.第7話:「やさしいキスをして」 А Side:Nagai)

忘れられない女(ひと)が、いる。
誰と付き合っても、どんな女に言い寄られても
いつだって心のどこかに、彼女がいた。
物心ついたときから、ずっと。


「こちらに引っ越してきた、牧島です。よろしくお願いします」
あれは20年ぐらい前のこと。
近所に新しい家が建ち、そこに牧島家が引っ越してきた。一家で引越しの挨拶に来た日のことを、今でも鮮やかに覚えている。

ガキの俺でもわかるほど、そこらへんのおっさんたちとは違う雰囲気のお父さん、上品な感じのお母さん、たぶん小学4〜5年生ぐらいの、やさしい笑顔のお姉さんと・・・たぶん俺と同じくらいの、姉の後ろにぴったりとくっついたまま出てこようとしない女の子。

「牧島壮一郎です、こちらは家内の佐知子、この子が姉の瑶子、小学4年生です。
それからこの子が、・・・こら、瞳子隠れてないで出てきなさい」
父親がその子を前に押し出そうとするが、ますます姉の後ろから離れない。

「お名前はなんていうのかな?」
 うちの母さんが、その子の目線までしゃがみこんで、やさしく聞いた。
「・・・まきしまとうこ」
その子は相変わらず姉からは離れなかったが、母さんの問いにぼそぼそと答える。
「とうこちゃんって言うの・・・とうこちゃんは何歳?」
なおも母さんが問いかけると、今度は何も言わずに、指を三本立てて見せた。
「そう、とうこちゃんは3歳なの。うちの亨(とおる)と同じね」にこにこと笑う母さん。それにつられたのか、そのこもやっと笑顔になって。
 
 顔の半分はあるんじゃないか?って思えるくらいの大きな目が印象的だった。
のちに字を書けるようになった時に「瞳子」って名前は伊達じゃないな、って思えたくらいの。

 そのときから、俺、瞳子、近所の美和子と3人、同級生の幼なじみとしての付き合いが始まった。
 幼稚園、小学校、中学校と同じ学校で、その間には瞳子が目を怪我したり、美和子の親父さんが亡くなったりといろいろあったけど、瞳子の事も、美和子のことも、他の同級生・友達とは違う特別な存在だと・・・そう、まるで兄妹のように、俺たちはずっと一緒に成長してきた。

 でも、その気持ちがまた違った方向に変わっていったのは、それを自覚したのは3人が中学3年生になった頃、たまたま進路の話をしたことがきっかけだった。

 学校で進路希望を聞かれた俺たちは、自分が将来何になりたいのか、そしてそのためにはどんな学校に進んだほうがいいのか、それを3人で話していたときのこと。

「・・・あたしは、通訳とか、英会話の先生とか、そっちの方向に進みたいなと思ってる」
話を切り出したのは瞳子。その話を聞いたとき、俺たちは心底驚いたものだ。

 大学教授の親父さんの血を引いてか、頭がよくて、いつも俺たちの学年のトップの座に君臨している瞳子。
 ただ、なぜかどうしても英語が苦手で、本人にも英語アレルギーがあるみたいで、
「英語しゃべれなくったって生きていけるわよ!!」とまで言い切ったぐらいなのに。
「いつの間に英語がそんなに好きになったの?瞳子ちゃん。」美和子が聞く。
「んー、あの人が来てから苦手意識がなくなったみたい」と返す瞳子。
 あの人、とは、瞳子があまりにも英語に拒絶反応を示すのと、受験の為の予備校に行きたがらないのを心配した親父さんたちがつけた家庭教師のこと。
瑶子さんの同級生で、かなりのイケメン。正直、俺にとっては面白くないわけだが。

 「いい人が来てくれてよかったねー。・・・で、瞳子ちゃんは高校どこにするの?城山?清泉院?・・・それともどこかよその学校行くの?」美和子がこの辺のトップクラスの学校名を挙げながらなおも聞く。
「うーん・・・大学はよそにいくかもしれないけど、やっぱ高校までは地元かなーって。・・・たぶん、城山だと思う」俺はその答えを聞いてほっと胸をなでおろす。清泉院は全国にも名をはせる名門私立だがなにせ女子高だし、家を出ないといけないほど遠くの学校に行ってほしくなかったから。

 成長するにつれ、瞳子と美和子の事を、同じ立場同じ目線で見られなくなってしまった。
 身体もちっちゃくて、いまだに小学生に間違われる童顔の美和子。
 見た目的には妹キャラだが、実は芯が強くてしっかりしてて、たよりがいのある奴だってのは長い付き合いの中で十分わかってる。何か相談事があったらまず美和子に話すぐらい、彼女には信頼を置いている。

 瞳子のことも、そう言う感覚で見ていたはずだった。
 でも、いつのまにか彼女のことを恋愛の対象としてしか見られなくなった自分がいた。
 眼鏡をかけているからわかりにくいけど、大きな瞳が印象的なきりりとした顔立ちの美人、女の子にしては長身のすらりとしたスタイルに惹かれるのはもちろんのこと、人になかなか弱みを見せたがらない奴だけど、どこか不安定そうにも見えて目が離せなくなってしまった。

 大学は別々になってしまうだろう。
 だからこそ、せめてあと3年、高校卒業までは彼女と一緒にいたかったから、その日から、俺の猛勉強の日々が始まった。
 なにせ俺は自他共に認める体育会系、とてもじゃないが瞳子と肩を並べられる頭のレベルじゃない。
 ある意味無謀な賭けに親も先生も友達連中も呆れていたが、部活引退後死に物狂いで勉強して、おそらくぎりぎりだとは思うが、見事城山に合格したのだ。…もちろん、瞳子も美和子も一緒に。

 日々募っていく瞳子への思いをおさえきれなくなって、高3になるかならないかの頃、俺は彼女に告白した。

「ごめん…あたし亨のこと、そう言う風に見れない」

 予想通りの答え。彼女が誰を思っているのかも薄々気づいていたから。
 でも、その相手はもうとっくに他の女のものになっている。
 自分の姉の旦那となってしまった、思いつづけてもどうしようもない相手。
 そう、それは彼女の元家庭教師、今は俺たちの学校の教師である本並佑哉。年齢がさほど離れていないせいか、生徒からは兄貴のように慕われているが、俺にとっては世界で一番大嫌いな男。

 やがて俺たちは高校を卒業し、美和子は地元に残り、俺は東京へ、瞳子はイギリスへ留学して、十何年も一緒にいた俺たちはそれぞれの道を歩き出した。
 大学、社会人と時を重ねていくごとに、いつか瞳子のことを諦められるだろうと思っていた。
 だけど、どんなに時間を重ねても、恋愛経験を積んでも、やっぱり心のどこかには瞳子がいる。
 
 瞳子も東京で社会人になったと実家からの情報で聞いているが、結局は高校卒業以来ほとんど会えずにいる。
 牧島の実家や地元の連中なら瞳子の居場所を知っているんだろうが、瑶子さんが突然亡くなってしまったり、美和子も早々と結婚して子育てに忙しそうで、なかなか聞けずにいる。

 

 東京の街にはいろんな恋が、魅力的な女性が数多く転がっているだろうに、
 いまだに俺の心の一角から、瞳子の存在は消えずに残っているのだ。
                   
                         (┐愨海)

2005年05月12日(木)


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