今日の昼『アッコにおまかせ』を見ていたら、春の甲子園の入場行進曲が『大きな古時計』になったということを取り上げていました。 「どうやって行進するんだよ!」と言いつつ曲に合わせて手足を動かしていた出演者たちを見て、最初にその話を聞いた時に同じことを思った私は大爆笑。 もちろん、行進にふさわしいテンポに編曲されるのはわかっていますが…それもどうよ、と思ってしまいます。 宇多田ヒカルさんの『First Love』の時にも思いましたが、何だか最近の行進曲の選考ってどうかしてませんか? 曲の好き嫌いがどうこうという問題ではないのです。 「売れたからこの曲にしよう。なぁに、アップに編曲すればいいさ!」じゃ作曲者や歌手の意図にも反するだろうし、行進する選手のやる気にも結構水を注してしまうのでは…と思うのは私だけなのでしょうか? 少なくとも私が高校球児なら軽快な古時計で行進じゃゲンナリするぞ。 私がまだ中高生くらいの時は『選手に力を与えるようなテンポと歌詞の曲』というのが選考基準にあったような気がしたのですが、それは私の覚え違いですか?
同番組では、新聞に使ってはいけない文字や表現なども紹介していました。 アルファベットの表記はカタカナにしなければいけない、画数が多い漢字は全てひらがなに…など。 前から知っていたことではあるのですが、こういう話を聞いたり、新聞を読んでいたりするとたまに思うことがあります。 新聞からしてこんな読めそうな漢字までことごとくひらがなにするから、今の人たちがどんどん漢字読めなくなっていくんじゃないのか? (この時例にあげていたのは『寿司』でした。これもひらがなで書かなくてはいけないようなのですが、これって普通に読めそうだし、読めた方が絶対いいと思うのですが…) もちろんそれが目が悪いお年寄りなどに対する視覚的な読みやすさを考えてのことだとわかってはいますが、ついついそう思わずにはいられません。 漢字の読みは得意なのに書きがほとんど出来ない私が言うことではないかもしれませんが。(そういうオチかよ) 追記。 この日記を読んだ方から先程ご指摘をいただきました。 新聞等で使える漢字は基本的に常用漢字と決まっているので、知っていて読めても使えない漢字はたくさんあるのだとのこと。 お詫びして訂正させていただきます。
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