.第7話:「やさしいキスをして」 ァ Side:Toko)

 つけっぱなしのクーラーから吹付ける風が少し寒く感じて、あたしはいつものくせで毛布を引っ張り上げようとした…が、自分のベッドのそれとは違う感触で、思い出した。
 背中越しに聞こえる寝息…ここは義兄の部屋で、昨夜彼に抱かれたことを。
 まだ眠っている彼を起こさないようにそっと身体の向きを変え、彼と向かい合う。よほど疲れているのか、隣であたしがごそごそやっていても、彼は表情ひとつ変えやしない。
 いつかは彼とこうなりたい、一度でいいから抱かれたい。彼と出会って、彼を好きになって、いつのまにか内に抱えていた願望。姉がいなくなってからその思いはますます強くなった。いつかはそういうチャンスが来るんじゃないかと思っていた。
 でも、彼の姉への消えない思いを見せつけられるたびに、その願いはきっと一生叶うことはないだろうとも思っていた。だから、正直昨夜のことが嘘みたいな気がしてならない。
 彼は、どういうつもりであたしを抱いたんだろう。酒の勢いなのか、姉の身代わりなのか…大方そういうところだろう。でも、それでもいい。あの時間だけは彼はあたしだけを見ていてくれた、あたしの身体に触れて、愛してくれた。それでいいじゃないか。そんな言葉を自分に言い聞かせながら、あたしは彼に気づかれないようにそっとベッドを抜け出した。
 既に夜は明けている。あたしは彼のために簡単な朝食を作り、置き手紙をして家に戻った。

 「あら、瞳子。今頃帰ってくるなんて何事?」
 玄関のドアを空けると、その物音に気づいた母が台所から出てきて顔をしかめる。
「ごめーん、みんなと飲んでたらお義兄さんとばったり会っちゃって。お義兄さんとこに行って飲んでたら寝ちゃったみたい」半分は本当で半分は嘘。でも母はそれを見ぬいているのかいないのか
「もう、いくら佑哉さんとあって懐かしかったからって、みんなして押しかけちゃだめでしょ!あとで佑哉さんにお詫びしとかなきゃ」そんなことをいいつつ台所に向かう母。
「もうすぐお父さんが起きてきますからね。今日向こうに帰るんだから、朝御飯ぐらいはみんなで食べて、お父さんにも挨拶しなさいね。
…とりあえず、着替えていらっしゃい。お父さんには内緒にしておくから」
「別に父さんに言ったっていいわよ、後ろめたいことなんかないし」
「あなたはよくても、お父さんがよくないの。いくら佑哉さんちとはいえ、年頃の娘が朝帰りなんて、いい気持ちはしないでしょ!…まったく、瑶子はこんなことなかったというのに」
 ちくり、と胸の奥が痛む。…姉がいなくなってからも、こうやって姉と比較されるのか。
 今でこそ感じなくなったが、子供の頃は何をやっても姉と比較され、悲しみ、怒り、ほんの少しの憎しみ…そんな気持ちを母に対して抱いたものだ。おそらく無意識だろうが、亡くなってもなお母にとっては姉が一番なのだ。

 昨夜着てた服を脱いだとき、あることに気がついた。ピアスを義兄の部屋に忘れてきた。
 取りに行こうかと一瞬考えたが、やめた。朝食を食べたら、東京に戻る為の準備をしなければならない。時間を作ろうと思えば何とかなるが、あの部屋へ行って義兄と顔を会わせるのもなんとなく気がひけた。
 幸い、といったらおかしいかもしれないが、あのピアスは仮に義兄に処分されたとしても惜しいと思うほどのものではない。もしも彼がそのまま残しておいてくれたなら、次に帰省したときに取りに行けばいい、その程度の物。
 あとは…ほんの少しだけ、考えた。あのピアスが、次に彼に会う口実になるかもしれないと。

 起きてきた父と何食わぬ顔で食事をし、職場へ送り出す。
 父はもう1日休みがあるのなら明日までいろ、としきりに口にしていた。そんな父に申し訳ないとは思ったが、あたしだって1日ぐらいはゆっくりしたい。(口に出しては言わなかったけど)それに、なんとなく後ろめたさや息苦しさも感じるのだ、まだ姉の面影がちらほらと残るこの家にいることに。
 成り行きとはいえ、姉の夫と肌を重ねてしまった。遺影の姉は穏やかな笑みを浮かべてはいるけれど、その笑顔に無意識に責められているような気さえして。


 その日の午後、あたしは東京へ戻った。
 
 
 家に帰りついて、荷解きをして普段着に着替えると、さすがにほっとした。実家にいることで無意識に感じていた緊張や息苦しさから解放されたから。
 自分の生まれ育った家よりも、わずか2年しかすんでいない自分ひとりだけの部屋にいることのほうが落ちつくなんて、なんだか変な話だけれど。
 よほど疲れていたのか、しばらくうとうとしていたらしい。クーラーなしで寝ていると、さすがに汗だくになって気持ち悪い。食事の前に風呂でも入ろうと浴室へ。
 ふと、浴室の鏡に映る自分の姿に目をやると、まだ身体のあちらこちらに、昨夜義兄がつけた痕が消えずに残っていた。そこに触れるたびに、心がうずく。
 …嫌だな。一度抱かれればそれで満足するだろうと思ったのに、もう「次」を期待している。そんな自分に苦笑いする。


 一度抱かれたぐらいで満足できるなら、こんな出口の見えない恋なんか、さっさと諦められるのに。
                   (Δ愨海)
 

2004年12月27日(月)


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