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Mi Pensamiento Diario

ベター・ハーフ

今日から以前の色に戻したの。もうそろそろ秋だもんね。納涼感を出そうと思って青を使っていたけど、今日からまた通常の色に戻します。青は何となくボーっとした感じだったね。色を戻してみて気付いたんだけど、こっちの色の方が文字がはっきり見えるかもしれない。色が変わっただけなのに、字が大きく見えるのは気のせいかな?
今日色を戻しているときに過去の日記をチラリと覗いたんだけど、ここ2ヶ月は隣りの部屋からの騒音に随分悩まされてるってことを書いてるよね。文句を書いてる日が多かった。多分、今は神経がかなり消耗してると思うの。だって昨日までラジオをつけられなかったから。音を聞くのがイヤだった。っていってもここ2日間は静かだから気持ちも落ち着いてるからいいんだけど。でも、片方の耳はほとんど聞こえなくなってる。多分、精神的なもの。いつも右側から重低音が聞こえてたんだけど、今は右耳では音があまりよく聞こえないし、何だか変。違和感がとってもあるし、緊張してる感じがするの。それに外から車の音が聞こえるだけで、ドキッとするしね。こんなに神経を消耗するものかとも思うけど、生活騒音が原因で事件が起こることを考えると、やっぱりこれくらいはおかしくなるものなんだなぁと妙に納得してみたり。とりあえず聴力が戻って欲しいけど、一体いつの日になることやら。この間友達から電話があったときは無意識のうちに左耳に受話器を当てていたし。身体的に何かがあって音が聞こえづらい訳じゃないので、いつの日にか聞こえるようになると思うけど。出来れば1日も早くもとに戻って欲しいなぁ。

今日は唯川恵の「ベター・ハーフ」を読んだの。ムースはこの手の話が好きだと思う。本の中の時間があまりにも長いので、ちょっと間延びした感もあるけど、1990年代の10年を考えるとこんな感じだったねぇって思える。時代が昭和から平成に変わって、バブルが弾け、右肩上がりの成長が止まったこの10年。ムースはムースなりに思い出があるので、本の中に書いてあることと自分がやっていたことを重ね合わせながら読んじゃった。たった今読み終わったばかりだし、まだ晩御飯も食べてない状態。だって唯川恵の作品って大体2時間半から3時間半くらいで読み終えるから、今日もそれくらいで読んじゃうと思ってたんだもん。でも今日はそれ以上時間がかかったの。実はページ数が違っていたから。いつもは大体300ページくらいの本を読んでいたの。でも今日読んだ「ベター・ハーフ」はなんと400ページちょっと。100ページも多かったんだよね。200ページを越えたあたりで、ふと思ったんだ。まだ半分しか読んでないの?って。2日にわけて読みたくなかったから、今日一気に読み上げちゃった。
本の始めは平成に変わってすぐくらいのことが書いてあるけど、あの頃はバブルでねぇ。世の中が狂喜乱舞してたよね。昭和63年って世の中自粛ブームだったじゃない。ムースはふと思い出したんだけど、某自動車メーカー、セフィーロのコマーシャルで、井上陽水が「みなさ〜ん、お元気ですかぁ〜?」って車の窓を開けていってた台詞ですら、自粛とかいって音なしにしちゃったもんね。本当に何から何まで自粛だったよね。それが明けて翌年の平成元年はねぇ。バブルの最高潮のころだったかな?舞浜のベイエリアのホテルがクリスマス・イブの晩はカップルで満室になったりもしたよね。ムースは今でも覚えてるけど平成元年のクリスマス・イブの晩は東京は雨だったの。山下達郎のクリスマス・イブの歌のように♪雨は夜更けすぎに 雪へと変わるだろう…って感じで冷たい雨が降ってたんだ。その日はバイトをしていて、バイト仲間でクリスマス・パーティーをやるっていってたんだけど、ムースは何となく参加したくなくって。だから雨の中1人で晩御飯を食べ行こうとしたの。だけど、どこもやってる店がなくって困ったことを昨日のことのように覚えてる。それまではクリスマスイブといえば、友達と文句をいいながら渋谷で毎年飲んでたんだけどねぇ。それも昭和と共に終わり。今思うと飲めないお酒を飲んでいたあのころが懐かしい。年に3回くらいしか飲みに行かなかったうちの1回がクリスマス・イブだもんね。それが今じゃ…。毎日、スミルノフ君とたわむれちゃうんだから。映画「ブリジット・ジョーンズの日記」の中ではレニー・ゼルウィガーがAbsoluteを飲んでいたけど、ムースはもっぱらスミルノフ。だってスミルノフの方が安いんだもん。そういえばティファニーのオープンハートのネックレスなんていうのも流行ったときかな?銀座の三越にあるティファニーに人がごった返していたのを今でも覚えてる。そういえばパリのヴィトンの本店に日本人が並んでいたのもこのころだったのでは?あのころって海外で買った方が国内で買うより安かったころだよね。確か国内の7掛けから8掛けで買えたんじゃなかったっけ?猫も杓子もヴィトンっていってころじゃないかな?この物語はそんなころに結婚した夫婦の物語なんだ。
バブルが弾けてからはリストラの嵐。この本の中にもそんなことが書いてあったけど、本当この10年間で失業率も増えたよね。1994年や1995年のことも書いてあったけど。そういえば1994年ってそんなに暑かったっけ?って思っちゃった。最近は毎年猛暑なんていわれてるからそんな暑くなかったんじゃないかなって思ったんだけど。っていってもムースは8月の中旬には会社を辞めちゃって家で毎日のほほ〜んとしてたけど。だって9月にスペインへ向けて旅立たなきゃいけなかったから。期待で胸が一杯になってたときだったかも。日本へ帰って来たら外国と取引をする会社に勤めたい、国内相手の仕事なんてイヤって思って渡西したかな。ムースが日本に帰って来たころには景気は回復するだろって思ってたし。でも一抹の不安は隠しきれなくて、飛行機の切符は1年オープンの往復航空券を買っていったけどね。もちろん、帰りの切符は捨てましたよ。そんな不安をよそにムースは楽しんでたから。
物語の後半ではお受験なんてものも出てきたけど、これもねぇ。殺人事件にまで発展したこともあったよね。本の中に私立の学校を受けたのに受からず、公立へ行ったら「私立に落ちた子」っていわれるって感じのことが書いてあったけど、これもね…。実はムースの周りでも私立中学を受験したんだけど合格しなくって、越境して他の中学校へ行ってる人もいたの。あとは小学校受験がダメだったから、今度は中学校受験をしたけどそれもダメだったって人もいたし。物語の中でも似たようなことが書いてあったけど、親が子供に入れ込みすぎちゃって、プレッシャーを与えすぎちゃうと子供は萎縮しちゃうからね。親が冷静さを失っちゃうと、子供のためにっていっておきながら、結局は子供をダメにしちゃう。子供が親の顔色ばかりを気にしちゃうもんね。そう思うと我が家はかなりの適当だったかも。っていうかムースの意見を尊重してくれてたからね。受験相談のときに母が塾の先生から別の学校の受験を勧められたらしいけど、ムースが受けたいっていう学校を受けさせますっていってたらしい。父も結構気を使ってくれてたみたいだし。星一徹のような、気の短い父が受験の前日の晩だけはムースが散々我儘をいっても怒らなかったもん。って実は滑り止めを落ちていたムースは、本命受験の前日に「これを食べたら受かる」とかいって、お寿司を食べたり、ケーキを買って来てもらったりしたの。多分、自分が思っている以上に緊張していて、それが父に伝わってたんだと思う。いつもなら卓袱台をひっくり返すかのような勢いで怒るのに、好きにしなさいっていってたかな。って思うと、お受験はこれくらいの方がいいのかも。ちょっと無関心を装ってるくらいが変なプレッシャーを子供に与えなくていいかもしれないね。
この物語って夫婦の物語だったのに…。ムースが何かを書くとすぐ話がそれちゃうね。この物語で作者のいいたいことは最後の集約されてるのかな?どうして結婚したってことに…。もちろん、本の中にはどうしてかってことが書いてあるけど、ここでは書く必要もないかな。人それぞれ違うと思うから。同じ思いでも言葉が違うこともあるし、同じ言葉でも違う思いってこともあるし。ムースはこの本を読んで思ったのは、もし結婚した理由を本の中に書いてあるように思わなかったら、思えなかったら、結婚しても寂しいだろうなぁって思っちゃった。って実際に結婚したことがないので、結婚生活がどんなものかも知らないんだけど。
今日は何だか懐かしい気分になれてよかった。お腹すいたから、晩御飯作って食べよぉー。


2002年08月31日(土)




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