| 2004年03月14日(日) |
NY時間。(その3。) |
NY時間3/15。 NY3日目。
明日の朝は、空港に向けてam6:50出発にしなければならないので、実質今日は遊べる 最終日。 念願だった美術館巡りやcentral park周辺を回ることにする。
地下鉄も段々乗り慣れて、ようやく目的地へ迎えるようになったというのに、最終日 とは本当に残念…。 ようやく刺激という刺激に慣れてきたところなのになぁ。
NYには本当にたくさんの美術館やギャラリーがあって、そういうところにぼーっと 入っているのが好きな私にはたまらない。 友人も同様の趣味を持っているため、躊躇なく観光にいそしめる。
迷って迷った挙げ句、グッゲンハイム美術館に行くことにする。 最後までメトロポリタンと揺れに揺れた。 でも、その後“グラウンド・ゼロ”や、“自由の女神”、夜景観光を控えて、より 時間のかかりそうなメトロポリタンは次に持ち越そうと思ったから。 そして、大好きなJ−WAVEでもNew Yorkerに一番人気の美術館として紹介されて いたから…。
Museum周辺の街並みは、これまたどことも違う独特の街並み。 Cetral Parkや五番街に近いこの街は、きっと高級住宅地なのだろう。 開放感のある外観・内装。 広くて真っ白な明るい館内。 日本の美術館にありがちな静まり返る雰囲気はなくて、みんな思い思いのおしゃべりを しながら見て回る。
まずは腹ごしらえとばかりに、憧れのcafeへ。
とても可愛い内装で、もうそれだけでうきうきする。 食事もデリ風で、好きなものを取り分けられるのが嬉しい。 久し振りにアメリカ食に対して食欲がわいた。
レジのお姐さんは、研修で決して手際がいいとは言えず、緊張感のまるでない接 迎えてくれる。 私がお米のクリスピー(激ウマ。アメリカで食べたものの中で最も美味しい物だった★) を注文したからか、最後に“アリガト”と言ってくれる。
外国で聞く日本語はいとおしく、懐かしい。
ここ数日耳にする言語が違うためか、日本にいるときとは全然違う処理方法で刺激を 処理しているので、知らず知らずのうちに自分を酷使している。 でもartは万国共通。 目にしたものを素直に受け入れることができる。 グッゲンハイムの開放的な雰囲気と、集められた作品のtypeのせいもあって、本当に 心地良い時間を過ごせた。
集まってくる人たちもおしゃれな人たちが多くて、若いカップルや幼い子ども達の 微笑ましいふたり連れなどが楽しそうに見ている。 近所に散歩に来る感覚でみんなやってきている感じがとても好ましい。 家にもこんなspot欲しいなぁ。
お洒落なお土産屋さんを出て、近くにあるメトロポリタン美術館のホールのみを 見学してくる。 あんな素晴らしい建物の中の写真をがんがん撮れるなんて、太っ腹だなぁ。
昨日苦労したcabを美術館前で拾い、Johnが住んでいた“ダコタハウス”を見に行く。 TVでいつも見ていたあのアパートだった。 ここに住んでいるとは感慨深い。
最近よく思い出すオノ・ヨーコの言葉。
何かをimagineする時に、negativeなものを排除した世界をimageするのではなくて、 positiveな世界そのものをimageしなければいけないということ。
戦争がなくなって欲しいというのではなくて、平和な世界そのものをimageする。 素晴らしくて、弱く負けそうな気持ちに水を注ぎたい時に、心の底から思い出す ようにしている。
そんなJohnとヨーコを思い出し感謝して、その場を去る。
再び地下鉄に乗ってSOHOに帰り、買い残したお土産屋さん巡り。 お土産はもういいと言う友人と別れて、NYの街をひとりで動き回る。
NYでは困っていると、いつも親切に手を貸してくれる人がいる。 自動改札を読み取ってくれない時には、“こうやるんだよ”とばかりに教えてくれる人。 地図を片手に茫然としていると、“May I help you?”と声をかけてくれる 初老の紳士。 その他にもたくさんの人が色んな場面で温かさを示してくれる。
その代わりお店の接客とかは、おそろしいほどの態度の悪さ(日本と比べて)だけど…。
日本では、高校生のバイトさんですら、素晴らしい接客。 でも、街中で困っている人に対しては、見て見ぬ振りが多いように思う。
どちらがどうとはいえないけれど、自分の国のこと、Asianであることを思う存分 考えた日々だった。
外国人に慣れているNYの人たち。 が、子どもは違う。 私と友人が話す日本語や、その独特の出で立ちが珍しいのだろう。 不躾なまでに上から下まで視線を送られる。 レッグウォーマーを履いていた時など、指までさされた。 話し掛けるの待ってたんだけどなぁ…。
買い物を終え、ひと休みした後は夜の町を巡るべく、まずは“グラウンド・ゼロ”へ。
地下鉄の出口を降りた時からやってくる緊張感。 高い高い柵で囲まれたところに、その場所はあった…。
見て回っていると、急激な重苦しさで、首を締められているような感触。 また、気分が悪くなってきた。 どんな気持ちになるのだろう…そう思ったけれど、あまりの感情が押し寄せてきて、 結局真っ白になっただけだった。
realな生々しさだけは感じられる。 TVで見ていたあの映像は、確かにこの場所であったことがよくわかる。
確かに腹立たしい気持ちは理解できなくもない。 けれどあんな理不尽な出来事を、己の私利私欲のために戦争へと向かわせたブッシュに 対しては、明らかな怒りの感情が生まれた。 そんなことと一緒にして扱うべきことじゃない。 もっと尊い出来事であったはずだ。
居たたまれなくなって、一刻も早くその場を立ち去りたい気持ちになる。
NY最後に回ったのは、Ferryから見る“自由の女神”と“マンハッタンの夜景”だ。
向かう途中乗ったcab…私と友人の意思疎通の悪さで行き先をうまく伝えられなかった。 そんな時、私は“sorry”と謝る。 いかにも日本人的。
こんな時向こうの人たちなら決して謝らないだろう。 お金を払っているし、cabは客を客が望むところに連れて行くのが仕事なはず。 こんなところでも、自分がJapaneseであることを強く感じさせられる。
Ferryからは思ったように自由の女神は見えず、雨もちらつく曇り空で百万ドルの 夜景の全貌は見ることができなかった。 でもFerryで引き返す時に近づいてきたマンハッタン島の神秘的な様子は、わくわく するNYの体験そのものだった。
結局その日も夕食を口にせず、真っ直ぐにbedへ。 疲労とそれぞれが自分に集中していて、友人との会話も少なくなる。 夜はろくに口もきかず、最後の日を過ごした。
あぁ、帰りたくないなぁ。 またきっと戻って来たい。
♪BGM/J−WAVE
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