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- 2002年10月19日(土) クルーザー
バターン死の行進って知ってる? 太平洋戦争で日本が日の出の勢いで勝ち進んでるとき、フィリピンでの捕虜をひたすら歩かせた事件。
バターン半島のすぐ近くにあるコレヒドール島って所にクルーザー乗せてもらっていきました。 マニラ湾のちょうど入り口にある精子みたいな形したこの島は一大要害で島のあちこちに軍事施設跡があるんだっていうんでちょっと楽しみでもあったり。
ぼろっちい、鉄板を張り合わせたようなツアーバスに乗ってそれらを見て回った。
ううーんすごい。でかい!たしかに砲台いっぱいあったし。
他にもスペイン統治時代に作られた灯台に登って足がつりそうになった。 見て回ってたらちょうどいい時間になったので沖へ釣りに出てた太朗のオトンと落ち合うことになった。
みんなフェリーに乗ってミンダナオ島に帰るのに俺達だけなんか自家用船やし。注目されてました。そこで一眠りして一焼けしようと思ってたら、体に1ペソコイン置かれてきづいたら○の型だけ残って焼けました。
悲惨。
マニラについて一度帰宅。で、例のフィリピン爆弾テロがあった土地へ晩飯を食いに行きました。たろう氏が幼いころにぎりっぺをかましたという知人が運営するレストランでたらふく食ったんですが知人割引でお代はありませんで。ぐは!
飯の後はビリヤードしてんでから帰宅。1時くらいに帰ったらたろうの弟はオトンに猛烈に怒られてた。
明日でとうとうおしまいだ。まま、お土産やらなんやらかっておしまいになりそうだ。早いものだな。
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