満たされぬから胸を焦がす
憤りまでいかぬ憐憫までおちぬ
理由はちらちらと頭をじらす
行動までいかぬ放棄までおちぬ
何時の間にか与えられていた育っていた胸と頭を行き来する
自己嫌悪をくっつけて視界を閉じようか
事実肯定に結びつけて膿みを放り投げようか
悲劇神話のカタルシスの炎で焼き尽くそうか
私は生きているという意識がはっきりと沈んでいく
この湖底は誰も来れぬ、永遠の孤独の世界
だからこそ私は活き活きとした確信を得られる
永遠の孤独にある空を飛ぶような涼やかな確信を感じる
孤独と確信という逆説を誰もが持っているのだろうか
ある人はあると言いさる人は悲しいと湖から遠ざかろうとし
この人は見えているよと嘘をつきその人は欲に足を捕まれてもぐってこれない
潜るのが恐くなってキメラになり餓鬼になり死者になるそんな人たちさえいる
この胸と脳の縦一直線からウルトラマンのビームのように飛び出して湖底へと飛んでいこう
キリスト教の天国、仏教の浄土のように絶世の美女も、幾ら飲んでも酔わないお酒も、人々を癒す緑も河も何にも、何1つないのだけれど、だからこそ全てが満ちている 全てに満ちていく加速度があるのだから
注記:「 狂気の煉動(れんどう) 」は2002年7月21日に掲載されています