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普通の日記

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2001年05月18日(金)
企て

12日からの義母の鹿児島帰省も今日で7日目。
何もしない義父の生活態度に呆れ果てた私たち母子は朝からある計画を立てておりました。
隆之介の防具袋に忍ばせるテレカ。
今日は子供たちの剣道の稽古日だから仕事帰りの私とうまく合流できればって計画。
もちろん夕食時に私のお手伝いしてる子供たちに指差して指図したり
目に余る義父の態度に嫌気が差してる子供たちの気分転換を図るため。
放課後時間が来て今日は2人とも約束通り徒歩にてお稽古に。
今日も光太朗たちは4時から、
隆之介たちは4時からの防具付けと5時からの練習で全日程終了は6時半頃だから
終了後携帯に電話連絡をもらうことになっていた。
で、帰路を急ぐ車内の私。
子供たちからの一報には早過ぎる6時15分、私の携帯が鳴り響く。
「ご飯炊いてないけどお米かけておこうか?」って義父からの迷惑電話。
ここ数日少しずつ蓄積された冷凍ご飯を処分しなくちゃいけないからわざと炊飯器をかけてこなかったのに。
その旨伝えて一瞬にして電話を切る。
今電話が入ったことで子供たちとの計画をさらに強固なものにすることを決意。
今夜の義父の夕食なんか知ーらない、母子で外食しちゃおうっとてな具合。
電話を切ってしばらくすると今度は隆之介から。
1度目は稽古が終わったよー。
2度目は駅で待ってるけどあとどのくらい?
私の乗った電車が到着して改札に向かうと改札口の向こうに元気に並ぶ顔2つ。
「ママーお腹空いたぁ」
光太朗はそばの売店で牛乳を一気飲み。
子供たちと夕飯を食べる段取りの前にとりあえず家に電話をしなくっちゃ。
で、隆之介が自宅に電話。
「練習が終わって駅でママと会ったからご飯食べて帰るね」って一方的に伝えて終了。
すぐに義父からの電話。
隆之介が出て「だから食べて帰るから」って義父の言葉を受け付けない。
出不精な義父からのメッセージなんて「お弁当買ってきて」しかないって見当もつくけどさ。
その一言を聞き遂げない為の隆之介なりの必死の抵抗。
再び鳴った電話は無視。
母子3人の外食はもちろん平和そのもの。
義父と囲む重苦しい食卓から開放されて子供たちの話も矢継ぎ早。
でも帰宅してすぐ現実に引き戻されちゃった。
待ちかねてたかのように義父ったら隆之介にお小言。
「お前がそう言う態度なんだったらー」
義父の大好きなチ○ンラーメンの空袋は7枚。
お互いの鬱憤も爆発寸前です。