感想メモ

2009年05月17日(日) グラン・トリノ

 クリント・イーストウッド監督・主演ということで、見に行ってみる。夫は大絶賛で2回目の鑑賞。

 妻を亡くし、一人暮らしとなった老人ウォルト(クリント・イーストウッド)は、古きアメリカ人の典型で、今時の若者たちや周りに移民が増えていることなど、何もかもが気に食わない。妻に頼まれた牧師がわざわざ訪ねて来てくれてもつれなく接する。息子たちや孫たちともうまくいっていない。

 そんなある日、隣家のモン族の少年タオ(ビー・バン)が、ウォルトの愛車グラン・トリノを盗もうとする。タオは悪いいとこの不良グループに目をつけられており、盗みを命じられたのだった。

 隣家とはソリが合わないと思っていたウォルトだったが、娘のスー(アーニー・ハー)が黒人の不良に絡まれているところを助けたことから、交流が始まる。タオも車を盗んだお詫びにと無理やりウォルトの手伝いをすることになり…。

 ウォルトは、老人とはいえ、かつては戦争で人を殺したこともあり、自分の身は自分で守るのが当然と考える。戦後はフォードの自動車工場で車を作ったというプライドがあり、日本車をセールスする息子を苦々しく思う。唯一の喜びは素晴らしい妻と一緒になれたこと。しかし、息子や孫たちとはうまくいかない…。高級老人ホームに住まわせようとする息子に反発するが、健康の不安がわかると、息子につい電話をしてしまったりする…。けれど、一人で何でもできるから老人扱いされるのは面白くない。

 こんな老人が、タオ一家とかかわったことから、人生の転機を迎えるのだが…。

 この映画は、人種や民族といったものは何かというのを考えさせられる。同じ民族内でもいがみ合いがあったり。

 それから、暴力というものの本質についても考えさせられる。暴力は一時は相手を黙らせる効果があるかもしれないが、その後、さらなる暴力を生む。その暴力に対抗するには、ではどうしたらいいのか?

 以下ネタばれあり…。





 自分が犯した過ちのため、タオ一家に危機が迫った。自分を責めるウォルト。復讐に燃えるタオ。しかし、タオはまだ若く、チンピラどものために自分の未来を台無しにすることはない。考えに考えた末にウォルトが出した結論とは…。

 この結末に他に選択肢はなかったのか?とつい思ってしまった。こうするしかなかったということなのかもしれないけれど、死んでほしくなかった。自分の死を覚悟して、死の準備をし、犬を預け、身辺の整理をし、最後の戦いに挑んだウォルト。

 でも、自分がタオの立場ならこの行動はどうなのかと思った。自分のために死を持って犠牲になった相手。一生負い目に思わないだろうか…。

 自己犠牲で相手を助けるって実は難しいのではないだろうか。

 もしかしたらこういうのは男の美学なのかもしれない。女性である私には「素晴らしい!」と手放しで喜ぶことができない。

 2つの映画のテーマが違うので一概に比べることはできないが、やはり『チェンジリング』の方が、女性向けなのか感銘を受けたような気がする。


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