| 2002年11月01日(金) |
エゴと罪悪についての考察 |
色んな人に支えられ、色んな人を支え、今を生きている。 人って、一人じゃなにもできやしないんだ。 つないでいるのは、相手に対する尊敬であり、信頼だってこと。
人間はエゴという存在。 極端に言うと人を押しのけてまで自分が幸せになりたい、っていうそれです。 ちなみに俺のは超級だ。わがままとか気分屋とかそんなの比じゃない。 ちょっと異常に肥大してるってこと、それは自覚してる。実はそれについてかな り悩んだ時期があった。しかしそれはどうやら訓練でしぼむものではないらしい。 多分まともだったらおとなしくサラリーマンしてるんだと思う。 音楽に限らず夢(野望とも言う)持ってる人には少なからず共通している点だと 思う。そんな俺だって一番最初の3行は理解してるんだよ。 ちなみに、人のことを思いやるのもエゴなんだって。慎ましく生きたいというのも エゴ。何か食べたい=エゴ。彼女欲しい=エゴ。いい人だと思われたい=エゴ。 カッコイイ服が欲しい=エゴ。仲間を大事にしたいっていうのもエゴ。 エゴイストに「エゴイスト!」って言われても、ピンと来ない。自分が悪いです、 って思えないんだもん。五十歩百歩では?と思えてしまう自分は間違ってるかな。 オマエモナーっていい言葉だ。
けど! けどけどけど!!!!
どっちが正しいなんてことは今、問題じゃねぇんだぞ、俺。 どんな理由であれ誤解であれ人を傷つけたらそれは相手にとって罪悪なのです。 つまり「お前が悪い」。こっちに悪意があろうとなかろうと関係ない。相手のエ ゴを侵害したら、それは罪です。それを言い聞かせてる。そういうことでないな らどういうことであるか説明して欲しい。
おざなりにして先に進むの嫌だし、ここでしっかり起きている物事を把握してお くことが自分にとって貴重な勉強の機会だがら、今それに真剣に取り組んでいる。 決して逃げないしニーズがあれば行ける限り飛んでいくよ。攻撃するなら全部受 ける。痛いのは当然だし、よけるつもりはない。
てゆーか、まず現状を否定しない。言い訳はいらない。真相を解明しようとして るんだから。そして罪を責めている相手の真意を理解しないまま口先だけで罪を 償わない。←これがよく余罪となります。
解決なんて今すぐじゃなくていい。時間なんていくらかかったっていい。極論を 言えば、俺が死んだあとだって別に構わない。気が付いたらおさまっちゃうもん だったらそれはそれでいい。今は考えることから逃げないこと、そして傷つけて 悪かったという事を素直に認める気持ちが大事。自分さえよければあとはどうで もいい、という種類のエゴがここにはないことが伝わればもうそれでいいです。
じゃ、今、自分の中にどんなエゴがあるのか。 いい歌も人気も少ない、という現状を踏まえて(笑)
これから、 今までよりもっと「また聞きたくなっちゃう歌」をこの世に残したい。 そしてもっともっと「なんか気になっちゃう人」に成長したい。 って、そういうエゴ。 あと「自分のプライドを守りたい」っていうエゴも相変わらず肥大です(笑) 終わってるな。いやだからこそ始まってるのかも。
おしまい。もう胸張る。 心配かけてごめんね。
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