きよこの日記

2003年11月07日(金) つかれ涙

「つかれ涙」って言葉を聞かないということは、ほかの人はつかれ涙を流さないということなのかな?

大人になって、悲しかったり、悔しかったりして泣くことはあんまりなくなったけど、疲れ果てて泣いてしまうことがでてきた。
体力的にも精神的にもがんばりの臨界点に来たとき、勝手に涙がこぼれてしまう。

今日は、はじめてそれがほかの先生方のまえで流れてしまった。
まったくふいにやってきたので、私自身も虚をつかれて、困ってしまったけど、周りの先生方はもっと困られただろうなあ。
とくに、校長先生と教頭先生には悪いことをしてしまった・・・。

先週から、ずっと忙しかったけど、私自身はそんなに追い詰められた意識もなく、ただ、淡々と「そこに仕事があるならば、やらねばならないんだろうなあ」、と。
今週は水曜に道徳、そして、今日は国語の公開授業をやることになっていたから、日ごろの授業と雑用に加えて、指導案とか対外的な書類づくりとあり、昨日は26時を過ぎるまで学校にいた。

公開授業は、まあ、ふつうに終わった。
校外から主事という、教員の指導者的立場の方が見にこられるけれど、突然その瞬間だけすばらしい授業ができるわけがないこともわかっているから、ありのままを見ていただくしかないと思ってやった。
授業を終えて、職員室に戻り、主事の先生から指導をいただく前に教頭先生から声をかけられた。
それで私は泣いてしまった。
教頭先生が私をいたわってくださるのがわかったから。

それから、ずっとその涙をどうすることもできなくって、主事の先生に指導いただく間もずっと流れ続けていた。
それは授業が出来なくて、悔しいとか悲しいとか、そういう意味の涙ではないけれど、でも、そういう風にまわりの誰もが思っただろう。

あんな場面に泣いてしまうことは、大人としてあるまじきことだし、私としても本当に不本意なんだけど、校長先生と、教頭先生のことを思うと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

そこで私がどうしようもなく泣いているということは、その学校での協力体制、管理体制の不十分さを意味してしまうから。

そうじゃない。
そうじゃないんです。ただ、疲れているだけなんです。


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