宿題

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2004年02月29日(日) 気まぐれ美術館 セザンヌの塗り残し/洲之内徹
坂下君と話していると、いろんな本を読んでみたくなる。

「ドラえもん」という漫画の本も、私は二冊買った。

小学校の絵の教師である彼と、あるとき、漫画の流行は子供の絵に影響があるかどうか、

という話をしているうちに、ふだん漫画というものを全く見ていない私には、

こういう話をする資格がないことを痛感したので、私は彼から、

いま子供にいちばん人気のある漫画を教えてもらって、買いに行ったのだ。

すると、その「ドラえもん」という漫画は十七巻あるのだった。

全部買うわけにはゆかないので、初めと終りの一冊ずつ、一巻と十七巻とを買ったが、

ちょうど「ドラえもん祭り」というのをやっているところで、店員は私に、

「お子さんは男ですか、女ですか」

と訊き、私は、私が読むのだとも言い兼ねて、しかし、私は男であるから、

「男」

と、小さな声で答えると、返事によって違うらしい景品の袋を選んで手渡された。


★気まぐれ美術館 セザンヌの塗り残し/洲之内徹★

2004年02月28日(土) 気まぐれ美術館  セザンヌの塗り残し/洲之内徹
案の定、土方さんは少し機嫌が悪くなっている。

席に着くと、流さんが、コーヒーが飲みたいなあと言い、

「ぼくも飲みたいねぇ」

と土方さんも同調したが、司会の編集局長が笑いながら、

「あ、コーヒーは頼んでありますから、皆さんのお話の途中で出て参ります」

と言って、対談を始めようとすると、

「コーヒー飲まないと話なんてできないよ」

と、土方さんがちっとも笑ってないきつい声で言ったので、私は、なんとなくドキッとした。

これなんだ。これがこの町の人たちの特徴であるが、ここの新聞社の人たちにも、

人は時として本気で物を言っていることがある、ということがわからない。

だから、本気で人の言うことを聞いていない。

土方さんが本気でコーヒーを飲みたがっていることが、従って、

土方さんが本気で怒っているということがわからない。


★気まぐれ美術館 セザンヌの塗り残し/洲之内徹★

2004年02月27日(金) 悪への招待状─幕末・黙阿弥歌舞伎の愉しみ/小林恭二
南北は近松門左衛門、黙阿弥に並ぶ偉大な狂言作家です。

南北もまた黙阿弥と同じように悪人を好んで描きました。

しかし南北の悪人と黙阿弥のそれは、まったく味わいが違います。

南北の悪人は良きにつけ悪しきにつけアクが強いのです。

徹底的なエゴイストで、バイタリティに溢れ、ちょっと信じられないほど悪辣なことを、

からりとやってのけます。

一方黙阿弥の悪人は表面上は強がっていますが、存外真面目で、センチで、

最終的には自己の運命に怖れおののくことになります。



黙阿弥は雑俳の点者をやったり、戯文を書いたり、茶番狂言(=寸劇)の演出をしたりしていました。

今で言えば放送作家のようなものでしょう。

この茶番狂言が縁となって、五代目鶴屋南北の門に入ります。

黙阿弥は勝諺蔵の名前を貰って、狂言作者としての道を歩み始めます。



小團次は、森田座の控櫓である河原崎座にくすぶっていた黙阿弥(当時は川竹新七)をひきあげ、

次々と大当たり狂言を書かせてくれた黙阿弥にとって恩人とでもいうべき役者です。

小團次に会う前の黙阿弥は、立役者(第一座付作者)とは名ばかりの劇場の雑用係のようなものでした。

というのも、河原崎座の座元がリスキーな新作を嫌ったからです。



しかしコンビの消滅はあまりにも唐突でした。

きっかけは幕府の通達にあります。

この年の三月、幕府から小團次、黙阿弥の得意とする「人情を穿ちすぎ、風俗に係わる狂言」

つまり、惨い殺しや色めいた場面のある場面のある狂言を、禁ずる達しがありました。


★悪への招待状─幕末・黙阿弥歌舞伎の愉しみ/小林恭二★

2004年02月26日(木) とーきょーいしいあるき/いしいしんじ
古本屋で声を出している人は少ない。

無言で棚を睨み、ときおり一冊手に取ると奥付を開き、そっと閉じて棚に戻す。

化石を掘り起こそうと刷毛を振るう考古学者みたいだ、と僕は思う。

考古学者がいつも地層にへばりついてはいないように、

ここに集まった人たちも家に帰れば寝転んでナイターを見たりしてだらだら過ごす。

よく見ると、どことなく「あきらめた」感じの人が多いのだ。


★とーきょーいしいあるき/いしいしんじ★

2004年02月25日(水) アンの青春/ケヴィン・サリヴァン
私はあなたの嫌味に毒されませんから。


★アンの青春/ケヴィン・サリヴァン★

2004年02月24日(火) 千利休(秀吉が催した北野大茶会の高札)/赤瀬川原平
●北野の森において、向こう十日間、天気次第で大茶会を催し、

御名物どもを残らず取り揃え、数寄執心の者に見せる。

●茶湯執心とあらば、若党・町人・百姓以下によらず、釜一つ、釣瓶一つ、呑物一つでもよい。

茶のない者は、こがしでも苦しゅうない。持参すべし。

●茶湯の座敷は北野の松原だから、畳二畳敷で事がすむ。

ただし、侘び者は、稲掃でも、筵でも苦しゅうない。茶座の順序などは自由でよし。

●日本の事は申すに及ばず、いやしくも数寄の心がけある者は、唐国の者までも、まかり出よ。

●このように仰せ出だされたのは、侘び者を不憫におぼしめされてのことだから、

このたびまかり出ない者は、今後、こがしを点てることも無用である。

まかり出ない者の所へ参ることも無用と心得よ。

●特に侘び者とあらば、誰々、遠国の者に括らず、

秀吉公のお点前でお茶を下されるはずだ。


★千利休/赤瀬川原平★

2004年02月23日(月) 千利休/赤瀬川原平
私は元来読書が苦手なのだ。よほど面白いもの、

自分が本当に知りたいと思っているもの(たとえばプロ野球の試合経過など)

は読み進まざるを得ないことだが、それ以外の、一般教養のための読書、

身だしなみのための読書というのはどうしてもダメらしくて、

電車の中で本を広げて眠ってばかりいる。


★千利休/赤瀬川原平★

2004年02月22日(日) 千利休/赤瀬川原平
お茶のことなど何も知らないのに、

こちらはただ冗談をエネルギーとして路上を低く歩きながら、

気がついたら利休のお茶室の床下に潜り込んでいた、というのが現状である。

もちろんお茶室の中へなどはいれない。畏れ多くてはいろうとも思わない。

ただ自分たちがたどり着いたこの同じ場所に、利休のお茶があることを知ったのである。

─そんな時(千円札の事件はもう起こった後)、
草月流の勅使河原宏から映画『秀吉と利休』の脚本を頼まれて─

うーぬ、と唸りながら頭上を見上げた。お茶室の床板である。電話の主は上にいるのだ。

私はその電話に、「OK」と答えて電話器を置いた。

そして薄暗がりの中で床板を外し、肩で畳を押し上げて、

床下から千利休のお茶室に上がり込んでいったのである。

お茶室には躙り口というものがある。

訪れるものは刀を外し、身を縮めて低い小さな躙り口から中へはいる。

しかしさらに低く、床下から畳をこじ開けての躙り口はまだ考案されていない。

おそらくはこれがはじめてのことである。


★千利休/赤瀬川原平★

2004年02月21日(土) 千利休/赤瀬川原平
そんな話が、スライドの明かりを消して、蒲団に入ってからも終わらない。

あくる日の路上観察のために眠らなくてはいけない。だけど知恵熱で眼が冴えている。

電気を消した闇の中で、蒲団から蒲団へ、話し声が飛び交う。

どうしてこんなことが面白いのか。この異常なほどの楽しさは何を示しているのか。


路上にあってちょっとズレたもの、ちょっとはみ出したもの、

ちょっと歪んだもの、欠けたもの、見捨てられたもの、そういったもののありさまが、

自分たちの感覚を蘇生させてくれる。固形となった観念を叩き直してくれる。

世の中のまだ誰も知らないところで、大変なことが起きはじめている。

とはいえ相手はただのゴミみたいなものだ。

それを惚れ惚れとして見つめたり、名品だといって感動していたりするのは、

ひょっとして、

「ひょっとして、むかし、歪んだり欠けたりした茶碗をさ、利休たちが”いい”

なんていいだした気持ちと、同じなんじゃないのかな」

という言葉が発せられたのである。


★千利休/赤瀬川原平★

2004年02月20日(金) 千利休/赤瀬川原平
芸術という概念は、上昇するところを常に前衛芸術に引き戻されて、

日常感覚のところまでダイレクトに、次第に露骨に接着される。

そのたびに芸術の概念そのものが、揺すぶられて、引っくり返されて、つかみ直されて、

もはや崩壊寸前のきわどい形になってくる。


芸術の概念の日常への接着へ進んだ結果、その接着がほんの一瞬の、

しかもほんのわずかな接点となってくるのだ。

日常の中にあるとはいえ、気をつけなければほとんど見えない。

気をつけてもほとんど見えない。何が芸術だかわからない。

芸術の概念を、日常の感覚につなげようとする前衛芸術は、

そうやって日常への接着を繰り返すうちに、日常に接着しすぎて、

接着というよりもその中にはいり込み、日常の無数のミクロの隙間から消えていった。


★千利休/赤瀬川原平★

2004年02月19日(木) ドラえもん音頭/藤子不二雄
ハアー

ドラリドラリの ドラえもんおんど

みんなみんなで おどろうよ

あたまもおなかも まろやかに

はずむたんそく かろやかに(ハ!)

ヨッタヨッタ ヨッタセ

ヨッタヨッタ ヨッタセ

うたいおどれば うかれうかれて

(オヤ)くものうえ

ヒョッコラヒョッコラ ヒョッコラショ

ヒョッコラヒョッコラ ヒョッコラショ


ハアー

ドラリドラリの ドラえもんおんど

どなたもこなたも おどろうよ

ゆれるあたまも まろやかに

なびくおひげも かろやかに(ハ!)

ヨッタヨッタ ヨッタセ

ヨッタヨッタ ヨッタセ

うたいおどれば うかれうかれて

(オヤ)ほしのうみ

ヒョッコラヒョッコラ ヒョッコラショ

ヒョッコラヒョッコラ ヒョッコラショ


ハアー

ドラリドラリの ドラえもん音頭

オール・トゥギャザー フィーバーさ

しろいおなかも まろやかに

ふりふりしっぽも かろやかに(ハ!)

ヨッタヨッタ ヨッタセ

ヨッタヨッタ ヨッタセ

うたいおどれば うかれうかれて

(オヤ)ゆめのなか

ヒョッコラヒョッコラ ヒョッコラショ

ヒョッコラヒョッコラ ヒョッコラショ


★ドラえもん音頭/藤子不二雄★

2004年02月18日(水) いまなぜ青山二郎なのか/白洲正子
生活力……と退屈……と退屈の中の生活力

生活力の現れ……としての仕事……と退屈……と生活力の変形……仕事々々…と退屈


陶器に就いてこれまで書いたことがないのは、私の見た眼と言ふか、感じ方と言ふか、

私の考へが一度も固定してゐたことがないからである。


人間は忙しいことが何よりだ。

暇を持つ力のある人間は百万人に一人だらう。



★いまなぜ青山二郎なのか/白洲正子★

2004年02月17日(火) いまなぜ青山二郎なのか/白洲正子
中原中也に関する部分の抜書き。

「男同士の友情というものには、特に芸術家の場合は辛いものがあるように思
う。中原中也の恋人を奪ったのも、ほんとうは小林さんが彼を愛していたから
で、お佐規さんは偶然そこに居合わせたに過ぎまい」


「中原は退屈すると人が食ひたくなる鬼だ。うまいまづいの見境ひがあらうか。
俺の所に来て巣を張つてゐるくもだ(青山)」


「友達といふものは詰まらない擦れ違つただけの人かも知れない。中原はこれ
を雑音だと言ふ。中原にしてみれば中原の言う通り友達は紙屑籠だらう(青山)」


「僕が中原につき合ってゐると小林は笑ふ。竹田が中原とつき合ってゐると俺
が笑ふ。小沢が中原とつき合ってゐると竹田が笑ふ。中原が玉突きをすると小
沢が笑ふ。中原は恁ういふ男だ。併し、中原は中原でいゝ、他人が口を出す手
はない、捲込まれる奴が笑はれるだけだ(青山)」


★なぜいま青山二郎なのか/白洲正子★

2004年02月16日(月) いまなぜ青山二郎なのか/白洲正子
青山二郎さんの「友情」話だけ抜書き。

■中学生から骨董を買っていたという青山さんに小林秀雄さんが
骨董を学んだ話。

「二人の交際は大正の終りごろからで、既に青山さんはいっぱしの目利きであ
ったが、小林さんは見向きもせず、毎日骨董屋について来て別室で本を読んで
いたことはよく知られている。それがある日ふとしたきっかけで李朝の壷を買
って以来、「狐」がついてしまい、狐が落ちた後までも骨董あさりは好きだった」


■青山さんの「骨董」が白洲さんの「能」、小林さんの「文学」
に影響を与えた話。

「能の場合は、その饒舌を単純な型に閉じ込めてしまっただけ、その分だけ見
物に我慢を強いることになる。その我慢があってこそ、『踊りの魂が現れて消
える』瞬間が美しいのだ、と私は長い間信じていたのだが、沈黙している陶器
の力強さと、よけいなことを何一つ思わせないしっかりした形を知って以来、
我慢するのが嫌になってしまった。以来、底なし沼のようなお能に絶望して、
しばらく見なくなっていた」

「小林さんも、陶器に開眼することによって、同じ経験をしたのであって、そ
れまで文学一辺倒であった作品が、はるかに広い視野を持つようになり、自由
な表現が可能になったように思う」

「俺はこの三年間骨董に夢中になってゐた。おかげで、文学がわかるやうにな
つたよ(小林)」

「『おそらく君のもつてなゐものを、あいつがみんなもってゐるだろう』とは
実は小林さん自身の体験であったので、極端なことをいえば、青山二郎に会わ
なかったら、小林さんはまるで別の人間になっていたかも知れないし、違う文
章を書いていたかもわからない。そんなことを想像するのは馬鹿げているが、
『あいつを利用するほど太々しくなればシメたものだ』というのは、正に小林
さんが実行したことではなかったか」


■「狐」がついた二人のとても身近にいたのに、
もう1人の親友である河上徹太郎さんはまったく骨董に手を出さなかった話。

「河上さんは小林・青山両氏と付き合いながら、骨董に一べつも与えなかった。
それはほかの誰ソレさんのように、ちょっと手を出してみて、知ったかぶりを
するよりよほど立派なことである。『文士五十にもなると、みんな骨董に凝り
出すが、せめてそれをやらぬところが君のいいとこだよ』とある日トノサマ(細
川護立)に褒められたそうである」


■白洲さんが羨ましくなるほど、青山さんと小林さんがお互いを慕ってた話。

「彼の不満は、小林さんのほんとうの魅力が、文章に現れていないだけでなく、
愛読者も誤解しているという点にあった」

「(青山さんにみんなの前でしつこくでも正しく批評されて)私は何度も小林
さんが涙をこぼすのを見ている。青山さんだけが、小林さんを泣かすことが出
来たのだ」

「文章の中で『夫婦喧嘩をして迄酒を飲みたい友達に限って年に数回しか来な
い』といっているのはたぶん小林秀雄のことで」

「小林さんは『ジィ公にもう一度金を持たせてやりたいなあ』と、しみじみ言
ったものである。じみじみとか、つくづくというような言葉を、小林さんは文
章の中では絶対に使わなかったが、そういう時の表情には切実なものがあり、
すぐにも何とかしなくっちゃ、と思わせるものがあった」

「(小林さんは)装丁の注文などとってジィちゃんを外から応援していた」

「小林の直感は美しい。だから実用への応用にはならぬ。世間はもっとずるい
のだ(青山)」

「人に迷惑を掛けても、掛けられた方が喜んでいゐるので、別に迷惑にならな
い場合がある。小林の場合がこれだ(青山)」

「俺たちは秀才だが、あいつだけは天才だ(小林)」

「『モオツァルト』を書きながら小林さんは、青山二郎を思っていたに違いな
い」


■青山さんと小林さんがやがて仲違いしてしまう話。

「大ざっぱに言えば、ジィちゃんは早くに自分の見方を獲得した、いわば『不
易』の人であったのに対して、小林さんは、歩きながら(或いは物を書きなが
ら)発見していく『動』の人であったから、終始目が離せなかったであろう。
その『眼』に、小林さんは倦んで来たのではなかろうか。いつも見つめられて
いるというあのいやな感じ、──ただでさえ大きくて鋭いジィちゃんの目玉に、
何十年も付き合ってくれば、年をとるとともに、息苦しくなるのも当然だ」

「決定的な結末が到来したのは」
「小林さんは今日出海さんと一緒にヨーロッパを廻り、アメリカ経由で羽田に
帰った時、青山さんが迎えに来ていた。私もいっしょに行ったので、よく覚え
ているが、ジィちゃんはどこか別のところ、喫茶室にでも席をはずしていたの
だろうか。とにかくジィちゃんのいないところで、ジィちゃんが迎えに来てい
ると聞き、小林さんは実にいやな顔をして、『過去はもうたくさんだ!』と吐
いて捨てるようにいったのである」

「小林さんが帰朝して以来、必然的に二人の仲は疎遠になっていったが、ジィ
ちゃんは時々『小林は俺と付き合わないで何が面白いんだろう』と呟くことが
あった。だが、小林さんの方は、『面白い』なんてことにも、ただもう飽き飽
きしていたに違いない」

「いろいろいきさつはあったにしても、結局のところ、生理的にいやになった
だけの話である。そして、極くふつうのそこらにいる、たとえば漫画家などと
付き合うようになって行った。その気持ちが今の私にはようやくわかるような
気がする」


■その後の二人。

「銀座のバァで、ジィちゃんとひょっこり顔を合わせたところ『小林がオレを
裏切った、小林がオレを見捨てやがった』と涙ぐみながら、珍しくグイグイ飲
んでいたという」

「たしかにいやになったことは事実であり、『ジィ公』の悪口を私は耳にタコ
ができるほど聞かされたが、何だか嫌いになることを小林さんは自分自身に課
したみたいで、自分の気持ちを鼓舞するためにいっているように聞こえる時も
あった。その証拠には、『ジィ公はこの頃何か買ってるかい』としきりに気に
して訊くこともあり、私が粉引の徳利や耳杯のことを話すと、熱心に耳をかた
むけていて、『売った』と聞くと直ちに壷中居へ行ってせしめてしまう」


■晩年に近い頃、河上さんが間に入って取りなすことに。

「話題は必然的に『過去はもう沢山だ』という小林さんの言に及んだが、『俺
そんなこといったのかナ。ぜんぜん覚えてていないんだヨ。もし、いったとす
れば失礼なことだ。御免よ』それだけのことであっけなく済んでしまった」

「だが、いったい誰がそんなこと発表したのだろう。あれは大岡(昇平)がど
こかへ書いたんじゃなかったか。そうとすれば、大岡が悪いんだ。大岡だ、大
岡だ、と大岡だけが悪者にされ、罪をなすりつけられて大笑いになった。だい
たいいつものパターンである」


■仲直りも一応済んだ後、珍しく青山さんが一人旅に。

「志賀高原のもみじが見たいというのである」
「もみじというのは白樺林の黄葉のことで、その中に一本、一日のうちのある
時間に、此世のものならぬ色に染まる瞬間があることを発見した」


「彼はその霊妙な色彩を、小林さんに見せたくて、鎌倉へ電話をかけたが、原
稿が忙しいというので来られなかった。もしかしたら、この時本当の和解は成
立したであろうに、惜しいことであった。いや、いや、そんなことはもうどう
でもいい。二人の間に交わされた昔日の友情こそ、正にこの白樺林の黄葉の如
きものではなかったであろうか」


★いまなぜ青山二郎なのか/白洲正子★

2004年02月15日(日) いまなぜ青山二郎なのか/白洲正子
「こんな説明は不必要だ」といっては切られ、

「文書が冗漫だ。形容詞が多すぎる」と言っては削られ、

なかんずく、「これはあんたの一番いいたいこと」と消されたのが一番身に応えた。

ジィちゃんの説では、自分のいいたいことを我慢すれば、

読者は我慢した分だけわかってくれる、自分自身で考えたように思う、

読者にとって、これ以上の楽しみはないではないか、というのである。



利休は、「自分が死ねば茶は廃れる」といったと聞くが、茶道の型だけ伝承されても利休は死ぬ。

死ぬことによって彼の精神は、山崎の「待庵」に、

長次郎の茶碗に生きたといっても間違ってはいないと思う。

今の私たちには想像することもできないが、利休が最後に発明した一畳半の茶室とか、

黒楽の茶碗は、当時の人々の眼には「狂」と映ったそうである。

既に述べたように、ジィちゃんの見た眼とか、感じ方が固定したことがないのと同じように、

利休の眼も高麗や李朝の茶碗を食いつくして、世間の常識からはずれたものになっていった。

「狂」とは、「人が見たら蛙になれ」ということである。

ただ惜しむらくは、ジィちゃんには、秀吉も長次郎もいなかったことで、

友達を相手に真剣勝負の修羅場を発明してみせねばならなかった。



伊東では珍しく隣組長をつとめていたらしく、

何をしている人間だかわからないのでスパイと間違えられたのは、

のべつレコードをかけて聴いていたことと、

キリスト教の本を五百冊も集めて読みふけっていたからで、

戦争中にジィちゃんがしたことといえば、それだけだったに違いない。



「あいつと仲よくなれよ、決してわるいことを言いやしない、

君は自分の手に負へるやうな環境の中に安住して、ほんたうのものにはぶつからないで、

一生を終つてしまふかも知れないよ、ジィ公は何一つ取柄のないやつだが、

正直で打ち込みのふかいバカ野郎なんだ、おそらく君の持ってないものを、

あいつがみんな持ってゐるだらう、

君があいつを利用するほど太々しくなればシメたものだ、とにかく、つきあってみなさい」


★いまなぜ青山二郎なのか/白洲正子★



■図書館で。
文庫じゃない方を借りたら装丁もきれい。

2004年02月14日(土) 向田邦子 暮しの愉しみ/植田いつ子
爛漫と咲いた桜の花の下を二人で黙って歩き、「お茶でも飲もうか」って、

フェヤーモントホテルのコーヒーショップに行き、また黙ってコーヒーを飲み、じゃあねって、

それから私は仕事場へ行き、向田さんは家に帰って仕事をする…それが毎年恒例でした。

花を見ながら、なんにも話してないのね。でも、やっぱり桜の時期になると、

電話がかかってきてね…いつもお花見は一緒でした。


★向田邦子 暮しの愉しみ/植田いつ子★



■向田さんが亡くなってからの対談で。
向田せつさん(お母さん)、向田和子さん(妹さん)と3人でのもの。

2004年02月13日(金) 女の人差し指/向田邦子
こわくてさみしくて、荒れていて──それが妙にいいのです。


★女の人差し指/向田邦子★

2004年02月12日(木) 夜中の薔薇/向田邦子
クリスマスの夜など、きげんのいい父は、母にも葡萄酒をすすめることがありました。

「たまには、お前もつきあいなさい」

母は自分用のごくごく小さいワイングラスに半分ほどつぎ、白砂糖を入れてお湯を注ぎます。

母はまったくの下戸なのですが、こうするとおいしいといっていました。

小さい赤いグラスがカラになる頃、母の顔は代りに赤くなります。

どういうわけか足の裏がかゆくなったといって足袋を脱ぎ、笑い上戸になりました。

私たち子供は、そういう母をちょっと綺麗だなと思い、浮き浮きした気分で見ていました。


★夜中の薔薇/向田邦子★

2004年02月11日(水) EVIL/木下理樹
気にすんな 心失くした

気にすんなって 何も感じないさ

見えるかい? 光の中で僕等

信じれるかい? いつまでも血を流すだけさ

I feel a evil

売春婦 俺の本能

これは何て 美しい気持ちだ

feel a evil

ねぇ 焦がして そう 焦がして そう 焦がして それだけで

その匂いで その匂いで その匂いで 哀しみで

見失って 見失って 見失って 僕等皆

灰になって 灰になって 灰になって 床に降るさ

I feel a evil

ねぇ 笑って そう 笑って そう 笑って それだけで

その匂いで その匂いで その匂いで 哀しみで

もつれ合って もつれ合って もつれ合って 僕等皆

羽根になって 羽根になって 羽根になって 堕ちるだけさ


★EVIL◇ART-SCHOOL/木下理樹★

2004年02月10日(火) チェブラーシカ配給日記/吉田久美子
チェブラーシカを日本にもってくるまでのお話と、このホームページの日記をまとめたものです。

一体、どんな風にして、ただの女子が、ロシアのチェブラーシカを日本にもってこれたのか?

こんな頭のおかしい女子のビジネスに、どんな人が、のってくれたのか?

そして、成功のあとには、どんな事がまちうけていたのか?

自分がやった事とはいえ、今振り返ると、気が狂っていたとしか考えられません。

(気が狂っているとか、頭おかしいとかばっかりですみません。)どう考えても、面白い本です。

自費出版なので、数に限りがあります。申しわけありませんが、お早めにお申し込み下さい。


★チェブラーシカ配給日記/吉田久美子★

2004年02月09日(月) I&YOU&I&YOU&I/つんく
自分の魅力がわからないから

恋も不器用になっちゃいそうで

あなたはいつでも「気にするな」とか

さらりと軽く言っちゃうけど

HEY!HEY! かなり優しい彼

HEY!HEY! 自慢の彼

しばらく会えない日が続いたら

少し弱気になっちゃうんだよ

あなたは意外とのんきな人で

そんな私に気付かない

HEY!HEY! かなり普通顔

HEY!HEY! 自慢の彼

の ハズだよ!

何年たっても 映画を見るとき

手をつないで 感動したい

何年たっても 口づけするとき

ドキドキして キュ〜ンとなりたい

I&YOU&I&YOU&I

YOU&I&YOU&I LOVE YOU


自分の悩みを打ち明けたとき

吹き出すなんてずるいよ

でもちょっと私は救われたような

楽な気持ちになっちゃったよ

HEY!HEY!すごい魔法みたい

HEY!HEY!自慢の彼

も 寂しん坊

何年たっても 毎日お話

聞いてほしい 30分だけ

何年たっても おいしい食事を

いろんなとこ 行きましょう

I&YOU&I&YOU&I

YOU&I&YOU&I LOVE YOU

はずだよ!

何年たっても 映画を見るとき

手をつないで 感動したい

何年たっても 口づけするとき

ドキドキして キュ〜ンとなりたい

I&YOU&I&YOU&I

YOU&I&YOU&I LOVE YOU


★I&YOU&I&YOU&I◇タンポポ/つんく★

2004年02月08日(日) 愛あらばIT'S ALL RIGHT/つんく
だって今日は今日でまた新しい

とっても自然な親切に

出会ったわけだし


★愛あらばIT'S ALL RIGHT/つんく★

2004年02月07日(土) スパイキッズ/ロバート・ロドリゲス
結婚は複雑よ。

よほど勇気があって大胆でないと上手くいかない。

夫婦の行く手には信じられないようなトラブルが次々と襲いかかってくるし、

ましてや家族なんて。

いくら凄腕のスパイでもまったくのお手上げ状態だもの。



この世は冷たい世界

利己的な人が君を狙ってる

でも幸運も手に入る

笑ってしばらく留まれる

だからイマジネイションを持とう

僕と一緒に

僕と一緒に見よう

僕の夢を



「伯父さんもスパイなの?」

「俺が?何で?」

「データによればいつも旅をしていて、職業は不明だって」

「伯父さんてのはそんなもんだ」



「手が汗ばむのは何でだと思う?」

「僕がすごく怖がりだから」

「僕のことは怖くないか?」

「怒ってるからね!

パパたちをさらって、キッズロボットを作ったろ。姉さんまで罠にはめた」

「そうなったのはみんな成り行きだ」

「フループは天才じゃないか」

「僕が?番組見てくれてるの?」

「相当なマニアだよ」


「僕のヒーロー。助けてあげるから力を貸して」


★スパイキッズ/ロバート・ロドリゲス★

2004年02月06日(金) 講師陣インタビュー/伊井直行
―2年前、高校生の時に学校行事で会ったときには30代前半だと思ってたんですが…

「そういうこと、よく言われてました、以前は。

最大の勘違いは40代になったころ、編集者に「学生かと思いました」と(笑)。

そのとき緑色のダッフルコートを着てたんだけど」


―「先生にとってこの学科とは?」

「それは悩む質問…。

一つ思うのは、辻原先生と私で二人でゼロに近いところからつくって来たでしょ。

役所向けの細々とした書類を整えたり。こう見えても、そういうのは割と得意。

協力してくれた先生たちにもびっくりされて、「デスクワークが出来る人たちとは思わなかった」と(笑)」

―確かに。

「失礼だな(笑)。だからなんだか、この学科は自分が産んだもののように思えて。

男子学生を見ても息子だとはあんまり思わないけど、女子学生を見ると娘のような気がする。

「娘に嫌われている親父」のような(笑)」


―大学生活は慣れましたか?

「それは私が学生にする質問でしょう、普通(笑)。物事に慣れないんだ、何事にも。

慣れないから、毎日毎日新鮮です。胃は痛くならない、時々頭は痛いけど(笑)」


―大学で教職に就いて、作家業への影響はありますか?

「時間と集中力の面で、影響がある。

時間はともかく、書いている途中、授業や授業準備を間に挟むと、集中力が削がれてしまう。

それは悪いほうの影響だけれど、それに勝るプラスの面があると思って。

学校での経験はどう考えても小説を書く足しになるだろう、という気がする。

何が何の役に立つのかというのはまだわからないし、みんなの話をネタにするなんて、

全然そういうことはないけれど。大学の先生の出てくる小説はまずつまらないんだ。

大学の学生が出てくる小説もそんなに面白くない。

特に大学の先生が書く小説はすごくつまらないことが多い…危険な状況です(笑)」


★講師陣インタビュー/伊井直行★

2004年02月05日(木) 水晶内制度/笙野頼子
うわーっ、と私はいつしか激しく泣き始めてしまった。

とはいえなぜか、泣いているのが私で私が誰であるかが少しは判るような気がしてきたのだ。

しかしそれは「私は自分が誰だか判らないのだ」という悲しみの気持ちと、

まったく対等に心の中で押し合っていた。



広報は言う、毎号必ず言う。──「私達はこの国を完全とは思いません。

しかし多くの犠牲と悪徳と集団演技の上に強権発動で出来たこの蜃気楼国家を、

私達はまるで二人の母親が幼い女の子を守る時のように、どんな汚い手を使っても守ることでしょう。

そして同時に我が国家は外交上はその汚さを一切見せず、うわべばっかり激しく正しく、

ムナクソの悪くなるような偽善的面子の立て方をせねばならないのです」。



――全員一致の議決、本年の記念授業最終プログラムは、幼女フィギュアパーツ使用の圧殺です。

「男性」も今までさんざんお世話になったフィギュアにお返しされて満足でしょう。

実際に手掛けた少女と感触が違うと随分文句は言っていたようですが、

まあ私達はせいいっぱい彼の面倒を見ましたのでね、

なおこの処刑法もクラス全員の決議、議長は私二尾銀鈴、副議長と書記が猫沼きぬです。

また私達の発表は。ふたりの合作で処刑ライブとその時の教室の様子、皆様の反応をモニター、

ビデオに写し、かねてより用意しましたCGとその場で合成するというVJ的映像表現です。

またこの際にそれに合わせた室町歌謡の曲に二人で詞を付けたものが流れます。

歌謡の題名はウラミズモの悩み、謡曲の謡と違って三連符的でジャズを思わせるような

このいわゆる狂言ノリの、ニートな狂言小唄をお楽しみください。

VJのみどころは処刑に現れた神獣の子が踊りながら圧殺に加担するところです。

この神獣のリアリティを出すのにふたりで鰐園に通ったりヒヨドリの子をビデオで撮ってみたり。



私はこの世界全体を幻想かもと思うことがあった。

でも幻想の中に紡いだ私の神話だけは真実だ。私が死んでも書いたものが消えても。


★水晶内制度/笙野頼子★

2004年02月04日(水) NHKにようこそ!/滝本竜彦
そして先輩は唐突に、子供が出来たと教えてくれた。

「スゲー!マジスゲー!母親じゃん!」

俺はビックリした。

「だから結婚するの。これであたしは人生合格!もう、バッチリ軌道に乗ったよ、

あとはもう、このまま一直線に行けると思うよ」

先輩は、俺の前方一メートルを、てくてく早足で歩いていた。だから表情は窺えない。

しかしその声色から察するに、事実正しく浮かれている。ハッピーなのだ。そうにちがいない。

「良かったですね。良かったですね。良かったですね」

俺は同じセリフを三回連呼して、彼女の新たな門出を盛大に祝った。



「佐藤君なら、あたしを好きになってくれるよね」と言った。

「だってさ、あたしよりもダメ人間だもん。……こうやって長い間、

頑張って計略を推し進めてきたんだから、もう、あたしのとりこでしょう?」

「……」

「優しくしてよ。あたしも優しくするからさ」


★NHKにようこそ!/滝本竜彦★

2004年02月03日(火) 熊の場所/舞城王太郎
だって誰でも、自分に恐怖を与えている場所にちゃんと戻らないと、

恐怖は一生ついて回るからだ。

「熊の場所」



もしその別の「バット男」がちゃんと自分のバットを持っているなら、

今度こそは、そのバットをしっかり振るって、

自分を殴ろうとする相手の頭をかち割っていただきたい。

そうして僕の思うようなつまらない、判りやすい、

安直でだらしのないシステムをムチャクチャに破壊して、

「弱いものを叩かないとやっていけない奴ら」

なんて死ぬしかないような、厳しいシステムを作り上げて欲しい。

つーか何でもいいからとにかく「弱い」からって人間

ずっとやられっぱなしじゃねえんだぞってところを見せてもらいたい。

どんな人間だってバット持ってりゃいざというとき

それで誰かを叩くことだってあるんだぞ、というところを。


バット男はどこからどんな風にやってくるのか判らない。

自分より弱い奴をバットで殴るために。

僕はだから、どんなバット男にも負けないように強くならなくてはならない。

誰にも殴られないように、自分を鍛えなくてはならない。

負けたら下手をすれば、自分がバット男になってしまうかも知れないのだから。

どこかで表面がぼこぼこのバットを拾って手にして、

自分よりも弱い奴を探して殴ろうとしないとも限らないのだから。

「バット男」



ちょっと古めの海外小説はどんな時にもわたしの薬。


「あの人の名前は、赤星哲也。あんたが殺してよかった人じゃなかったんやで」


あの頃わたしは「ああ頼む」にどれだけ近づいていたのだろうか?

「ピコーン!」


★熊の場所/舞城王太郎★

2004年02月02日(月) タイムマシン/H・G・ウェルズ
「さよならウィーナ」と僕はいって、彼女を抱き上げ、キスした。

それから地面に下ろして、井戸の縁を探り、足がかりを探した。

僕は大急ぎで探したが、本当を言うと勇気がくじけるのを恐れたのだ。


★タイムマシン/H・G・ウェルズ★

2004年02月01日(日) ウォーリー木下の書斎(1月17日)/ウォーリー木下
今日は谷川俊太郎さんに会ってきました。

今回の芝居の全編を通して語り手として声の出演をしていただくためその声ドリをしてきました。

約三時間、都内のスタジオで、あの谷川俊太郎さんと仕事をさせていただいたのです。

僕にとっては忘れられない一日になりました。

このことを具体的に説明しはじめると何時間もかかってしまうので、

ここでは端的に3つのこと。今日僕に起こった現実的な方面での感動。それは

1.詩人という職業の人と話をすることができた

2.「谷川俊太郎」という人と話をすることができた

3.そして(これ重要)僕の書いた文章を谷川さんに声に出して読んでもらえた

んー、ただのミーハーのような感じですね。でも、違うんですよ、ホント。

細かい話はまた機会があれば。

ただ僕は思うのです。そして昔から思ってる事なんだけど。

強く思えば、会いたい人に会えるんです。色んな事は自然と叶うんだなということ。

制作のタツダのがんばりも(彼女も大の谷川ファン)ここで言っておかなくちゃね。

ちなみに谷川さんは三時間みっちり仕事をした後、まったく疲れも見せずに、

遊びにでかけました。ホントに73なのか!!


★ウォーリー木下の書斎(1月17日)/ウォーリー木下★

マリ |MAIL






















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