Dance日記帳
モクジ|キノウ|ヨクジツ
5週目のオープンクラス、楽曲のワンコーラスを踊りきりました。 ボリュームのある振付けだったからか、終わった後のメンバーの静寂が心に残る。
快く疲労感があれば良い。 上手に踊ろう、他人の視線を意識しながら踊るのは10年続けた後で十分だということを大切に思って欲しい。 まずは、自分が楽しむこと。キモチいいと思えるほどに動いてみること。それが肝心。楽しめないのでは、踊る意味がない。
振りを間違えないように踊ることも大切ではある。 間違えてしまうと、なんとも後味の悪い思いをしたりするからだ。 しかし、スッキリと心地よい「間違い」や「失敗」がダンスには存在する。 逆に「間違い」や「失敗」を恐れ、曖昧に動くことは、バツは悪くなくても、なんとも後ろめたいような、中途半端な気がしてよくない。 いっそ、半端で曖昧なままでいるよりは、スッキリ、サックリと間違えてしまったほうが気分が良いのではないかと思う。 自分の間違いや曖昧さをただすことで、また明日からより楽しく踊れるようになるのではないか。
普段、購読しているメールマガジンにこんな一文があった。 『ふつうの人は1回失敗をするとそれで止めてしまいます。 けれども中には10回失敗をしても、100回失敗をしても止めない人がいます。そしていずれはいとも簡単にこなせるようになって、他人にアドバイスもできるようになります。今のその人だけを見ると、才能があって素晴らしく思えるかもしれません。けれどもたいていは山のような失敗が、その裏には隠れています。』
これはダンスだけじゃなくて、人生に在る、いろいろな物事について考えられるのではないかと思う。 失敗すること、間違うことで学ぶことは多くある。 失敗や間違いで受ける傷の大きさと、学ぶ大きさ、どちらが重要? 傷なんて治癒するものだ。 痛みや辛さは一生続いたりしないと思う。そう信じたい。人間は、痛みや辛さを跳ね返したり、それに慣れる強さや柔軟性をもっているのだ。 一時的な痛みを恐れるばかり、大切なものを得られるチャンスを失うのは口惜しいと思う。
皆様から見れば、クルクル回っている私かもしれないが、皆様と出会う前に、何千回も失敗を繰り返し、「できないのではないか?」と何度も自問自答を繰り返し、あきらめずにここまできたからダブルピルエットを回ることができたりするのだ。 その散々失敗していた私は過去に確実にいる。その頃の私を皆様にお見せすることができれば、納得してもらえるのかもしれない。 生まれつき、ジャズダンスが上手でクルクル回れる人なんて、ニューヨークのブロードウェイにだっていない。
失敗は人生を与えてくれるのだろう。
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