尊敬を払ってくれる人、だから電車から降りられる時、同じ駅で大量に降りる人が空けた座席に座らなかった。ホームの去り際に振り向き会釈すると、そのように何事もなくお互いに少しおでこを下げた。何も決めていなくても互いに鏡になれたかのような瞬間だった。
私があの時期病んでいた。
産まれて初めて、止まっていた両手と両足が突然、ガタガタと痙攣しだして自律神経から勝利して疾走したのだった。震えだして肉体の他者性に襲われて慄いたのに、自律神経に取り込もうとしたのに、どうにもならなかった。痙攣した私の肉体を喜んでも、悲しんでも、すかしてみても、どうにもならず、最後に全く投げ出して、自然とこみ上げる笑みに身を任せて大笑いした瞬間、やっと、肉体が自者に帰ってきた。
生物を生きながらえさせるロボット
肉体が完璧に原子に解体されては失われる全体性、と同様、近代自我、ギリシャ的合理やヨーロッパ的悟性、本能に基づく感情の総体、四大欲望にも決して還元しえない全体性を併せ持つ、物資的なソフトとしてのロボット。
私があの時期病んでいた
相手の虚無に鏡の如く反応したから、相手の共鳴したのだろう。鏡となる私のロボット性。徹底してロボットのになりきれないから、私は、そう君や其れや彼らとの重ね合わせに嘔吐し続けるだろう。