だからなに。
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日本語が好き。 好きという字は「女」と「子」で、字の如く 女性や子ども(ちいさいもの)に対してかわいいと思ったり いい気持ちになれることをさして「好き」っていうんだって。 だから、「好き」は簡単。好ましいもの全部「好き」。
じゃあ次は、恋。 「恋してると、年とってもきれいだよね」など。 恋というのは「男である」「女である」が前提で 男女が惹かれあうことを「恋」っていうんだって。 だから、「あの人に恋しているの」っていうのは 本来の使い方としては間違っているのだった。 言うなら「あの人"と"恋しているの」なのかな。 一方通行の恋は「恋」とは言えず「片思い」だ。 じゃ、「女と女」「男と男」だったらどうなるの? って思ったら それは「同性"愛"って言うじゃん」・・・すっげー納得。
で、その、愛。 愛というのは「与える」もので 例えば子どもに何かをあげる時に「あい、どうじょー」って渡す。 語意としてそれが「愛」そのものなんだって。 よって、愛というのは 何かをしてあげるから、こうしてほしい、ではないのだね。 無償の愛ってよく聞くけど、そもそも、ってことなのだな。 無償当たり前。 あたしはあなたを愛してるから、あなたもあたしを愛して というのは 押し付けなだけってことか。 難しい というか、深いねえ。おもしろい。
そうすると、恋愛っていうのは 男女惹きあって、与える、それが成立して初めて「恋愛」っていう 熟語ができあがるってことか。
近頃、仕事仲間の男連中について考えているけれども それはいちばん簡単な「好き」で括られていて 何かのチームを作る時の「強い人・上手な人」が そこに入る、っていうような感じがした。 自分的に最強のチーム。 いちばん近くにいるのが、相方のY先生でしょ、 バレーボールならセッターとアタッカーなのかな。 どっちがセッターだ? 恋とか愛とか、そういうのじゃないところにいるのではないか。 好きだけど、あたしはどうなりたい・したいと思っているのかが大事。 「恋とか愛とかをする人」と「一緒に仕事をする人」とで考えると 後者としての思いのほうが強い。 好きか嫌いかで分けたら、嫌いなほうの人は相手チームで構わない。 好きなほうの人は味方チームに入れたい。
続きは次回。
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