ものかき部

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「 青沼博子さん �供�(仮題)
2004年01月02日(金)



 だから、無人島に行くことも初めて考えた。仲の良い親やおじいちゃんおばあちゃん、時に喧嘩するおねえと離れるのを初めて。
無人島に行ったら、という考えは直ぐにイメージが出来た。『サバイバル』という漫画を読んでいたからだった。大地震で1人になってしまい、無人島で暮らし船を作って東京に戻って来て、ずーっと両親と姉を探しに行くフィクションに思えないほど精巧な作りの作品だった。もう1度、3歳上のおねえの彼氏の家に行って読ませてもらった。
 スポーツ万能で勉強も良く出来た彼氏だったが、優しい方のタイプだった。もう1つは嫌味でえばるために頑張るようなタイプだのだけれど。当時は、ちょっとおとうに似ていると、俺に似ている、なんて自負心もあった。かぶりつくように何度も何度も1〜3巻のネズミとの闘いを読んでいたら、15,6巻もある漫画を、ポンと貸してくれた。10回も読んだ後に、お母さんに渡されたお礼のお茶菓子と共に返しに行く時、1つ聞いてみた。

 「やっぱり、人は1人では生きていけないのかな? 朋久さん。」
 「そうだね。生きてはいけれるけれど、それは普通に使っている「人間」という言葉に当てはまらないかもしれないね。」
 「う〜ん、うん?」と生返事をした。
 「君には両親や親戚がいるだろう? 色々と苦しくなったら、助けてもらうだろう? その苦しさも1人で何とかしなきゃならなくなるんだよ。食べ物も着る物なんかは判りやすいかな。1人で生きるとしたら、自分で全部作らなきゃならない。でも、僕たちを見てみたら分かるよね。肉を育てちゃいないし、着る物作ってない。この学生カバンだってそうさ。」
と言って大分ヘタってきた高校生用のカバンを見せてくれた。
こんな田舎でも高校3年生になれば、学校指定のバックでなくても先生や周りは目をつぶってくれるのに、「何となくもったいないんだよ」と言ってそのまま使っているのだ。姉も「そんな所が好きなの」と母にのろけているのを台所の外で聞いたっけ。
 「これらを自分で全部作らなきゃいけないんだよ。そんなのとっても無理だよね。食料を確保するだけで1日が終わっちゃうよね。だから今より低俗な生活レベルになるね。これは精神も同じこと言えるんじゃないかな。そういいう人を普通の意味の「人間」とは言わないよね。言ってること分かるかい?」
と優しく教えてくれた。
 「有り難う御座います。有り難う御座いました。」と深々とお礼をして、稲穂が香る闇夜に走り出していった。
そのまま軽くなった両腕を振りながら、朋久さんの言葉を何度も反芻(はんすう)した。
 
 「人間らしい生活をするには他人が必要か。気がついてはいないけれど。確かにそうだよな。毎日食べてるご飯は、俺や両親が作っている訳じゃないもんな。そうやって分担して人間が生きているんだよな。この横のお米だってそうだ。」
 額から汗を垂らしながら、消えていく人間不信とでもいうものに換わり、そんな言葉が心の中に入っていった。それから、私は社会の中で生きていこうと、ならより自分を発揮する方向で生きていこうと、一層勉強をし出した。とはいってもそんな思いは誰にも語らなかったけれど。だって、朋久さんが心から語ってくれた言葉が嬉しくて、男同士の秘密のようだったからだ。

 バタン!!
ドアを閉める音が聞こえて、ハッとした。
彼女は何時もハッとさせてくれる、と思っていると、「日本茶でいいよね?」と白肌にスカイブルーの釉薬(ゆうやく)がのった手のひらサイズの湯呑(ゆのみ)を濃茶のコタツの上に差し出してくれた。
「うん、有り難う」と私は、ベットから腰を下ろしてコタツの中に入った。

 ズズズ…ッ…

 2人がすする音がコダマするように重奏を重ねた。
 彼女が、またちょっと驚いてこっちを見ている。
 多分、あっちを見たら、「フフフ」と楽しげな声の重層がかさなりあうだろう。
 
 フフフ…フッ…

 この奇跡のように嬉しい感情も、数年内に、ただの日常的な雑音に代わっていくのだな。そしてそれを幸福と思えるようなればいいんだろうな。
 彼女が照れて、下を向いたので私もまねをして下を向いてみた。
 見えてきたのは、コタツの蒲団カバーだった。はっきりしているのは、これから手に入れるだろう個人的な彼女の体も社会の中で生かされているってことだ。婚姻関係や所有権や占有権といった法律のレベルで縛ったとしても、遺伝子のような生体レベルで解析したとしても捉えられない人間の全体構造の中で生きている。
 何もそんなに難しいことじゃない。「人は社会的な動物だ」という諺通りなだけだ。ただ、「だからって両親の期待にそむいちゃいけない」とか「反社会的な行動をしちゃいけない」ってことでもない。「人の中でしか生きれない」っていう否定的な理由でしかないのだ。
 
 彼女が銀行の時と同じように、ちらっと視線を上げて耳を真っ赤にしている。
 私は彼女へと口を近づけるのも出来るし、このまま家から無言で出て行くのも出来る。窓を開けて水着を嗅ぐような行動も出来る。否定的な理由しかないからこそ生まれる自由なんだなぁ、と茶を少しすすった。
 彼女もすかさず、お茶をすすって合唱してくれた。

 ズ…ズズズズ…ズー

 飲みやすいお茶を入れられる女は三成にならないだろうか? と考えて彼女の赤らめた頬を見た。
 あの人間の心が解らなかった時の癖は私の一部になった。相手が笑って欲しい時が解るのだ。そして今はそうして上げることに何の苦痛も感じない。むしろ、「相手の本当に望むことをしてあげる」という理論武装で正当化している。私は1人では生きていないのだから、自分が苦しいという視野、自分だけの喜怒哀楽で判断しない、という視野を与えてもらった。

 「ねえ?」
 「うん?なに?」
 と私は眉間だけを上にして、大振りな唇を左右に広げた。
 「ねえねぇ・・・」
 「なに? ん?」

 彼女はキスがしたいのだろう。彼女はべたべたしたいのだろう。彼女は… 解っている、解りきっている世界に生きていくのは苦しいと思っていたけれど、今はそうは思わない。私の自由というのもそこにしかないからだ。純粋知や純粋愛などを探求するのは、1人で生きるサバイバルのようなものだからだ。 朋久さんは、そうやって姉からも故郷からも離れていった。だから、例えあの人の腐乱死体を目撃しても。私の心では永遠に死なくなってしまった。

 さっと腰を浮かせて、さらに左へと腰と重心を落として、さらさらなヘタ紫なすを包み込むように手を回した。窓から差し込む夕暮れのような日光が、彼女の瞳孔を一層大きく魅(み)せてくれた。

執筆者:藤崎 道雪 (校正H16.6.9)



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