歌う人、が馬だとしよう。
プロの世界はまるで競馬場のようで、アマチュア(っていう分け方でいい かは不明だけど、ここでは仮にそう分けます)の世界は牧場(まきば)の ようだと思えたりもする。
自由に、好きなように時間を使って草を食み、 好きなスタイルで走り回る。どんな活動をしようが、自由。 背負うものはない代わりに、多くの他の馬たちと同じように、特別に愛さ れるわけでもなく淡々と生きていく。それが、牧場。
それに比べて、競馬馬は、 根本的に優れた身体能力を持っていなければならない。それがまず前提で いろんな人の期待や投資を背負ったり、強壮剤入りの食事で育てられたり、 時には体を改造したりしてまで速さを追求し「勝たなきゃいけない」運命 を背負っている。最低限出さなきゃいけないスピードだってある。騎手の 要求に的確に応え、かけひきに勝つしなやかな本能や理解のいい頭脳を持 ち、人工的に良く整備されたダートや芝のコースを走り抜ける。
根性や覚悟があってもなくてもあまり関係がない。スピードを叩き出す脚 力や、見た目の美しさ、血統の良さとかで、人から選ばれ(馬券を買われ) 強豪ぞろいのレースに必死で勝ち抜いていく。名馬として歴史にその名を 刻みこむ。それが競馬場。
音楽でメシを食うというのは、こういうことではないか、と思える。 シビアな話、愛されて、勝っていかなきゃいけない宿命。
今、プロとインディーズの境目はなくなったというけど、プロとアマチュ アの境目は厳然とそこにあると思っている。
そう思うと、非常に業が深いなぁ、と。 まさに欲の塊だよなぁ、と。 悲しみさえ帯びているではないか、と。 思えたりもする。
でも自分は、 競馬場で満場の喝采を浴びたい。 浴びたくて、欲に満ちた世界を切り裂くように、勝ち抜くための牧場の 一角の練習用コースで走りの練習をするんだ。なるべくならこの素脚の 持つ力で、目にもの見せてやりたい。
誰に頼まれたわけでもない、自分でそうするって決めた。
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