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- 2002年09月12日(木) 小佐渡(佐渡島下半分)
この日は天気がよろしくなかった。 朝から曇っていたわけで、今にも泣き出しそうなそんな天気。 明日は赤泊からフェリーで本土に渡る予定だったので、さやかの家から どれくらいで着くのか、そしてフェリーの時間の確認をしておきたかったわけだ。
で、突撃。しょっぱなから道を間違って両津空港だかに迷い込んでしまった。 両津空港。国内線限定ってわけではない。セスナとかそんな飛行機だけが 発着できるっぽい、だだっぴろいコンクリート広場だった。そこを俺と同じ系列の カブに乗ったおっさんが滑走路を突っ走ってた。
迷ったけれどすぐに現在位置が把握できたので正しい道を走りまくりはじめる。 梅雨の時期に佐渡は激しい雨にやられたらしく、山間部に入ると結構 土砂崩れで迂回道と表示が出ていた。考えられないくらい細い道で急だ。
明日荷物満載で走れるのだろうか、と疑問を感じつつそれを口に出してひた走る。 どうも単車に乗りながらの独り言が多くなってきたようだ。
山の細道を抜けると、こんどは広い山道にでくわした。赤泊の港まではあと少しのようだ。 道自体、昨日走ったようないい景色でなく左右はうっそうとした林間道で多少退屈だった。
赤泊港について一服休憩。どうも時間を見間違えていたようだ。朝クソ早いフェリーしかない。 となれば俺は更にクソクソ早起きしてここまで来ないとダメということか・・・・ でも両津から新潟市に入ったら本土で余分に走らないとだめやし。
でもまあ、問題は帰ってじっくり考えよう。ということで小佐渡めぐりを開始した。 赤泊港には巨大な船がモニュメント風にどかーんと飾ってあり、その横には 観光案内版らしき簡略化された地図が備え付けられていた。 俺が持ってきた「ツーリングマップル」これはあまり見所が詳しく書かれていない。 道についての情報は結構あるのだけれど、「寂しい林道 気分が沈む」みたいな。 今回の観光名所もさやかが独自に集めた資料であるとかそういったものを参考にして 回っていたのだが、それにもなかった素晴らしいモノがこの赤泊港の地図には載っていた。
おさすりさん
その横にイラストがかかれてあったが、それは間違いなく、チンコだ。 見なくてはならない!俺はそう強く感じて、独り言だ。 「絶対見るでぇ!」 どうやら隣の集落にあるらしい。俺は走りまくった。 その目的の集落(名前は忘れた。確か藤井やったかな?) に入ったのだがその集落に入ったことを示す標識の下にも 「性の守り神 おさすりさん」との表記が!
心は躍る。どこぞに「おさすりさん ココ」と書かれた看板はないだろうかと 佐渡一周線をつっぱしる。雨がパラパラ降ってきたが気にしていられない。 しかし、俺はその集落を出てしまった。「なんでっ!?なんでないねん!?」 俺は一里塚というちっこい公園らしきものに単車を止めて地図をチェックしていたのだが その時に不幸は起こる。
うっかりしていてメットを脱いだ瞬間落としてしまったのだ。
ガシャーン!
ヘルメットに取り付けられていたパトライトのプラッチック部が割れた。 俺はあわててスイッチを切り、破片を集めとりあえずメットから無残に砕けたパトライトを はずし単車後部に備え付けられた箱にしまった。
雨足は強くなってきたので雨具を着て、さっき来た道を戻ることにした。 ここまできたら意地でもおさすりさんを見なくてはならない。
・・・・・・・・・・・・
集落の入り口まで戻ってきた。どうもわからない。ふと、目をやると非常に見にくいが 木でできた看板が。どうやらこれがおさすりさんへと導く道しるべではないのだろうか? 俺はそう感じてわき道に入っていった。タンボが広がり道はどんどん奥へとすすむ。
結構登ってきたところで分かれ道にさしかかった。しかし、その各道がどこへ行くのかという 表示はあるが「おさすりさん」のおの字もない。行き過ぎてしまったか。 直感的に感じた俺はまた、注意深く戻っていく。すると、じゃりみちが脇にあるじゃないか。
「ははーん」
そう思って俺はそのジャリ道を突き進んだわけだが、登山道のように道が悪い。 整備されていないようだ。わだちの上を慎重に走っていくと、今度は畑に出てしまった。 しかし道はまだ続いている。「道間違ってるかもしれない」そんな思いが出てきたけれども 「おさすりさん」がもしかしたら奥にあるかもしれないという思いで俺はさらに単車を 進ませた。するとどうだ!
じゃりで道の悪い急坂をのぼりきったら、道がなくなってる。
悲惨。山中にあるタンボへ行く道だったようだ・・・。 俺は何してるんだ。おさすりさんを求める俺はがっかりしながら来た道をまた降りていく。
その分かれ道から佐渡一周線に戻るまでもう分かれ道っていう分かれ道はない。 チンタラ単車を走らせてその一周線に戻るかどうかって時に俺は鳥居を発見した。
行きは結構飛ばしてたからわからなかったけど、どうも公民館の横らへんに鳥居があった。 「ここにおさすりさんがいる!」俺は単車のエンジンも切らずに鳥居へダッシュ。
いた!ここにいた!巨大なチンコをかたどった石の像。その横にはほこらがあって、 正面から勃起したチンコをかたどっており棒は長くなかったけれど左右の金玉に それぞれ、男女の神様らしき人達が彫られていた。
ううむ!賽銭を入れて性に関するお願い事をしようとしたけれど賽銭箱はお堂にしまわれていて 鍵かかけられていたから、俺はおさすりさんを言葉どおり、さすって写真を撮り大満足で その集落を出た。
次は初日俺の上陸地点、小木でのたらい舟だ。
おさすりさんの集落から小木までは大して時間はかからなかった。 着いてすぐにたらい舟乗り場がわかったので、雨もやんでいたしクソだるい雨具を脱ぎ チケットを買いに窓口へむかう。
なんぼやったか忘れてしまったけれど、想像以上に安かった。 余談になるが、新聞で見たが佐渡のたらい舟を作る職人が減りつつあるそうで弟子入りしたのが アメリカ人。彼は技を盗むという日本の職人に驚きつつもたらい舟職人の下で働き続けたらしい。
彼が帰国してその師匠が亡くなったらしいが彼はたらい船職人だけでなく色んな船大工の 元で勉強しつつ、弟子がいなくなって技が継承できないその船大工の技術であるとかってのを 資料に残す作業をしてるんだってさ。
てのはともかく、たらい舟に乗ろうとしたら海女さん?船頭さん?のおばちゃんたちが 「若い子きたで〜ほれ、あんたいきいや!」って同じくらいの年の子に船頭させようとしてたけれど そこから何かが起こるなんて俺はちっとも期待はしてませんでしたが。 で、ぎっこぎっここいでもらって、たらいの船は動き出しました。途中こがせてもらったけど 非常に難しい。同じところグルグル回るし。その船頭してくれた女の人にこの辺でうまい飯屋を たずねたら結構あるらしくて、たらい船終わってすぐに教えてもらったソバ屋に向かった。
そのそば屋に入ったら誰も出てこない。仕方ないのでそこらの椅子に座ってたらオバハンが 「なんや客か めんどうやな」みたいな感じの不機嫌さで出てきたがメニューがない事に気づいた のでとりあえずソバを1人前頼んだ。オバハンはすぐ奥にひっこんだんだけれども隣の部屋では テレビの電源が入っているようですさまじい音量で黒柳徹子の声がソバ屋にこだましていた。
徹子の話に耳を傾けていた俺だが、しばらくすると無言でオバハンがそばを持ってきた。 麺の形が不ぞろいだ。ううん。いい感じじゃないか。俺が今夏島根で食ったソバもそんな感じだった。
そして味もいける。ただ俺の中でのソバキングは出雲大社鳥居前の坂途中に位置するソバ屋だ。 佐渡のソバ屋もうまかったが残念ながら俺の中でのランキングでは3位くらいになってしまったのだが 誰も文句はいうまいて。
軽くソバを食らい俺は更に西へと走った。そう。沢崎灯台を目指して。ってその沢崎灯台が有名なのか どうかは俺はしらない。ただそこに向かう途中、鼓童村というのを発見した。 佐渡島と言えばクソでかい太鼓をどつきまくる和太鼓集団(適切な表現かどうかわからないが) 鼓童(こどう)だそうで今回の訪問で見れるものなら見てみたいと思っていたのだけれども 残念ながら祭りのシーズンを外してしまった為に見れなくて残念がっていたところだったので この思いがけない隠れ村の発見はまさにキタキタキタキタ━━━(゜∀゜≡(゜∀゜≡゜∀゜)≡゜∀゜)━━━━!!
村に侵入してみると看板が下がっていた。その看板には「一般公開はしておりません」 興味をそそられるのは俺だけではあるまい?俺はその隠し練習場なる道場みたいな建物の周りを 挙動不審に調べてみたところ、どうも窓がある。しかもあいていたので覗いてみたらなんと やはり巨大な太鼓が安置されていたのだ。その周りでは例の鼓童とおぼしき人物がドンドンと 一定のリズムで太鼓(若干小さい)を叩いている。
写真に収めたかったが一般公開は禁じられているという事で無断で写真とったら、鼓童にとっつかまって 太鼓のバチでぼこしばきにされることが怖かったし、生命保険が・・・・・
嘘です。ただ怒られるのがちょっとめんどかったのでやめたのです。とにもかくにも 怒られたら時間がもったいないし、疲れてるときに怒られてもまじめに反省してる風を装えない でしょ。え?関係ないけど怒られなれしてるから。話は逸れるけどキダンはまちがいなくそうでしょう。
で。で。
鼓童村は抜けまして。灯台に向かったのですがほんと人っ子一人通らないんです。 しかも薄暗い天気やし。ちょっとセンチメンタルになんかなってくるしどうも、しょうもない独り言 が増えてくるんですよね。
灯台が見えてきたら「みえてきたでおい」みたいな。 「キタキタキタキタ━━━(゜∀゜≡(゜∀゜≡゜∀゜)≡゜∀゜)━━━━!!」って言うたこともありますよ。
そんなもんでしょう。で例の西端、沢崎灯台に到達しました。なんかね、曇り空に回り誰もいない。 んで海。ここでヤニをすらったんですが勝手に俺は「バイカーやな・・・かっこええなあ」と 原付であるにも自分に危うく惚れかかってしまったり危なかった危なかった。
景色よすぎるんです。しかもこの辺の海岸は砂浜もこっから少し走ったところにあるんですがそれまで は溶岩が固まったっぽい黒ずんだ変わった形の岩がゴツゴツしてまして。なんか妙なけれど 美しい景色を演出してましたよ。またその間にならべられた漁船もいい味だしてたんですけど 景色に見とれてたもんで写真撮るのわすれました。
西端までいったものですからあとは両津に戻るのみ。 昨日折り返したホテル大佐渡までは行かないけれどそこの途中に「佐渡ゴールドパーク」 なるものがあるんです。
そこはなんと砂金採り放題。たまりませんね!てか30分限定なんですが。 もちろんいきました。初級コースでやってみたけれど採れない!採れなさ過ぎる。
やり方教えてくれるおばちゃんは結構ガンガン採るんですが。でも腰使いと同じように 手に持つ巨大なプラッチックの皿を「の」の字に動かしていくと結構いけるんですよ。
観光できてる見知らぬ老年夫婦に絡んで和気藹々と砂金をすくってたらあっちゅう間に終わって しまって。予定ではそこで一攫千金。大金持ちになる予定だったのに。 キダンで来たらかなり遊べるだろうな、と思いつつも誰もこないだろうと軽くあきらめてそこを あとにしました。
今日の日記は長いね。あと少しさ。
そっから、しばらく行くと果物の直売所があったんで寄り道。 さやかのお母さんから「ゴールドパーク周辺はうまい果物がとれることで有名だ」と聞いていたから バラで果物売ってないかな〜なんて寄ってみた所、袋入りで10個とかまとめてでしか販売して いなくて、バラでは売れないと言われてしまったんだけれども販売していた梨が売り切れた が試食の梨が大量に余ってるから全て食べていいと言われたので、俺は 「そんな、試食の全部食べていいんすか〜」なんて口では遠慮してたけど結局全て平らげました。 それから店のおねえさんっていうても若い主婦の方っぽかったその店の人とゴールドパークの 事であるとか、佐渡の話を30分ばかりしていてそろそろ行こうかとなった時に 「これあげるわ!」と巨峰を一房いただいてしまった上に「ここに行けばバラで売ってくれるかも」 と近くの農園の地図をくれたので、それを頼りに農園に向かったところ、農園の人は 突如原付で現れて「りんご、バラで置いてるって直売所できいたんですけど・・・」 と関西なまりで話す妙な男に驚いていた風だったが、原付の後ろに貼り付けられた
兵庫>新潟>東京
と書かれたマグネットを見ると事情を察したのか「傷物で売り物にならんけど食べられるよ」と りんごを3個ほどくれた。ただで。ジゴロ万歳。
しばらくその人々と語らったあと、「がんばれー」という応援を背中で聞きつつ農園をあとにした。
真野市に入ってさやかが薦めている「佐渡伝説館」なる建物を発見したので見に行ってみた。 なんと入場券を買うとせんべいがもらえた。せんべいをバリバリ食らって建物に入ると そこはロボットが動きつつ佐渡にまつわる民話であるとか伝説を語りだすのだ。
前半のロボは結構こってたけど後半になるにつれて、ちゃちになる。
出口から出たらお土産屋があってそこの販売員に色々売りつけられそうになったが あまりに汚い格好をしているのと「俺、金ないんで・・・」という言葉でお土産屋 中盤から後半まったく誰も声すらかけてくれなかったのがさみしかったな。
建物を出ると前方に「アルコール共和国」とでかでかと看板を掲げている小さな小屋があり 無料試飲ができるとかで一人ではいり、かってに日本酒を2,3杯ひっかけて出て行った。
売り場のおばちゃんは終始無言だったから俺がそこに入った時点で「あ、こいつ飲みにきよった」 とオーラで悟られてしまったのだろう。
午前中に到着した赤泊までぶっとばし、赤泊から海岸線に沿ってひたすら、ただひたすらに 単車を走らせた。ほんま、ひたすらに。徐々に暗くなってくるし天気も悪いし。
無事さやか宅に到着して明日の朝についての計画を練ってみたりもする。 天気予報によると秋雨前線がさらに北上してくるとか。明日は雨やな。
海の幸をモリモリ食わせてもらって寝た。 明日は本州攻略やな。
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