ぼくたちは世界から忘れ去られているんだ

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2002年05月11日(土) さよならの末端
 あんまり長い間手を繋いでいたから、わたしたちの手のひらはすっかりくっついてしまった。
「ねぇ、ずっとずっと一緒だよね。この手を、離したりなんかしないよね」
 リョウは三日に一度はそうわたしに訊ねる。その度わたしは、うんうんと、阿呆のように頷くのだ。わたしの左手と、リョウの右手。どうやったら離れていくのだろう。別に不便ではないから、いいのだけれど。
 二人で手を繋いだまま絵の具みたいな緑色の街路樹の下を歩いていた。と、わたしたちの間を、一人の男が自転車で駆け抜けていった。わたしたちは咄嗟に手を高く上げて、その男を通した。いきなりやったもんだから、手のひらがひりひりと痛んだ。そして、手のひらの下五分の一ほどのところが剥れていた。別に血は出てはいなかったけれど、ずっとずっと痛んだ。
 リョウは、すいません、と言って去って行った男をずっと見ていた。一体化した手のひらが熱くなる。
「ちょっと、剥れちゃったね」
淋しい子供のようにリョウが呟いた。
「あたしたち、こうやって、離れていくのかな」

 次の日は、嘘みたいな土砂降りで、わたし達は部屋の中でじっと音楽を聴いていた。狂人のように叫ぶボーカルの声が、昨日の男の、すいません、に少し似ているような気がして、わたしは嫌な気持ちといい気持ちのミックスみたくなって、少し困った。

 翌日、雨がやんだので、また散歩に行った。一昨日と全く同じところで、この間の男と遭遇した。リョウは頬を赤らめて、あ、と声を漏らした。
「昨日、いや、一昨日か。あの時はすいませんでした。大丈夫ですか?」
 大丈夫なんかじゃない、と思いながら、平気です、と言った。わたしたちの繋ぎっぱなしの手を見て、男は何か考えているようだった。三人で少し話をした。リョウと男はすぐに仲良くなり、メールアドレスを交換していた。
 家に帰ってから、リョウが嘆いた。
「きっとあたしたちのこと、恋人同士だと思ってるのよ!」
 ヒステリックなきいきい声が耳の中で狂ったバイオリンのように弾ける。
「女同士じゃん、思われてなんかないよ」
「珍しいことじゃないわ!あぁどうしよう。どうしよう。どうしよう」
 リョウは強く手を引っ張った。
「あ」
 嫌な音がして、わたしたちの手のひらは剥れていた。完全に。
「あはは、やった。やった。これであたし、自由よ。さよなら」
 リョウは走って家を出て行った。


 それっきりリョウとは話していない。昨日、例の男と手を繋ぐリョウをみた。
 今度はあいつと手がくっついたんだな、とわたしは察した。

 わたしの手のひらは、独りぼっちの草のように黄色い。


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