Dance日記帳
モクジ|キノウ|ヨクジツ
| 2005年05月07日(土) |
たかが挨拶、されど挨拶 |
稽古場へ。 少しづつは、慣れてきて、多少ははっきりと「よろしくお願い致します」「お先に失礼致します。ありがとうございました。」と正座で挨拶するようになってきたかな?と思う。
挨拶というのは曖昧だ。 「取り敢えず」という感じで頭を下げるのは、目上の人に対して失礼とは知りながらも、ついつい日常の流れで「ぺこり」とやってしまうのだ。タイミングなどをはかるのが大変難しい。
きちんと相手に向き合い、頭を垂れ、相手に聞こえる声の大きさで挨拶をする。基本的には目下からするものだ。 稽古場に入り、既にいる先輩方に玄関口で慌てて挨拶をするよりも、まずは靴を脱ぎ、きちんと先輩方の前にまわって膝をつく。先輩方も当然なれているから、新参が目の前に来るまで待っていてくれるのだ。(そういう部分にも「先輩」が「先輩」である余裕や優しさを感じることができる。)
挨拶がまともにできると、すっきりするものだ。挨拶というものが、こんなにも気持ちの良いものであるなんて、この歳になって初めて気付いたような気がする。 家族の中での挨拶も勿論だが、仲間うちでも、仕事関係でも「挨拶」というものは蔑ろとまでは言わないが、曖昧で適当になってきている。「おはよ」ぺこり。「おつかれー」ぺこり。「ありがと」ぺこり。 確かに近しい人に対しては照れくさくて、きちんとした挨拶というのはなかなかできないものだ。 だからこそ、こうして稽古場で正式な挨拶をさせてくれる師匠や先輩の存在をありがたく思う。
ジャズダンスのレッスンで、普通に歩く「ウォーク」の練習をすると、皆さん、本当にぎこちない。 毎日、無意識に歩いているはずなのに、意識すると途端におかしなことになってしまう。 ダンスの素晴しいところは、そういう普段の振る舞いや、身のこなし、動作というものが大きく再認識され、意識できるという部分にもあると思う。 私の場合も、皆さん同様。 挨拶をきちんとしようとした瞬間からぎこちなく、どこか不細工で無理があることが身体を通して恥ずかしいくらいに実感できる。 日常の小さな動作ひとつ。ここに自分なりの「美意識」というものを当てはめられるようになれば良いのだろう。まだまだこの先も険しい道は続くだろうが、それが現在の私にとって、何よりも楽しみな部分であるのだ。
たかが、挨拶。されど、挨拶。 先日、昼食をとったレストランで、となりのテーブルのおじさん(普通のおじさん)が食事を運んできてくれたウェートレスに「ありがとうございます」とサラッと礼を言うのを目の当たりにして、なんて清々しく、そして、素敵なんだろうと思った。 その方の人格というか、品格というか、外見からでは決して判断できない、人間の中身の美しさのようなものを、そのワンフレーズの言葉で垣間見せてもらったように感じたのだ。 運んで来た食べ物を見るのではなく、運んで来てくれた相手を見ながら、ゆっくりした優しいトーンで丁寧に挨拶していた。こういう方ならば、また「ありがとう」と言ってもらいたくて、何かをしたくなってしまうのだろう。 隣のテーブルにいた私までもが、そのおじさんの気持ちのよい挨拶の一言で嬉しいような、仕合わせを分けてもらったような気分になったのだから。 私も、いつか、近いうちにそうなりたいと切実に思う。
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