きよこの日記

2003年12月07日(日) ああすれば、こうなる式

私は養老孟司さんの考えることに、いつも半信半疑です。
「ああ、そうなのか」と、すっと目を開かされることもあれば、
「えらい傲慢なことを言うなあ」
「それはちょっと言いすぎだ」
ということも多々あります。

それから、なんで、話す言葉をそのまま本にしちゃうんでしょう?
私は、人の世を高みから眺めるようなその語り口に抵抗を感じます。
無味乾燥な論文体にしてくれたほうが、主観を交えずに読めるだろうに・・・。

『養老孟司の〈逆さメガネ〉』を読んでいて、一番、心に残った箇所。

 会社のような組織の中で働くと、仕事には、手入れとは違った合理性が徹底的に要求されます。その合理性を「ああすれば、こうなる」と表現します。
 そんなバカなことをして。こういう結果になるに決まってるじゃないか。都会の人は上役からそう叱られます。頭の中できちんとシミュレーションをして、望ましい結果になるように、自分の行動を調節せよ。それを絶えずやらされるわけです。だからどうしたというのだ。それで何が悪い。またまた、そういわれそうです。
 じつは子育てはそうはいきません。「ああすれば、こうなる」どころか、しばしば「どうしたらいいか、わからない」ということになりかねないのです。子どもが悪いことをしたからって、首をくくった父親がいたじゃないですか。しぜんはもともと、どうなるかわからないものです。子どもは車ではない。部品が全部、わかっているわけじゃありません。そういうものが「どうなる」か、完全にはわからないのです。」

なるほど。
省みたときに、私の思考過程も「ああすれば、こうなる」式だなあ。
確かに。
すべての問題がそれで解決できる、というように、誤解してしまう傾向にありますねえ。
子育て、感情、人間関係、そういうことを「ああすれば、こうなる」で解決できると思い込んじゃうと、確かに危険だなあ。


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