私って呼ぶの、本当は苦手なんだよーー - 2003年01月19日(日) 女は侮れないと前回書いたけど、1年前か2年前か、 当時のあたしだったらこんなこと云うなんて夢にも思わない。 だってあたしは「女」を否定していたから。 本当に嫌だった。目を塞いで耳を潰して心は叫ぶ。 周りはもちろんそんなのには気づかない、誰にも知られたくないし 親ならなお更だ。約1名は此の事を知る事になったんだけどね。 でもちゃんと友達で居てくれたよ、いい奴でよかった。 でもまぁ、当時中学生か?うん。 其のときは、高校になったらバイトしてお金ためて 胸を除去する手術をする!って思ってた。 そんな体でもいいって云ってくれる物好き相手に体売って 暮らしてくつもりだったし。 エイズになったら、親にお別れ言って恋人居なかったら 恋とか出会い探して、地図を開いて死に場所でも探そうって考えてた。 その頃、別に体売ることに抵抗なんてなかったんだと思う。 そもそも、女子校の普通の平凡な中学生がセックスの経験なんてある訳ないし。 その本質とか感じ方とかを、想像の上でしか知らなかったから余計にそう思ってたのかもしれないなぁ。 でも今思えば、「抱かれる」という時点で既に女であるわけであって。 かと云って、ナニ持ってない女が男になれるわけでもなし。 とにかく女を棄てたかった。だから否定して自分を認めない。 人に触れられるのなんて以ての外。「ちゃん」付けなんてクソだ。 とかとか思っていた。 そんな暗い感情がお友達でもあったとある美術史。 資料を見ながら作者名や作画を覚える習性なのでその日も 美術の資料を見ていたら、モローという画家に出会った。 一枚の絵。繊細で美しい闇の様な残酷な美の女。 なんだかとっても綺麗だった。見た瞬間、カルチャーショックっていうの? そんなもんを受けちゃった。 初めて「女」を認められ、あたしはあたしを認める事が出来た。 一枚の絵によって、一人の画家によって。 それから山田詠美の本も好きになった。 彼女の本を読むと、女っていいもんだな!って思えるから。 (ただ面白いというのもあるんだけどね) 今思えば、思春期の気の病かもしれないとも思えるようになった。 とても滑稽な中学生の、一歩先から見ればくだらないこと。 でも、あたしはそれでよかったとも思う。 色々な感情を実感するということは、色々な人たちを分ち合える事が出来る。 否定したものを認めることが出来ると、肩の重荷はふっと軽くなるもの。 もしかしたらあたしには、時間が必要だったのかもしれない。 モローと会うべき時の流れが。 ...
|
|