中川昭一氏が死んだ途端、「いい政治家だった」「功績があった」という記事が目立つのだが、例の会見のときに何故そう庇ってやらなかった?と訊いてみたい。生きているときは叩き、死んだら神様扱いして祭り上げる。菅原道真の時代から日本人はそうだ。自殺者が多い文化的背景にこういう御霊信仰がある気がする。死んだ方が大事にされるのであるから。個人的には「マスコミが彼を殺した」と糾弾するヒトは、じゃああの会見のときにちゃんと庇ったのか?と訊きたい。黙ってたのなら同罪だと思うのだけど。