ソレイユストーリー
▽▲▽▲▽ ソレイユストーリー ▽▲▽▲▽

2003年07月01日(火) 3話 『親方』

そんなある日のこと。

キルマは親方のいる最上デッキへと呼び出された。

「なぁキミ…。あの娘にだいぶ気があるようだね。しかしそれはムダだよ。
 明日の今頃、遊郭船に引き取ってもらうことになっているんだ。
 手付金も、すでにもらっている。それともキミが囲うかい? 
 …ふんっ、そんな大金持っている訳はないだろう。
 だがね、考えてやっても良いよ。
 あのオンボロ船な。あいつと交換ってのならまあまあだな。」

親方の浮腫んだ顔が意地悪く歪んだ。

「……。」

キルマは、抵抗の意味を込めて沈黙を返す。

「だろうな。役人が、お上から預かったものを横流しなどしたら、
 確か死罪だったよなあ。」

キルマは唇を強く噛み締めた。


翌日の夕暮。
趣味の悪い電飾に包まれた遊郭船が、北の方角から、のたのたとやって来た。

船側にたたづむリアラは、愛する鳥を籠から出すと思いを込め語りかける。

「あなたは…行きたいところへ行きなさい…。」

小さな命は、そっと彼女の手を離れるた。
そして2回だけ上空を旋回した。
あたかも、自分のいた小さな世界が、
何だったのかを確かめるように。

彼女は身支度を済ませると、ゆっくりと桟橋に向った。
貪欲な親方は、手もみなどしながら無愛想な黒服の小男達と世間話をする。
小さなリアラは、傍らでうつむいたまま。
キルマは、桟橋の対上からじっと見つめるしかなかった。
桟橋から静かに船へと移る少女の後ろ姿が震えている気がした…。

そのとき、
頬をつたうあたたかさに気付かぬまま、彼はおもむろに体重を移動した。
8艘飛びのように、船側から遊郭船の舳先へ乗り移る。
目の前に出てきた小男たちを、盲滅法にぶん殴る。
次のやつ、そして次のやつ。
胸元へ留められた、保安員だけ許された七宝焼きのブローチへ向かって、
ぼそと囁く……。

「全速発進妨害排除。」

“声紋”を確認すると、きびすを返し桟橋を離れようと唸りをあげた。
そこへ、信じられない跳躍で乗り移るキルマ。
少女を抱えたまま、勢いを殺さず船室へと転がり込む。
外では、パンパンと乾いた音が響く。
小男たちが、一斉に小火器の銃口を向けてくる……。

巡視艇の人工頭脳は、それを感知すると、
船尾に取り付けられた高圧放水銃で反撃。
小男たちが、まとめて木の葉のように舞う

鈍重な遊郭船は、慌ててその舳先を逃走者に向ける。
しかし、水中翼と人工ヒレの生み出す否回転式動力の性能に勝る物は、
ここになかった。
数分も経つと、巨大だった方舟の群れが、波間に漂う海の藻屑に見える。
ふたりは抱き合い、どちらからともなくクスと笑いあった。



そのとき……、
巡視艇のデッキへ舞い降りる紅い鳥が、ふたりの濡れた瞳に眩しく映った。


つづく


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