こちらに一覧が。 私も全部に目を通せたわけではないのですが。
検察側の主張を被告が否定したという報道をSNSで読んで、何とも引っかかりを感じたので実際の公判記録(に近いもの)を追ってみました。 うーん・・・したたかでもずる賢くもないという点では本人の言うとおり「いい子」なのかもしれない。 しかし、この種の「いい子」というのは自分もそうなのでわかるのですが、危険な「いい子」です。本当は不満があるのにそれを表に出して他者(特に親)から拒絶されるのが怖いだけだからです。で、溜め込んだ挙句にどうにもならなくなっていきなり爆発する。周りは何がなんだかわからない。 当人が楽な道を選んでるにもかかわらず「我慢してやっている」という被害者意識が醸成されていくのです。 で「悪いのは自分以外の誰かだ」→「悪い奴には何をしてもいい」という発想になっていきます。あくまでも主観の世界での善悪です。 確かに、どうも親の教育方針にも問題があったとは思いますが、既に親元を離れているのにその影響を持ち出すのもどうかと思います。(当人は親のせいではない、と言っていますが、だったらエピソードを持ち出さなくてもいいのでは。他の発言と合わせると「かっこつけ」の自意識に見えます)
ずる賢くない、というのは、格差社会とか派遣切りとか恋愛格差とか外見重視主義とか、検察が描いた「動機」のストーリーに乗ってそういう「社会的なもの」のせいにしてしまった方が同情を呼べる(実際そういう理由で英雄視する書き込みもネットにはある)と思うのですが、「掲示板での嫌がらせ」に執拗にこだわっているあたりです。 実際に当人にとっては、そうなのだろうと思います。 客観的にはものすごくどうでもいいことが自分の世界のすべてを占めてしまって八方塞がりになる感覚は、理解できるのです。 でも「償いとして事件を明らかにする」と言いながら、「〜だと思います」と推測的な受け答えを繰り返していて全く「明らかにする」意思は見られない。 ただ、積極的に「嘘」をつくつもりもないように思えます。 一般的に考えて「掲示板の嫌がらせへの抵抗」が通用する事件だとは思えない。(従って検察側がこの理由で告発しないのも理解できます) 個人的には、「嘘をつき芝居をしてまで切り抜けるほどのあくどい度胸はないがかと言って自分が悪人だとも思いたくない」という姿勢ではないでしょうか。 「思われます」は「責任回避」の表れでしょう。「私のやったことかもしれないけど今の私には責任はありません」というふうな。 精神鑑定でも「未熟で子供っぽい」とされたのはその部分を示していると思います。 掲示板への嫌がらせに腹を立てていた被告は、その怒りの感情に支配されていて他の選択肢が思い浮かばなかったし、相手(というよりも自分以外のすべて)に「私は怒っているんだ」ということを示したかったようです。 幼稚な表現をすれば、小さい子供がひっくり返って泣き喚くのと極めて近いと思います。この子供に「他の選択肢はなかったのか?」と訊ねたら、どういう答えが返ってくるのでしょうか。 つまりこの被告に必要なのは「自分は全く『いい子』なんかではない紛れもない加害者(悪人)であり、それを選択したのは自分だ」という意識で、それをどのように生まれさせるか、償いの感情を持てるようにするか、が弁護側の本来取るべき方向性のように思えます。
もちろん、動機の解明などどうでもいいから極刑にして欲しいという遺族の気持ちも当然だと思います。
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