宿題

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2006年08月31日(木) 子供の頃から/タモリ×岸田繁
岸田
子供の頃から鉄道に興味あったんですか?

タモリ
オレは博多の生まれで、
西鉄と国鉄の筑肥線が交わるあたりで育ったんですよ。
線路まで行けるような歳になると、
ずっとSLを見ていた。
夜寝ていると汽車の音がジャ、ジャ、ジャ、ジャって
聞こえてくるんだよ。
音が止まると、「あ、駅に着いたのかな」と思ったりしてね。

岸田
それはいつ頃ですか。

タモリ
昭和23年か24年頃かな。
小学校高学年になって筑前高宮という駅まで行動範囲が広がると、
線路の分岐を間近で見るようになる。
昔は手動で動かしていたから、
それをじっと見ていてね。
そこから線路に興味が移っていったんですよ。
線路の上をずっと乗り継いで行けば、
日本中のどこにでも通じているんだ、
というのが不思議な感じでね。

岸田
それ、僕も思いました。
ずっと乗り換えて行けば、鹿児島でも青森でも行けるんやと。

タモリ
うん、それで今も線路が好きなんだよね。
岸田君が鉄道好きになったきっかけは何だったの?

タモリ
おじいさんによく京都市電に乗せてもらっていたんですよ。
市電の廃止が昭和53年9月で、僕が昭和51年生まれやから2歳の時。
それが僕の最初の記憶なんです。

タモリ
なるほど。

岸田
大阪の千里丘陵にはおばあちゃんが住んでいたから、
阪急の特急にもよく乗っていたんですよね。
特急に使われているのは、新型のぴかぴかした車両なんですけど、
一番前で見ていると、各駅停車のぼろい車両とすれ違うんですよ。
逆にそっちがうらやましくなって、
そのうち大阪地下鉄に乗り入れタイプの車両が好きになった。


★子供の頃から◇『TITLE10月号』/タモリ×岸田繁★

2006年08月30日(水) 好きな路線/タモリ×岸田繁
タモリ
まず五能線だね。
やっぱり海が好きだから。
どうしても海が見える路線になる。
ずっと行きたいと思っていて、去年やっと行けた。

岸田
沿線の黄金崎不老ふ死温泉には入ってきました?


岸田
リゾートしらかみの終着駅の弘前まで行くと、
弘南鉄道いうローカル私鉄がありまして、
僕、その大鰐線が好きなんです。

タモリ
またどうして。

岸田
東急のステンレスカーのお古が向こうに行って
走ってるんですけど、中に珍しい車両があるんですよ。
6000系いいまして、普通の車両は台車ごとの4つの車輪を
2台のモーターで回しますよね。
その車両は1台車につき1モーター。
クルマでいう4WDみたいな構造なんです。

タモリ
それは珍しいね。

岸田
それが、ものすごい音がするんですよ。
沿線はわりと「日本昔話」風な山あいなんですけど、
そこをステンレスの電車が、
アアアアアアアアアアアアアアアアアア
いいながら走るんです。

タモリ
必死なんだ(笑)。



タモリ
西の方だと紀勢線がいいね。
とくに白浜を越えてからの東半分は、
海好きにはたまらない眺めだったな。

岸田
僕も大好きですね。

タモリ
ついでに那智大社や那智滝にも寄ったりしてね。



タモリ
まだ行ってないんだけど、
山陰線にはいつか乗ってみたいね。
とくに米子から先、下関のひとつ前の幡生まで。

岸田
山陰線、いいですよね。
平行して松江から穴道湖のあたりを走る
一畑電鉄もよかったですよ。



タモリ
秋田内陸縦貫鉄道は乗りたい。

岸田
景色がいいらしいですね。
温泉も多いし。

タモリ
それと青森の下北半島を行く大湊線だとか、
岩手の三陸鉄道も海岸線がよさそうだな。
あと飯田線全線乗車はやってみたい。
愛知の豊橋から長野の辰野まで、
直通でも7時間かかるんだけど、
あれを我慢できるかだね。

岸田
僕、断念しましたよ。

タモリ
え、行ったんだ。
どこらへんで断念した?

岸田
天竜峡までやったかな、だいぶ昔やけど。
すっごく待ち時間が長いんですよ。
旧鉄道やから山の中なのに駅間距離が短いし。
誰も乗らないし誰も降りひんのに。


★好きな路線◇『TITLE10月号』/タモリ×岸田繁★

2006年08月29日(火) 京急について/タモリ×岸田繁
タモリ
くるりの歌に「赤い電車」があるけれど、
オレも京急には思い出があるんですよ。
学生時代、うちのばあさんが横浜の先にいてね。
終末にそこへ行くのに京急を使っていて、
おもしろい路線だなと思った。
特急の一番前に乗って見ていると
「お、このカーブをこのスピードで突っ込んでいくのか!」と。

岸田
速いですよね。
今でもびっくりしますよ。
立会川のあたりだとか、川越越えたあたりの飛ばしっぷりは。
パララララ、ウワァァァァって。

タモリ
あれ、標準軌っていう自信があるんだろうな。
JRより線路の幅が広いぞって。

岸田
自負ありますよね。
京急って昔からハイパワーなんですよ。
最近もドイツメーカーの機械を積んだり。
新車両が出るといつもスペックを調べるんですけど、
馬力がすごいんですよね。

タモリ
京急の伝統だよね、革新的で。



タモリ
あとドアーと言わない。

タモリ・岸田
ダァー閉めます(笑)。

岸田
「閉まります」じゃなく「閉めます」なんですよね。


★京急について◇『TITLE10月号』/タモリ×岸田繁★

2006年08月28日(月) 問答有用/正宗白鳥×徳川夢声
夢声
いまは、無宗教というわけではないんですね。

徳川
無宗教だけれども、無宗教を是としてるんじゃない。
宗教を求めようとしてるんだ。
ぼくはキリスト教の信者になっていたら、
全面的に聖書を信じるな。
神さまの旨を奉じて書かれた聖書がまちがいなら、
キリスト教は全部だめだものね。
だから、キリストがもう一度この世へきて、
世をさばくということも信じるね。
来世に復活があるかないかはわからんが、
それがないという根拠も、浅薄なもんです。
ぼくはこどもをもったことはないが、
こどもに死なれても、
いままでの愛情がプツンと切れてしまうんじゃなく、
自分の心はこどもといつまでもいっしょに生きるてるでしょう。
また、親が死んだとしても、
それっきりで別れるにはしのびない。
そういうしのびないという心から、
来世の復活ということも考えだされたのかも知れない。
どういう意味かわからん。
わからんのにわづかばかりの知恵で、
あの世はああだ、こうだ、
科学的にはあり得ないなんていうのは、
あさはかなこった。
湯川秀樹の理論を信じるよりも、
神さまの書かれた聖書を信じなければ、信者でない。
宗教はどんなものか、ちっともわからんけれども、
なにか永遠の生命というものがある。
ぼくはなんにも信仰しとらんが、いまだって、
そういうことを感じるんですがね。

夢声
永遠の生命、ありそうな気がしますか。

正宗
ありそうな気がするというより、
ありそうな気がしなくちゃらなんものだと思うね。


★問答有用/正宗白鳥×徳川夢声★

2006年08月27日(日) 日本文学の流れの中で/正宗白鳥×江藤淳
江藤
(トルストイの家出のことを書いた文章を)
おもしろいと思ったのは、正宗先生が、いつになく
おこって書いていらっしゃるという感じがしましたね。
ハリがあっておもしろかった。

正宗
そんなこともない。
なにか書かなくちゃならないから書いたんだから…。
それに書いたものが売れないから本にもなってない。
同じものばかりが僕のものは出るんでね。何か全集に入れると、
いつも同じ五、六十のものをあちこにやっている。
僕の作品は六百ぐらいあるそうだな。
五十年書いておって、月に一つとすると年に十二、
五年で六十だから、ちょうど六百。
ところが、去年はほとんど書いてない。
だから収入も少ないわけなんだが、別段貧乏もしていないし、
ふしぎに思っているんだ。
僕は脱税するつもりはないし、この春も税務署に払うつもりで行ったんだ。
ところが、僕は所得税を納める資格もないそうだ。
世間の人にそこをよく知ってもらいたいんだ。
吉川英治の百分の一でも収入があるように思ってやってこられちゃ迷惑だ。
脱税もなにもしていないし、ちゃんと持っていっているんだが、
取るどころじゃない。
確定申告で収めてあったものに利子をつけて、
六万円返してくれた。


★日本文学の流れの中で/正宗白鳥×江藤淳★

2006年08月26日(土) 日本文学の流れの中で/正宗白鳥×江藤淳
正宗
軽井沢から五月に帰ったときに、ひとに本をことづかってきた。
僕の前には男が掛けて、週刊誌を読んでいる。
僕はなにも持っていない。
そこで、ことづかってきた本を、どんな本かと思ってあけたら、
日本訳と英訳と対比してある聖書の新しい翻訳なんだ。
これでも読もうと思って、ロマ書を読んだ。
あれが聖書の中心みたいなものだ。
少しでも読もうと思ったら、大宮まで来るまでに、
ついしまいまで読んじゃった。
非常に感動するような感じがあった。
前の人が、なんなら週刊誌をごらんなさいと言ってくれたが、
ちょうどそれもおもしろいんで読んだ。
僕は週刊誌も読むんだ。週刊誌をばかにしない。
週刊誌もおもしろいし、聖書もおもしろい。
しかし、聖書のおもしろさは、いまの文壇の人にはわからんな、
全然興味の素質がないんだな。
素質のない人には、話たってしょうがない。
だからキリストの話なんか、自分一人で考え、
自分一人で信仰するだけのこと、
それではキリスト教の教えに違っているわけだけれども、
違っていてもいい。
人間生きるかすかな光は、というと、やはりキリストということを考える。
間違っていても間違っていなくても、
キリスト教というものは、一方で非常に残酷な教えだから、
ひとに殉教を強いるんだからな。
殉教しなければならないけれども、一方ではやはりつっこんで考えると、
深い認識は得るところがある。
それは他の宗旨にもあったでしょうね。法然上人でもなんでも…。
しかし、聖書は、やはり内村鑑三が「ジイ・ブック」といっておった
本そのものなんだ。
僕にはやはり、いつまでもおもしろいな。
いまから見ればおとぎ話みたいなものだけどな。


★日本文学の流れの中で/正宗白鳥×江藤淳★

2006年08月25日(金)
三回忌。

2006年08月24日(木) おわらない夏とおわらない愛/山口洋
「おわらない夏」は「おわらない愛」に溢れていた。
素晴らしかった。
世界は悲しい出来事に満ちている。
情けないけれど、この僕もときどき哀しみに満ちている。
でも、四一歳の怠惰な人間が夢見る「おわらない愛」が
確かにこの世に存在してるってことが、どれだけ僕を励ましてくれたことか?
嘆き、諦め。
あるいは何でも他人のせいにするってことはいつもたやすい。
でも例えば、オノ・ヨーコさんが「Yes!」という言葉を語るときの響き。
すべての差異や矛盾、そして批判を受け入れ、
その上で「Yes!」という肯定の言葉を発するとき。
僕のようなへタレにとっては、「おわらない愛」が
この世に存在することへの確信が必要なのです。


★おわらない夏とおわらない愛/山口洋/山口洋★

2006年08月23日(水) おわらない夏/小澤征良
ダングルウッドの私の身体はそうやってエネルギーをたくわえた。
太陽と夏の空とおいしいご飯と、勢いづく夏の底力で。
私はそれを後のためにとっておく大切な非常食のように、
身体いっぱい貯めておくのだ。
少しずつ、少しずつ、取り出して、あとからやってくる夏じゃない
全ての季節を乗り切るために。


★おわらない夏/小澤征良★

2006年08月22日(火) おわらない夏/小澤征良
父はよく、
「夜中に目が覚めたらパパを起こしていいよ」と言って
私とユキに「おやすみ」をして、母と子供部屋の電気を消した。
だから、ちょっとでも目が覚めたら(たとえ本当は眠くても)
無理しておきて、暗くて少しこわい廊下を足早に通りすぎて、
さりげなく両親の部屋のドアを開けた。
大抵、気配で目を覚ますのは父。
私は起きてくれることを期待しながらわざとドアのギィっと
音がするように押してみる。
「子供が眠れないのはおなかがすいているからだ」
というのが両親の考えだった。
だから「眠れないの…」と演出したような困った小声でいうと、
もれなく堂々と夜中のまっくらなキッチンの電気をつけて、
父とバナナを食べることができた。


★おわらない夏/小澤征良★

2006年08月21日(月) おわらない夏/小澤征良
私のはしゃぐ声が聞こえないことに気づいた父がふと、
私の方を見たときには私の腰まであった髪の毛だけが
海に浮く藻かなんかのように水面で静かにゆられていた。
すっかりあわてた父はゴムのビーチ・サンダルのまま、
プールに飛び込んで私の救出にかかった。
そのとき、きっとユキはクリッシーに
家の中で遊んでもらっていたのかもしれない。
思い出の場面ではいつも私がひとりでプールに沈んでいるから。
ただ、父があまりに慌てたものだから飛び込む瞬間に
プールの脇の盛り上がり部分に自分の足の親指をひっかけて
生爪を剥がしてしまう、という事件まで起きてしまった。
水から私を引き上げて咳をさせ、
飲み込んだ水をすっかり吐き出させてしまったあとで、
やっと我に返って父はそのことに気がついた。
無我夢中、とはまさにこのことだろう。
父はつま先から走る稲妻のような気を失いそうなほどの激痛をこらえて、
その後一週間以上包帯をぐるぐる巻きにした情けない姿になった。


★おわらない夏/小澤征良★

2006年08月20日(日) おわらない夏/小澤征良
(子供だけで遊んでいる時に、弟「ユキ」が40針縫うことになる大怪我を。
征良さんは「きっとこのまま死んじゃうんだ」と泣いて待っていたが、
手術後、無事に帰ってきた本人は買ってもらったGIジョーの大きな箱に夢中。
おもちゃの力は偉大だ、という話で)

父は事後があった日の朝、ヨーロッパのザルツブルクへと
出発してしまって不在だった。
けれど、この事故のことを国際電話で聞き
パニックになって慌てふためいた父は、
あまりにあわてたせいで、テーブルの足に自分の足の指を
勢いよくぶつけてしまった。
なんとそれで父はザルツブルクの空の下、
ひとりで足の指を骨折してしまったのだ。


★おわらない夏/小澤征良★

2006年08月19日(土) おわらない夏/小澤征良
余談になるけど、実は一度だけパリのタカベェのアパートに
遊びにいったことがある。
たしか、わたしが九歳ぐらいのときだった。
小さな庭のついたアパートは彫刻したものや、制作中のものや、
のみやオガクズでごった返して、人が住んでいるところ、
という感じはしなかった。



ベッドの脇のペンキのはげかかったクリーム色の壁には、
ずっと前に私と弟が描いた落書きの紙が大切そうに貼り付けてあって、
私はちょっとだけびっくりした。
なんだ、どうでもいいような顔をしてても結構、
やっぱり私たちのこと好きなんじゃん。
そう思った瞬間、私の視線に気がついたタカベェが
大して気にもしていないような様子で言う。
「お、それ、なんか知らないけど俺の荷物に入っていたから
貼っておいただけだ。そんなもん、まだ貼ってあったけかなぁ」



ごちゃまぜの部屋の真ん中にひとり立ち尽くす私にタカベェが
「腹減ってるなら、なんかつくってやる」とぶっきらぼうに言って、
これまた、おんぼろの小さな箱のような薄汚れた白い冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫には「何日か前の肉、いつ喰ったっけかなぁ」と
「半分腐ってるほうがウマイ野菜」と「つけものみたいなもの」と
「かたくなった白メシ」しかなかった。
生ゴミに限りなく近い食材をみて「うげぇ」と食欲を無くしかけた私に
「ばかもん。まだ喰えるものばっかりだ」とタカベェはおもむろに
全部の材料をみじん切りにしてフライパンで炒めはじめた。
数分もするとしょうゆを最後にじゃばっとかけて、
お焦げのある「タカベェ風・焼きメシ」ができた。
香ばしいいい匂いに「ちょっと何か入ってるかわからないし気持ち悪い」
と警戒していた私もすっかり、ぺろりと食べてしまった。
その焼きメシは予想に反して、今まで食べた何よりも美味しかった。


★おわらない夏/小澤征良★

2006年08月18日(金) 夕子ちゃんの近道/長嶋有
「なにか、食べ物とか持ってきましょうか」
「ううん、一人でやる」瑞江さんは起き上がった。
「帰ってくれる」でも、と言いかける僕を制していう。
「弱っている人は、人前に出ない方がいいんだ」
こないだ昼間にテレビで昔のガメラをやっていてね。
ついみていたら、やっぱりガメラも海底で一人で傷を治していたよ。


★夕子ちゃんの近道/長嶋有★

2006年08月17日(木) たまたま地上に僕は生まれた/中島義道×宮台真司
中島
結局、これは油断すると覚めちゃう夢なんです。
妻はカトリック信者ですが、そういう人を見てると
うらやましい固いものがある。
私はやっぱり自己催眠にかけて自転車操業しているような…
だからくたびれます。


★たまたま地上に僕は生まれた/中島義道×宮台真司★

2006年08月16日(水) たまたま地上に僕は生まれた/中島義道
先日神戸で事件を起こした酒鬼薔薇とかいう少年は、
緻密な思考力を持っています。
彼がもう少し耐えて、五年ぐらい勉強を続けて、
ニーチェとかカントとか、ヴィトゲンシュタインに出会っていれば、
もしかしたら自分のものを発見するかもしれないと思いました。
これは、ロマンチックな、あるいはセンチメンタルな思いではなくて、
哲学者というのは、とくに一流であればあるほど犯罪者と似ている神経を
持っています。
ただし、犯罪者ほど多分、すなおでも純真でもない。
観念に逃げる道を知っているだけ、ずるいわけですね。
精神障害者も純真であって、まっとうな人間でしょう。
しかし、死を見つめたり、世の中の理不尽なことを見つめても、
狂気にならないだけの健康さを持っている人が今、
大学にたくさんいて哲学をしているわけですね。
すべての不条理を真正面から見すえる。
明日死ぬかもしれないという不条理ばかりか、
生まれてきた不条理もあると思うんですが、
そういうことを真剣に取り上げて、情緒的ではなく、
精密に論理的に語る。こういう訓練が必要だと思います。


★たまたま地上に僕は生まれた/中島義道★

2006年08月15日(火) たまたま地上に僕は生まれた/中島義道
二十歳でしたから三十五年前ですかね。
今でもよく覚えておりますが、先生は
「君が考えていることを全部言ってみなさい」と言いますので、
私は日ごろ思っていることをズラズラと言ったわけです。
薄暗い応接間で一時間ぐらい。
大森先生はいつまでもずっと聞くんです。
私は先生が「君、法学部に行ったほうがいいよ」と言ったら、
それであきらめがつくと思ったんです。ところが、
「あなたは哲学病です、だから来なさい」と言われたんです。
哲学は病気であることだけが必要です、
というのが先生の哲学観なんですね。
あそこは正式には科学史科学科哲学分科という名で、
「科学史をする人は勉強しなくちゃいけません、
科学哲学は病気であればいいです」と言われました。


★たまたま地上に僕は生まれた/中島義道★

2006年08月14日(月) 哲学と癒し/中島義道×宮台真司
宮台
このあいだ、伏見憲明さんというおかまさんに久しぶりに会ったら、
彼が「宮台さんと話すと楽しいけど、別れた後すごく寂しくなって、
それは宮台さんの前にいるのは伏見憲明ではなくて、
伏見憲明のような人なんだね」と言うんです。
つまり「こういうふうに話せばよいという引き出しがあって、
それを実行しているでしょう」と言われた。

中島
伏見さんの言われたことに近いんですが、僕の場合、
何にしても自分のカテゴリーに一致した人がいればいいので、
その人は僕の個体性につきささってこない。

宮台
中島さんてそういう意味で言うと、僕の引き出しの中に全然入らないから、
きょうお会いするとき、それが不安だったんですよ。

中島
だからきょうは勝負ですね、どっちがむなしくなるか、
帰った後で(笑)。


★哲学と癒し/中島義道×宮台真司★

2006年08月13日(日) 哲学と癒し/中島義道×宮台真司
宮台
自分の本に絡んで、人が死んでしまったのはきつかったです。

中島
一時戦略を変えたんでしょう。

宮台
そうですね。
最近政治の世界とかロビー活動をしているのは、
あまり他人を自意識のゲームに巻き込みたくないのと、
もっとうまく逃げるためのスキルを提示したいと思ったからです。

中島
僕も、騒音に対する抗議活動をしてるでしょう。

宮台
すごいですよねえ。

中島
多くの人がすぐ誤解するわけ。
放送やBGMやケイタイの電子音に対する抗議行動を、
社会的なものというふうに。
でもそんなこと全然考えてない、当然のことながら。
何をやっているかというと、自分をいつも罪人にしておきたいから。
油断していると、だんだん正しくなっちゃうんですよ。
宮台さんは正しいことをやっているつもりでしょう。形としては。

宮台
そうですね。

中島
僕はそれができない人間なんです。
気持ち悪くなるし、かといって臆病だから、犯罪はできないのです。
そうすると、マイノリティの持っているスタンスを利用して
犯罪的なことをやる。

宮台
そういうことだったのか。

中島
そうすれば僕としては安心する。
スピーカーを奪いとったり、かなりなことをやるから
調布警察には目をつけられていますね。
こんな悪いことをしたと自分に言い聞かせて、
ようやくバランスを保っているんですね。

宮台
(笑)、癒しのはなしはどこへ行っちゃったのかな。

中島
僕はそれしかできない。
それが癒しなんです。


★哲学と癒し/中島義道×宮台真司★

2006年08月12日(土) 哲学と癒し/中島義道×宮台真司
中島
僕はずるく今まで生き延びてきた。
妻子もあり、国立大学の教授という肩書きもある。
でも三十年前の自分のような人が無用塾には来る。
彼らだけには美しく生きてもらいたい、というのがあるんです。
私のように生きてもらいたくはない。
これは非常に酷だけれど、彼らが
「中島さんのことを学んで、立派な社会人になりました」
って言ったら、もう会いたくないですよ。
もっと悩んで美しく滅びろ、僕のできなかった唯一のことだから。
これはよく冗談で言うんです、酒飲んで。

宮台
冗談に聞こえないし、やっぱりその身も蓋もなさが、
中島さんの魅力でしょうね。

中島
何か、つい期待させることを言いたくなってしまうんですよ、みんな。

宮台
そういう方が、どうしてこんなに本をたくさんお書きになるのか
伺いたかった。

中島
こうしないと自己幻想が緩んじゃうから、
自分で観念的に固めてるわけです。

宮台
やっぱり中島ゲームですね。

中島
読者は単なる材料なんです
僕は自分がこれだけ生き延びるために、ものすごい孤独城を作った。
普通の人は僕みたいに感受性プラス客観的な事情がうまく一致して、
マイナスの菌を浴びていないから真似できないと思う。
つまり、不幸を利用する技術、ずるさ、これは不幸だからできる。
幸福な人は、そういう技術も必要なく幸福になっていく、だんだんと。
僕はそうじゃなくて、いつも幸福にならない作業をしなくてはいけない。
自分をいつも不幸に置いていかなくちゃいけない。
わかるでしょう。

宮台
わかりますよ。

中島
あなたは頭がいいから、わかるに決まってますよ。
だから僕は本が売れても不幸だし、
売れなくても不幸、もうどうしようもない。ずるいとも思う。

宮台
ええ(笑)。
僕ね、中島さんを憎めないのは、
やっぱり正しいことを書いているから。
身も蓋もないというのは正しいということだし、
僕がものを書く場合も結局、
抽象的な構造は中島ゲームと変わらないという気がする。


★哲学と癒し/中島義道×宮台真司★

2006年08月11日(金) 哲学と癒し/中島義道×宮台真司
宮台
中島さんの本って難しいですよね。

中島
なんで難しい。やさしいですよ。反発を感じますか。

宮台
少し感じますね。
例えば塾生の方で「別にそれでいいじゃないか」
という中島さんの物言いの意図を疑う人はいませんか。

中島
いますよ。ありとあらゆることが起きていますから。

宮台
そういうことを通じて復讐というか、
中島ゲームのコマの一つにされているんじゃないかという
疑いを持つ人とか出てきませんか。

中島
たくさんいますよ。

宮台
そうだよね、当然。

中島
最近の症状では二十代の男性ですが、
どうしても中島義道だけには勝ちたいという思いで来ている。
非常に秀才なんですが、勝つためにどうすればいいかと考えて、
精神病院に入院してしまった。
そこでも薬をいっぱい飲んで暴れたりして、
とうとうそこも追い出されてしまったんです。

宮台
うーん……。

中島
中島さんは精神病院に入れないでしょう、
僕は中島さんより病気でしょう、という勝ち方。

宮台
中島さんの本って結局身も蓋もないから、難しいんです。

中島
それは正しい(笑)。

宮台
人間は孤独だ、しかたないじゃないか。
すべてか偶然のなせる業、難しいことを考えてもしかたないんだよ
というふうにね。

中島
僕がしゃべったことはあたりまえのことなんです。
でも、みんなさっきの納得ゲームをしたいでしょう。

宮台
うん。

中島
少しはね。だから僕からすると、
哲学をするためにちょっとでもヒーリングしちゃいけないんです。
完全にとどまっているということが、哲学的ヒーリングなんです。
でもこれは強くなくちゃだめですね。

宮台
という中島さんの立ち方が復讐のように聞こえるのは…。

中島
正しい、正しい。
こんなこと言うと殴られるかもしれないけど。

宮台
(笑)。


★哲学と癒し/中島義道×宮台真司★

2006年08月10日(木) 哲学と癒し/中島義道×宮台真司
宮台
僕が一人の読者だとすると、中島さんは僕の感じていることを
言葉にしてくださっていると思いながら、
言葉にする力があるがゆえに、
やはり成功して社会的な存在に上昇した、
自分からは遠いお方に見えるところもあると思うんです。

中島
それは宮台さんも同じだね。

宮台
そうかもしれない。

中島 
『美しき少年の理由なき自殺』は全部読んだ。

宮台
うわっ、ありがとうございます。

中島
あの本を読んでしばらく経ってから、
僕のやっている無用塾に自殺予備軍のような人たちが
たくさんくるようになった。
じつは一昨日でちょうど百回なんですが、
まさにすべてが癒しを求めてくるわけ。
自分と他者の区別が分らなくなっている人や
「先生が自殺したら、僕も後追いします」ってずっと泣いたり。
宮台さんの本を読んで死ぬ人が出たりしたら、
これは本当に困るでしょう。

宮台
きついですよ、それは。

中島
精神科に入院した人が四人いる。
つまり、僕のところへ来て、もっと重くなっちゃう人がいるんです。

宮台
たしかにいるでしょうね(笑)。

中島
わかるでしょう、それは。
でも僕はいいんですよ、ヒーリングしなくても。
前に来た女性で拒食症の人がいた。
連絡がプツリと来なくなったら入院した。
僕はそういう状態の中で、無用塾を続けています。
宮台さんのところへ来る人は、「終わりなき日常を生きる」
しかないからきついけど…。
宮台さんはそのことを書けるからいいわけです。
そこでしょう、つまり違いは…。

宮台
よく言われるよね。

中島
僕と同じなんですよ。


★哲学と癒し/中島義道×宮台真司★

2006年08月09日(水) 哲学と癒し/中島義道×宮台真司
宮台さんも哲学の方に行ってしまいそうな萌芽は小さい頃からあったけれど、
そういう感受性に対する強化対策や逃避する方法を、
自分でいろいろ試してきた。
例えば「荒行」としてナンパをたくさんしてみたり、という話で。

中島 
反対の一致といいますか、
僕は哲学を通して学んださまざまなスキルによって、
ちょっともてるようになったんですよ。

宮台
僕は十四年前に会ったときに、もてそうな人だと思った(笑)。

中島
それは他人に興味ないから。
何も期待しないから親切にできる、尽くせる。
だから一番困るのは愛されちゃうことです。

宮台
(笑)。

中島
愛された瞬間に「やめろ!」ってやる。


★哲学と癒し/中島義道×宮台真司★

2006年08月08日(火) 哲学と癒し/中島義道×宮台真司
中島 
僕は小学生のころから「死んじゃうんだ」とずっと思いつづけて、
もう絶叫する感じになるんだけど、だれもわかってくれない。
「あの、どかーんと来るヤツですね」と大森荘蔵さんが語ってくれたけど、
二十歳でそういう人にはじめて出会いました。


★哲学と癒し/中島義道×宮台真司★

2006年08月07日(月) 更紗の繪/小沼丹
──君は映画や芝居、観ることあるかい?
と訊いた。
──無いな。
さう答へて、吉野君は例の娘さんを想ひ出した。
そこで手帖を引張り出して見ると、
その芝居は三日前に終わつてゐることが判った。
だから、吉野君には「朝の路の娘さん」が、
どの程度の役者なのか、つひに判らず仕舞であつた。
吉野君が米川さんにその話をすると、米川さんは笑つて、云つた。
──そりゃ、いい話だね。芝居を観なかつたつて云ふのが気に入りました。
──うつかりして、忘れてたんですよ。
──その方が宜しい。乾杯!
吉野君も杯を挙げたが、何のための乾杯かよく判らなかつた。


★更紗の繪/小沼丹★

2006年08月06日(日) 陸の食欲魔人アップル・ジャック/川原泉
(…だけど だけどもさ…
どーしてわたしなんかの作ったアップルパイを
それほどまでにうまそーに…)

エリカさんはここに何しに来たのかすっかり忘れて
同時に自分のやった意地悪の数々も忘れて
二人を見ながらずーっとにたにたしていた…


★陸の食欲魔人アップル・ジャック/川原泉★

2006年08月05日(土) 森には真理が落ちている/川原泉
「…叱られた 担任の先生に うっかり者とな」
「はい」
「…ほんとに心配しとらっしゃるで叱るだよ 先生は」
「うんうん だから叱られると嬉しくて ついウットリするんだ私」


★森には真理が落ちている/川原泉★

2006年08月04日(金) いろんな気持ちが本当の気持ち/長嶋有
桜井秀俊&パイオニアコンボのアルバム
『BEYOND THE NOTE』には洋楽CDのようにライナーノーツがついていて、
解説を実の母親が書いている。
「あの子抜け目ないのよ」とか
「半ズボンのガキが何歌ってんのよって感じでしょ」と、
実に母親らしい(ちょっとー、という手ぶりのみえそうなほど)
屈託のない文章で度肝を抜かれた。
小説でも文庫の解説を実の母親に頼んだなんて話はきかない。
親も親だが、依頼する息子もけっこうしれっとしている。



前述の桜井母の文章はこう結ぶ。
「あの子がつまんなくなったときは、すかさず見放してちょうだい。
その後面白くなったら、また飛びついてちょうだい。それが愛よ」
なんという名台詞だろう!


★いろんな気持ちが本当の気持ち/長嶋有★

2006年08月03日(木) いろんな気持ちが本当の気持ち/長嶋有
スポーツにおけるどんな「清々しい美談」にも「痛々しい敗退」にも、
僕は興味がない。
新庄はどちらにもあてはまったのに、その都度まるで違う印象をもたらす。
新庄が札幌、いやSAPPOROにいったときに、ああ、この人は
地図じゃなくて地球儀をみている人なんだと思った。
大リーグにいけば成功。国内に戻れば失敗。そんな一般論が恥ずかしくなる。
その恥ずかしさはスポーツマン的「清々しさ」ではなく、
彼の無邪気さでもたらされたのだ。
そしてオールスター戦でのホームスチール。
こうまでされると呆れつつも間違いなく「感動」の側に引っ張られてしまう。
清々しくないのに、顔がほころんでしまうのだ。
言動の不思議さから新庄は「宇宙人」などといわれるが、
そうではなくて彼は野球のようにみえるなにかをしながら、
そのことで宇宙全体を守っているのではないか。
最近はそう思うようになった。


★いろんな気持ちが本当の気持ち/長嶋有★

2006年08月02日(水) ポーの話/いしいしんじ
「むろんほんものではありませんがね、
写真はつまり、そのかけら、
うまくできたまぼろしであると思うんですよ」
「ふうん」
ポーはいった。
「パン焼き窯の残り香みたいなもんだろうか」
一瞬ぽかんとした支配人は、すぐに声をあげて笑いだした。
ポーはとんちゃくせず、
「でも、香りだけじゃ、腹いっぱいにならないな」
「ええ、たしかにそうでしょう」
支配人は笑いながらつづけた。
「ただね、お客様、私のように年をとったり、
途方もなく疲れ果てたときには、
香りだけでもじゅうぶんなごちそうになる。
かえって、残り香だけあればもうそれでいい、ってことが、
生きているうちにはきっとあるんです」
「へえ」
ポーは少し驚いていた。
男の口調は、でまかせをいっているようでもない。



「写真てのは、つまり、たいせつな、嬉しいものなんだな」
とポーはいった。
「まあ、そうですな」
支配人はこたえた。
「撮ったり撮られたりした当人には、
嬉しいことのほうがだんぜん多いでしょう。
この世でじっさいでくわす出来事とくらべ、
ひどいものにあたる頻度は少ないでしょうな。
うまいパン、ひどい味のパン、
どっちにしたって、焼いたあとの窯には、
いい香りが残っているものですよ」


★ポーの話/いしいしんじ★

2006年08月01日(火) ポーの話/いしいしんじ
「俺はな、怖れてるんだよ」
肩をすくめていった。
「怖れてる?なにを?」
刑務官の問いに、
「むろん、女をさ」
味もかたちもない葉巻を、指先で回しながら、
「顔かたちや、うわべの態度じゃない。
女の奥にある全部が、俺は実のところ怖いんだ」
「わからんね」
刑務官は眉を、疑わしげにひそめ、
「面会室や、独房で、あんた、あんなに愛想いいじゃねえか」
「だから、臆病の裏返しさ」
メリーゴーランドはいった。
「女ってのは、俺にとっちゃ、目隠しして歩く夜道みたいなもんだよ。
びくついた手をぴんと伸ばして、真剣に、
気を張って進んでるんだ。
冗談や愛想がいいのは、いってみりゃ杖がわりさ。
それで暗がりをさぐってるんだよ」
「そうかねえ」
刑務官はいぶかしげに、
「仲間はみんな、あんたのことを生まれついてのすけこましだろうって」
メリーゴーランドは苦笑し、
「妹は、こんな風にいってたけどな」
ふたたび壁に背をもたせていった。
「生まれてすぐ、おふくろからちょん切られたのが、
俺はよっぽど恐ろしかったんだろうって。
それで女が怖いんなら、たしかに俺の癖は、生まれつきなんだろうな。
足の付け根にぶらさがっているものを、子どものころずっと、
へその緒の切り損ないと信じてたんだ。
おふくろにも妹にも、何にもついてやしなかったからな」
「ふうん、妹さんがいるのか」
刑務官は興味半分でたずねた。
「ひょっとして、美人か」
「ああ」
メリーゴーランドは即答した。
「俺がこの世で怖くない、たったひとりのべっぴんだよ」


★ポーの話/いしいしんじ★

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