長炭等など
それはそれは豪華絢爛なプレゼントの嵐だったんです。
我がボスからの素敵な写真立てはきっとラブラブな奥様とご一緒にお選びになったんだわ・・・
なんていろいろ想像できるのもプレゼントの楽しいところ。
でもひとつだけ?ってプレゼントが迷い込んだの。
麻布十番豆源の江戸風味お豆のセット。
ホワイトデーに豆って何か意味があるのかなぁ?
これも私には無用の・・って言うか我が家にあっても悲しい運命だから
読者の方で豆が欲しいなんて殊勝な方がいらっしゃったらBBSで叫んでほしいものですわ。
豆の横流し、早速宅配にてお送りします。
んで、帰宅した私を待っていたのは義父からのプレゼント。
お菓子の類は好みが違うって理解し始めてる証拠に宅配ピザ。
家族みんなで喜んでいただいたわ。
子供たちからは足裏マッサージ。
旦那からは朝の時点で期待できないかもって思ってた。
仕事で帰りが遅いって言ってたし。
でも珍しく10時頃帰宅した旦那から思いがけないプレゼント。
クリスチャンモードのバッグと札入れ、キーケース。
バレンタインにまいた種は見事に花開いたってことね。
旦那は職場の女の子にもプレゼント持参。
奥様のセンスを疑われないように私が素敵なプレゼントを準備してたの。
ロイズの期間限定生チョコ「ミルクジャム」とアロマオイルを可愛いフリースの巾着に入れて。
こっちの贈り物もかなり喜ばれたみたいでとりあえずよかったわ。
男の人たちにとっての苦難の一日が終わってホッとしてるに違いありませんね。



2000年03月13日(月) ■
週末のこと/大脱走

--週末のこと--

珍しく学校がお休みの土曜なのにスキーに出かけない週末を過ごした我が家です。
土曜日は子供たちのスイミングが午後の中途半端な時間帯にあるので動きが取れず
日曜日はフル稼動ということになりました。
金曜日の朝に旦那が言い出したイチゴ狩り。
みんなそんなに乗り気じゃなかったのに日曜日早起きしてお出かけです。
八王子からだったら近隣のちょっとした所でもイチゴ狩りができるのにぃって浮かない気分。
旦那がひたすら車を走らせた場所は千葉県は東庄町っていう
八王子から150キロも離れた太平洋に程近い町。
中央高速〜首都高速〜東関東道と高速を乗り継いで2時間半。
でもそうまでしてイチゴ狩りに行った甲斐があったってもんです。
ここのイチゴは大きくて甘〜いアイベリー。
30分の制限時間だけどイチゴ好きな光太朗はもちろん日頃は1〜2個しか食べない隆之介も満喫。
旦那も私も義母も最低でも20個は下らないほど食べたわ。
こんなに取り立てのイチゴっておいしかったのかって再認識。
入園料が小学生以上1300円、幼児1100円だけど
誰もが間違いなく元を取るくらい食べたこと間違いなしです。
んで、東庄の隣はもう銚子市。
ここまで来て寄らない手はないってことで当然のように犬吠��まで足を伸ばしました。
子供たちは灯台に登って大喜びだし水平線がほんと美しく見える場所。
漁業の町とあってお魚もおいしくて大人も満足。
ウオッセとかいう水産物の卸売り所でみんなで安くておいしいお昼ご飯。
当然お魚系のお土産も忘れずに。
充実した一日とはこういう過ごし方でしょうか。
往路は旦那の運転だったけど帰路は私。
みんなは車中で爆睡でした。
お留守番のじいさんはいったい何をして一日を過ごしていたんでしょうねぇ。


--大脱走--

日記を書き始めて数ヶ月。
我が家の大切な愛犬のことをすっかり書き忘れてました。
名前はがん太くん。名前の通り♂。
平成9年の2月生まれの雑種です。
ご近所の柴犬の「はち」っていう♀が飼い主も知らない間に身篭っちゃって
産まれた5頭の中で一番可愛い♂を我が家が貰い受けたんです。
父親不明のため成長の度合いが謎だったけど親が柴犬とは思えないほど頑丈な犬に育っちゃった。
お隣に不審者が侵入しようとした時も果敢に吠え続けて感謝されたがん太くん。
やたら吠えまくるのが難点だけどすっかり優秀な番犬です。
そもそもがん太はリタイアした義父のお散歩の友のつもりで貰い受けた犬。
ところがこのところじいさんが億劫がってお散歩を怠けてるから今日の事件が起こったんです。
それは・・・義母が朝食後のお散歩(糖尿の人の必須条件)に出かける前に軽くがん太とボール遊び。
がん太は放庭されたまま義母はお散歩へお出かけ。
ところが門のカギがしっかり閉められていなかったらしい。
これ幸いとがん太くん脱走。
留守番のじいさんは全く気づかず義母がお散歩から帰ってようやく事態が発覚。
近くには交通量の激しい国道16号線もあるしじじばば捜索隊の活動開始。
それまで寝巻きだったじいさんもことの重大性に焦ってようやく着替えて出動。
2人で手分けしてあちこち探してもがん太は見つからずご近所の人にも通報を依頼して疲れて帰宅。
がん太らしい犬がいるって電話が入って駆けつけてもすでに逃走した後だったり
義父母ともくたくたになってお昼頃家に戻ると今度は隣にがん太が現れたって情報。
どうやら散々遊びまわって疲れて家に帰るところだったみたい。
がん太も怒られるのが分かってるとみえてションボリした様子。
お隣で義母にとっ捕まって強制送還の身となって我が家に帰宅したわ。
帰宅しても庭でのびのびっていうよりは小屋で大人しかったらしい。
それにしても脱走したがん太が悪い訳じゃないわ。
きっちりカギを閉めずに出た義母も当事者だし、何よりもお散歩をサボってるじいさんが悪い!
がん太の母親も知らないうちに身篭ってたっていうけどお散歩ついでにがん太も種つけしてきた?
これから春=発情期になるとますます脱走の機会は増えそうな気配です。



2000年03月10日(金) ■
得した気分

しばらく前に医療費控除の還付申告した私はこの日が来るのを楽しみにしておりました。
一家合算して給与の高い人が申告するとお得っていうあれです。
私が申告して通帳に振り込まれるのを楽しみにしてるってことは
わが家は旦那の方が年下なだけ給与も低いってことを暴露したかのようです。
数週間前に還付金額のお知らせは自宅に舞い込んでたもののやっぱり記帳されないといまいち不安。
今日、しっかり記帳して確認。
コクゼイカンプキン¥53×××也の金額がしっかり入金されていました。
これって所得税を多く収めちゃったから戻ってきただけの話なのに
所得税は給与天引きされてて実感のないままに収めてるからすご〜ぃ得した気分。
去年は義母の糖尿の教育入院、隆之介の急性虫垂炎での入院等々
我が家の医療費が滅茶苦茶嵩んだ結果がこういう形で返ってきたんです。
実はまだ還付の一件は我が家の誰にもお知らせしてない。
はてさてこのお金はこのまま私のものとしてしまってもいいものでしょうかぁ?
領収書集めに協力してくれた義母に後で知れると怖い気もします。
この幸せな気分が一時的なもので終わりませんように・・・。

今朝、不思議な歯ブラシ騒動。
1階の洗面所の歯ブラシ置き場は旦那と義父母と子供たちの歯ブラシ。
いつも旦那の歯ブラシは時期が来たら私が交換してあげてる。
旦那の歯ブラシの定位置は左奥。
ところが義妹の襲来からか定かじゃないけど歯ブラシがシャッフルされちゃってた。
旦那は自分の歯ブラシの定位置を疑わずに使ってたから
私が交換した歯ブラシはいつになってもきれいなまま。
その代わり旦那の位置にある誰かほかの人の歯ブラシは常に使われてる状態。
普通だったらすぐに気がつくようなことなのに誰も気づかないまま時が過ぎてた。
旦那に「歯ブラシどれ使ってる?」って聞いたことで事件発覚。
すぐに定位置にあった青い歯ブラシを捨てて新しい緑を追加。
するとすぐに赤い歯ブラシが加わったの。
兼用してた人が青い歯ブラシがなくなっちゃって慌てたからよね。
歯ブラシを兼用するなんて考えただけでもぞっとするわ。
誰と旦那が兼用してたかはご想像のままに。



2000年03月09日(木) ■
白内障手術その後

昨日白内障手術を終えた義母、前回のように術後の経過がすんなりとはいかないみたいです。
今朝6時ごろ子供たちの朝食準備に向かおうとした私の目に飛び込んできたのは
リビングのソファーにもたれ掛かって辛そうにしてた義母の姿でした。
目と頭が痛くて眠れないし吐き気もするって本人は相当辛そうな様子。
子供たちの朝食を用意しながらも「万が一の時の先生の携帯番号は?」って義母に対応。
今日は前回の手術翌日と同じように旦那が休暇を取って病院に連れて行くことになってたし
光太朗の保育園送りも旦那が行ってくれるっていうから
20分ほどの朝の時間の余裕が私の心のゆとりも生み出しているかのよう。
義母にはしばらく我慢してもらって7時過ぎに先生の携帯に連絡。
私が症状を訴えると先生は「眼圧が上がってるんでしょう。」って。
前回何の症状も出なかった方が珍しかったらしい。
心配する症状じゃないので予定通り10時の通院ってことになったの。
気持ちが悪いって言うから私が隆之介に口の動きだけで洗面器を準備するように指示。
ティッシュを入れた洗面器を用意してきた隆之介に義母は滅茶苦茶感激してたっけ。
10時の通院は役にも立たない義父も同行。
やっぱり眼圧が相当上がってるってことでその場で1時間程の点滴。
じいさんは点滴の1時間、暇に任せて当然待ってた。
旦那は私の車の洗車にお出かけ。
待ってる時間ってばからしいものね。
義母、点滴を受けたら痛みも引いてかなり楽になったみたい。
しかも心配する症状じゃないって先生や看護婦さんにも聞いて気持ちも軽くなったみたい。
今回が手術の失敗じゃなくて普通のことらしいけど
右目があまりにもうまくいきすぎたからギャップが大きくて。
しばらくは安静にするように指示されて帰宅。
前回すぐにお散歩も許可されたことと比べると大違いだよね。
夕方になって子供たちが帰宅してから旦那と義母と子供たちでお買い物へ。
朝の隆之介の心遣いによっぽど感激したのか
壊れて遊べなかった64のコントローラーを義母が隆之介に買い与えてた。
隆之介もちゃっかりしてるから私に指示されたことは内緒。
クリアブルーのコントローラーをゲットして得した気分みたい。
夕食は旦那が用意してくれてこの日は私の出番なし。
昨日のじいさんの夕食のおかず、冷蔵庫から消え去ってたけど食べたかどうかは永遠の謎だわ。



2000年03月08日(水) ■
白内障手術左目の段

今日は義母の2回目の白内障手術。左目。
1月末に手術した右目は成功して今では視力は1.2ほどに回復。
今回はその日2番目の手術患者。
日帰りだから嫁はお迎えが役目。
昨日の段取りで光太朗のお迎えを先にすることは拒否されちゃったから
病院に行く前に1人で優雅にコーヒーとケーキで幸せな一時。
定刻の4時に病院に到着するもひたすら待つのみ。
義母が開放されたのは5時。慌てて自宅送り。
前回は手術までの時間が短かったのでさほど緊張しなかったけど
今回は何をするかも分かってるし体がガチガチに緊張したって車内での会話。
義母を下ろしてから光太朗のお迎えにダッシュ。
帰ってから夕食の準備が整うまでの子供たちのお腹の足しのつもりで
おいしいたこ焼き12個入りを買って帰った。
帰宅して愕然。
前回は豚カツをあげなさいと言わんばかりに衣つきのお肉がしっかり用意されてたのに
今回は夕食のおかずになりそうな買い物の気配さえない!
義父が「ご飯をかけておいた」って言うのでお釜を確認したら何これ?状態。
4.5っていうラインに水加減がしてあった。
いったい何合なんだ?って米びつで確認させたら3合と1合。
「1合の別表示に1.5って書いてあるからこれでいいんだ」って義父の主張。
違うって言ったら今度は指で確認したとか自分は柔らかいご飯がいいんだとか。
この時点でかなり頭に来たんだよね、私。
子供たちがたこ焼きを食べ始めたら自分も食べるって言い出した。
しかも「みんなで食べるのが我が家の風習」とか言って。
子供たちのおやつがこんな形で奪われていいのかぁ!
もう信じられない自分勝手なじいさん。
私が夕食の準備を始めたら「洗濯取り込んでおいたよ」って言うので知らん振りしてたら
「子供たちが返事をしないのは母親のせいだ」って。
違います。私はじいさんと話がしたくなかっただけです。
ベランダの洗濯物は帰宅した私がしまったんだから言うほどのことはしてない。
外の洗濯物をちょっと入れてその辺に置いただけ。
恩着せがましくやるならやらなくて結構!
さぁ夕食。
調子悪そうながらも義母は起きてきて夕食をおいしそうに食べてた。
ところが義父ったら私の作ったものには目もくれず納豆ご飯のみ。
折角作ったおかずなのにあんまりの仕打ちだよね。
今日のじいさんにはほとほと呆れて物も言えない状態。
このじいさんは本当に何もできない粗大ゴミだぜ。



2000年03月07日(火) ■
なおちゃん

隆之介のクラスには障害を持った女の子がいる。
名前はなおちゃん。
たぶん小児マヒとかそんな感じ。
入学時からみんなと仲良く接してるしクラスのお友達の特別な存在。
いつもおばあちゃんかボランティアの人が付き添ってくれている。
でも今日は大変な事件が起こったらしい。
4時間目は図書室で図書の先生による授業。
移動したクラスメイトたちはなおちゃんはボランティアのお姉さんと一緒に別室にいると思ってた。
担任の先生はもちろん図書室に移動したものと思ってたらしい。
しばらくして先生がなおちゃんがいないことに気がついてからがさぁ大変!
クラスのみんなと先生方で学校の中も外も必死になって探しても見つからないまま。
給食時間になってクラスのお友達が交代で給食を食べながらもさらに捜索。
しばらくしたら目を赤く泣き腫らしたなおちゃんが救出されたって。
袖口も涙で濡れてたって隆之介の観察。
なおちゃんは3年生の廊下にあったロッカーに一人で中に入って出られなくなってたらしい。
大声で泣き喚いたらもっと早く救出されたのに声も出さずに泣いてんだね。
中からドンドンって音がするのに気がついた3年生が発見してくれたらしいけど
こういう事故って最悪のこともあるんだよね。
お隣の席のなおちゃんが無事だったことに隆之介も安堵の様子。
帰宅したらすごい事件を逐一報告してくれました。
普通学級への障害者の受け入れっていろいろ問題があるけど回りの人の理解が一番大事だね。
みんなで探し回ったクラスメイトは素晴らしいわ。

明日の義母の白内障の左目手術を前に段取りの相談。
今回も私が半休取って手術後の義母のお迎えをすることになってる。
午後2人目の手術患者だしお迎えは前回の4時よりさらに遅くなると思って
光太朗の保育園のお迎えを先にすることを提案してみた。
そしたら「保育園はお迎えが遅くても大丈夫でしょ?」って義母。
あくまでも自分のお迎えを最優先しろってことらしい。
右目の視力は1.2まで回復してるし私のお迎えって本当に必要なのって感じなのに
光太朗と近くのミスドで待ってるっていう私の案は取り扱ってもらえなった。
ばあさんを家に下ろして光太朗のお迎え、夕食の準備となると私の負担も大きくなるのにな。
全く自己中なばあさんだよ!



2000年03月06日(月) ■
週末のこと/びっくり箱

--週末のこと--

なんかまた一週間が始まった。
週末は珍しく家にいたんだけどこれが災いしたかちょっと風邪気味。
外で元気に遊び回ってた方が体調ばっちりでいいのかしら?
で、週末のこと。

土曜日午前中は来年度の学童の説明会。
この学童は有難いことに学校の敷地内にあるから安全面も申し分なし。
来年度は隆之介に加えて光太朗も放課後はここで過ごすことになる。
来年度の人数、1年生21人、2年生36人、3年生は16人。
光太朗も一緒に連れて出かけたんだけど説明会の間、隣室で遊んでた模様。
説明会に乱入してきてたこれまでを考えると成長が如実。
説明会後の保護者会で3年生の方で参加してたら運悪く副会長になっちゃったよ。
少しでも人数の多い1年生でエントリーすればよかったかなって後悔しちゃったわ。

んで、午後から子供たちのスイミングへ。
先月末に昇進試験に合格してた光太朗は初の小学生クラス。
なんか見違えるほど真面目に取り組んでた。
普通の人にはこれが当然でも今までが遊びすぎてた光太朗には滅茶苦茶快挙。
ここに来て小学生になる自覚が出てきたかな?

隆之介が学校から山のように持ち帰った宿題。
漢字と算数のドリル。
3学期最後にして焦ってやってない所をやっつけようって作戦かなぁって思うぐらい。
んで、「宿題が終わらないと夕食なし」って私が宣言。
プールから帰ってずっとやってたのに結局10時過ぎちゃった。
この日母子3人は本当に夕食なしでございました。

日曜は光太朗の卒園記念品作り。
保母さんに各自が1ページずつ作ったアルバム綴りをプレゼントする予定。
写真を切ったり貼ったり縁取りを作ったりギザギザ鋏もフル活用。
光太朗のメッセージと折り紙、自分の顔も貼り付けてなかなかの出来映え。
隆之介の時も他のママ達に出来映えを誉められたんだから光太朗に手抜きはできないよね。


--びっくり箱--

3学期も残りわずかになって隆之介の2年生最後の保護者会。
今日も午後半休を取って学校へ。
長引いた帰りの会のせいで開始時刻の2時半になっても教室には入れない。
残った数人の児童の中には大胆半袖姿の隆之介も。
子供達がいなくなってからいよいよ保護者会開始。
3学期全般を振り返る先生のお言葉。
この組は隆之介みたいなのがいっぱいでパワフルって言う言葉じゃ足りないくらい強烈なクラス。
2年に持ち上がる時に担任をかなり悩んだことも吐露してた。
それが少しずつ落ち着いたしかなり成長してこれからも楽しみって。
39人と人数が定員ギリギリなのも先生にはかなり負担だけど
組替えのある新年度にはまた2クラスで発進しそうな感じです。

保護者会に行って隆之介が家では話さなかった様々なことが見えました。
廊下にあった郵便局見学の絵日記の中に「さめ君と大喧嘩をしました」ってお友達。
絵日記に書くほどじゃ相当?
帰宅してから隆之介に聞いたわ。
郵便局でもらった葉書をお友達が落としちゃってそれをわざとじゃなくて踏んじゃったんだって。
いつもの喧嘩友達だから双方仲直りも早かったらしい。
他にも家で宿題やっていっても先生に提出してないこととか・・・。
おいおい、大丈夫?って感じだけど大目に見ていくことにしましょう。

先週でお昼寝が終了した光太朗、午後はびっくり箱作り。
箱に怖そうなおばけの絵を書いたり工夫したびっくり箱。
喜んで自宅に持ち帰って遊んでた。
でもさすがにお昼寝なしって光太朗にはかなりのダメージなのねぇ。
お風呂から上がったら裸のままで熟睡。
うつ伏せ寝でお尻にクッション乗っけたお間抜け姿。
パジャマ着てまたダウン。
ベッドもトイレも手を引かないとどこにいくのか分からない夢遊病状態。
就寝前のトイレも自力ではかなわず、パンツを下ろすもおチ○チ○に手を添えるも私。
その姿があまりにも可愛くて隆之介と笑っちゃったわ。
自覚症状が全くない無邪気な姿そのものです。

生活科で自分の小さかった頃のことを学んでる隆之介。
赤ちゃんの頃の写真とか学校に持っていく物を揃えたの。
それにしても可愛いお子だったのよねぇ。
保育園の連絡帳には成長の記録もびっちり。
自分でも人に見せても良さそうな写真を選んでたけど
こういう授業は本人よりも親の方が感慨深いものがあるわね。



2000年03月03日(金) ■
お別れ遠足

雛祭りの今日は暖かくて絶好の遠足日和でした。
光太朗の園生活最後のお別れ遠足は立川にある昭和記念公園と立川防災館です。
早起きしておいしいお弁当を作ったわ。
たらこと青菜のおにぎり、唐揚げ、卵焼き、竹輪のチーズ詰め、
ウインナーとウズラ卵のスティック刺し、アスパラベーコン、
ブロッコリー、ミニトマトと彩りも味もばっちりのお弁当です。
自分で選んだおやつ3つもリュックに詰めてウキウキ登園。
バスの中では仲良しのお友達の隣じゃなかったのが残念だったみたい。
んで、はじめは立川防災館。
ここって神戸の震災直後はかなり脚光を浴びた都の施設。
強烈な地震体験ができる地震車や模擬火事体験ができるおうちもある。
園児ご一行様は火事体験。
4人のグループに分かれて火が出たことを想定してお部屋をずんずん突き進む。
煙に巻かれないように小さくなったり口にタオルを当てたり。
爆弾マークの方は危険だから当然進んじゃいけないし
子供心をうまく捉えて火災訓練ができたみたい。
光太朗は果敢にして冷静に突き進んで先生方やお友達、館の人にも誉められたって。
なんかとっても自信に満ち溢れた光太朗でした。
防災館のあとは元気に昭和記念公園で外遊び。
トランポリンがとっても楽しかったって。
暖かい日差しの中、外で食べるお弁当は格別だよね。
お友達とおかずを取り替えっこしたりして残さず食べてきたわ。
園生活最後のいい思い出ができたこと間違いなし。
たくさん遊んだ名残?靴下は泥んこだらけでした。

女の子のいないひな祭りってのはなかなか味気ないものね。
義母と密やかに桜餅を食べただけ。
小学校でも雛あられが出たって隆之介の報告。
自分のお内裏雛、小さくても素敵なのが欲しいな。



2000年03月02日(木) ■
お昼寝終了

光太朗の園生活も日毎に終わりに近づいてきます。
卒園式は幼稚園よりは遅くって27日だけど残すところ3週間余。
徐々に小学生になる準備段階に入ってる昨今です。
保育園では毎日のお昼寝も日課だったけどそのお昼寝も今日でおしまい。
おうちから持っていっていたシーツもパジャマも持ち帰りました。
園から貸与されてるお布団のカバー類も
クリーニングやさんに出すか家でパリっと糊をつけるように指示されています。
子供の気持ちはなんともないのは当然だけど母親としては微妙な感慨。
巣立ちの時は本当に目前です。

隆之介の学校でも「6年生を送る会」があった模様。
2年生はピアニカでスケーターズワルツを披露したんだって。
送る言葉、立候補した何人かの代表者が述べたって言うから「隆クンは?」って聞いたら
「2年生はまだ格好いい台詞とかもないから3年生より上になってからやるんだ」だって。
確かに5年生までに全員ができるとは限らないから今のうちに焦ってやる必要はないわね。
隆之介なりに考えがあるようで妙に納得です。

夜、子供たちが日記を書いてる時に旦那から電話。
今月で退職するから今の職場で最後のご奉公。
忙しくて帰宅できないから戸締りと消灯をしておくようにって。
義父がはじめに電話を取って子機の私に取り次いでくれたから
私も子供たちもてっきり旦那が帰宅しないことは義父母も承知してるかと思ってた。
隆之介に鍵をロックさせて私が消灯。
深夜になっても旦那は帰ってこないし義父母とも不思議に思ってたらしい。
意思の疎通なんてもんじゃないわね、これって。
お互いに知ってると思って誰も口にしなかっただけなんだから私のせいじゃないって。
義父母の視線が刺さるように感じた私でした。



2000年03月01日(水) ■
ふぐ∈( ゜)◎( ゜)∋

今日は職場の仲良しの後輩のお誕生日とイベントの内輪の慰労会ということで
冬の味覚∈( ゜)◎( ゜)∋ ふぐちゃんを味わいに行きました。
女2人におじさん2人、各年齢層にわたった不思議なお食事会です。
場所は新宿のとあるふぐ料理屋さん。
小ぢんまりしたテーブルを囲んでまずはビールです。
ググっと飲み干してつきだしの温泉玉子。
注文は・・・ふぐのいろんなお料理が楽しめるコースかふぐ刺しがいっぱいのコースか。
もちろん、私はふぐ刺しのコースを選択です。
後輩はお楽しみのコース、おじさん達もそれぞれを選択する形になりました。
ここでお酒に変更。
ひれ酒が2人と冷酒が2人。
残念ながら熱燗の独特の臭いが苦手な私はいつものように冷酒。
日本酒の似合う大人の女です。
お料理はふぐの皮と柿のサラダ、ふぐの煮凝り(お楽しみコースのみ)、
ふぐ刺し(ふぐ刺しコースは二皿)、ふぐのから揚げ(お楽しみコース)、
ふぐのしゃぶしゃぶ(お楽しみコース)、ふぐちり、お雑炊、デザートと
それはそれは盛りだくさん。
お酒も会話も弾んで楽しい一時。
やっぱり日本料理には日本酒だねぇ。
もみじおろしと分葱もたっぷり使って大人の味を満喫しました。
なんかここ数年ふぐってもんをじっくり味わったことがなかったかも?
本当に満足して帰宅しました。
もちろん、家の者にはふぐを食べたなんて内緒の話。
じじばばにばれたらどんなリアクションがあるかわかりませんからね。

帰宅したら子供たちはしっかり熟睡中。
枕元でそっとただいまってご挨拶。
私がいなくてもしっかり日記も書いてありました。