「L.A.S.Ponder氏」の音楽カレンダー

2005年05月30日(月) 1837年 イギリスの風景画家 ジョン・コンスタブル 没、60歳

1837年5月30日
イギリスの風景画家
ジョン・コンスタブル
John Constable 没、60歳。
 1776年6月11日 誕生

つい先日
栃木県立美術館
常設展示室で
ほとんどいつも
架かりっきりになっている
コンスタブルの作品(題失念)を
観てきたばかりでしゅ。

大人しい風景画で
取り立てて目立つ作品では
ないのでしゅが
なかなか味わいがありましゅ。
のんびり観ていると
何となく和んでくるのも
コンスタブルの良いところでしゅ。

この稿を書くのに
ネットサーフィンしたところ
彼はロンドン近郊のハムステッドや
故郷ばかり描いていたということでしゅ。



2005年05月29日(日) 1937(昭和12)年 美空ひばり 横浜市で誕生

1937(昭和12)年5月29日
美空ひばり 横浜市で誕生
 1989年6月24日 没

大物でしゅ。
昔は嫌いでした。

今年混声合唱団コール・エッコで
彼女のラストシングル
「川の流れのように」を
歌ってましゅ。
彼女の曲の中では
一番好きでしゅ。

歌いっぷりがいいのはもちろん
詩、曲とも
よくできているからでしょう。
彼女の最後に
ふさわしい曲でしゅ。



2005年05月26日(木) 1918(大正7)年 宝塚少女歌劇団 東京初公演

1918(大正7)年5月26日
宝塚少女歌劇団
帝国劇場で東京初公演

東京進出は大正7年でしたか。
初演の演目は何だったのでしょうか?
ありがたいことでしゅ。

いくら素晴らしい舞台でも
宝塚まで観にいくのは
容易ではないでしゅ。

東京宝塚劇場には
よく行きました。

最後に観たのは
2004年の5月
日本青年館公演
「さらばいとしき人よ」でした。



2005年05月25日(水) 1869年 ウィーン国立歌劇場オープン

1869年5月25日
ウィーン国立歌劇場オープン

杮落としは「ドン・ジョヴァンニ」とか。

ウィーン行きたいでしゅ。
カミサンとでもいいでしゅ。
いや、なんのかんのといっても
カミサンと一緒が一番気楽でしゅ。

ゆっくり時間をとって
ウィーン国立歌劇場で
楽しい喜歌劇でも観て
楽しいひと時を過ごしたいでしゅ。

夢のような話でしゅ。



2005年05月23日(月) 1903(明治36)年 詩人、作詞家 サトウハチロー誕生

1903(明治36)年5月23日
詩人、作詞家 サトウハチロー
東京都新宿区で誕生
 1973(昭和48)年11月13日 没

サトウハチロー
たくさんの詩をものしていましゅ。

L.A.S.Ponder
最近カラオケで歌ったのは

「悲しくてやりきれない」
サトウハチロー作詞
加藤和彦作曲
フォーク・クルセイダース
(北山修・加藤和彦・はしだのりひこ)歌
1968年

♪胸にしみる 空のかがやき
今日も遠くながめ 涙をながす
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
このやるせない モヤモヤを
だれかに 告げようか

なんかもやもやした歌でしゅ。
工高生時代から好きな歌でした。
青春の悶々でしゅ。



2005年05月22日(日) 1855年 フランスの作家 ヴィクトル・ユゴー 没、83歳

1855年5月22日
フランスの作家
ヴィクトル・ユゴー
Victor-Marie Hugo 没、83歳。
 1802年2月26日 誕生

数ヶ月前でしたか
ブックオフで
ヴィクトル・ユゴーの
ビデオを購入、視聴しました。

時の権力におもねることなく
自己の主張を曲げなかった
その生涯
りっぱでしゅ。

最後に
某政治宗教カルト団体の
宣伝が出てきたのは
驚きました。

彼の作品
集中して
読みたいでしゅ。



2005年05月21日(土) 1844年 フランスの日曜画家 アンリ・ルソー ラヴァルで誕生

1844年5月21日
フランスの日曜画家
アンリ・ルソー
Henri Rousseau
ランス北西部の 
金物屋の息子として誕生
 1910年9月2日 没

定年退職後は
職業画家になりましたが
経済的には苦労したそうでしゅ。

なんというタイトルだったか忘れましたが
黒い犬が黙っている
絵が妙に印象に残っていましゅ。



2005年05月18日(水) 1911年 グスタフ・マーラー ウィーンで没、50歳

1911年5月18日23時05分
作曲家 グスタフ・マーラー
Gustav Mahler
連鎖球菌性咽頭カタルのため
ウィーンの
サナトリウムで没、50歳。
 1860年7月7日 誕生

若すぎる死でした。
長生きしていれば
もっと多くの作品を
残していたでしょう。
といっても詮無いこと。

10曲の交響曲を
残しただけでも
ありがたいことでしゅ。

今日NHK‐FMで
マーラーの交響曲第1番が
かかっていました。

いいでしゅ。
マーラーの1番
最近ますます好きになってましゅ。

特に金管すてきでしゅ。
のちの交響曲に出てくる
いろんな要素が
いっぱい詰まってましゅ。



2005年05月16日(月) 1823年 狂歌人 大田南畝(蜀山人)没、75歳

1823年5月16日(文政6年4月6日)
江戸の狂歌人 大田南畝(蜀山人)没、75歳。
 寛延2(1749)年3月3日 誕生

戯作者としても活躍
思わずそうそうと
うなずきたくなる狂歌を
大量生産しました。

臨終に関する狂歌としては

今までは 他人(ひと)が死ぬとは 思ひしが 
俺が死ぬとは こいつぁたまらん


これは在原業平の辞世
ついにゆく道とはかねてききしかど
きのふ今日とはおもはざりしを


を完全に食ってましゅね。



2005年05月15日(日) 1922年 作家 瀬戸内寂聴 徳島市で誕生

1922年5月15日
作家 瀬戸内寂聴 徳島市で誕生

L.A.S.Ponderが初めて活字で読んだ
源氏物語の現代語訳が
瀬戸内寂聴訳でした。

当時瀬戸内訳が刊行されたばかりで
大変な話題になっておりました。
南河内町立図書館にリクエストし
入庫するやいなや
借り出し
大臣(おとど)の位もいかがわせん
とはしるはしる
読み耽りました。



2005年05月14日(土) 1853年 ピアノ教則本を著したバイエル 没、49歳

1853年5月14日
ドイツの作曲家で
ピアノ教則本を著したバイエル 
Ferdinand Beyer没、49歳。
 1803年7月25日 誕生

バイエル教則本は日本以外では
ほとんど使われていないそうでしゅ。

L.A.S.Ponder
20代後半
ピアノを習うことを決心。
バイエル教則本に
挑みましたが
たしか20数番で挫折しました。

アパート住まいで
自宅にピアノもなく
先生も
高齢の女性だったのが
災いしたのかもしれません、残念っ!



2005年05月12日(木) 1832年 ドニゼッティのオペラ「愛の妙薬」初演

1832年5月12日
イタリアの作曲家
ガタエーノ・ドニゼッティのオペラ
「愛の妙薬」初演

このオペラのハイライト
NHKテレビで以前観ました。

主人公ネモリーノは
このオペラのために生まれたのかもしれない
不世出の日本人テノール歌手
山路芳久でした。

曲中白眉のアリア
「人知れぬ涙」ほか
たっぷり堪能いたしました。

全曲観たいでしゅ。



2005年05月11日(水) 1905年 シュル リアリストの画家 サルバドール・ダリ カタルーニアで誕生

1905年5月11日
シュル リアリストの画家
サルバドール・ダリ
Salvador Felipe Jacinto Dalí
スペインのカタルーニアの
フィゲーラスで誕生
 1989年1月23日没

のっぺりした時計が印象的でしゅ。

ダリの生涯
あまりにもすごいので
ひと言では言えません。

またの機会に
触れたいと思いましゅ。



2005年05月09日(月) 1914年 イタリアの指揮者 カルロ・マリア・ジュリーニ バレッタで誕生

1914年5月9日
イタリアの指揮者
カルロ・マリア・ジュリーニ
北イタリアのバレッタで誕生 

ヨーロッパ、アメリカ合衆国で活躍した
ジュリーニも
今は静かに
隠居生活を送っているようでしゅ。

L.A.S.Ponder
昨年
フォーレのレクィエムを歌いましたが
ジュリーニ指揮
フィルハーモニア管弦楽団&合唱団の
CDを何度も聴きました。
40分を越えるゆったりしたテンポで
ちょっとじれったくなるような
演奏だったような気がしましゅ。



2005年05月08日(日) 1967年 コンポーザー・ピアニスト 西村由紀江 大阪で誕生

1967年4月8日
コンポーザー・ピアニスト 西村由紀江
大阪で誕生

80年代後半から大活躍だったようでしゅが
最近はどうしているのでしょうか?

L.A.S.Ponder
「101回目のプロポーズ」オリジナルサウンドトラック
「時の輝き」オリジナルサウンドトラックなど
3枚CDを持っていましゅ。

取り立てて強い印象はありませんが
何か心和む、さわやかな
感じが残っていましゅ。



2005年05月07日(土) 1822年 洋画家、銅版画家 亞歐堂田善 没、数え75歳

1822年5月7日
洋画家、銅版画家 亞歐堂田善 没、数え75歳。
 1748年 誕生

L.A.S.Ponder先月まで
この亞歐堂田善という画家のことを
まったく知りませんでした。

先月
足利市立美術館で
日本近代洋画への道
―山岡コレクションを中心に―
2005年4月16日[土]−6月5日[日]
をたまたま観て
亞歐堂田善の作品の
いくつかに初めて
接したのでした。

明治期洋画がどっと
日本に入ってくる以前
わずかな情報を元に
懸命に洋画、銅版画を模索した人々がいたのでした。
その中の一人が
亞歐堂田善でした。

その画風は取り立てて
特徴的なものはないものの
時代を先駆けた
その心意気や良しとすべしでしょう。



2005年05月05日(木) 1642年(寛永19年)  俳人 山口素堂 甲州で誕生

1642年5月5日(寛永19年)
俳人 山口素堂 甲州で誕生
 1716年8月15日(享保元年)没

作者の名は知らなくても
彼の俳句

目には青葉山ほとゝぎす初がつほ

は人口に膾炙していましゅね。
ちょうど5月の句でしゅ。
この句を思うと
鰹のたたきで
生ビールを
くいーっとやりたくなりましゅ。

ところが江戸時代には
こういう川柳も
ちゃーんとできているのでしゅ。

目と耳は ただだが口は銭がいり



2005年05月03日(火) 2005年 栃木県立宇都宮中央女子高合唱部 第3回演奏会

2005年5月3日
栃木県立
宇都宮中央女子高等学校合唱部
第3回演奏会

宇都宮市文化会館小ホール

平成4年の合唱部再結成以来
合唱コンクール
全国大会で金賞3回の
合唱団の演奏会を聴く。

コンクールで素晴らしい演奏を
聴かせてくれても
演奏会では
それほどでもない
という合唱団が
数ある中で
宇都宮中央女子高は
そうでもないぞという
コンサートを
聴かせてくれました。

開演前は
ヴィラ=ロボスの
セバスチャンのミサから
Gloria, Benedictus
ウィリアム・バードの
Sanctusを
期待していましたが

感動的な演奏だったのは
通俗名曲の
Amazing Grace
パッヘルベルのカノン
いつも何度でも
でした。

合唱は発声が基本でしゅが
コンクールでも通用する
抜けるような発声を
ところどころで
聴かせてくれました。

2,3年生18人という
中編成ながら
ミニミュージカルを含む
2時間のプログラムを
よくこなしました。

「悪い合唱団はない
悪い指揮者がいるだけだ。」
とは
よく言われますが
高校レベルでは特に
その感が強いでしゅ。

今の指揮者江面誠子氏が
いなければ
これほどのコンクール歴も
演奏会もなかったでしょうから。
合唱団というのは
つくづく指揮者によって
決まると感じさせられました。



2005年05月02日(月) 1956(昭和31)年 作詞家 秋元康 東京都目黒で誕生

1956(昭和31)年5月2日
作詞家 秋元康 東京都目黒で誕生。

膨大な作詞作品、著作を残していましゅ。

混声合唱団コール・エッコで
今歌っている
美空ひばりの最後のシングルヒット
「川の流れのように」
作詞:秋元康 作曲:見岳章
合唱編曲:信長貴富

彼の傑作のひとつでしゅ。

♪ 生きることは 旅すること 
  終わりのない この道
  愛する人 そばに連れて 
  夢 探しながら
  雨に降られて ぬかるんだ道でも
  いつかは また 晴れる日が来るから
  
  ああ 川の流れのように おだやかに
  この身を まかせていたい


女声ユニゾンで始まり
途中テナーの印象的な
パートソロがあり
聴かせどころとなりましゅ。

秋元がこれを作詞したのは
まだ30代の頃でしょうか。
才人恐るべしでしゅ。



2005年05月01日(日) 2005年 マーキュリーバンド 第10回定期演奏会

2005年5月1日
14時開演
マーキュリーバンド
第10回定期演奏会

宇都宮市文化会館大ホール
で聴く。

L.A.S.Ponderが
今わらじを脱いでいる
混声合唱団コール・エッコの
有志10名が1曲だけ賛助出演。
曲は
「バンドとゴスペル・コーラスのためのハレルヤ」
星出尚志編曲。
ヘンデルおじさんも真っ青!
ギンギンのゴスペル風編曲。
ヘンデルを冒瀆しているとまでは
思いませんが
すごい編曲でした。

ほかに印象的だったのは
今日命日の
ハチャトリアン作曲の
ご存知バレー音楽「ガイーヌ」から
4曲。
吹奏楽のための編曲でしゅが
目立っていたのはやはり
打楽器群でした。

一番よかったのは
アンコールの2曲目
エルガー作曲
行進曲「威風堂々」第1番からでした。

久々に聴く
吹奏楽の生演奏。
やっぱり生のコンサートは
いいでしゅ。

混声合唱団コール・エッコの
演奏会の時にも
お世話になっている
マーキュリーバンドの皆様
ありがとうございました。


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