我思うゆえに我あり

2003年04月21日(月) 出会い

今はこう、なんていうのか、
「出会い」というものの尊さと意味をひしと感じているわけです。

最近はもう音楽関係以外で人と出会うことは少なくなっているけれど、去
年前半までは絶対に出会ったり話したりすることができなかった類の人た
ちと、音楽をやっていることで話すことができている、という現状には、
感謝している。お客さんのみんなはもちろんのこと、スタジオのエンジニア、
凄腕プロデューサー、憧れていたミュージシャン、スタイリストやカメラ
マンの人、サポートミュージシャンとして参加してくれたバンドマン、TV
局、ラジオ局の人、モデルさん、ほんと、数え上げたらきりがない。


音楽での出会い以外は不要かというと、全然そうではない。

足を怪我したことで普段なら絶対知り合わない人と出会ったり、話したり
している。お医者さん、看護師さん、隣の病床の人、タクシーの運転手、
介護関係の人、ほかにもたくさん。

学校や会社に行っているわけではないうたうたいとしては、絶対的に出会
える人の数が少ないわけですが、
今の自分のこの現状(色んな種類の人と出会い、話をできること)は、出会
いの経験値として、もしかしたらとても幸せなことなんじゃないか、と、
こう思えたわけです。


サルーキ=主催のイベント「一音一会」を見て思ったこと。
彼らはこのイベントを(動員的にも)成功させるために毎日路上ライブを
行ったという。


路上ライブというのは、音楽を粗末に扱うことになるという落胆と、警察
に怒られてまでやる必然性が疑問だったのと、世間の見る目が穿ったものに
なりつつあるという悲しみと、その他もろもろの理由で、それをしないで音
楽を認められてみよう、ってTAKUは主義を転換してもう3年くらいになるわけ
ですが、

「出会い」という観点に立ったとき、もし人々の目があたたかなものだった
のなら、そこは宝の山の入り口なんではないかと、こう思えたわけです。

ラジオとかテレビとかのメディアにガンガン出て一方向的に、しかも強烈に
認知される好条件なアーティストでなく、時間が茫漠とあり、伝えるに値す
る才能がしっかりとあるのなら、非常に魅力あふれる「出会い」チャネルで
あるな、と改めて思えたのです。だからといってTAKUは毎日路上ライブをや
るかというとそうは思えないのですが、そこは何かが広がる可能性を秘めた
魅力的な場所だったなと改めて思えたのです。


「一音一会」のイベントを客観して再認したことは、
「出会い」というものの尊さだったのでした。



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